表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
牙丸伝  作者: DIVER_RYU
17/22

十七ノ巻『群影ノ絆』

~前回までのあらすじ~

仮面のシノビ、雲豹の牙丸は故郷を焼き滅ぼした仇敵、鬼神斎の本拠地の麓に到着。早速仙鬼・呀喇荼による奇襲を受ける。退けることに成功するも、敵の落とした群影の仮面はある親子に拾われ、偶然にも群影の召喚に成功し家族として溶け込んでいた。しかしその仮面を追って呀喇荼が夜の町に現れた……。

 月明かりは鋭い弧を描き、夜空を煌々と彩っている。光を散りばめた闇は更にその暗さを際立たせ、二つのシノビが争う戦場を演出する。失われた群影の面を追う呀喇荼と、その呀喇荼を追う牙丸。追手の動きに気が付いた呀喇荼は、そのタテガミの一部を取ると素早く後方に投げ付けた。


「気が付いたか!」


 牙丸は背中にある忍刀、雷鳴牙を一振り抜くと飛来したそれを叩き落とす。地面に刺さっているのは針状の物体、呀喇荼は自らの体毛を針に変え、飛び道具として使用したのだ。


「ヒーッヒッヒッヒィィーーッ!! 誰だお前はァー!?」


 装甲を身に付けた牙丸を見て、呀喇荼が叫ぶ。


「雲豹の牙丸、見参!」


 牙丸が答える。そして名乗ると同時に、手に持った雷鳴牙を構えた。


「ヒヒヒヒヒィィーーッ!! 牙丸ゥ、わざわざ追ってきたということは何か知っているな! ならばそっちに聞くとしようか、ヒヒーッ!!」

「呀喇荼! 群影の面を取り戻したくば、まず拙者を倒してみよ!」

「牙丸ゥウ!! オイラの速さを知った上でそう来るかッ、ならばもう一度味わせてやるッ!!」


 呀喇荼の姿が見えなくなる。しかし同時に、牙丸も姿が消えた。傾いた月が照らす中、金属音が響く。血しぶきが舞う。アスファルトが割れる。コンクリートが砕ける。火花が散る。土煙が上がる。毛針が地に刺さる。紫電爪が落ちる。霹靂珠が弾ける。雷鳴牙が飛ぶ。二人の姿が再び月光の元に現れた時、空中にて牙丸と呀喇荼の拳が突き合わされていた。

 一瞬だけ止まる時間。だが直後、牙丸のもう一つの腕が呀喇荼の腕を掴み、一気に懐に潜り込むと背中にある二つ目の雷鳴牙を抜き、斬りかかる。すると呀喇荼は唇をめくり上げ、巨大な牙をあらわにすると牙丸の刀を受け止めた。落下しながら展開する壮絶な果たし合い。刀を押し付けながら、牙丸は呀喇荼を地面に向けようとする。対する呀喇荼も、牙丸の刀を持つ手を掴み引き倒そうとしている。加速度的に近付くアスファルト、沈むのは果たしてどちらか。

 轟音が響く。亀裂が走るアスファルト、そこに立っていたのは呀喇荼であった。しかし牙丸の姿がない。


「牙丸ゥ! 何処に行きやがったァア!!」

「呀喇荼、勝負は預けるぞ!!」

「何ィィイ!?」


 姿を消した牙丸に対し、呀喇荼が吠える。


「クソッ、時間か。この事は鬼神斎様に報告せねば」


 走り行く呀喇荼。屋根の上をひた走り、山へと向かう。辺りを確認し、ある洞穴へと姿を消していった。


「ほほう、牙丸が絡んできた?」

「そうなので御座います鬼神斎様。ヤツめ、一度こちらの提案を断っておきながら、わざわざつけて来たのです」

「恐らくだがヤツの目的は単に群影の仮面だけではなかろう……」


 蝋燭だけが灯る部屋の中、鬼神斎は大きな鏡を出した。


「ではここに映るモノが何か、答えてみよ」


 鬼神斎がそういうと、鏡に映るモノが見る見るうちに変わっていく。ある洞窟の入り口、呀喇荼が入ってから20分くらいで、装甲を付けたシノビがそこに現れたのである。シノビは、辺りをある程度嗅ぎ回ると、すぐに去っていく。この鏡像が映し出したモノ、それは呀喇荼による最大の失敗であった。


