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牙丸伝  作者: DIVER_RYU
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八ノ巻 『極意ノ術』

~前回までのあらすじ~

雲豹の牙丸の前に現れた二人の刺客、夜叉の角丸と修羅の九蔵。角丸との激闘を終えた牙丸に追い打ちをかけ、九蔵は切り札である暗鬼、卑蛇螺と融合する恐るべき術で牙丸に襲いかかる。木々を薙ぎ倒し、地を抉る死闘を繰り広げるも、牙丸の奇策の前に下されたかに見えた。だが卑蛇螺は、主であるはずの九蔵に、その歯を突き立てたのである!!

 牙丸にとって、恐れていた事態が起きた。修羅の九蔵が操り、暗鬼融身の術によって力を貸していた巨大暗鬼、卑蛇螺。だが九蔵が牙丸の敗れたその時、卑蛇螺は九蔵の体にその歯を立て、牙丸が助け出すよりも早く呑み込んでしまったのである。


「主を食った暗鬼……ここでやらねば被害が増える!」


 解説せねばなるまい。一度でもヒトの味を覚えた暗鬼は、劇的に強く育つ代わりにヒトの肉のみを食すようになる。一人、また一人食らうごとに食人衝動は強くなるが、実は自らの制する主こそが最もその暗鬼には適したエサとなっている。そのためある程度食人衝動が強くなった暗鬼は、その本能に従い主を食い殺すとそれまでの数倍の力を発揮し、なおかつ制御する者がなくなるためただただ殺戮本能にのみ従う究極の怪物が出来上がるのだ。


 もしこの卑蛇螺が涅虎岳を降りたなら、未曾有の被害を叩き出すのは目に見えている。


「シャァァーーーーッ……!」


 獲物と見定めた牙丸に、毒牙を剥いて襲い掛からんとする卑蛇螺。巨大な三角の頭とは別に、八つの小さな頭が背後から生えている。うち四つの口が開くと、真っ赤な炎が牙丸に向かった。


「双雲雷鳴牙、旋風返し!」


 雷鳴牙を合体させた牙丸。彼の手に握られた双雲雷鳴牙が凄まじい速さで回転し、風を起こす。この術は、火炎や毒霧といった攻撃を防ぐことに適している。相手の火炎放射が止むと、牙丸は紫電爪と霹靂殊を次々に取り出した。


「紫電霹靂斬、五段打ち!」


 十枚の紫電爪に五つの霹靂殊が合体、広げた牙丸の両手の間で三つの手裏剣が回転する。迸るプラズマを纏ったまま一枚、二枚と次々に紫電霹靂斬が卑蛇螺に飛ぶ。複数ある二重の刃が、敵を取り囲み次々に斬り付ける! だが、蛇の頭を落とすどころか、傷一つ付いておらず、刃の欠けた紫電霹靂斬は次々に川や岸に落ち、砕けていく。


「ぬぅ、ヤツの鱗はまるで鋼鉄で御座るか!?」


 打撃、斬撃といった類いの攻撃は、今の卑蛇螺には効き目が薄い。かといってそれ以外の攻撃では、今の牙丸には難しい。と言うのも、彼の持ち合わせる、発電に使えるエネルギーは今や、慟哭絶叫剣か雷鳴咆哮破を一回しか撃てないほどに消耗していた。回復するまで如何に時間を稼ぐか、しかしそれまで牙丸の体力が持つかどうか。いや、彼の脳裏にはある手段が浮かんでいた。


(獣変化の術……あれを使えば大幅に回復出来る。いやしかし、今の俺では持って三分……どうする!?)


