四ノ巻 『仮面ノ下』
~前回までのあらすじ~
かつて故郷である獣賀の里を焼き滅ぼした裏刃衆過激派。その頭目鬼神斎は修羅の九蔵に命じ、生き残りである雲豹の牙丸を付け狙う。しかし暗鬼である火焔掌、影瞑裏を立て続けに破られたことから、鬼神斎は新たに二人の上忍を用意した。その一人にして鬼神斎の娘である羅刹のお妖が九蔵の前に姿を現すも、もう一人は果たして誰なのか……。
「どうするんだよコレ……」
ユウが震えながら尋ねる。自分達の住むマンションの屋上に彼らはいた。
「なんでここに出るんだよ……」
リョウの表情も恐怖に固まっている。高さから来るモノではない。その対象は目の前の存在に向けられていた。
「…………!!」
そしてショウが、二人をかばうようにして立っている。彼の見る先には、裏刃衆のシノビが二人と翼の生えた暗鬼が一体、そして群影が五体ほど。
「牙丸は来ないみたいね」
「確かこのマンションの何処かにいるはず……だな?」
「何を根拠にそんなことを……?」
「確たる証拠を、こちらは握っているのだよ」
話は、牙丸と影瞑裏の激闘の後にまで遡る。
「覚えておれィ!」
修羅の九蔵が姿をくらましたその直後、牙丸もまた姿を消していた。しかしある茂みの近くで、彼は素早く指を組んだ。
「獣賀忍法、獣道」
獣道。それは、獣賀衆のみがその扉を開くことが出来る特殊な抜け道である。茂み、物陰、鏡といった特定箇所に印を打つことで扉に変え、近道が出来る優れモノなのだ。
「よし……む、何ヤツ!?」
獣道の扉をくぐろうとしたその時、牙丸の体を針状の光がかすめた。すぐさま扉を閉めると牙丸は紫電爪を構え、飛んできた方学を始めとしたあらゆる方向に意識を向ける。すると、やはり、風を切って何かが、こちらに向かってくる!
「フンッ! ……鎖付きの棍棒だと?」
牙丸が掴みとった何か。棒状で、先端には削られた削られたエメラルドを思わせる物体が付いている。恐らく殴打した相手へのダメージを強くするためのモノだろう。そしてその物体の鎖の先に視線を移すと……。
「拙者と同じ仮面のシノビ……裏刃衆過激派の手の者か!?」
「…………」
何も答えぬ謎のシノビ。その仮面は白銀に包まれ、緑の縁取りや隈取りが所々に見られる。黄金色の角が仮面は勿論のこと、肩の装甲にも生えていた。アバラ骨を思わせる胸部の鎧が大変に禍々しい。鎖の繋がった得物をその右手に握っていたのだが、そこには巨大な鎌が備え付けられていた。
「問答無用、と言うワケで御座ろうか、目的は拙者の巻か!」
相手は答えない。まるで夜叉を思わせるその面の奥と割れたような額に、牙丸の目と同じ山吹色の光が灯る。無言のままその右手をぐいと引くと、頭部からなびく長い長い銀髪が不気味に踊った。対する牙丸も刀を抜き、構える。鎖を引き合う二人のシノビ。しかし直後、夜叉の仮面の額が閃いたかと思うと、件の光る針が牙丸の右肩に打ち込まれたのであった。
「んなッ!」
彼の肩当てを貫通することこそなかったものの、牙丸が一瞬怯んだその隙に相手は鎖を回収し、姿を眩ましていた。
「今のは一体……」
疑問を残しつつも、牙丸は獣道を開いて中に飛び込んだ。これが、まさかの事態を引き起こすとも知らずに……。
「この辺りだったな」
翌朝、男女二人がそこに訪れていた。
「ええ、この辺りのはず」
