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牙丸伝  作者: DIVER_RYU
22/22

最終ノ巻『崩落ノ城』

~前回までのあらすじ!!~


仮面のシノビ、雲豹の牙丸は故郷を焼き滅ぼした仇敵、鬼神斎の本拠地に到着した。その奥にて待ち受けていたのはかつての同郷の友、角丸。鬼神斎の手により百鬼装甲を強化され、ついには装備者の意識をも支配下に置くようになった百鬼装甲の前に牙丸は因縁の対決に臨み、そしてたった今角丸を救い出したのであった。あとは、鬼神斎との決戦のみ!!

 その男が通った後には、割れた仮面が転がるのみであった。今、彼が掴んでいる相手はその仮面の着いた顔に貫手を入れられ悶絶し、ベリッと仮面を剥がされた時にはその肉体が消滅した。この仮面の集団、下忍群影を徒手空拳で蹂躙する者こそがこの物語の主人公にして、今その目的を果たそうとしている男、牙丸である。その暗い山吹色の眼には今、仇敵が近付くにつれ、憎しみの炎がギラギラと灯りつつあった。最早相手の下忍では、彼を足止めすることすら出来ないだろう。たった今、彼の手刀が一体の群影の頭部を仮面ごと斬り裂いた。彼の手に刃など付いていない。


「何処だァ……鬼神斎……何処だァァア!!」


 なおも立ち塞がる群影達。徐々にその数が増えてきている。その様子を見て、牙丸の口がニィィッと笑みを浮かべた。


「近いんだなァ!? だから必死に守ろうとするんだろォ!? しかし邪魔だなァア!!」


 抜いた二振りの刀、雷鳴牙を取り出すと牙丸は叫んだ。


「慟哭絶叫剣!!」


 交差させた刃が擦り合わされた途端に、電撃を含んだ衝撃波が群影達を吹き飛ばす。消し炭と化した群影の仮面が転がり、真っ黒となった影や天井からは煙が上がっている。刀を二つとも背中に納め、牙丸は再び叫んだ。


「聞こえたか俺の絶叫が! 魂の慟哭がァ!! 鬼神斎、今度はお前の番だァ!!」


 高揚した牙丸の精神が、彼の口を通じてその魂を叫ばせる。荒々しく歩みつつその手は胸当をと肩当を身に着け、スカーフを巻き、仮面をまとい、扉を蹴破る頃には装甲をまとった姿となっていた。そして扉の奥には大きな鏡と並んだ蝋燭、暗い部屋のその奥には、今すぐにでも会いたかった、そして斬りたくて仕方のないその姿があった。


「雲豹の牙丸、見参!!」


 力強く、かつ殺意の漲る声で牙丸は名乗った。


「待っていたぞ牙丸、よくぞここまで来た。まずは褒めてやろう」

「結構だ、最早言葉で語るモノなど何もねぇ、そうだろう!?」

「全く以てその通りだな、来たれ鬼神杖」


 錫杖に似た三叉の武器が、鬼神斎の手に出現する。刀を抜いた牙丸は相手の喉元に刃先を向けた。コンマ数秒、二つの影が火花を散らす。ぶつかっては払い、合わさっては弾き合う雷鳴牙と鬼神杖。ジャラン、ジャランと乾いた音が辺りに響く。牙丸の山吹色の目の軌跡が、鬼神斎の深紅の目の軌跡が火花と混ざり辺りを照らす。散らばった火花の一つが蝋燭に当たり、ジュッという音と共に雫を垂らす。鬼神斎が外の様子を見るのに使っていた巨大な鏡には今、薄暗がりの中で格闘する二人のシノビが映っていた。


 鬼神杖の刃を雷鳴牙が受け止め、もう一振りの雷鳴牙の刃を鬼神斎の左の籠手に付いた爪が受け止める。硬直した二人が押し合い、遂にはダダダッとその足があらぬ方向に駆け出して行く。その先にあったのは障子、それを豪快に突き破って二つのシノビが転がり込む。かつてその居間にはお妖が横になり、牡丹のわずかな意識が漏れ出していた。そんな畳の上にて二人のシノビが土足で屠り合う。牙丸は雷鳴牙の柄同士を合わせ、二つの刃を持った長巻状の武器である双雲雷鳴牙に変形させる。


