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牙丸伝  作者: DIVER_RYU
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二一ノ巻『宿敵ノ貌』

~前回までのあらすじ~


仮面のシノビ、雲豹の牙丸は故郷を焼き滅ぼした仇敵、鬼神斎の本拠地に到着した。城の仕掛けに惑わされつつも辿り着いたのは鬼神斎の研究室。そこで待ち受けていた最強の仙鬼、鬼雲笠を一進一退の激しい攻防の末に制した牙丸であったが、彼の本当の闘いはこの後に始まるのである!

 その話は、機騨の里にて鬼神斎が牙丸の眼前に姿を現した直後に遡る。


「ゼェ……ゼェ……」


 牙丸と鬼神斎が渡り合う中、一人必死の下山を試みる者がいた。角丸である。彼は牙丸に加勢するも妖魔導人の術によって装甲の内部にまで傷が及び、撤退を余儀なくされたのだ。


「ゲホォッ!!」


 時折血が噴き出す。妖術、人食い煙が肺にまで達していたのだ。このままでは負担にしかならぬため、装甲は既に外していた。


「クソッ……やはり格が違い過ぎる……オレが獣になるのは夢のまた夢か……」


 獣賀の里は滅亡、かといって既に裏刃に居場所はなく、今の彼はあまりに無力であった。牙丸のように装甲をまとったまま戦い続けることすら出来ない。彼の百鬼装甲は四分しかもたないためだ。


 ふらつく足元。胸を襲う焼け付くような痛み。装甲をまとったことによる身体への負担も重なり、角丸の体は限界が近付いていた。そこまでのリスクを冒してまで、何故彼は牙丸の危機に駆け付けたのか。


「何がシノビだ、何が獣賀だ、何が裏刃だ……牙丸をつけた意味がねぇじゃねぇか。巻を奪うんだろ、そうじゃなかったのかオレ。裏刃に巻を取られちまったらこの世の終わりだ、だから牙丸を助けたんだろ。なのにオレは、オレは……!!」


 確かに牙丸は助かった。しかし角丸は途中で退場せざるを得なかった。彼は、自分でもイヤになる程に、ハンパ者であった。牙丸と妖魔道人との戦いでギリギリで牙丸に勝たせ、弱ったところで巻だけを奪う。それによって完璧な獣賀のシノビとなる。そのはずであった。だが自身の実力がそれに耐えられなかったのだ。策士策に溺れるどころか、策を実行出来なかったのである。


「くそォ……くそォォ……くっそォォォッ!!」


 直後、彼の口からゲポッという音と共に血が噴き出した。同時に膝が地面に付く。彼にとって全ての始まりは、コンプレックスによる気の迷いであった。獣賀の里の中でも牙丸と比較される日々、シノビの血を引いても因子の弱い彼には惨めでしかなかった。そこに舞い込んだ裏刃の誘い。


『獣賀に、自分の子を取られている。私の預けた子を自らの里の者にするつもりだ。だから取り返しに行く。力を貸してはくれまいか』


 読者の皆々様であればお気付きであろう、この鬼神斎の言葉は全てが嘘であった。しかし角丸はあっさりと騙されてしまった。彼の中では話がつながってしまったのだ。アイツは実は獣賀者なんかではない、だから牙丸はシノビとして能力が高く、自分は惨めな目に合っていると。獣賀の大人達はとても許しがたい方法で、無理矢理獣賀の術を継がせようとしていると。そしてこの男を手伝えば家族の再会が望めるだけでなく、自身も唯一の獣賀者のシノビとなる。結果的に、彼はその判断によって、帰る里を失ってしまった。


『何故あそこまでやったんだ! 何故里そのものを消した、何故オレの両親まで殺した!!』

『君はこの里の大人達が憎かったのではないのかね?』

『しかし……!!』

『どうせあの中にいても生きながら腐っていくだけだ。私について来い、本物のシノビに育て上げてやる』


 彼の百鬼装甲は、まさに悪魔と契約した証ともいえるモノであった。それでも彼はこの悪魔に反旗を翻した。本格的に居場所を失くすという代償を以て。木に背中を付けて座り込み、角丸は休憩する。その最中、里を売ってしまったあの時からを回想していた。


