九ノ巻 『侠幻ノ党』
~前回までのあらすじ~
雲豹の牙丸は獣賀衆の聖地、涅虎岳にて極意の習得せんとしていた。そこを嗅ぎ付けた夜叉の角丸と修羅の九蔵が襲いかかるも、なんと九蔵は自ら放った暗鬼によって食われてしまう。主人を食って暴走する暗鬼を止めるため、牙丸は完成していなかった極意、獣変化にて巨大なウンピョウと化して撃破、土壇場で術は完成したのであった……。
真昼のコンビニには多くの人々が訪れる。腹を空かせた学生や、昼休みの社会人、道の途中で駆け込んだ旅人、そして……。
「オラァッ! 命が惜しけりゃレジん中の金全部出しやがれィ!」
「言っとくけどてめーらだけじゃねぇからなァ? ここにいる客の命も全部人質だァッ!!」
彼らは白昼堂々と現れた。数にしてなんと七人、単なる強盗ではない。
「オレ達は侠幻党だゴラァ、金だけじゃなくて売り物も渡してもらうぞオラオラ」
字面だけを追えばいかにも頭の悪い連中にも見えるだろう。だがあらかじめバイトとして潜り込んだ構成員に防犯カメラを始めとした電源をあらかじめ落とさせ、二ヶ所の出入口から三人ずつで一気に制圧するその手口はまさに用意周到、侮れない連中であった。全員がそれぞれ違う色の被りモノをしており、赤を被る頭目は小型のマシンガン片手に吠えている。侠幻党とは犯罪グループである。当初は暴走族として暴れ回っていたこの輩は、いつしか銃器や刃物を手にコンビニや銀行を次々に襲う強盗団に変わっていた。何処からか援助を受けている、そう噂される程に。暴走族としての経緯からか、その車両にも武装が施されており追跡しようとした警察にまで被害が続出するという事態となっていた。更に厄介なことに、今回は妨害装置までも使用しており通報すらままならないという状況であった。まさに怖いモノなし、天上天下唯我独尊、ならぬ唯我独畏とでも言うべきか。しかしその天下はまもなく、終わりを迎えようとしていた。
「う~……何だよもう、便所入ったばっかなのに騒がしい……」
まるで空気を読まずにトイレから出てきたのは素顔の牙丸、まさかの主人公であった。顔は真っ青で、何があったのかは一目で分かる。そしてこの珍客に気付かない侠幻党ではなかった。
「おいてめぇ! 頭に手ぇ乗っけてしゃがみやがれッ!!」
「んな、ななななッ!?」
「良いから言われた通りにしろッ!!」
「ちょ、ちょっと待て、そんな物騒なモノを突き付けられたんじゃビビって話も聞けやしねぇぞ……?」
しかしながらこの男、とことんウンがない。言われた側から手を掴まれ、無理矢理頭の上まで引っ張り上げられる。そして肩を押さえつけられようとしたその時。彼を取り囲んでいた三人が突如、倒れ込んだのであった。
「な、何しやがったてめぇ!?」
異常事態に気付いた頭目が大声を出す。その手は頭上で印を結んでいた。
「何しやがんだってのはこっちの台詞だッ! こっちはワラビの食い過ぎで腹が緩いんだよッ!!」
「知るかてめぇ!」
「表に出ろッ!!」
牙丸は啖呵を切るや否やトイレ近くの本棚の真上の窓に飛び付き、なんとそのまま駆け抜け出口まで走る。彼の足跡を追うように、銃弾の跡が窓ガラスに刻まれた。
「ヤツを逃がすな!」
グループ残りの四人とも店から飛び出ると、逃げた相手を探す。しかし集団の死角であった雨避けから、牙丸は降りて背後から二人の首元を挟み込むように手刀を入れた。気絶した覆面二人を突き飛ばして残り二人にぶつけると、驚いた頭目ともう一人が怒鳴り散らす。
「て、てめぇ何モンだ!?」
「お、お、オレ達にナメたマネして、今生きてるヤツは一人もいねぇんだぞゴラァ!?」
「声が震えてるぜ、あとその銃ならもう使いモノにならねぇなぁ?」
頭目の持つ銃身が、赤く折れ曲がっている。牙丸の握った箇所から高熱が発されていたのだ。
「て、ててててめぇなんか! コイツで十分だァァッ!!」
ナイフを引き抜き斬り付けようとする二人の暴徒。しかし相手が悪すぎた。脚を一振りしただけで得物は宙を舞い、両手でキャッチするや否や刃同士を擦り合わす。途端に、二人は呆気なく地に伏した。
「雷鳴牙じゃないと、ダメだなこりゃ」
牙丸は呟きながら二つのナイフを見ると、刀身が溶けて折れ曲がっていた。今さっき放ったのは、スケールこそ小さいが慟哭絶叫剣である。しかし装甲を身に付けない状態で、しかも単なるナイフで放てばせいぜい相手を気絶させる程度の威力しか発揮出来ない。最も今回の場合はその方が良いのだが。更に雷鳴牙以外の刃では牙丸自身の電熱に耐えられないのだ。