 獣変化の使用。本来の獣賀者であれば、まさに今がその時であろう。しかし牙丸は何のために涅虎岳にいる理由はそもそも、術を完成させることである。完成させたとしても五分しか持たない術を、今の彼に扱えるのだろうか。


 苦悩する目の前のシノビ目掛け、卑蛇螺の口のうち先程とは異なる四つが開く。次々に放たれたのは消化液、その威力もまた跳ね上がっており、岸すらも抉ってしまった。この消化液が溶け込んだ川の水ですら溶解作用を発揮する。たった今木に飛び付きかわした牙丸の目の前で、さっきまでいた場所が毒水に変わる。戦闘が長引けば、間違いなく下流にまで被害が及ぶ! と、その時である。


「激流割断鎌!」


 川の水が分割され、流れが止まる。激流すらも止めるこの斬撃、その主は。


「角丸!」

「一時休戦だァ牙丸ゥ! 俺が流れを止めておく、早く卑蛇螺をやれ、ヤツの真ん中の頭の真上で慟哭絶叫剣をぶちかませ、倒すなら、ア、それしかァァなァいッ!!」


 去ったはずの角丸が、加勢に現れた。今の牙丸にとっては大変心強い存在である。確かに角丸の言う通り、卑蛇螺の本体の頭上で慟哭絶叫剣のような広範囲を攻撃する技を放てば複数の首を根本から、至近距離で焼くことが出来る。


「分かった、ありがたい!」

「死ぬんじゃねェェぞォ!!」


 卑蛇螺に如何に近付くか。離れていても厄介な相手である。しかし一撃で勝機を見出だせるのはさっきの方法のみ。牙丸はスカーフを外すと刃を展開した紫電爪を両端に括り付けた。


「放電絹縄!」


 その状態で縄に変形させることで、放電絹は鉤縄として使用出来るのだ。木から木へ、移動しながら縄を旋回させる牙丸。卑蛇螺との間合いを、丁度良い所でとらねばならない。勝負は一回のみ。火を吹き、消化液を吐き牙丸を追う卑蛇螺であったが、突如動きが鈍り始めた。


「牙丸、いィィまァァだァァーーッ!!」


 卑蛇螺の尾に、鎖が絡む。角丸の使う蔓緑斬である。彼の声に合わせ、牙丸が空に跳ぶ。手を離れる放電絹縄。紫電爪を錘として、卑蛇螺の数ある首を纏めて、絡めて、縛り上げる。イヌイットの使うボーラにも似た、微塵と呼ばれる武器として放電絹を使用したのだ。紫電爪の刃が引っ掛かり、用意に外されることはない。


「慟哭……」


 雷鳴牙を両手に、牙丸は空を舞う。交差させた刀身から、バチバチと音が鳴り、プラズマが迸る。


「絶叫剣ッ!!」


 卑蛇螺の首達の根元、本体となる頭の真上に、衝撃波は炸裂した。絡め取られた首が次々に吹き飛び、焼かれ、砕け散る。群影ならば仮面の破片すらも残らず消し去る、至近距離での慟哭絶叫剣の威力を浴びて、卑蛇螺は飛沫を上げつつ倒れ込んだ。放電絹を回収しつつ、牙丸は角丸の近くに舞い降りる。


「やれたかァァ!?」


 角丸が尋ねる。


「恐らく……」


 牙丸が答えた、直後である。


「ギシャァァーーーーッ!!」


 卑蛇螺はまだ戦えた。八つの首を落とされても、本体は多少傷が付いた程度である。二人の想像以上に、この食欲の権化はしぶとかった。


「くそォォーーッ! これ以上どうすれば!?」


 角丸が仮面の下で口を歪ませ叫ぶ。だが卑蛇螺の様子がおかしい。


「のたうち回っている!?」


 二人の仮面のシノビは、その場から引いて様子を見た。するとどうだろう、卑蛇螺の口が大きく開いたかと思うと、なんと先程呑み込んだ九蔵の姿がそこにあった。同時に、大量の血を吐き出したのである。


「食あたりか? とにかくここで、あと一撃加えられたなら……」

「角丸、頼みがあるで御座る」


 牙丸は、その手に獣ノ巻を握り締めて言った。


「拙者が倒れたら、麓の病院まで頼むで御座る。その時は、獣ノ巻を持って行っても構わないで御座るよ」

「牙丸ゥ!? まさかァァ!!」


 前に進み出る牙丸!