「あの時に、戻れたらな……」


 その時であった。突如彼の眼前に現れた三叉の武器。見覚えがある。恐怖に染まる瞳、慄きながらも立ち上がる足。そこのあの声が響く。


「角丸よ、久しぶりだな」


 黒い炎をまとい、武器の周りを舞いながら姿を現したのは他でもない、鬼神斎であった。


「鬼神斎……!!」


 恐怖を無理矢理振り払い、角丸は鬼神斎を睨み付ける。


「何だ、久しぶりだというのに随分なアイサツじゃないか」

「裏切り者に対して、お前がやることなど分かっている……例え相手が手負いであってもそうだろう!?」

「ふっ、果たしてそうかな?」


 更に近付く鬼神斎、武器には手をかける様子すらない。


「忍法、鬼変化!!」


 懐中時計を引き抜こうとする角丸。だが装甲がまとわれる最中に彼の体はガタッと崩れ落ちた。装甲をまとうだけの体力が残っていないのだ。その顔を、本来であれば武器を握っていたであろう右手でグイっと掴むと、鬼神斎は言った。


「楽にしてやろう」


 籠手の装備された左手が角丸の胸を突く。黒みがかった血の塊を吐き出し、角丸は意識を失った。



 所と時が戻ってここは裏刃の城内、牙丸はあの研究室から更に奥へと向かって進んでいた。研究室の隠し扉の向こうにあったのは、所々が階段状になっている巨大なすり鉢のような空間。その床は木材を使っておらず、土がむき出しである。コレを駆け降りれば良いということか。


「ダァァァーーーッ!!」


 叫びと共に牙丸は飛び込んだ! 戻れなくて元々だと、彼は敵陣に乗り込む。すると土のいくつかが盛り上がり、煙と共に赤い何かが起き上がる。五つの出っ張り、手にも似た形状、真ん中の突起には目が付いている。


「こいつは多助の町で見たヤツか!!」


 読者の皆々様には懐かしいかもしれない。一ノ巻と二ノ巻に登場した暗鬼、火焔掌がこの空間に潜んでいたのだ。しかも一体ではない。何体も土の中に潜んでいる。蟻地獄を思わせるすり鉢状の床を駆け降りる牙丸に、火焔掌が何体もガシャガシャと迫って来る。触れられようものなら炭となる、だからこのように土を活かした構造に潜ませたのであろう。直接切り結べば命はない。


「紫電爪!!」


 両側から二体の火焔掌が迫る。その形状は丁度左右の手に近いモノであった。両の巨大な掌に潰されようとするその直前、牙丸は跳んだ。すり鉢状の構造を利用し、向こう側に移動するのだ。ついでとばかりに、牙丸の両手から放たれる手裏剣、紫電爪が光を放って火焔掌の『中指』にある一つ目に飛ぶ。跳ね飛ばされる二つの第一関節、残る目は四つの指と掌にある。一方で牙丸の着地点の近くにも、火焔掌達が待ち受けていた。


「霹靂珠!!」


 指の又に電気を放つ癇癪珠、霹靂珠を挟んで構える牙丸。今度は三方から火焔掌が迫って来る。その場で垂直に跳ぶ牙丸、シノビの跳躍力は装甲を着けずとも垂直に身長分だけは跳ぶことが出来る。敵の姿を捉えるべく、火焔掌達は指を開き掌にある目で牙丸を見る、それこそが狙いであった。


 牙丸は体をその場で捻ると指の又にある霹靂珠を打つ。狙いは敵の持つ掌の目である。次々に目に突き刺さる霹靂珠、だけでなく火焔掌の体中に打ち込まれていく。降りた牙丸、その周囲では悶絶しながらすり鉢構造を落ちてゆく火焔掌が見える。そこに向かって牙丸は指を構えると、バチッという音と共に弾指を鳴らす。するとすり鉢構造に三体一まとめとなっていた火焔掌が次々に爆発した。そして先程牙丸が置き去りにした、手負いの二体が迫り来る。


 霹靂珠を四つ指で弾いて宙に浮かし、左右対となっている紫電爪を合わせて両手それぞれに挟み込む。


「紫電霹靂斬、四段打ち!!」


 打ち出される二重の刃が四つ、二体で一対の火焔掌に向かって飛んで行く。スッパリと跳ね飛ばされる指、そしてもう一枚の刃がそれぞれ掌にある目を撃ち抜いた。途端に、左右に裂けるように爆発し砕け散った。牙丸はすり鉢構造の真ん中に空いた巨大な穴に向かって跳ぶ。その姿は、装甲を着けても火焔掌一体に苦戦をしていたあの頃とは最早比べモノにならぬ程に、たくましい真のシノビとなっていた。