二人はバックパッカーとおぼしき格好をしている。男が茂みを漁る一方で、女は巻物を広げて中を見ていた。
「印を打ち込まれれば、そこからマル一日軌跡が巻物に浮かぶ。コレを使えば牙丸の獣道を特定出来るわ」
「しかしその印を打ち込んだのは一体誰なんだ? また別行動なのか」
「そのようね九蔵、わたしもお父様に会わせてもらってないもの」
「……まぁ、それで事が運ぶならそれで良いとしよう。ところでお妖、今回はそなたの暗鬼を使うと聞いたのだが?」
「そうね、そろそろ呼び出しておくべきね」
お妖は鏡を取り出すと素早くバツ印を打つようにして指をなぞらせ、その指を額に当てる。
「現れよ、穢鬼武」
すると鏡に映るモノがお妖の変装した顔ではなく、鷲の顔を頭部に頂いたヒトを思わせる顔に変わる。
「御呼びでしょうか、御嬢様」
「穢鬼武に命ずる、空にて待機し我々を護衛せよ。阻む者あらば容赦はするな。そして牙丸の特定に成功したならば確実に仕留めよ」
「心得ました。クヮァーーッ!!」
お妖が鏡を空に向けると、映っていた穢鬼武が勢いよく空中へと舞い上がった。その姿は修験者を思わせる格好のイヌワシを彷彿とさせる。
「よく育った暗鬼であることよ……」
「この穢鬼武は御父様から頂いた暗鬼にして、わたしの執事のような存在でもあった存在……彼になら任せられるわ」
「確かに、心強いな。頼むぞ」
「クヮァァーーーーーーーッ!!」
叫びと共に、穢鬼武は遥か上空に姿を消した。その背中を見送りつつ、九蔵は呟く。
「……口癖、なのか?」
「そうよ。さ、行きましょ」
一方で、昨夜に裏刃衆の襲撃を受けたリョウは、ショウの付き添いで心療内科の帰り道にいた。
「俺の部屋で茶でも飲もう、ひとまず落ち着かないとな」
「あぁ……」
「ユーさんも呼ぶか?」
「あぁ……」
「『バーチャルレーサー』やろう、気を紛らすには良いはず」
「あぁ……」
「しかし助かった、祝日でも開いてるとはな……こんなのがあるとな」
「あぁ……」
リョウの顔は生気がなく、ただただショウの言うことに「あぁ……」という返事なのか呟いただけなのか分からない言葉を繰り返すだけだった。仕方ないだろう、彼は影瞑裏の、ヒトを溶かし食らう様子を目撃しただけでなく自身も同じように食われかけたのだから。
「ユーさぁーん、俺の部屋でお茶にしませーん? リョウもいますよー」
電話をかけながら家路につく二人。その様子を、ファストフード店から見つめる者がいた。
「アイツ、昨日影瞑裏が食おうしたガキじゃないか?」
「獣道に沿って歩いてるわね」
お妖は鏡を隠しながら出すとそっと話しかけた。
「穢鬼武、聞こえる?」
「何で御座いましょう御嬢様」
「今から言う二人連れを監視して、目的地と思われる場所に向かっているから。一人は茶髪、もう一人は黒い髪だけど前髪に金の付け毛が入ってるから、頼んだわよ」
「承知、只今それと思しき二人を確認、監視致します」
上空から見られてるとも知らず、リョウ達はショウの家に集まっていた。茶を淹れ、ゲーム機を出し、談笑しながら。
「周りが危ない時はインドア趣味に限るね」
「全くだ」
「ごもっとも」
いつの間にか、リョウの顔も生気を取り戻しつつある。その屋上に、次なる刺客が待機しているとも知らずに。
「読みが当たったわね、穢鬼武が監視した二人は特定の部屋に入ったわ」
