十四ノ巻『旅路ノ中』
~前回までのあらすじ~
妖魔道人を打ち倒した牙丸であったが、そのトドメを刺したのは何と里を焼いた張本人、鬼神斎であった。遂に再会した仇に挑みかかる牙丸であったが軽くいなされ、更には鬼神斎こそが実の父だと言われて茫然となってしまう。裏刃の里に来いとだけ言い残し、鬼神斎は去っていったのであった。
蝋燭の炎が静かに灯るだけの、暗い部屋の中。巨大な棺が不気味に置かれている。浮かび上がるように現れた仮面の男、その手には『藻頭流』と書かれた巨大な蝋燭を持っていた。
「目覚めよ、藻頭流」
男が唱えると、その顔半分を覆う仮面に埋め込まれた小さな顔の口が開き、黒い炎が手に持つ蝋燭に灯される。闇の中、黒い炎はわずかに赤く光っていた。すると棺の蓋が開き、中からもう一人の影が現れ、声を上げる。
「ズルルルルルルルゥゥー!!」
その顔には五角形の物体が取り付くように貼り付き、物体からはウナギの骨に似たモノが五つ放射状に伸びて絡み付いている。その形は海の生物であるクモヒトデを思わせる形をしており、体中に大小様々なクモヒトデが絡み付き、わずかに蠢いている。
「行け、藻頭流よ。その体に秘めた力を試すが良い。お前はこの鬼神斎によって創られた、仙鬼第一号なのだ」
「ハッ、必ずや鬼神斎様の御期待に応えてみせます」
晴天の下、疾走する黒き機体。グリップを握る男はシノビ衣装に身を包んでいる。橙色のスカーフをなびかせ、薄い褐色の目は獣のような鋭さをたたえている。顔に付いた傷跡が、精悍さに磨きをかけていた。
「おい牙丸」
先程の声を上げたのは、運転している人間ではない。バイクそのものであった。いや正確には、ハンドルの付け根にある、巻貝状の物体である。言葉を話す度に、その中心はチカチカと青く光った。
「なんだ、アオ」
牙丸と呼ばれた男が答える。
「せっかくだからこのバイクに名前つけようぜ。アオってのは脳味噌であるオレ自身の名前だからな」
「バイクに名前か。悪くない。よしそうだな……」
このバイクは元々牙丸の私物であり、本来は白いカラーリングの機体であった。それが、本来の体を大破したアオが自身の能力で取り込んだことにより今の黒い機体に変わったのである。バイク全体の形は巨大な牙を思わせる尖ったモノで、所々青く光っている。
「黒くて青い……玄青王なんてどうよ」
「玄青王……良いセンスしてるじゃねぇか!」
黒い機体改め玄青王に跨がり、牙丸一人は疾走する。しかし寂しくはない。彼には今、よく喋り足にもなる相棒がいる。
「おいアオ、お前さん元々そんなに口が軽かったのか?」
「前の体は古くて喋りにくくてな! 全く今の殻繰は凄ぇモンだぜ」
「ふむ……シノビの技術も、いつかは追い越される、か……」
「あ、でも今のバイクにはマネ出来ないこともあるぜ。とりあえず何処かに寄って停めてみな」
言われるまま、牙丸は近くにあったスーパーマーケットに玄青王を停めた。ついでに食料を買い求めるために。
「よし、オレを外してみろ。元のバイクに戻るから」
牙丸は、玄青王の核であるアオを外してみた。するとなんとたちまちバイクを覆っていた黒い色がまるで
紐でも手繰り寄せるかのようにアオに収束され、そこにはよく見覚えのある白い機体が残るだけだった。
「なるほど、使わない時は外せってことか」
三日後。この日、牙丸は朝食を買いにコンビニへ入っていた。サンドウィッチと珈琲を買い、バイクに戻って豪快にがぶり付く。口元に付いたマスタードを腕で拭い、珈琲を流し込むとその残骸をゴミ箱に投げ入れ、ヘルメットを被ってそのままこの場を走り去ろうとした、その時であった。