 内部に入り込んだ牙丸に、まるで死を告げるかのように天井が閉まって行く。ひとりでに火の灯る松明は、まるで彼を冥府へといざなおうとしているようだ。ある程度進んだその時、次々に着いてゆく松明が一人のシノビがたたずむ空間の全貌を示しだした。獣化した牙丸が三頭は暴れられそうな程の大広間、真ん中には棺が一つ見えている。新たな鬼でも用意してあるのだろうか。


「鬼神斎! 姿を見せろ!!」


 そう叫びながら棺に近付く牙丸だったが、その棺に書かれていた名前には驚愕した。


「雲豹の牙丸、またの名を高砂丞、享年……俺は今日死ぬらしいな。お前の字だろ、角丸!!」


 いつの間にか背後に立っていた男、角丸の存在に牙丸は気が付いていた。


「そうだ、お前は今ここで死ぬ」

「最早聞かなくたって分かるぜ、お前はあの後、鬼神斎に捕まったんだろう」

「それがどうした」

「匂いで分かるぜ、ヤツに染み付いた獣賀の血の匂いだ。そしてもう一つ……」


 牙丸は、角丸の、胸に下がった懐中時計を指差した。


「呑み込まれたみてぇだな、百鬼装甲に。暗鬼や仙鬼に特有の、ここまで暗鬼の力を増幅出来そうなヤツ、鬼神斎の他には考えられねぇよ」

「だったらどうする。この男を救い出すのか?」

「さぁな。ただこれだけは言わせてもらう。俺は簡単には死なねぇぜ?」


 指を下ろし、獣ノ巻を取る牙丸。角丸は懐中時計に手をかけると捻り、牙丸と同時に叫んだ。


「忍法! 巻変化!!」

「忍法! 鬼変化!!」


 装甲が着くや否や、二つの影は激突した。牙丸の雷鳴牙、角丸の蔓緑斬が競り合う。刃で受けつつも、牙丸は実感した。角丸の力は以前に激突した時よりも、遥かに上昇していると。力づくで牙丸の体がじりじりと押されてゆく。角丸の大鎌が彼の持つ双剣を押し切り、胴体目掛けて斬撃を浴びせようとする。刀を投げ上げ、牙丸はなんとバック転で攻撃をかわした。間合いをとり、宙に舞う雷鳴牙に向かって跳ぶ牙丸に、角丸は蔓緑斬の柄を分離させて鎖を出し、絡め取ろうと分銅代わりの棍棒部分を投げ付ける。刀に手が届くと同時に、牙丸の脚を鎖が捕らえた。以前の彼ならこのまま床に引き倒されていただろう、だが! 牙丸は刀で鎖を叩き斬るや否やその先端を握り返し、刀を真下に投げて刺すと自らは足から床に降り立った。鎖を通じ、二つの力が拮抗する。鎌の部分を持ったまま引き寄せようとする角丸に対し、牙丸は鎖そのものを両手で引く。


「答えろ角丸! 鬼神斎は何処だッ!!」

「この男は答えない。お前を殺すまではな」

「じゃあ百鬼装甲! お主に聞けば良いのだな!?」

「鬼神斎に会うなら、この男を止めてから行くことだ」


 互いの力が引きすぎた結果か、鎖は引きちぎれた。バランスを崩す両者、しかし崩れた体勢のまま今度は拳を握ったまま互いに向かってゆく。交差する互いの一撃。顔にストレートを食らった両者、しかしノーレンジに持ち込もうと次の一撃を繰り出そうとする。牙丸は脚を、角丸は手刀を互いにぶつけた。今度は牙丸の蹴りが角丸の手を払い、二段目の攻撃が胸部に命中する。飛び込む牙丸の両手を、角丸は肩に付いた角状の突起を使って防ぎ、額から針状の光弾を撃ち込む。それでもなお防がれた手を使って相手の肩に生えた角を掴み、空中に一回転する牙丸はその足を大きく振り上げ、角丸の脳天にあびせ蹴りが命中した。前のめりになりながら後ずさる角丸だったが、追い打ちをかけようと水面蹴りを放とうとする牙丸の脚を掴むとそのままその場で体を捻り、力任せにブン投げる。すると投げられた牙丸、壁に向かって足を向けると投げられた勢いを使って壁を蹴る。目指すは反対側の、角丸の背後の壁であった。