「獣道が六つの部屋、それと生垣に繋がっていたな。まるでウンピョウというよりモグラみたいなヤツよ」
「機会を見て穢鬼武に襲わせるわ。一応、反応はこの分岐点で途絶えているわね。何処から来るか分からないけど、今部屋にいる三人を屋上まで引っ張り上げれば何か起こるんじゃないかしら。まぁいざとなれば突き落とせば済む話よ」
「しッ! 正体がバレる!」
小声とはいえ、しれっととてつもない事を話すお妖。慌てて周りに目を向けつつ、九蔵は更なる小声で呟いた。
「……もったいねぇから、後で自分の暗鬼のエサにするか」
夜が来た。このところ、怪事件の連続により、日が沈んでから出歩く人間は激減していた。にも関わらず、三人はというと。
「メシいくか」
「今なら空いてるな」
「ファミレスだって儲けないとな」
リョウもユウもすっかり回復したようである。やはり恐慌状態には安心感が一番の薬であるらしい。だがそれこそが、屋上で待ち受ける脅威達の待ち侘びた瞬間であった。
「今よ、穢鬼武!」
「クヮァァーーーーーーーッ!!」
特徴的な叫びと共にその鉤爪が、手始めにリョウとユウを襲う。突然肩に鋭い何かが食い込み、今いる階からグイィと真上に引き上げられる。
「うぎゃああああああああ!?」
「リョウ!? ユーさん!?」
飛び出すショウ。その喉元に、控えていた群影二体が刃を突き付けた。
「御友人がたと共に屋上まで来てもらおうか」
九蔵の声が響くと、群影がアゴで階段の方向を指し示した。
「……仕方ない」
次の瞬間、群影にとって予想外な事態が起きた。ショウは相手の腕をそれぞれ掴むと、二体の仮面の真ん中に深々と刃を突き刺した。
「分かった、今行こう」
崩れ落ちる群影の亡骸を背に、コートの懐に手を突っ込みながらショウが答える。
「御連れしろ」
その声の直後、ショウの肩に鉤爪が食い込み、そのまま屋上まで引っ張り上げられたのであった。
「ぐっ……!」
屋上のコンクリートに叩き付けられたショウ。その場にはリョウとユウもいた。多数の群影に囲まれながら。かくして三人は裏刃衆過激派の手に落ち、冒頭の場面に至るのである。
「お前達は牙丸をおびき寄せるためのエサだ。ヤツがこの近くにいることは明確なのだよ」
「……牙丸が来たらどうなる?」
「彼の持つ獣ノ巻を頂くまで」
「ぼ、僕達は……?」
「牙丸の返事次第だ」
「来なかったら?」
「そうね。十五分が経つ度に、この場所から紐なしでバンジーして頂こうかしら」
マンションは全部で五階建て。屋上からアスファルトへ、真っ逆さまに落とされれば命はない。
「ま、待て。この二人だけは逃がしてくれ、落とすなら俺だけで十分だろう?」
「ショウ!? 一体なんてこと言うんだ!?」
「頭悪いのかしら。わたし達のやること為すこと見られたのよ、このまま生きて帰すワケないじゃない」
「頭悪いのはそっちだぜ、牙丸が来て巻物渡しても殺すつもりだったのだろ?」
ショウの口元がニヤリと笑った。そこにつかさず群影が彼を引っ立てる。
「術も使えぬ一般人の分際で、この我々を侮辱するかッ!」
「あぁもうだめだァ……」
「群影ども、その頭の悪いモブキャラ一般人をこっちに引っ張り出せ!」
群影達がショウを捕らえて連れて行こうとするとすぐさま振り払った。頭に来たのかリョウやユウを取り囲んでいた群影まで取り押さえにかかる。だがその行動こそショウの狙いであった!