「雲豹の牙丸、その獣の姿をとくと目に焼き付けるで御座る!!」


 顔の前で、交差する腕と腕。面頬に走る線が、仮面の奥の目が光る。


「ウゥゥ……ガァァーーーッ!!」


 牙丸の、それまで出したことのないような咆哮が轟く。両腕を開きながらの叫びと共に、面頬が開き、変形する。牙の向き出た口が、そこにはあった。獣ノ巻を、そこに当てるとガシャンと口が閉じる。


「獣賀忍法極意、獣変化! 大ッ! 雲ッ! 豹ォォーーッ!!」


 印を結び、術を唱える牙丸。たちまち、巻物から大量の筆文字が発生して牙丸自身の体が包まれる。轟く雷鳴、稲妻が輝き、雲が広がる。巨大な筆文字の黒雲が作り出す塊を引き裂いて、その影は姿を現した。


「こ、これが……!!」


 体長、約6m。全身の毛皮に広がる雲模様、体長と同じ長さの尾、筋肉に包まれつつもしなやかな巨体。まさに、巨大なウンピョウの姿がそこにあった。全身を包む装甲、肩から伸びる二対の放電絹、口から外に突き出た銀の牙は、刀に似た輝きを見せている。本来ウンピョウの牙は口の中に収まっているが、この獣は違った。この獣は、牙丸である。山吹色の目には戦いに挑む野性が輝いていた。


「ウガァァーーーッ!!」


 実物のウンピョウは吠えることが出来ない。だが牙丸は吠えた。前足を上げると、爪から稲妻が迸る。その場に降り下ろす、強烈な一撃は地面を抉り真っ直ぐに卑蛇螺を射つ。あの硬い鱗が、宙に舞った。


「これが、獣変化……!!」


 距離を置き、装甲を外して木に寄っ掛かり、角丸は呟いた。満身創痍となりつつも、その目はしっかりと巨大な戦いを映している。二対のスカーフをなびかせ、牙丸の獣の体が空に舞う。強靭でありつつも優美な筋肉が、素晴らしい跳躍力を生み卑蛇螺との距離を一気に詰める。組み付き、勢いのまま川に転がり込む。川に広がった消化液をものともせず、牙丸は卑蛇螺に噛み付き川から引きずり出し、首の力で投げ飛ばす。水辺から離れれば、相手の動きはいくらか鈍くなる。


「ギシャァァーーッ!!」


 尾に付いた大剣を振るう卑蛇螺。風を裂き、地を刻む一撃一撃が、牙丸の体を斬り裂かんと狙い来る。巨大な獣の体にも関わらず、風のような牙丸の動きが斬撃を捌く。地面に刺さった尻尾の剣、その根元を獣の口がくわえ、やはり首一つで引き込むと、勢いのまま牙丸の体がその場で回転する。旋回される卑蛇螺の巨体を、引き込む勢いと首の力で牙丸が振り回す。まさにジャイアントスウィングかハンマー投げか、牙の刺さった尾が千切れると大蛇の体が対岸に飛んだ。そこを逃さず、牙丸は回転したままの勢いであの大剣を口で拾い、投げる。相手の体は対岸のがけに釘付けとなった。その姿を見据え、ウンピョウの口の中で牙が、いや口の中そのものが光る!


「アレは……真の雷鳴咆哮破!?」


 剣を突き刺した箇所を目掛け、牙丸の放つ雷鳴咆哮破が直撃する。人間体で放つよりも遥かに強い輝きと太さ、そして威力! 角丸が『真の』と頭に付けたことから分かるように、これこそが雷鳴咆哮破という技の本来の形である。二つの雷鳴牙を交差させて放つやり方は、ヒトの姿で擬似的に再現したモノなのだ。


 突き刺さった刃から、卑蛇螺の全身に牙丸の放つ破壊力が伝えられる。ヒビが入り、鱗が弾け、火花が飛ぶ。雷鳴咆哮破が止んだその時には、卑蛇螺の頭部は消え去っていた。巨体は川へと崩れ落ち、自らの撒いた消化液の中に沈んでゆく。傷口から、沁みた液体が徐々に浸食し、あの巨大な体が消滅した。牙丸は、完成していない獣変化で、初の実戦で金星を上げたのである。