「ぎゃああああああああああ!?」
鋭い悲鳴が、今さっき入ってたコンビニから響く。ヘルメットを脱いでグリップに引っ掛けると、牙丸はコンビニの中に飛び込んだ。
「た、助けてくれェッ!」
彼の目の前で今まさに、先程会ったばかりの店員が手を伸ばす。その足には、無数のクモヒトデに似た何かが絡み付き、血が滴っている。
「何だコイツは!? 霹靂珠!!」
素早くその指の又に四つの珠を取り、足元に群がる脅威目掛けて打ち込む牙丸。電撃が辺りに放たれ、謎のクモヒトデ達は剥がれ落ちては動かなくなっていった。
「ありがとうございまあぁッ、そこにも!?」
礼を言おうとした店員が驚きの表情を見せる。コンビニの窓には件のクモヒトデが無数に絡み付き、更には何とガラスをドロドロと溶かし破ろうとまでしていた。それだけではない。店内では他にも客が何人かがこの恐怖の生命体に襲われている。幸い死者までは出ていないようだ。
「くそっ、コンビニにはトラブルが付きモノか!」
溶けたガラスの穴目掛け、霹靂珠を打つとクモヒトデがバラバラに落ちていく。そして行動を変え始めた。コンビニの内部にまで入り込んでいた個体までもが、牙丸の目の前にザワザワと集まり始めたのだ。
「今のうちに早く!」
コンビニにいた人間を素早く外に逃がし、牙丸は目の前の脅威に向かって構える。合体していくクモヒトデはやがて異形の人型を成した。
「ズルルルルルルルゥゥー!! 小童め、我が力を見た上での行いか?」
「バケモンめ、表ェ出ろ!」
「バケモンだと?」
目の前のバケモンが近付く。
「ズルッルッルッルッ……バケモンではない。我が名は藻頭流、鬼神斎様に仕える仙鬼、その第一号だ」
「鬼神斎ィ!?」
驚愕に目をひん剥く牙丸に対し、藻頭流は静かに近付いてくる。
「鬼神斎様を知っているようだな。ということは貴様が噂に聞くドラ息子か」
「誰がドラ息子だァ!」
「面白い。どんなもんか試してやる」
藻頭流はその体からクモヒトデを一つ取り出し、投げ付ける。コンビニの肉まん蒸し器を使ってかわした牙丸だが、クモヒトデのへばり付いた蒸し器はドロリと崩れた。そしてクモヒトデそのものの腕が牙丸に迫る。
「さっきも言ったが表出やがれ!」
外に飛び出した牙丸を、藻頭流が追う。外には既に複数の裏刃衆下忍、群影が待ち構えていた。牙丸はグッと手に持つ巻物、獣ノ巻に力を込めると、その巻かれた中から光る何かを飛び出させる。目の前の群影の仮面をブチ抜いて、牙丸の手元に戻って来たそれは肩当であった。次にそれを上に投げ上げると、今度は巻から胴を取り出し群影の刃を止める。隙の出来た相手の腹部に蹴りを入れ吹き飛ばし、体勢を直した牙丸は素早く胴を着ける。そこに、落ちてきた肩当がジャストミートした。吹き飛ばされた群影を他の群影が起こし、刃を構えて牙丸に同時に襲いかかる。するとその牙丸、その場でジャンプを決めてコンビニの屋根に飛び乗った。人間離れした身体能力の成せる技である。
「やるな牙丸」
コンビニから出てきて様子を見ていた藻頭流が言う。その一方で牙丸は仮面を身に付けていた。面頬をはめ込み、獣ノ巻を背中に付けると、首に巻くスカーフにウンピョウの毛皮にある雲模様が、走るように刻まれた。同時にシノビ衣装にも稲妻模様が走る。
「雲豹の牙丸、見参!」
台詞の後に、仮面の奥に山吹色の眼光が灯る。忍獣装甲、装着完了の合図である。
「やれ、群影共ォ!!」
藻頭流の命令で、群影達がコンビニの屋根に飛び乗ろうとする。
「紫電爪!」
牙丸はその手に爪形の刃を持つ十字手裏剣、紫電爪を持つや否やその場から月面宙返り、着地した頃には空中にいる群影二体を撃ち落としていた。相手はこれで、藻頭流のみ。