「さて、警察が来て厄介なことになる前に去りますか。待ち合わせもあるし、それに……」
ヘルメットを手に牙丸は呟いた。
「早く済まさねぇと漏れるゥ!」
苦悶の顔を浮かべ、そのままバイクに跨がり悠々と去って行く。警察が到着し、侠幻党のメンバーをまとめて引っ張っていったのはその十分後のことであった。
『侠幻党、ついに逮捕!』
翌朝、テレビや新聞にはこのようなニュースが流れていた。手助市のある神恵県の隣県である義武県裏刃市でも、このニュースは流れている。そんな映像を見ながら牙丸はその裏刃市にある喫茶店で朝食をとっていた。目の前には、以前世話になった医者にして機騨衆に関わりのある男、シロウがいる。
「強盗団を、一人で全員のして去っていった男ですか。まるで昔のシノビみたいですねぇ」
「ですね。凄ぇヤツがいるモンだなぁ」
牙丸は言えなかった。警察と関わってしまうと厄介だからというのもあるのだが。その男が自分でありなおかつ出モノを漏らしそうになりながら切羽詰まって術使って逃げただけだということを。相手をのして逮捕にまで繋がったのはあくまでも結果論だということを。
「それはそうと、機騨の里は裏刃市と機騨市の境にあります。この歯車が鍵となっております」
「ありがとうございます。しかし今日は何故ここまで来てくれたのですか? 患者さんがいらっしゃるのでは……」
「私は裏刃市の病院でも受け持っていてね、曜日によって変わるんだよ。案内を渡すから、ケガをした時にはどうぞ。では……そろそろ失礼致します、お気を付けて」
「はい……!!」
孤独な旅を想定していた牙丸にとって、これほど嬉しいことはなかった。なんと心強い味方であろうか。
「ああ、そうそう。朝食代は払っておくよ」
「良いんですか!?」
しかも太っ腹と来た。
「では牙……高砂さんの方が良いかな。今度は機騨の里でお会いしましょう」
「はいッ!」
その日の夜のことである。昨日の昼に大暴れしていた侠幻党の面々は、留置場の中で大人しくする他なかった。引きずり下ろされた儚い覇者達は、今ではその頃を思い出してただ項垂れ眠るだけである。
『失敗したようじゃな。短い天下は楽しかったかの?』
「お、おっさま!?」
リーダー格の男が突如目を覚ます。だが彼以外の囚人達は気付かない。
「何処にいるんだよ!? 出てきて助けてくれよォ!!」
『案ずるな、あとワシはそなたの脳味噌に直接話し掛けておる。あまり騒ぐでないぞ?』
「お、おっさま……どうかお願いです、これまでオレ達を助けてくれてたみたいに、今回もどうか頼みます、オレの舎弟達も一緒に!!」
『分かっておる分かっておる。ではそなたに武器を授けようぞ、その場で額を床に付けるが良い』
謎の声に導かれるまま、男は土下座の姿勢ををとりべったりと顔ごと床に伏せた。すると、突如彼の後頭部から針が生えたのである。いや正確には、額から急に長い針で刺し貫かれたのだ。
「ぎゃああああああああああ!?」
針が引き抜かれると、男は悲鳴と共に転げ回った。彼を貫いた針がそっと、床の中に消える。鋭い声により、留置場の職員達が駆け付けて来た。
「おいどうした!?」
返事はない。職員達が着いたその時には、男は仰向けで倒れていた。彼の額からは血がダラダラと流れており、更にその傷口は紫色に変色している。タダ事でないのだけは確かだ。
「おいしっかりしろ!! 仕方ない、出すぞ」
鍵を開け、中に入り様子を確かめる。男の息は既に絶えていた。瞳孔を確認しても反応がない。額の傷は何かでポッカリと開けられた穴のようであり、そこから蜘蛛の巣状に紫色の変色が広がっている。どうやら床に叩き付けたワケではなさそうではあるが、それ以上の不気味さを醸し出していた。
「侠幻党のリーダーが、まさかこんな死に方するなんてなぁ」
「余程恨みを買っていたのかねぇ、留置場にまで殺しに来られるとは」
「しかし殺しは殺しだ。しかもこんなむごい傷見たことないぞ……」
口々に様子を述べる職員達。男の遺体を運び出そうとした、その時である。ドクン……という鼓動にも似た大きな音が独房に響いた。運び出そうとした何人かがその音に立ち止まる。
「……俺じゃないぞ」
「僕でもありません」
「待て、今の音は確か……!」
ドクン……と第二弾が鳴り響く。今度は職員全員が一点を見る。その音は確実に、死んだはずの男からであった。
「もう一回検死するぞ」
「はい!」
ドクン……と三度目の音が告げた、男の覚醒。カッと目を開いたその瞳は赤紫の光を発していた。検死するまでもない、この男は生きている!
