佐々木小次郎
佐々木小次郎。
それが僕の名前。
無類の時代劇ファンの父が付けた名前だ。
姓が佐々木だけに、子供が生まれた際は絶対に小次郎とつけようと企んでいたとか。
この名前のせいで僕が今までどれだけまわりから弄られてきた事か。
病院や銀行なんかで名前を呼ばれると、必ず目線が僕に集中するし、時代遅れな名前も揶揄われる対象になったし、何より一番つらかったのは、小学校2年生の国語の時間。
自分の名前の由来について作文を書く。そんな厄介な宿題を貰ったんだけど、これには本当に苦労したし、半泣きになったよ。
今みたいにキラキラネームなんて少なかった時代だから、ホント僕みたいな名前の奴はさ、他と比べると注目度が違うんだ。
例えばさ、当時隣の席だった育美ちゃんなんかは、とても素敵な両親を持ったと思うよ。
作文発表会の時知ったけど、美しく育ちますようにって思いを込めて、ご両親が育美と名付けたって聞いた。
立派なご両親だよね。
育美ちゃんはその名の通り美しく育って、中学の時ファンクラブが存在していた程だ。
まぁ、普通ならこうやって自分の名前の由来なんかを説明出来るんだけど、僕なんかは本当に困ってね。
まさか父親が異常なほどの時代劇ファンで、その流れで小次郎となりました。なんて当時7歳の僕には恥ずかしくて言えない訳。
仕方ないから、巌流、佐々木小次郎の様に強く立派な剣術使いになるように、剣道の師範代を務めていた祖父につけて頂いたと適当な事を書いて発表した覚えがある。
その時は周りからスゲーとか、カッケーとか黄色い声があがったけな~。
まぁ実際、祖父は剣道の師範代を務めており、週一回県の警察署にも教えに行くほどの人だ。
その祖父に幼い頃から剣道を叩きこまれている為、それなりに剣道は出来るが、それは中学生までの話。
今年晴れて16歳になった僕は、高校進学と共に単車の免許を取った。
まぁ家の事情ってのもあるけれど、青春を謳歌してやろうと思ったからだ。
そんな僕の物語は、朝の通学路から始まる。
単車通学禁止の僕の学校。
でも免許取ったらやっぱ乗りたくなるってのが人の性。
ウチの学校は結構山の上にある為、殆どの人が駅からバス通学。
坂道の多い通学路を自転車で通おうなんて変わり者はごく僅かな為、特に見つかる心配もない。
それでも一応用心して、僕は毎朝少し遠回りしてバイクで学校に向かう。
バイクは学校の裏手の森の中に隠して、そこから徒歩約10分で学校に着く。
朝は慌てる事もなくゆっくり出来るし、いい事尽くめ。
そんな優雅な朝を過していたんだけど、この日は少し違ったんだ。
いつもの様に単車で通学していると、途中バイクが故障して困っている人を発見する。
僕はその少し先でバイクを停めると、その人に声をかけた。
「大丈夫ですか?」
そう言うとその人は振り返った。
あ、この人知ってる。ウチの学校でも結構有名な不良少女、晶子さんだ。
谷田 晶子僕と同じ高校一年生にして17歳。そして同じクラス。
通称、アッコ・アッコさん・アッコにお任せ、などなどエトセトラ。
女の子なのにメチャメチャ喧嘩が強いで有名。
なぜ17歳かって?
去年停学を喰らって留年したとか噂を聞いたんだけど、その辺は年齢が出た時点で察してください。
顔と噂は知っているけど、僕は話すのも初めてだ。
男も女もみんな晶子さんを怖がって近づかないし、話もしない。
僕は別に彼女に対して怖いとかそんな感情は抱いていない。
むしろ同い年の女の子より大人に見えるし、綺麗だと思う。
「アンタ同じクラスの佐々木だろ?知ってるよ。原付がさ、急に動かなくなっちまってさ、ちょっと困ってた訳。」
そう言うとキックを何度も蹴り下ろすが、ウンともスンとも言わない。
見ると原付はかなり年季が入っている。
今時セルがない原付とか。最近ではめっきり見かけなくなったもんな。
「ちょっといいですか?」
そう言うと僕は上着を脱ぎ、腕まくりをして原付を弄りだす。
「わかるのか?」
そう言うと横から僕とバイクをのぞき込む。
「工具が少ないので大した事は出来ないけど、出来る限りやってみます!」
色々と確認してみるが、手持ちの工具じゃやはり難しい。
正直言えば多分寿命だと思う。
むしろよく頑張ったと思うよ。
取り敢えずこのままここに放置しておく訳にもいかないので、僕は携帯電話で家に電話をする。
「あ、父さん?頼みがある。悪いんだけどさ、軽トラで原付一台回収しておいてくれないかな?場所?学校の通学路の、うん、そうそう。エンジ色のホンダスカイだからすぐわかるともう。あ、違うって、友達の原付。故障して困ってたからさ。大丈夫だよ、帰ったら僕がみるからさ。うん、よろしく!」
そう言うと携帯をポケットにしまう。
「あ、勝手に色々進めちゃってすみません。取り敢えず、スカイは後で父さんが取りに来るから心配しないで大丈夫です。と、このままじゃ学校に遅刻しちゃうから、谷田さん後ろに乗ってください。方向もクラスも同じなんで、送りますよ。」
そう言うと彼女をスーパーフォアの後ろに乗せた。
「いいのかよ?色々面倒掛けちまってさ。」
意外にも少し申し訳なさそうにしている谷田さんに僕はビックリする。
やっぱり僕は彼女を怖いと思わない。
所詮噂は噂。僕はそんな事には惑わされたりんかするもんか。
「気にしないでください、そう言うの馴れてるし。あ、でも原付は少し預かる事になるかも。明日明後日と学校おやすみなんで、僕の方で色々点検してみますね!」
そう言うと、いつもバイクを停める森の中に向かった。
バイクを停めると、学校まで一緒に歩く。
「アンタさ変わってるよね?私の事怖くないの?色々噂あるだろ?この学校じゃ私に話しかける人間はごく少数で、大抵は怖がって近づいてこないからね。」
そう言うと僕を不思議そうに見る。
「色々噂はあるみたいですけど、噂は噂ですし、僕はそういう事で人を判断したりしません。それと、谷田さんの事怖いって思った事ないですよ。だから大丈夫ですよ!」
しばらくすると校門が見えてきた。
谷田さんは急に立ち止まると、一人裏門へ向かう。
「ここからはアンタ一人で言った方がいい。私といると変な噂が立っちまうからさ。」
僕は別に気にしないんだけど、逆に谷田さんが気にしちゃうのかな?
「じゃあ学校終わったらさっきの場所まで来て下さい!帰り足ないでしょ?送りますよ。原付の事もありますし。」
そう言うと僕らはそこで別れた。
僕は表門から、谷田さんは裏門から。
でも結局は下駄箱が一緒だからすぐに鉢合わせする事となったのだった。