 長き柄を持つ武器を互いに手にしたまま、睨み合いが続く。突き出される牙丸の双雲雷鳴牙に対し、鬼神斎は足で蹴り上げた畳でその先端を止める。素早く切って抜いた牙丸に対し、鬼神斎は爪の付いた左腕を飛ばす。今度は牙丸が先程の畳を蹴り、鬼神斎の爪を防いだ。飛ばした左腕を鎖で戻した鬼神斎は、この畳を牙丸に向けて投げ付ける。飛んで来た物体を真っ二つに斬り裂き、牙丸は鬼神斎へと突っ込んだ。横に薙ぐ雷鳴牙の刃、それを受け止め三叉の又に絡め取り動きを止めた鬼神斎の鬼神杖。すると牙丸はわざと雷鳴牙の先端を畳に刺し、鬼神杖をも固定すると、雷鳴牙を分離させて片方だけの刃で鬼神斎を斬る……ことは叶わず、何と雷鳴牙そのものの刀身を長い爪の付いた左手で掴んでいる。直後に右手が牙丸の手首をつかみ、刀を一瞬で折り曲げ、放り投げた。更に追い打ちをかけるように牙丸の、心臓の位置を左の掌で突く。土壁にぶつけられた牙丸、彼の周囲に亀裂が入り、崩れた土がポロポロと降ってきた。その様子を見つつ鬼神斎は自らの得物を回収し、牙丸の持っていたもう一振りの雷鳴牙を当人の眼前に投げて刺した。そいつでかかって来い、と言わんばかりに。


 雷鳴牙を抜き、牙丸は重くなった足をドテドテと鳴らしながら、しかし徐々に軽快に変わり鬼神斎へと飛び込んで行く。興奮し高ぶった彼の脳には感知出来ないが、長いことこの城に潜んでいる彼は食事はおろか休養すらろくにとれていない。何処までも疲労が蓄積され、まともな感覚であれば動けなくなるにも関わらず戦闘を続行しているという、まさに闘争本能の操り人形と化していた。


「それでこそ本物のシノビだ、私が目を付けた甲斐があったというモノだ」

「鬼神斎……拙者に目を付けたことこそが、貴様の運の尽きで御座るッ!」


 鬼神斎は、背後にあった襖に手をかざす。すると襖はカタカタと音を立て、敷居から外れて宙に浮き始めた。近付いて来る牙丸に鬼神斎の操る襖が四方から飛んで来る。前方の襖に刃を刺した牙丸だが、残り三つが彼の動きを封じた。閉じ込められた標的を見て、鬼神斎は得物を構えて印を結び、呟くように唱える。


「裏刃忍法、吸飲炎喰法」


 鬼神杖のリング状の部位に黒い炎が灯る。かつて妖魔道人を手にかけ、喰らった術である。牙丸を閉じ込めた襖を、鬼神斎の一撃が貫いた。襖から黒い炎が一気に上がり、襖から飛び出ていた雷鳴牙の刃が高熱で溶け落ちる。鬼神斎の仮面に付いた白い能面のような顔が口を開き、黒い炎を吸い込んでいく。襖が焼失しきった時、そこに牙丸の姿はなかった。喰われてしまったのか?


「そんなワケあるまい、なぁ?」

「反動稲妻蹴り!!」


 鬼神斎の背後から迫る牙丸の跳び蹴り。しかしここまで読んで来た読者諸賢にはお分かりだろう、この二人のシノビは、背後から来た攻撃にも目の前で起きたことのように対処が可能であると。


「妖術、業輪殺法」


 鬼神斎が、かつて妖魔道人の使っていた妖術の名を呟いた。すると鬼神杖に付いた輪のような部位、かんが本体から離れ、彼の周りを浮遊し、牙丸を取り囲んで切り刻んだ。撃ち落とされたところに突き出される鬼神杖の先端を、手甲でなんとか受け止める牙丸。目の前で鬼神杖に先程飛んだ鐶が戻っていく。牙丸の装甲は最早あちこちに傷が付き、先程の攻撃で肩当が取れ、胸当にまで大きく抉れた跡がある。鬼神斎が狙ったのはその傷跡であった。牙丸の抵抗を無理矢理押し切り、鬼神斎が得物の刃を押し当てると凄まじい量の火花が散った。畳に寝転がされてもなお、牙丸の足がその場でバン、と畳を叩くと反動で脚全体を跳ね上げ、両足で鬼神杖の柄を取り、突きの軌道を捻じ曲げ、畳に刺す。