「き、鬼神斎様!? どうか、どうかお許しを……!!」

「手ぐすね引いて待っておったのに、まさか裏口を知られるとはな。呀喇荼よ、お前に最後の仕事を命じる」

「ハッ!!」

「群影の仮面もろとも、牙丸を始末せよ」

「鬼神斎様ッ!? ヤツは鬼神斎様の子では……」


 言いかけた呀喇荼の目の前に、その名の書かれた蝋燭が突き付けられた。


「それ以上言うなれば、今すぐこの蝋燭を握り潰しても良いのだぞ?」

「わ、分かり、ました……」

「期待しておるぞ」



 翌朝、牙丸は部屋の中にて、鬼神斎から渡された紙切れを見ていた。赤いペンを持ち、所々にマークを付けている。


(鬼神斎が指定したルートと場所はこれだな。しかし呀喇荼が出入りしたのは違う出入口だった。つまり、ヤツは最初から罠を張った道を用意した上でコイツを渡したんだな)


 牙丸は回想する。以前に鬼神斎の口から放たれた衝撃の一言。しかしそこにはある矛盾が見えていたのだ。


(俺は忘れていない。ヤツは里を焼いた時、群影に対して殺しても構わぬと命じた。実の息子なら何故殺そうとした? 屍仙にでもするつもりだったのか? ヤツにとっては実の子ですら操り人形に過ぎないのか?)


 と、その時であった。普段滅多に鳴り響くことのない、彼の携帯電話が凄まじい音を立てたのは。


「わ、わわ、おおお!? ……はい高砂です」


 歳の割に慣れない様子で携帯電話を開く牙丸。そして表情が変わった。


「……分かった、すぐ行く。例の公園だな?」


 鏡の前に立った牙丸は、そこに貼り付けた印に向かって指をなぞらせる。すると鏡の表面が水のように揺らぎ、そのまま牙丸の手が沈み始める。その様子を確認すると、牙丸はダイレクトに鏡に向かって飛び込んだ。



 午前の公園。子供達が遊び回る中に、セイゴの姿があった。ベンチに座り、複数いる友達と共に木陰で休んでいる。その横には、しきの姿もあった。


「え、じゃあホントに群影だったの!!」


 しきは、ボールで遊ぶ子供達を見つめていた。


「そうみたい……だから、今度変なことに使ったら壊すって、昨日の兄ちゃん言ってたよ」

「乱暴な兄ちゃんだなぁ……」

「見た感じもケダモノみたいだったしなぁ……」


 子供が取りこぼして場外に出たボールを、しきがつかさず拾い上げる。しかしその時だった。


「あ、アイツだよ! あの変な仮面のバケモノ!!」


 大きな声が響く。公園中の人々がその方向を向く。そこにいたのは、昨日しきによって襲われていた、セイゴに乱暴したらしい子供。もう一人は警官だった。


「よし、情報提供ありがとう」

「おいクレオ! どういうことだ!!」

「どういうことも何も、バケモノ飼ってるのはセイゴの方だろ!? だからこのおまわりさんに教えてやったんだ、聞かれたからな!!」


 警官が近付く。物々しい雰囲気から、しきは少しずつ後ずさった。


「これで怖いもんなんかないぜ……昨日のお返しだァ……」


 その警官の後ろで、クレオ少年がほくそ笑む。しかし彼は気付いていなかった。自らの影から、あの時のように手が伸びていることに。


「おまわりさん、早くやっちゃってよ!」

「分かってるよー、さっさと片付けちゃうからねー……まずは君からね!!」

「え?」


 クレオの足が掴まれる。影から伸びた黒い手が、がっちりと押さえ込み、引き倒す。これを見た瞬間、しきはセイゴ達の前に立つと腕を広げかばい始めた。


「しき!?」


 しきの並々ならぬ様子に、セイゴが戦慄する。


「え、何で……!?」


 一方でクレオの影から、昨日のしきのように群影が出現する。しかししきと違い、この個体は左右の手甲から刃を生やしている。捕らえた少年の足首を掴んだまま逆さにぶら下げると、この群影は首に刃を突き付け警官の前に差し出した。