「流石だ牙丸、しかし勝負は預けるぞ!」
「逃げるつもりで御座るか!?」
「次に会う時を楽しみにしておれ、ズルルルルルルルゥゥー!!」
藻頭流は全身をバラバラのクモヒトデに分裂させると、四方八方に散っていった。こうなっては追うことも出来ない。
「鬼神斎配下の……仙鬼? ヤツめ、一体何を考えている?」
「鬼神斎様、只今戻りました」
「御苦労。牙丸の様子はどうだった?」
再び蝋燭の部屋へと戻った藻頭流は、鬼神斎の前で膝を突いていた。
「今回呼び戻したのは新たな指令を与えるためだ。良いか、牙丸の向かうとこ向かうとこ全て混乱に突き落とせ。牙丸のことだ、必ず止めにかかるだろう。もしそう来たらヤツの持つ獣ノ巻を奪うのだ」
「獣ノ巻を?」
「そうだ。後々の命令は追って伝える。行くが良い」
牙丸はコンビニから素早く離れていた。速度を上げるため、バイクを玄青王に変形させている。
「息を荒げてるな。さっきは何があったんだ?」
「鬼神斎の手の者だ。藻頭流と名乗ってたな」
「鬼神斎の手下か。やはり手強いのか?」
「嗚呼、厄介な術を使う。まず体が分裂するんだ、しかも分身一つ一つがヒトを食う。そして窓ガラスをも溶かすことも出来るというオマケ付きさ」
「これまたいやらしいヤツだなぁオイ」
「全くだ。あともう一つ気になることを言っててな、ヤツは裏刃衆だから暗鬼を使うならまだ分かる、分かるのだが。ヤツは自らを『仙鬼第一号』と名乗ったのさ」
「聞き慣れない名前だな?」
「うむ。まさかあの時、妖魔道人を食って手に入れた能力、それがアイツなのか……? しかし屍仙とも違うというのがなんとも……」
「うーむ、探らねぇと分かんねぇって、今は宿を探そう。ついでに給油も頼む」
「分かった、任しとけ」
ガソリンスタンドを探し、予めアオを外して牙丸は給油することにした。玄青王の状態では給油口が装甲で覆われており開けることが出来ないためだった。何より、尖ったデザインは走る時以外は邪魔ですらある。
「レギュラー、満タンで」
「はいレギュラー満タンねー」
「お願いします」
やがて給油が終わると、牙丸は軽く礼だけを言ってスタンドを後にした。頭を下げる店員、しかし彼はすぐにスタンドの裏に回ると地面を掘り、道祖神のようなモノを取り出した。
「鬼神斎様。藻頭流で御座います」
「藻頭流よ。上手くいったか?」
「はい。ヤツのタイヤのホイールに、我が分身を無事に取り付けまして御座いまする」
「よろしい。では追うその前に、腹ごしらえだけはしておくのだ」
「ハッ!」
道祖神を模した通信機はその場で煙を発して弾け飛び、跡形もなくなった。店員、いやそれに化けていた藻頭流は表に戻ると、他の店員達を見た。その首筋には、自らの分身クモヒトデを忍ばせてある。店員達は皆、藻頭流によって操られていたのだった。
「意識を操りし我が分身達よ。ここを発つ時が訪れた。食い殺せェ!」
その数分後、車が一台このスタンドに訪れた。
「おーい誰かー。おらんのかー?」
乗っていた男が声を上げるも返事がない。
「おっかしーな、もしもーし?」
車を降りて様子を見に来た客の目に止まったモノ、それは服と血だけを残して消えた店員達であった。
何も知らずに給油を済ませた牙丸は、これまたホイールに仕込まれた藻頭流の分身に気付かぬまま、宿を探していた。日は既に傾きつつある。鬼神斎の手の者と交戦したせいか、その心は何処か焦ってすらいる。早く、早く何処か屋根の下で、誰にも邪魔されずにくつろぎたい。
「そうですか、いっぱいですか」