「反動稲妻蹴り!」


 背後を狙って放たれる牙丸の一撃。だが角丸は牙丸の方に顔を向けると肩の角を向け、


「双角連射弾!!」


 なんと角そのものの先端が飛んで来たではないか。しかも発射された部分はその場で生え、次々に打ち出されて来る。ただの飾りではない。そして角丸本人よりもこの装甲の方が、機能という機能を使いこなしているのは読者の皆々様には分かることだろう。宙に広がる爆発音と煙、その中から牙丸は床に叩きつけられるように落下した。近付く角丸、相手はうつぶせのまま動く様子がない。拾い上げた鎌を手に、トドメの一撃を下そうとしたその時、彼の胸部に衝撃が走った。突如牙丸が、体を捻ると同時に相手の撃った角を一つ、胸部装甲に向けて叩き付けたのだ。爆発と共に胸部にあったアバラ状の部位が砕け散る百鬼装甲、それを見ながら牙丸は立ち上がった。


「目は覚めたか、角丸!!」

「……」

「何か言え! 中身でも外身でも構わん!!」

「見せてやるよ、オレの獣変化ってヤツをよ……」

「何?」


 驚く牙丸。相手は何をしようとしているのか。獣変化を、まさかここで習得したというのか。


「何を言っている……その口調は中身の方か? だとしたら、おい角丸、死ぬつもりで御座るか!!」

「嗚呼そうだよ。どうせオレに帰る場所なんてねぇんだ。だったらここで死んでやる。牙丸、その目カッ開いてよォく見るんだな、オレの本気の姿をよォ……!!」


 牙丸が止めたのには理由がある。角丸の意識を一時的に飲み込むまで強化された百鬼装甲は、獣の巻が持つ獣化能力まで身に着けていた。しかしただでさえ装甲を着けているだけでも時間に限りのある角丸が、獣変化を使ってしまえばどうなるか。牙丸の言う通り「死」が待つこととなるのである。角丸は、最早自身の意識まで毒されてしまったというのか。


「獣賀、裏刃、双流忍法極意、裏・獣変化!」


 角丸の周囲に亀裂が入る。爆煙と共に床の破片が宙に舞う。後方に飛び退く牙丸の目に映ったモノ。それは煙の中から現れる巨大な手、ケルベロスを思わせる三つの顔は夜叉の仮面ではなく、牙がズラリと並び咆哮を上げる鬼そのものであった。四つの手を床に付け、三つの頭をもたげて吠えるその姿は、現実世界の伝承にある夜叉の外見に野蛮さという過激なスパイスを加えたような、実に実におぞましいモノと化していた。


「百鬼装甲の本気か……! 生きて出るつもりはないらしいな!!」


 牙丸の口元を覆う面頬が変形する。獣の巻を咥え、印を結ぶ。


「許せ角丸! 獣賀忍法極意、獣変化。大雲豹!!」


 上がる黒煙、走る稲妻、轟音を響かせ、牙丸は獣としての姿を現した。睨み合う二つの獣。飛び掛かる二つの巨体、その眼に一瞬だけ光ったモノは涙であろうか。二本足で立ち上がり、四つの腕を上げた角丸に対して、牙丸は四つ足のまま飛び掛かる。迫り来る二つの両の掌を遥かに飛び越え、狙うは三つの頭部のうちの一つ。介錯をするつもりである。巨大な牙を首筋に突き立てる牙丸、それを振り落とそうと暴れる角丸、最早ヒトとヒトではない。これは二つの獣のぶつかり合いであり、早すぎた弔い合戦でもあった。牙丸が標的としているのは最早角丸ではない。その身を包み獣と化している百鬼装甲である。中身つのまるは、もう、助からないと覚悟を決めたからだ。


 牙丸を振り落とした角丸は、三つの顔にある額の割れ目から針状の光弾、鬼針眼光弾を発射した。肩から伸びた布状の物体を翻し、牙丸は攻撃を防ぐと爪を光らせ、床を抉る。地を這う斬撃が、床に裂け目を作りつつ角丸を襲う。一度獣化した牙丸がその姿を保てるのはわずか五分程、それまでに疲労が蓄積していればより早く限界が訪れる。角丸が崩れ落ちるのが早いか、獣化の解けた牙丸が八つ裂きにされるのが早いか。まさにデスマッチ、狩るか、狩られるか!