「やったな牙丸!!」


 獣の姿が筆文字の雲と変わり、一ヶ所に集まっていく。その先は、牙丸の持つ獣ノ巻であった。既に装甲は解けている。獣変化の術は、一度使用すれば、解いた直後から二十四時間は忍獣装甲を纏うことが出来ない。もしやってしまえば装甲か、シノビ自身の体が崩壊することになるのだ。


「ぐ、ぐぐ……」


 牙丸と角丸が合流した時、第三者の呻き声が両者の耳に入った。すぐさま駆け寄る二人。そこには、先程卑蛇螺に呑み込まれた、九蔵の姿があった。両腕ともなくし、胸から上だけの無惨な姿と成り果て、全身には本人のモノなのか卑蛇螺のモノなのか、大量の血がべったりと付いている。


「何故……手を出した……」

「目の前で食われようとしてる人間を見捨てておけるか、そこに敵も味方もない!」

「そう……か……」


 体を起こすことが出来ない九蔵。全身が消化液で焼けている。


「教えてくれ、何故卑蛇螺はアンタを吐き出したんだ?」


 角丸が尋ねると、九蔵はフッと笑いながら答えた。


「溶毒包……」


 卑蛇螺が九蔵を呑み込んだあの時、九蔵は歯の奥に仕込んでいたカプセルを噛み潰した。これこそが溶毒包である。これは本来、わずか一錠で通常の暗鬼を死に至らしめる猛毒であり、九蔵はそれをなんと四つ口の中で噛み潰したのである。そのことにより、卑蛇螺は中毒を起こしたのだ。自分の属する組織の野心のため、今まで関係のない人物を多く暗鬼に食わせた因果応報の結末を迎えた修羅の九蔵。彼が自らの始末を付けるために行った、最後の良心であった。


「牙丸……いつだったか……掟破りの末路……聞いてきたな……」

「……分かってたんだな」

「角丸……最期の頼み……聞いてくれるか……?」

「……分かった、言ってくれ」

「介錯……してくれ……ゲホォッ」


 口から血が吹き出る九蔵。牙丸がその身を起こすと角丸が蔓緑斬を取り、首にあてる。


「鬼神斎様……お許し……下さ……」


 降り下ろされた大鎌。最早鮮血すらも飛ぶことがない。九蔵の頭が地面に転がったその時、牙丸が起こしていた胴体はドロドロと崩れ去っていった。最早、喋ることが出来るだけでも奇跡だったのである。


「確かに、見届けたぞ九蔵」


 鬼神斎は、巨大な鏡の前でそっと呟いた。傍らで、羅刹のお妖が目を伏している。


「ホッホッホッホッ……」


 突如、鬼神斎の背後で何者かが笑う。眉一つ動かさぬまま、鬼神斎の持つ錫杖を思わせる矛がそこに向けられる。だが姿がない。


「片腕を失った気分はどうじゃ、裏刃鬼神斎よ」

「戯れが過ぎるぞ、妖魔道人ようまどうじん


 再び鏡に向く鬼神斎。そこに、妖魔道人と呼ばれる男は立っていた。顔の右半分が青く、まるで朽ち果てたかのような様相を見せている。剃り上げた頭は蝋燭の明かりにより不気味な照りを見せ、首から下げた数珠には所々ドクロが付いている。袈裟を思わせる装束を着込んだ姿は、即身仏に見えなくもない。