「紫電爪!!」


 先程削られた手甲から発射される十字手裏剣の連射が、至近距離に持ち込まれた鬼神斎を襲う。襲われた標的のとった行動、それは分離も出来る籠手と化した左腕で、仮面についた白い顔をかばうというモノだった。


「その白い顔、かばうのはやはり娘が入っているからか」


 鬼神斎は、手裏剣が刺さった左腕を下げるとその件の白い顔の口が開き、黒い炎が噴き出した。鬼神斎が操るこの炎は通常の炎より遥かに高熱であるだけでなく、生物のようにあらゆるモノを「喰らう」という特徴がある。これを浴びたら牙丸とて跡形もなく焼き尽くされ、鬼神斎の糧となってしまうだろう。だがそんな武器を彼は、先程から本拠地内で使い始めた。


「城ごと焼く気か鬼神斎!?」

「城などまた建てれば良い……」


 鬼神斎もまた執念を燃やしていたのだ。一方の牙丸は、襖が塞いでいた向こうに飛び込み炎から逃れようとしていた。先程の部屋と異なり、向こうは木の床にテーブル、食器棚といったモノが見える。まるで急に趣向を変わったかのように洋装となっていた。かつてここでは鬼神斎と牡丹に取りついたお妖、そして執事であった革張裏といった面々が食事をとったり談笑をしていた。そんな光景に、今二人のシノビによる死闘という名の破壊が迫ろうとしている。


 テーブルに飛び乗った牙丸。最早彼の手に雷鳴牙はない。一方の鬼神斎、こちらにはまだ鬼神杖がしっかりと握られている。このままでは不利だ、牙丸は霹靂珠を手に鬼神斎の目を見た。その露わになっている片方の目は赤く、狂気の光を常に帯びている。印を結ぶと鬼神杖から再び鐶が分離し、辺りを浮き始めた。業輪殺法の準備か、否、その輪になんとあの黒い炎が灯っていくではないか。


「裏刃妖術、業輪黒炎斬ごうりんこくえんざん!!」


 鬼神斎は奪った妖術に自らの技術を組み合わせ、新たな術として作り出していたのだった。黒い炎が付属した一撃はそれだけでも牙丸にとっては脅威である。後ろに飛び退いた牙丸、背中をそり、一回転しながらまず二つの鐶に霹靂珠をぶつけた。術の込められた黒い炎とはいえ、炎である以上はプラズマであることには変わりない。そこに対抗するには、霹靂珠から放たれる電撃が有効だと考えたのだ。即ち、プラズマにはプラズマである。黒い炎をまとった鐶を打ち抜いた霹靂珠が、轟音と共に黒い炎を打ち消した。目論見は成功である、だが残った輪が背中を斬り裂き、煙が上がる。牙丸はテーブルを蹴って鬼神斎に向けて飛ばした。術に必要な集中力を削ぐためである。案の定、飛び道具の動きが遅くなった。つかさず残った鐶を霹靂珠で撃ち落とした牙丸であったが、先程蹴り飛ばしたテーブルが戻ってきた。鬼神斎の掌打を伴って。牙丸もつかさず掌でテーブルを打ち、両者はテーブルを挟んだ向かい合わせで押し合う形となった。


「ぬぅぅ……」

「ふん……」


 鬼神斎は得物を床に刺すと両手でテーブルに掌を向けた。牙丸もまたもう片方の掌を向ける。両者の側から、テーブルに亀裂が入り始める。牙丸の両手が重なる。彼の両腕から放たれる陰と陽、二つの電撃が合わさり掌打の威力を上げる。それに気が付いた鬼神斎、仮面に付いた白い面から炎を発し、テーブルに火を着けた。両者の力がぶつかり合い、限界を迎えたテーブルがついに爆ぜて砕け散った。飛び散る破片の中、鬼神斎は得物を再び手にして牙丸に向かって跳んだ。牙丸も跳んだ。交差する二つの影、降り立った二人を静寂が包む。テーブルだったモノが次々に黒い炎に包まれ消滅する中、食器棚の中身までもが床に散っている。先に膝を突いたのは牙丸だった。右腿から血を流し、煙までもが上がっている。振り向いた鬼神斎、しかしその得物だった鬼神杖が、ズルリと手から落ちてゆく。柄が折れ、刃が曲っている。あの一瞬で牙丸は、両手を交差させて状態で、極めて強い電撃を含んだ手刀を繰り出すことにより鬼神杖を破壊したのである。