「え、ええええ、えっ」


 最早言葉になってすらいない。クレオの全身がはカタカタと震え、顔は硬直している。


「何でおまわりさんが群影を持ってるんだよ!!」


 しきの後ろからセイゴが声を上げた。


「それはね……このおまわりさんはオイラが食っちまったからさァ!!」


 警官の顔に穴を開け、黒い指が飛び出した。まるでセミが羽化するかのように制服ごと皮膚をバリバリ破くと、巨大なヒヒを思わせる怪物が出現した。


「ヒィィーーッヒッヒッヒィィィーーーーッ!! 見つけたぞ紛失群影ェ! まさか、あんなガキの持ち物になっていようとはなァ!!」

「さ、猿のバケモノ……!!」

「オイラの名は呀喇荼!!」


 その姿を見たクレオはたちまち失禁した。思わず手を離しそうになる群影。その一方で、セイゴをかばうしきもまた震えていた。


「とりあえずこの小僧をバラせ、ちょっと汚ぇが食えなくもない」


 こく、と呀喇荼配下の群影がうなずくと、首にあてていた刃を振りかぶり、その首を落とそうとした、まさにその時だった。


「しきッ! クレオを助けるんだッ!!」


 一瞬だけしきの目が強く光ると、次の瞬間にはクレオを捕らえていた群影の腕が吹き飛んだ。ドサッと落ちるクレオを抱えると、しきはひとっ跳びでセイゴの元へと駆け戻る。手に付いた少しの汚れを素早く払うと、呀喇荼に向かってしきは構えた。その両腕には、手甲から生えるあの黒い刃が、太陽を受けて鋭い輝きを放っている。


「どういうつもりなんだァ?」

「いくらイヤなヤツでも、目の前で殺されるのはイヤなんだッ!!」

「そうかそうか、でもこの後どうやって戦うつもりなんだァ? ヒヒヒヒヒヒヒヒィィーーッ!!」


 呀喇荼の背後で、腕を斬られた群影が立ち上がる。そしてやられた腕を拾い上げると、なんとその場で断面に押し当てたではないか!


「群影はなァ、斬られてもくっつけりゃ元通りなんだよォ! ヒィィーーッヒッヒッヒィィィーーーーッ!!」


 再び動くようになった腕で、あの群影がしきの目の前に現れる。そして人差し指一本で、クイッと挑発した。


「どうするんだよォ!?」

「群影は……群影は……!!」


 必死に頭を巡らせるセイゴ。ふと、自分の前に立つしきを見る。しきは少しだけこちらを振り返った。目の合う雑兵と少年。その時、セイゴは思い出した。あの時、あの兄ちゃんが言ったことを。


『群影の本体はその仮面だ、そこを割られると体は消滅する』

「そうだ、仮面だ! しき、仮面を狙えッ!!」


 しきは頷くと、そのままセイゴに背を向け、目の前の群影に対して構える。次の瞬間、鋭い金属音と共に群影同士が激突した。二つの刃が同時に仮面を狙うしきと、それを上手く防ぐ群影。しきは強引に相手の刃を払いのけると、相手の腹部に蹴りを入れた。うずくまる敵の仮面を再び狙い、しきが翔ぶ。だが空中での姿勢が急に崩れ、着地も出来ぬままドサッと落ちるしき。その仮面には、針が二つ刺さっていた。呀喇荼の毛針である。


「しきッ!!」

「悪ィな、こっちもワケがあってこの個体を見逃すワケにはいかねぇんだよ」

「くっそォ……!」


 セイゴの怒りに応えるように、しきは立ち上がり仮面に刺さった針を抜くと懐に仕舞い込んだ。仮面に空いた穴を気にしつつも、再び構えるしき。相手の群影もまた、首をグイッとひねった後に構え直す。


「セイゴ!!」

「お父さん!?」


 そこに、セイゴの父親が走ってきた。


「大丈夫かセイゴ!」

「おれは大丈夫だ、しきが守ってくれた!!」

「そうかよく頑張った……! 早く皆で安全な所に、高砂さんを呼んである!!」

「ダメだ、アイツの狙いはしきなんだ!!」

「何だって……」


 セイゴの父親が子供達をかばいながら前に立つ。


「しき。良いか、相手の刃をよく見るんだッ!」


 しきは、セイゴの父親に向かって少しうなずいた。しきの赤い目は相手の両手に生えた二つの刃を見つめている。二段構えの斬撃を、如何にかわして如何に刺すか。

 相手の群影がついに斬りかかる。一撃目をかわすしきに二撃目の刃が迫る。仮面目掛けて降ろされる刃を、しき自身の刃が弾き返した。つかさずしきの二撃目が入る。刃で止めようとする相手であったが、その動きを見たしきは異なる部位を狙った。相手の腕、そのものである。


「腕を斬っても無駄だと言ったが?」


 呀喇荼が呟く。腕をやられた群影は、先程のように拾ってくっつけようとした。しかし腕を拾おうとしたその時、しきはその腕を足一つで遠くに蹴り飛ばした。腕を追って駆け出す群影、だがその背後から、しきは仮面ごと群影の頭部を、一太刀で斬り捨てたのだった!