「娘さんは回復したのじゃな?」

「……うむ」

「よいよい、ならばとうとうこの儂が手を貸そうぞ。獣変化を使うシノビか、是非とも我が物としたいモノじゃなぁ」

「……ありがたい。しかし何故、貴方ともあろう者が我等に協力するのだ?」

「儂が望む世界をこの目に納めるため……お主と同じじゃよ、ホッホッホッ……」


 蝋燭の火が揺れるかのように、妖魔道人の姿が消える。


「お父様、あのような得体の知れぬ男を、信じなさるのですか」


 一部始終を見ていたお妖が尋ねる。


「九蔵がやられたからには仕方あるまい。それに、御隠の妖術か……果たしていかなるモノか」


 九蔵の墓標が、卑蛇螺の散った場所に立てられた。手を合わせるシノビが二人。牙丸が、小屋に戻ろうとしたその時。バタン、と受け身すらとらずに牙丸の体は倒れ込んだ。


「おい、大丈夫かッ!? ……やはり、獣変化は完成していなかったんだな……」


 気が付いた時、牙丸は病院のベッドにいた。


「高砂さん? お目覚めですか」


 目に写る姿は白衣を着た男。自分の着ていたモノもいつの間にかパジャマに変わっている。


「ここは……俺は……」

「貴方の御友人が運んできたんですよ。何でも、涅虎岳の滝で釣りですかい? 全く無茶をしますねぇ、最近の若いのは」


 つくねられたシノビ装束が見える。しばらくは病院にいるよう、牙丸は医者に言われた。


「そうそう高砂さん、いくつかよろしいでしょうか」

「な、何ですか……?」

「貴方を検査していたらですね、驚くべきことが起こったんですよ。付いてたはずの傷は見てるそばから塞がってね、何があったのかとね」

「まぁ、傷は昔ッから治りが早いと、よく言われますから」

「それともう一つ。動物の筋肉が、動く度に微弱な電気を発していることは御存知ですか?」


 牙丸は目を逸らした。


「……知ってはいますけどどうかいたしましたか」

「明らかに、強いんですよ。貴方の筋肉から出る電気。最初は雷にでも撃たれたんかと思って検査したんですがね……最早ヒトのモノとは思えません。デンキウナギか何か、いやそれ以上ですね……理論上は電流で1.5A、電圧で22万ボルトは叩き出せる」


 牙丸の目は警戒心に光っている。通常の医者がここまで言うだろうか、そしてどうやって自分の体質を調べ上げたのか。


「調べてどうするつもりですか」

「……これが何か、分かりますか」


 医者は懐から何かを取り出した。掌ほどの歯車である。しかしそこに刻まれた、三つの丸の意匠を見た途端に牙丸の顔は驚愕に染まった。


「シノビ……!!」

「君の装束からして、やはり涅虎岳で釣りだけをしてたワケではありませんね。御出身は獣賀ですかな」


 医者は牙丸の装束の中からベルトを取り出した。やはりというか、歯車と同じ意匠がある。


「私は機騨の出身でしてね。この歯車は実家に伝わるモノ。鬼神斎との戦いに使えるかもしれない」

「鬼神斎……知っているのですか」

「裏刃と機騨は交流が続いてましてね、鬼神斎を止めるためにも君のことを探していたのですよ……牙丸さん」


 思わぬ進展が彼を待っていた。旅の目的地は決定だろう。しかしまだ牙丸には、やることが残っている。


「ありがとうございます……! しかし私はまだ修業中、獣変化の術を完成させねばならんのです、しばしお待ち頂きたい……!」

「そうか……ならば待つことしましょう、またケガや病気をした時にはすぐ来て下さい。一応、これも渡しておきましょうか」


 医者の渡したのは名刺だった。


「何々……『機騨獅郎きだ しろう』……え、機騨の姓ってことは!?」

「私の兄が現在の頭領をやっています。その気になればいつでも声をかけて下さい、では」


 二日後、退院した牙丸に機騨獅郎、以下シロウはある紙を渡した。


「貴方向けに投函されていました」

「俺に、ですか?」

「まぁ、出来るだけ人目に付かぬとこで読むと良いでしょう、裏刃は何処に出るか分かったモノじゃない」

「分かりました……」


 トイレを借りて、牙丸の広げた手紙に書いてあった内容、それは。


『この手紙を読む頃には、そちらはもう退院して涅虎岳に向かおうとしている頃だろう。御察しの通り、病院に担ぎ込んだのはこの俺だ。獣ノ巻もまだ、そっちに預けておくことにした』