「これで終わったなどとは、思っておるまい?」

「当たり前だァア……!!」


 痛みをこらえて牙丸は立ち上がり、構えをとる。鬼神斎は左腕の長い爪をグワッと開くと、近くに転がっていた椅子にそれをかざした。ふわりと浮き上がった椅子が牙丸に襲い掛かるが、こちらも近くにあった椅子を掴み、足を相手に向けて自身ごと突っ込んだ。ぶつかりあった椅子、それを足場に宙に上がる牙丸を見た鬼神斎は、先程術に使った左腕を牙丸に向けて分離、飛ばした。金属製の爪が相手を襲う。だが牙丸は体を捻り、敵の左腕をかわすとその根元にある本体と繋ぐ鎖を掴み、一気に力を込めるともう片方の手を振り上げ、


「陰陽電撃打ち!!」


 両手で挟み込むようにして鎖を、いや左腕そのものを打った。爆発四散する腕、更に鎖を通じて電撃が鬼神斎を襲う。のけぞる鬼神斎、ここにきて初めて明確な痛手を鬼神斎に負わせることに成功したのだ。左手のあった跡から噴き出す火花が、そのダメージの大きさを物語っている。


「これがお前の『怒り』か」


 左腕の損傷を見て鬼神斎が口を開く。


「拙者の怒りは痛かろう……!!」

「悪くない味だ、なれば次はお前の『死』を見せてもらおう。忍法、黒炎球こくえんきゅう!!」


 鬼神斎は片手で印を結び、仮面にある白い顔の前にかざすと全身があの黒い炎に包まれ、巨大な火球となると突進した。スカーフである放電絹の先端を焦がしつつも牙丸は突進をかわしたが、鬼神斎は火球となったまま高速で、城の内部にも関わらず縦横無尽に駆け回り、辺りはたちまち黒い炎に包まれてゆく。牙丸を蒸し焼きにするつもりなのか!?


「追ってこられるモノなら追って参れ、ふははははははははははは!!」


 天井を突き破り、火球となった鬼神斎は姿を消した。このままでは逃がすどころか、牙丸は焼け死ぬか、はたまたバックドラフト現象により爆殺されることとなる。獣ノ巻を取り出し、牙丸は真上に向かって構えると叫んだ。


「来い、玄青王ッ!!」



 外に出た鬼神斎は、火球の姿を解いて山に姿を現していた。そしてがっくりと膝を突く。なくした左腕を見つめるその背後で、自身の開けた脱出口から凄まじい量の爆風が噴き出した。まるで火山のように、凄まじい音を立て、黒と紅の混ざったおぞましい色の爆発が噴き上がる。


「さらば、我が夢の城よ……」


 かつての自分の本拠地が、次々に爆発して散って行く。山に生えた木も竹も巻き上げて、炎が空に上がる。このあまりに大規模な爆発は周辺の町の人間達の目にも留まり、あらゆるカメラが捉えていた。その中にはかつて牙丸と接点を持った、あの親子の姿もあった。


「父さん、アレ!!」

「あの爆発は……まさか、牙丸さんに何か!? とにかく今は避難だッ!!」


 この規模の爆発は全国的な臨時ニュースとして伝わり、大騒ぎとなっていた。無論手助の町にある、かつて牙丸が働いていた工場も例外ではない。


「な、何だあの爆発は!?」

「まさか、ショウさん達では!?」

「シノビってここまでやるモンなの!?」

「てかアイツ連絡ねぇけど無事なのか!?」


 いつまでも立ち昇る爆煙を見ながら、鬼神斎は呟いていた。


「牙丸よ、私はお前を失いたくはなかった。だが仕方あるまい、こうでもしなければ私の夢そのものが潰れるのだ。なぁ、お妖よ……」


 爆発に背を向けて去って行こうとする鬼神斎。本当に牙丸は、木っ端微塵に吹き飛んでしまったのか。復讐を成し遂げられぬまま死んで逝くのか。誰がこの、狂気を具現化したような現代の悪鬼を討つのか。その時、鬼神斎は足を止めた。そして眼前に向けて構えをとる。何もない、目の前に。


「やはり、あの程度で死ぬシノビではなかったか!!」


 歓喜の表情に染まる鬼神斎、その視線の遥か先がひび割れ、大きな爆発が起こる。その爆風に乗って、轟音と共に黒い機体が飛び出した。そこに跨るは、まさしく雲豹の牙丸!!


