――アナタが生まれたのは、三月の終わり、季節ではもう春だというのにまだ寒い日の事でした。
病室の窓から見えた、ソメイヨシノのつぼみが寒そうに風に揺られていたのを覚えています。
アナタはひどく甘えん坊で、陣痛が始まっても中々、外の世界へ出ようとはしませんでしたね。私はものすごく大変だったんですよ。
高齢での初産だったという事も有り、肥立ちの良くなかった私は、アナタが生まれてすぐに熱が出て気を失ってしまいました。
目が覚めたのはアナタがこの世に生を受けて二日後でした。担当してくださった看護婦さんは、険しい顔で母子ともに危ない状態だったと言い、その後、笑顔でおめでとうございます元気な男の子ですよ、と言ってくださいました。
私はいてもたってもいられなくなり、止める看護婦さんに無理を言って、すぐに小さなアナタを抱かせてもらいました。
今も忘れません。
白い産着を着て、静かに寝息をたてるアナタの顔を。
涙が出ました。
アナタが生きていて良かった。
その時ふと窓の外に目をやれば、アナタが生まれた日にはまだつぼみだったソメイヨシノが満開に咲いていたのです。
看護婦さんはアナタが生まれた直後に咲いたのだと私に教えてくれました。
桜は寒風に白い花びらを揺らしながらも、力強く咲き誇り、その姿が私にはとても眩しく見えました。
風に踊る白い花びらはまるで春に降る雪のよう。アナタの寝顔と同じく、今も色あせる事無く覚えています。
アナタは笑うかもしれませんが、その時私はアナタが生涯連れ添うアナタの名前を思いついていました。
春に降る雪。
だから春雪。
それがアナタの名前です――