 コートの下に着込んだシノビ装束、その懐に獣ノ巻はしっかりとあった。


『償いになるかどうかはさておき、涅虎岳の結界は元に戻しておいた。流石に境内までは無理だったが、修業に戻ったなら確認しておくと良い。鬼神斎から追われる身となった今の俺には、獣変化を完成させたそちらさんを倒さねば本当の意味で牙丸を超えたとは思えない。いつか再会出来るまでに完成させておくんだ。そして次に会ったその時こそ、獣ノ巻はこの手に納めることとなる。覚悟するが良い。夜叉の角丸』


 一通り、目を通した牙丸は手紙を畳むと、姉の持っていた合口を包む袋にしまい込んだ。そして立ち上がると真っ直ぐに病院の出口から自らのバイクに跨がり、涅虎岳に向かう。獣道を開き、バイクに乗ったまま突っ込み疾走する。獣道から飛び出ると、そこには見覚えのある小屋があった。早速中に入り、あの燭台に向かう。座禅を組み、結界を張り、意識を集中させたその時であった。


『そなたの術は、既に完成した』

「え?」


 思わず声の出た牙丸。燭台から直接頭に流れる声が続ける。


『そなたは実戦にて自らよりもうんと大きな大蛇を仕留めたな? 虎より手強い相手ぞ。もし納得がいかぬなら試してみても良い、どうする?』

『……頼もう!』

『よろしい。では若きシノビよ、獣になるのだ』


 ウンピョウの姿となった牙丸。目の前にはあの虎がいる。以前付けた傷は全てなくなっていた。


「ウガァァーーッ!!」

「シャァァーーッ!!」


 二つの獣が駆ける。互いを獲物として、二つの影が宙に交差する。着地した虎が驚愕の表情でこちらを向く。牙丸の心の変化からか、ウンピョウの体にはあの装甲が纏われていた。ただし体格差までは流石に変わっていなかったが。


 虎の第二撃をかわし、枝に跳び移る牙丸。そこそこの大きさの枝をくわえて折り、木を登ろうとする虎を見る。自分のいる枝に手を掛けようとする虎のその手を確認するや否や、牙丸は更に上の枝へと跳躍する。自らを高所に移動させるだけでなく、虎の手の掛かった枝を揺らしてバランスを崩させる目論見であった。慌てて木にしがみつく虎、体重が重い分樹上ではウンピョウの体格である牙丸が有利である。虎の額の「王」の字を目掛けてくわえた枝を向け、牙丸は一気に飛び込んだ。落下する位置エネルギーまで計算に入れた一撃は虎の頭部を易々と貫いた。落ち行く虎の巨体と共に地上に舞い降りた牙丸。落ちた衝撃と脳への攻撃で痙攣する敵の、無防備となったその喉元に、ウンピョウのトドメの牙が突き刺さる。深々とその気道を、髄を切るこの一噛みが今、牙丸の術の完成を証明していた。


『分かったであろう』


 気が付けば、牙丸の体は元のヒトの形に戻っていた。


『ウンピョウの姿に装甲が纏われていたな?』

『はい……正直あれはズルではないのですか』

『いいや、術の完成した証拠じゃよ。あの獣の姿はお主の精神に左右される。獣の形に心が順応すればするほど、本来なるべき姿に近付くのじゃ』

『そう、なのですか……』

『本来なら虎を倒したその時に変わるのじゃが……まぁ良い。お主は今日この日から、立派な獣賀のシノビとなった。その力、大切に使われよ』

『はい……!!』


 雲豹の牙丸。自らを巨大なウンピョウに変える術を身に付け、彼は伝承にある通りの獣賀衆のシノビとなった。生え揃わぬ眉毛も、今の彼には小さなことだろう。涅虎岳を後にし、バイクを走らすその表情は何処か晴れやかでもあった。


仮面のシノビ、雲豹の牙丸は獣変化の術を完成させた。そこに差し向けられた新たな敵、妖魔道人。屍仙を操る御隠の妖術を破れるか。そして謎の組織、侠幻党とは何か。

次回『侠幻ノ党』 お楽しみに

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