「鬼神斎! 雲豹の牙丸、まさに灼熱地獄から舞い戻りて候!!」

「上等だ、いやお前なら生きて出てくると、私は信じていたぞッ!!」


 バイクから降りて、牙丸は再び叫ぶ。


「鬼神斎ッ! 貴様の一派は今日限り滅びるので御座る!!」

「牙丸よッ! 本当の地獄はたった今から始まるのだッ! 行くぞッ!!」


 鬼神斎は仮面に付いた白面の口から黒い火炎弾を連射した。その口調は最早余裕のあるモノではない。興奮している。死んだと思っていた牙丸が生きていることに、彼は高ぶっているのだ。その心を知ってか知らずか、牙丸は火炎弾の起こす爆発を突き抜け鬼神斎に駆け寄って行く。高く飛び上がり、術を叫ぶ!


「紫電霹靂斬!!」


 二重の刃を鬼神斎が迎え討つ。握り締めた拳から黒い炎が迸り、正確な一撃でこの一撃を打ち砕く。更にこの手に仮面から放つ炎を追加すると、その場で地面に向かって撃ち込んだ。ひび割れる大地、噴き上がる暗黒の炎が牙丸を襲う。


「業火黒炎獄!!」


 鬼神斎の仮面から放たれる炎の輪が牙丸に追い打ちをかける。そして、何と自らその炎の中に鬼神斎は踏み入れた。牙丸を追い詰める心づもりである。


「さぁ牙丸よ、この炎をくぐりて現れて見せよ!!」


 その時、轟音走る。燃え盛る炎を突き破り、姿を現したのは牙丸の愛機、玄青王であった。片手でその機体を押さえながらも炎の中から押し出される鬼神斎。その力強さは彼の足が刻んだ溝が物語る。軌跡にはもれなくあの黒い炎が上がっていた。


「鬼神斎! お前を憎んでいるのは、何も牙丸だけじゃないぜ!!」

「お前は機騨の殻繰か! 実によく出来ている、だが!!」


 回し蹴りを入れ、よろめいたその瞬間に手をかざしてその場から浮かせると、近くにあった木に向かって投げ飛ばした。


「所詮は機械人形!! 牙丸は何処だッ!!」


 その頭上に蠢く影に気付かなかった。燃える木の葉に紛れ、鬼神斎の頭上から襲撃する獣の影。その手には殺意に輝く冷たい刃を煌めかす。それは雷鳴牙ではなく小太刀であった。獣賀の里が襲われたあの夜、牙丸が両親から預かり、その命を助けた、まさにあの小太刀であった。斜めに斬られ、真っ二つになって落ちる白い顔、ひび割れて砕け散る鬼神斎の仮面。刃は真っ赤な血に染まり、奇襲を受けた鬼神斎はそのまま後ずさり顔を押さえる。その手の指の間から、とめどなく血が溢れて続けてもなお、鬼神斎は牙丸を強く睨み付けた。その先に見える牙丸、装甲どころか鎖帷子までも熱によって落ち、仮面は一部が割れて素顔の目が強く睨み付けている。


「お前ッ……何てことを……!!」


 鬼神斎の仮面に付いていた白い顔は、真っ二つになってなお口を開けてカタカタと震えていた。その様子をじっと見つめる牙丸の、その脳裏にはある言葉が浮かんでいた。


『今はその小さな命を、ここに繋ぎ止めておるがな』


 あの時は鬼神斎は、仮面の白い顔を指差しそう言った。牙丸にとって今の一撃はいわゆる意趣返しである。そして今、鬼神斎は落ちた白い顔を拾い、まるで涙でも流すかのように仮面の着いていた箇所から血を流す。斜めに斬られた仮面を無理矢理くっつけながら、しかし目の前の牙丸は最早眼中にないらしい。