「生き返っただと!? そんな馬鹿なことがあるワケ……んぐッ!?」
台詞を言い終わらぬうちに、男の貫手が職員一人の左胸を突く。鮮血と共に引き抜かれた手には心臓が握られていた。ドクン、ドクンと未だに鼓動を続ける心臓に、男は口を付け、噛みつき、血をすすり、顔中を真っ赤に染めて貪り食う。
「ば、化け物ッ!?」
おののく職員の首が、直後に強く掴まれる。男の手には鋭い爪が生え、激しく掴んだ首に食い込み、数秒とかからずに職員の頭部が宙に浮く。一人、また一人と職員を血祭りに上げ、男は暴れ狂った。
「グゥゥゥ……」
様子を見に来た職員を皆殺しにすると、男は唸り声と共にその身を食らった。やがて鍵を見つけると男は拾ってその場を後にしたのであった。翌朝のニュースにて、このあまりに凄惨な事件は報道された。
「コイツら、こないだ俺がのしてやった連中じゃないか」
ホテルの一室にて、牙丸は道具の手入れをしていた。
『血に染まる留置場の惨劇! 死者行方不明者多数!!』
『侠幻党全員蒸発!』
新聞もニュースも侠幻党、留置場、惨劇、脱走と似たような内容ばかりが繰り返されている。これこそが、シノビが力を行使した結果なのだ。
『本来でしたら、前にコンビニで侠幻党をやっつけた、まさに現代のシノビとも言える人物に意見を伺いたいんですけどねぇ』
『誰かまた、現れてくれませんかねぇ』
民放のワイドショーで好き勝手言い始める有識者達。彼らに愛想を尽かせたのか、牙丸はリモコンをとると国営放送の子供番組に切り替えた。
『シノビのごくいをうけてみろー、いやーっ!』
『ぐわーっ!?』
「……またシノビかよ!」
片手で印を結び、牙丸が何かを切るような動きをとると、リモコンに触れぬままテレビの電源が落ちた。これで落ち着いて作業が出来る、と思ったその時。備え付けの電話が牙丸を呼んだ。
「なんだよもう! ……はい」
「202号室の高砂様でしょうか。フロントにてお客様がお見えになっております」
「私にですか!? ……分かりました」
ベッドの上に置かれた防具を片っ端から拾い集め、獣ノ巻に封じ、スカーフを巻き直し、シノビ装束の上からコートを着込むと、牙丸は部屋を後にした。今、自分を呼びに来るのは敵か、味方か。恐らく味方だろう、敵ならばここまで派手な方法をやらかすだろうか、と牙丸は自分に言い聞かせた。だがやはりと言うべきであろうか、不穏な予感というモノは大抵正しく的中するのである。しかも、予想の斜め上という形で。
「よォーウ! 高砂さんよォ!! オレ達を忘れたなんていわせないぜ!!」
血に染まるフロント、倒れた店員、崩れたソファー、そして七人の暴漢がそこには立っている。
「侠幻党……脱走したのか!!」
「オゥよ、オレ達を縛れるヤツらなんてこの世にはいねぇのさ!」
「一つ聞かせてもらう。俺の名前は何処から聞いた!?」
「教えるワケにはいかねぇなァ……何せテメェはここでくたばるんだからよォ……」
そう言うなりリーダー格の目が紫色の光を放つ。尋常ではない、ということだけは確かだ。
「やっちまえ!」
六つのマシンガンが一斉に火を吹いた。襲いかかる銃弾をくぐり抜け、牙丸の掌打が一人に打ち込まれる。手から離れた銃を、現代に生きるシノビの手刀が易々と斬り裂いた。電撃を放つ牙丸の手刀は、ただ降り下ろすだけでも刀に匹敵する切れ味を誇る。
「この、バケモノめッ!」