「そんな大人数で俺を押さえても良いのか? 知らないぞ?」
「ハッタリ御苦労、言い残す言葉はあるか?」
「自分の足でそっちに行こうとしたんだけどなァ?」
「我々は用心深いのだよ、特に貴様のような大胆不敵な大馬鹿野郎は何をやらかすか分からない。まさかその後に回した手に、合口が握られてるやも知れぬしな」
「そうか、だったら良いねぇ!」
九蔵の指摘通り、あまりにも大胆不敵な発言。平静を装った相手達のボルテージは確実に上がっている。内心はこの男をすぐにでも突き落としたくて仕方がない。群影達が刃を首や背中、脳天にまで突き付けコンクリートにその顔を押し付けた、その瞬間。裏刃衆の面々には信じられない光景が目の前に広がった。
「だから、言ったのに」
ショウの周りに、群影の絨毯が広がっていた。特に刃を押し付けていた個体は倒れた直後に仮面が砕け散り、消滅してしまう。彼の手が後ろで何をしていたのか、それは。
「ショウが、印を結んでいる!?」
「アンタ一体何者なんだよ!!」
「……出来るだけ、知り合いを巻き込みたくなくてさ、黙っていたんだけどね……こういうことさッ!!」
コートを、いや着ているモノを脱ぎ捨てたショウ。その姿は、今対峙している連中に似たような黒ずくめの、まさにシノビ装束であった。橙色のスカーフ、腕を包む鎖帷子、紫の手甲。そしてその手に握られているモノ、それこそが……
「獣ノ巻!? まさか貴様が!!」
両縁に牙を思わせる飾りの付いた巻物を手に、ショウが構える。
「獣賀忍法、巻変化!!」
巻物を持った手の甲に、九字を切るような動きを合わせる。すると獣ノ巻は一人でに浮かんでスルスルとその紙がほどけ、ショウとその背後にいるリョウや、ユウまでもを囲み展開した。そして群影達が巻物を奪おうと飛び掛かった時、巻物に書かれた筆文字が次々に飛び出し壁を作る。その壁に触れた群影はバチッという音と共に消し飛んだ。
「結界か!」
解説せねばなるまい。獣賀忍法巻変化とは、獣ノ巻の力を利用することで結界を張り、巻物に封じられた獣賀衆の武装である『忍獣装甲』を取り出し身に付けるのである。
「リョウ、ユーさん、巻物の中に入っててもらうよ」
「巻物の、中ァ!?」
「この結界は時の流れが速い。歳食うのが早くなるぜ。巻物の中に入れば時が止まる。さぁ、早く!」
「わ、分かった……」
ショウが片手で印を結ぶと、二人の額にそっとつける。すると二人は巻物の中に字として封印された。
「すぐに終わるからね」
そう言うとショウは周りに漂う装甲に目を向けた。胸当てを着け、肩当を乗せ、仮面を被り面頬を着け、ベルトを締めるとバックルで固定する。一通りの装備を着け終わると獣ノ巻を取り、ベルトにセットした。その瞬間に結界は解け、先程まで高砂丞の立っていた場所に立っていたのは、
「雲豹の牙丸、見参!」
台詞と共にシノビ装束と手甲に稲妻模様が走り、スカーフにウンピョウの毛にあるような雲模様が入り、仮面の奥に山吹色の目が光る。雲豹の牙丸が巻変化を用いて忍獣装甲を纏うその時間はわずか、0.02秒に過ぎない。
「穢鬼武、出番よ!」
「クヮァァーーーーーーーッ!!」
穢鬼武は背中にあった得物を取り出し襲いかかる。棒状のその武器の先端にはヤツデの葉を思わせる形状の刃があった。
「牙丸覚悟ォォーーーーッ!!」
牙丸は雷鳴牙を片方抜いて穢鬼武の矛を受け止める。その片手で紫電爪を用意し、下投げで穢鬼武の後ろに見えるお妖目掛けて打った。それに気付いた穢鬼武は翼を展開、牙丸から離れると寸手のところで紫電爪を弾き飛ばした。
「大丈夫ですか御嬢様!?」
「わたしのことは良い、早く牙丸を!!」
「クヮァァーーーーーーーッ!! おのれ牙丸貴様よくも御嬢様をォォーーーーッ!!」
奇声を上げながら牙丸に飛び掛かる穢鬼武。二本目を抜いて応戦する牙丸に対し穢鬼武の翼が、矛が、容赦なく襲い掛かる。その飛翔スピードは徐々に上がっていた。
「かかったな牙丸! 貴様は我が翼の作り出したつむじ風の中だ!!」
「つむじ風だと?」
その場から離れようとする牙丸、だが遅かった。
「食らえ、必殺竜巻落とし!」