「しきが勝った!!」

「おのれたかが群影の分際で!!」


 怒り心頭の呀喇荼、牙を剥き出し今まさにしきに襲い掛かろうとする。しかしそこに、公園には似つかわしくないエンジン音が、呀喇荼を突き飛ばしたのである!


「待たせたな!!」

「た、高砂さん!!」


 黒いマシンに跨がった、シノビ装束の男。高砂丞、またの名を、


「貴様、牙丸ゥ!? ええいこうなれば!!」


 呀喇荼は懐から群影の面を取りだし、自らの影を使って召喚した。


「あとは、兄ちゃんとしきに任せるんだ」

「はい!!」


 セイゴの父親が、子供達を安全な所まで連れていく。その一方で、牙丸はしきに背中を合わせると、言った。


「まさかな、群影に背中を預ける日が来るなんて思わなかったぜ。でもよ、頼りにさせてもらうぞ、あの親子を守ってくれ!」


 こくり、としきがうなずく。


「やれェ!」


 襲い掛かる群影達。しきの刃が、牙丸の手が次々に捌いていく。最早このしきはただの群影ではない。いやむしろ、これこそが群影の本気なのだ。親子にも襲い掛かろうとする群影に、しきの技が炸裂する。

 しきが群影二体の隙を突き、二つの刃を同時に二つの仮面に刺す。崩れ落ちる群影を背に、しきは呀喇荼に目を向けた。斬りかかる二つの刃、しかし呀喇荼の姿が消えた!


「ヒィィーーッヒッヒッヒィィィーーーーッ! オイラの姿、群影如きに捉えられると思ったか!!」


 次の瞬間しきが張り倒される。素早く仮面をかばって倒れるしきに対し、今度は呀喇荼の黒い指が後頭部を掴み、投げ飛ばす。なおも仮面をかばい受け身を取るしきに対し、呀喇荼が言い放つ。


「その仮面をかばわなければ、もっと楽に壊してやるぞォ~!?」

「しきッ! 無茶だッ!! もういい戻れ!!」


 またも呀喇荼の姿が消える。何処から来るか。刃を構えて前後左右を見るしき。次の瞬間、牙丸が叫んだ。


「しきッ! 上だッ!!」


 牙丸が駆け寄ろうとする。しきが上を向く。刃を上に出そうとしたその瞬間。嗚呼、遅かった。呀喇荼はしきに組み付くと、その巨大な牙でしきの片目ごと、仮面を、顔の一部と共にえぐりとったのだ。


「しまった……!!」

「しきぃぃぃーーーッ!!」


 しきはその場から顔を押さえて転がった。悶絶し体を仰け反ったその時に見えたのは、痛々しくひび割れた仮面と弱々しくなった残りの目であった。もし群影が声を出せたなら、きっと凄まじい声で激痛を訴えたことだろう。


「おい、しき! 大丈夫か!!」


 セイゴとセイゴの父親は、他の子供達をさっさと逃がすとしきの元に駆け寄った。その目の前に、呀喇荼が現れる。


「これで終わりだァ……」


 呀喇荼が片手でしきの顔を掴み、高く上げると、ミシミシと音が鳴り始める。もがく手足が数回、ビクッと痙攣したかと思うと、ダラリと力が抜けていく。捨てられるしきの体。それを見たセイゴが叫んだ。


「しきを返せこのバケモノォォーーッ!!」

「よせ、セイゴッ!!」


 父親の制止も振り切って突っ込むセイゴに対し、牙を剥き出した呀喇荼。返り討ちにするつもりである。だが呀喇荼の体が不意に、宙に飛んだ。そして、セイゴ達親子の前に、牙丸が立つ。


「地獄に行くが良い呀喇荼! 忍法、巻変化ッ!!」


 獣ノ巻を取り出し、印を結ぶ牙丸。広がった巻物は親子をも取り囲み、結界を展開した。


「これは……?」

「私の術による結界です。しばらくの間、あの巻物に入っててもらえますか。その間に、ヤツを討つ!」


 親子はしきの体を持ち上げ、巻物の中に文字として入っていく。一方で牙丸は結界内に漂う装甲を手に取り、順番に取り付けていく。結界が解かれた時、そこには仮面のシノビが一人立つのみであった。


「雲豹の牙丸、見参ッ!!」


 名乗るや否や、牙丸は呀喇荼の懐に飛び込み掌打を打ち込んだ。防御が間に合わず呀喇荼が吹き飛ぶ。


「バカなッ! なんという速さだ!?」


 呀喇荼の姿が消える。牙丸はその場から動かず、印を結んだ。風もないのにスカーフがなびき始めた。


「どんな術を使おうというのだ、さっきの群影と同じ目に合わせてくれるわッ!!」


 牙丸の上から襲い掛かる呀喇荼。だが牙丸はその方向を真っ直ぐ見た。そしてなんとその場で足を振り上げ、自らの頭越しに強烈な蹴りを見舞ったのだ!