「存分にやり合うが良い。生き残った方こそが、私の右腕としてふさわしい」


 この様子を楽しむ観客がいる。鬼神斎である。


「生命の殺し合う姿、いつ見ても飽きることはないな」


 牙丸の肩から布が放たれ、角丸の両腕を捕らえた。残りの腕が布を掴み牙丸を引きずる。獣の眼が敵と、今いる空間を見る。この広間は円形で、かつドーム状の造りとなっていた。牙丸の眼に、紫電の閃きが灯る。そして駆け出した。ひたすらに駆け出した。引き寄せようとする角丸、それをモノともせずにひたすら、相手の周りを駆け回る。牙丸が壁に跳んだ。爪を食い込ませ、なおも駆ける、駆ける。やがて角丸は引き寄せるどころか、牙丸の向きに振られ始める。跳躍一閃、あの巨体が壁から壁に跳ぶ。バランスを崩す角丸に、今度は助走を付け、カーブを付けて牙丸が跳んだ。布が伸び、角丸に巻き付いていく。咆哮を上げる牙丸、すると彼の巨体から放たれた電撃が、布を通じて拘束されている角丸に浴びせられた。悶絶する角丸の巨体、巻き付いた布に手をかけ、転げまわる。爪を床に食い込ませて耐える牙丸。角丸の爪が布に食い込み、やがて引き裂かれると今度は牙丸自身が角丸の懐に飛び込み、その爪を直に当てた、その瞬間であった。


「……ん、ここは何処だ? 何故喋れる!?」


 牙丸の手はヒトのそれに戻っていた。装甲もとれている。そして周りは広間ではなくなっており、白い光景が広がるばかりであった。


「角丸は、角丸は何処だ?」

「牙丸、こっちだ」


 声のする方に向かった牙丸が見たモノ、それは倒れた角丸と、角丸の装甲が立っているという異様な光景であった。


「牙丸、よく我が核を突いてくれた」

「呼んだのはそちらか、百鬼装甲!」


 構える牙丸に、掌を向けて制止する装甲。戦意はどうやらないらしい。


「この空間は私の中だ。戦ったところでお前に勝ち目はない。そもこちらもここで戦う気はない」

「ならば何故俺を呼んだ」

「簡単なことだ。角丸を連れて行け」

「何、角丸をか?」


 装甲から目を離さぬまま、牙丸は角丸を拾い上げた。


「何が目的だ、百鬼装甲」

「私の意志で、その男を助けようと思う」

「何故そう考えた。何故鬼神斎の意向に逆らう」

「私は鬼神斎の支配下にある以前に、その男の暗鬼だ。私は私の意志で、彼を助けることにした。お前が私自身の首を食いちぎったとしても、介錯をしたとしても、私はこの男を外に出すつもりであった。装備した者を食らい取り込むというのは、私にとっては不本意なのだ」


 背中に角丸を担ぎ上げた牙丸に装甲は続けた。


「さぁ行け、自分の装甲に戻り、私にトドメの一撃を加えるのだ。そうして初めて、その男は開放される」

「自分を捨ててでも、この男を助けたいのか?」

「そうだ。早く行け、私自身の意志も長くはもたんぞ」


 踵を返し、突っ走る牙丸。やがて見えた山吹色の光に飛び込むと、周りの景色は先程の大広間に、彼の手は獣のそれに戻っていた。そして自分の一撃で吹っ飛ばされた角丸、いや百鬼装甲の巨体を見ると、牙丸の口にバチバチと閃光が走る。


『真・雷鳴咆哮破!!』


 牙丸の吐く雷のエネルギーを帯びた光線に撃ち抜かれた巨体が、爆発四散する。同時に牙丸の獣としての姿も解けると、そこには角丸を抱えた牙丸の姿があった。まだ息がある、助けることが出来たのである。


「しばらく、眠っていてくれ」


 牙丸は角丸を、獣ノ巻に封印した。残るは、鬼神斎ただ一人。彼を討ち、この城から生還したなら姉である牡丹と、角丸を病院に連れて行く。これで彼の目的は達成となる。百鬼装甲のいた跡にある爆発四散で出来た穴に向かったその時、牙丸の足に違和感が生じた。そこに落ちていたのは、


「これは、角丸の……」


 角丸が百鬼装甲をまとう際に使用する懐中時計であった。既に大きくヒビが入り、内部の時計は二度と針を動かしそうにない。だがそのカバーに刻まれた鬼の顔は、どこか満足気な顔を浮かべているようにも見えた。


「百鬼装甲、お前のためにも、俺はヤツを斬ってみせる。さぁ、最終決戦だ、待ってろ鬼神斎!!」


~次回予告~


時は訪れた。牙丸と鬼神斎、因縁の決戦が遂に始まろうとしている。生きて出られるか、牙丸!

次回、いよいよ最終巻『崩落ノ城』 お楽しみに

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