「そっちこそ、こんな物騒なモノを何処で手に入れた!? 作ったのか?」
牙丸は刺さっていた銃弾の一つを抜いて見せつける。マシンガンから放たれていたのはなんと棒手裏剣、本来ならばシノビが扱うはずのモノである。
「死人に口なァァしッ!」
やはりというか、入手ルートを明かす気はない。しかし牙丸は確信した。コイツらの裏にはシノビが動いている、そしてそいつこそが自分の仮名を教えた存在だと。
「死ねェェッ! 高砂丞ォォッ!!」
残りのマシンガンが唸りを上げる。素早くその場を離れようとした、まさにその時であった。
「ギィィィエェェェェーッ!!」
奇声と共に強烈な衝撃が、牙丸の横顔を急襲した。壁に飛ばされ、めり込んでもなおそのモノは牙丸を捉えている。
「おっさま!?」
侠幻党の一人が声を上げた。牙丸を吹き飛ばした一撃。それはたった今現れたこのおっさまと呼ばれた怪人物の放つ、強烈な跳び蹴りであった。
「ホッホッホッ……高砂丞、いや雲豹の牙丸よ。彼らに情報を流したのはこのワシじゃよ」
足を戻しながら怪人物は語る。袈裟を思わせる形のシノビ装束に、剃り上げた頭が目立っている。顔の半分を占める、青く朽ち果てたような様相はまるで即身仏を思わせる。首から下げた数珠には、一部サレコウベが繋がれていた。なんとか立て直す牙丸であったが、並のヒトであれば首の骨が軽く折れてしまっていたことだろう。
「名乗る前に名前を言われると調子狂うぜ、ならばアンタは何者だ!!」
「ワシは御隠衆にして裏刃鬼神斎が同志、妖魔道人!」
「鬼神斎の仲間だと! それでコイツらが俺を知っていたワケだな……ええい、とりあえず表ェ出ろッ!!」
「言われるまでもありゃせんわい」
妖魔道人がその手に持つ払子に似た得物を振り上げると、その毛束は次々に牙丸に絡み付く。武器を一振りしただけで、若きシノビの体を宙に浮きガラスを突き、破片と共に外へと放り出される。
「御隠の妖術……恐るべし!」
「ふふふ、道人様だけではなくてよ」
ホテルの外には更に羅刹のお妖、そして多数の群影が待ち構えていた。
「お主はこないだの……!」
「あら、覚えていてくれたのね。嬉しいけど、九蔵の仇は取らせてもらうわね」
お妖の口元がニヤリと笑った直後、群影達が一斉に襲いかかる。
「我ら、裏刃衆鬼神斉一派と御隠衆妖魔道人による同盟……」
「それこそが侠幻党、真の姿よ」
「侠幻党……!!」
牙丸に立ちはだかる恐るべき現実。彼が新たな戦力を得た一方で、裏刃衆過激派は恐るべき勢力拡大に成功していたのだ。今牙丸は目的地を目の前にして侠幻党の手中にあり、まさに袋の鼠ならぬ檻のウンピョウ。このままでは毛皮にされてしまうのを待つばかりか。
(ここで獣変化は使いにくい、ヤツらもう少し開けた所に誘い出さねば)
アスファルトが割れる。土煙が上がる。牙丸が消える。それを追って次々に群影達が飛び込む。その様子を見た強盗団のリーダーまでもが入り込んだ。
「お、おっさま、さっきからリーダーは一体どうなってるんです……!?」
「気にせんで良い、追うぞ!」
新たな脅威、新たな戦力、襲いかかる影を振り切り、彼は何処に向かうのか。どう迎え打つか。雲豹の牙丸が真の獣賀衆となってからのホントの戦いが今、始まった。
仮面のシノビ、雲豹の牙丸が辿り着いた機騨の里。何者かが操る、鉄の黒馬が牙丸に襲いかかる。更にその馬を狙う侠幻党が出現した。三つ巴の戦いの行方や如何に。
次回『黒鉄ノ馬』 お楽しみに