「な、何だとォォーーッ!?」


 何とか立ち上がる呀喇荼であったが、今度は牙丸の姿が見えない。 


「バカめ、オイラと同じ速さで動き回るつもりか? すぐに全身がバラバラに成り果てるわ!!」

「拙者はここで御座る」

「んなッ!?」


 牙丸はすぐ目の前にいた。背をかがめて、呀喇荼の至近距離にいたのだ。


「灯台もと暗しッ!!」


 次の瞬間、牙丸の拳が、掌打が、手刀が、次から次に叩き込まれる。いずれ呀喇荼の中心部、それも喉から鳩尾にかけて、致命的な部位に徹底的に、ノーレンジでの連打が燃えたぎる怒りと共に炸裂する。やがてアバラの折れる音が響き、めり込んだ箇所は戻らなくなり、呀喇荼の口から血が吹き出る。相手がふらついた瞬間に、牙丸は蹴りを一発顔面に入れると呀喇荼のグロッキーと化した巨体が揺れながら後ずさった。

 印を結ぶ牙丸。両の掌の間に赤と青の稲妻をたぎらせ、敵に向かって突き進むとそのまま頭部を挟み込むようにして手刀が炸裂した!


「必殺! 陰陽電撃打ちッ!!」

「ヒッ、ヒヒッ、ヒヒヒィーッ!?」


 頭の両側に叩き込まれた牙丸の手から、陰と陽それぞれの電気エネルギーがほとばしり呀喇荼の頭部にてスパークする。痙攣する巨体、焼け散るタテガミ、目から耳から煙が上がり、ごぼごぼと血が口から流れ出る。

 牙丸は両手をスライドさせて引くと、そのまま二つの拳で真っ直ぐに相手を突き飛ばした。倒れ込んだ呀喇荼はそのまま頭から火花を吹き出したかと思うと、全身から火が上がり爆発四散したのであった。その様子を見届けると、牙丸は装甲を解いて巻物からセイゴ達親子としきを開放した。


「しきッ! しっかりしろ!!」


 しきを抱える牙丸。その仮面はすでに無数のヒビが入っており、既にボロボロと破片が落ちている。砕け散るのは時間の問題であった。


「しき! やだ、死んじゃやだよ!!」


 しきの体を揺すり、セイゴが泣き叫ぶ。するとしきは、震える手を少し上げると人差し指を立て、地面に付けた。そして、少しずつずらしていく。


「せ……い……ご、あ……り……が……?」


 少しずつ、本当に少しずつ、しきは文字を書いていたのだ。最後に『う』と書きかけて、しきの手がガクッと落ちた。仮面が既に、限界を迎えていたのだった。


「しきッ! 最後の書けよ、最後までちゃんと書けよ!! 教えたじゃないか、ねぇしき!!」


 泣き腫らした顔で叫ぶセイゴの見る前で消えていくしきの体。その跡には、『しき』と書かれた仮面の欠片と、『せいご ありがと』と地面に書かれた文字だけが残っていた。



「ありがとうございました」


 翌日、挨拶に訪れた牙丸を迎えたセイゴ達親子。


「これから、そのお相手の元に向かわれるんですね」

「そうです。だから、その前に挨拶だけでもと思いましてね。最期になるかも、しれませんから」

「そんなこと言っちゃダメだよ!」


 セイゴが噛みついた。


「兄ちゃん、しきの仇をとって、絶対また戻ってきてね! しきは最後まで、おれと父さんのためにも生きようとしたんだよ!!」

「そうだな、その方が良いよな」


 バイクに跨がり、牙丸は去っていく。部屋に戻っていくセイゴ、その引き出しには今、『しき』と書かれた仮面の破片が、一番大事な宝物として隠されているのであった。


~次回予告~

遂に本拠地に突入する牙丸。そこに立ち塞がるは、何と羅刹のお妖であった。悲しき姉弟きょうだいの運命や如何に。

次回『姉弟ノ刀』 お楽しみに

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