次の瞬間、牙丸の体を鉤爪が捕らえていた。空中へと飛び上がると、穢鬼武は獲物を宙に放り投げる。高く、高く、牙丸の体が空へと上がってゆく。
「空中戦ならこちらのモノだ、クヮァァーーーーーーーーーッ!!」
豪語した後、穢鬼武は牙丸に追い討ちを掛けんと遥かな夜空へ舞い上がる。矛を構え、堕ちて来た牙丸をそのまま斬り裂かんと企み、自らも竜巻に乗る穢鬼武。だが彼の目に映っていたのは雷鳴牙をしっかりと構え、こちらに向かって来る仮面のシノビの姿であった。
「馬鹿なッ!? 道連れにするつもりか!!」
牙丸の軌道から離れる穢鬼武。だが彼は気付いていない。獲物なのは自分の方だったという事実に。
「行け、放電絹縄!」
牙丸のスカーフが、縄に変わって穢鬼武の足に絡み付く。このスカーフこと放電絹は本来、彼の体が放つ余分な電気を逃がすためのモノである。しかしいざとなればこのように伸縮自在の縄に姿を変え、様々な用途に使うことが出来るのだ。
「貴様ァァーーーーーーッ!?」
「ウンピョウの牙は、飛ぶ鳥を落とすためのモノなりッ!!」
放電絹の変化した縄で引っ張り距離を詰める牙丸。態勢の崩れた獲物の背中に飛び掛かり、雷鳴牙の一撃が刺さる。
「グヮァァーーーーーーーッ!?」
刺した刀に掴まり、狩人は二本目を抜いて柄を合わせる。雷鳴牙の柄を合体させることにより、両縁に刃の付いた長巻を思わせる武器へと変形させられるのだ。
「双雲雷鳴牙!」
牙丸は変形させた武器を手に持ち相手から引き抜くと、先程のマンションの屋上へと飛び降りる。そして指二本を立てた印を片手で結んで手の甲を正面に向ける。すると手甲に描かれた渦巻状の稲妻模様が光り、縄となっていた放電絹がスカーフに戻り彼の首に戻った。
「穢鬼武ッ!?」
お妖の声に耳を傾けることもなく、牙丸は双雲雷鳴牙を構えて墜落しつつある穢鬼武目掛けて跳び掛かり、一気に斬り付けた!
「秘剣、稲妻落とし!!」
マンションから穢鬼武へ、穢鬼武から隣のマンションへ。稲妻を描く牙丸の斬撃。三回は斬り付けただろうか、牙丸は道路に着地するとその刃を高々と掲げた。途端にまだ空中にいる穢鬼武目掛けて、目映い稲妻が貫いたのである!
「穢鬼武ゥゥーーーーーッ!!」
炎に包まれ地に落ちる穢鬼武。幼い頃からの付き合いであるという相手を目の前で焼かれ、マンションから身を乗り出したお妖。九蔵に止められながらも、お妖は叫んでいた。
「穢鬼武ッ! いやァッ!!」
「御……嬢……さ……ま……ァァッ……」
お妖の声も虚しく、穢鬼武の体は紅蓮の中で四散した。震える彼女の手は、再びあの鏡を持つ。だがそれに気付かぬ牙丸ではなかった。
「霹靂珠!」
お妖の鏡から割れる音が響いた。それを見た九蔵が叫ぶ。
「雲豹の牙丸よ、このことばかりは鬼神斎様も決して御許しにはならんだろうッ!!」
電撃で気を失ったお妖を抱き上げ、九蔵は消えた。牙丸は、いやショウは自室に戻ると巻物を広げ、装甲を外しつつリョウとユウを解放した。
「なぁ二人とも、今回のことは……」
「分かってるよ」
「三人だけの、秘密だな」
ショウは、少しだけさみしそうな笑顔を浮かべる。
「ありがとう。ただ工場も大家さんも危険に晒すワケにはいかないからね、俺はここを出ることにするよ。工場も辞める」
「そうか……」
「仮面の下、相手に割れちゃったもんなぁ。でも出来ることなら手伝うぜ!!」
ユウが力強く言うとリョウもまたうなづいた。それまで孤独な戦いを続けていたショウにとって、仲間が出来ることは嬉しかった一方で迷惑をかけてしまったと複雑な気分でもあったのである。
「気持ちだけ、受け取っておくよ」
雲豹の牙丸。五年前に里を焼かれたあの日の少年は今、立派な青年へと成長を遂げていた。これから彼を待ち受けるのは果たしていかなるモノなのか。そして彼に襲い掛かった夜叉の仮面のシノビは何者か。運命だけが、この結末を知るのである。
仮面のシノビ、雲豹の牙丸の正体は、高砂丞であった。素顔が割れた以上は移動せねばならないと工場を去ろうとするショウと入れ替わるように旧友が現れる。だが……!
次回『夜叉ノ面』 お楽しみに