「身内を奪われる痛みがッ! 大切な存在を失う悲しみがッ! お主にも分かったで御座るかッ!!」

「お妖ッ!! しっかりするんだ、お妖ッ!!」


 鬼神斎の耳には最早、牙丸の声が届いていなかった。


「お妖!! 返事をしてくれ、お願いだ!! 私を、私を一人にしないでおくれ!!」

「お、とう、さ……」

「お妖ッ!!」


 あの白い顔が言葉を発した。かすかな、か細い声であった。


「お妖、お妖ッ!」

「おとう、さん、たす、けて……」

「助けてやる、助けてやるぞお妖!!」

「ほんと……?」


 牙丸は、その光景にあるデジャビュを感じていた。確か、お妖はこういう時、どうするんだったか。


「おとうさん、ありがとう」


 その言葉の直後である。白い顔の断面から、大量の黒い紐状の物体が飛び出し、鬼神斎の顔面を次々に突き刺したのだ!


「ぐわああああああああああ!? お妖、何をする!?」

「おとうさん、ありがとう」


 顔だけではない、鬼神斎の体中にこの黒い何かが突き刺さり、蹂躙する。倒れ込む鬼神斎の口から大量のドス黒い血が吐き出される。御察しの通りただの血ではない、彼の体内は今、強烈な勢いで溶解を始めていた。その証拠に彼の手が今ボトッと落ち、赤黒いヘドロ状の物体に化ける。


「お妖、なぜ……」

「おとうさん、これで、ずっといっしょ」

「この親にしてこの子あり、か。娘と自分の野望のためなら何でもやったお前が、他ならぬ娘によって食い殺されることになるとは」

「ぐああああああ……」


 牙丸はもう一つの刃を抜いた。姉の持っていた合口である。自分の小太刀と交差させ、今溶け落ちようとしている鬼神斎に歩み寄る。白い顔の前にその先端を持って行き、そして叫ぶのであった。


「鬼神斎、これは拙者がお主に与える最初にして最後の慈悲であるッ! 必殺、慟哭絶叫剣ッ!!」


 至近距離で放たれたこの一撃が、彼の復讐の終わりを告げた。お妖の白い顔が、鬼神斎を食らう黒い物体が、そして肉塊となりつつあった鬼神斎が、全て微塵となって吹き飛んで行く。その跡には最早何も残らなかった。その役目を見届けたためか、牙丸の持つ二つの刃は最早使いモノとならぬ形となっていた。



 数日後、多助市の病院から男女二人の患者が退院した。迎えに来たのは一人の男、タクシーを拾って山へと向かって行く。


「しかしまぁ、あの爆発ン中でよく御無事で」

「まぁ、何とかですよ。あ、そこでお願いします」


 ある稲荷神社の前でタクシーを降りると、男は二人を下ろして境内をくぐる。


「姉ちゃん、角丸。今や獣賀者はこの三人しかいない。よってここの守りを二人に頼もうと思う」

「牙丸、あなたはどうするの?」

「そうだな……」


 牙丸は、空を見つめて呟いた。


「しばらくはここにいるけど、旅に出るつもりだ。鬼神斎を討った後、俺には最早何も生きる目的がなかった。コイツを見るまではね」


 牙丸は懐から紙を取り出した。そこに書かれていた内容、それは……


「何だコレ、『謎のオーパーツ、六角柱の塔、調査員求む』だとォ?」

「そうだ、何でも周辺に鬼みてぇなのがちょいちょい出るらしい。シノビとしての力、鬼神斎は自分らのためだけに使っていたが、俺は誰かの役に立てていきてぇんだ。最も今は、壊れた装備を片っ端から直さないといかんがね」


 紙を仕舞い込むと、牙丸達は鳥居に向かって歩き出した。この先には獣賀の聖地、涅虎岳に繋がっている。現代に生きるシノビ達、彼らの本当の人生は今まさに、始まったばかりなのである。


皆々様、御愛読のほどありがとうございました。一度ボツにした作品をゲームで使おうとしてまたポシャり、今回やっと形になった作品で御座いましたが、無事に牙丸の物語を完結させることとなりました。ではまた、新たな作品にてお会いしましょう。

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