バイクを引っ張りホテルを後にする牙丸、飛び込みでいきなり泊まれるホテルは意外とない。
「そうです、ここはもう、いっぱいなのです」
牙丸を見送ったフロントマンはニヤリと口元を上げながら言った。
「私の分身でね……! さて、と」
壁に掛けられた時計を見ながらフロントマンは言った。時刻は四時を指している。
「鬼神斎様」
「藻頭流よ、手筈は整っておるな?」
藻頭流が時計に向かって言葉をかけるとその中央が光り、鬼神斎の声が響いた。
「ハッ、手筈通り、この辺り一帯のホテルのフロントマンに、我が分身を植え付けておいて御座います」
「よろしい。獣賀者は獣道の術を応用して野宿をすることも可能と聞く。もし術を使う予兆が出ればすぐに電話をかけよ。良いな?」
時計は煙を発して消滅した。それだけ確認すると、藻頭流は先程とはそっくりな時計をフロントにかけ直すのであった。
「参ったな~、ここまで連敗したのは初めてだぞ」
次からはきちんと予約してから旅をしよう、そう考える牙丸であった。
「最悪、獣道の術でも使って中にこもるとするか?」
牙丸は宿探しを諦めた。続いて探すのは廃墟である。獣道の術を使う際の目印に使えるだけでなく、術者以外には見破ることが不可能だ。
「この古井戸を使わせてもらうか……っておや?」
不意に牙丸の携帯電話に着信が入る。
「はい、高砂ですが」
「高砂様で御座いますか、ホテルブライトスターと申します。只今予約の方がお一人キャンセルされまして、現在一室空きが出来まして御座います。もしや、と思い御電話させていただきましたが……」
「あァりがとう御座いまァーす!! すゥぐに伺いまァーす!!」
牙丸は携帯電話をしまい込むと、その場で大きくガッツポーズをとりながら叫ぶのであった。
「よっしゃナイスゥゥーーッ!!」
早速、バイクにアオをくっつけ玄青王に変えると、意気揚々とそのホテルに向かうのであった。罠とも知らずに。
「こちらのお部屋で御座います」
案内された部屋に飛び込んだ牙丸。その口からは特大の溜め息が飛び出るのであった。
「一時はどうなるかと思ったぜ」
ベッドに突っ伏しながら牙丸は呟いた。ふんどし一丁で。
「ひとまずシャワー浴びるか、その後でメシも買ってくるかな」
五分後、むくりと起きながら牙丸はそう呟いた。窓の外はすっかり夕日に染まっている。カラス達が声を掛け合いながら、寝ぐらへと急ぐ時間となった。腕や顔の傷跡をポリポリと掻きながら、牙丸はシャワールームへと入っていった。
「今日は散々だったな。しかしあの藻頭流とかいう怪物、どうにも厄介な術を使うな。対策を考えねぇと……」
シャワーから上がった牙丸はブツブツと呟きながら髪を乾かしていた。金のメッシュが前髪に入る以外は、緑がかった長めの黒髪である。その胸には刺青のような模様が刻まれていた。雲豹の顔とその牙とヒゲを模した、独特のシンボル。これに似た飾りが仮面にも付いている。獣賀者には自らの能力を示すシンボル、通称『獣ノ印』がこのように体の何処か浮き出ているのだ。そしてこの獣ノ印を見る度に牙丸は里のことを思い出すのである。
「俺は鬼神斎を許したくはない。しかし本当にヤツは俺の父さんなのか。姉さんは本当に羅刹のお妖なのか。だとすれば、俺は今まで実の親子同士で、あらゆる所を巻き込んで来たのか?」
自問自答を繰り返す。かつて牙丸は鏡の前でこの印を見る度に、里を思い出しては打倒鬼神斎を誓っていた。しかし今の彼にとって、獣ノ印は迷いの象徴と化していたのである。
「……今はとりあえず、メシにしよう」
服を着ながら、自らに言い聞かせるのであった。だがそこに、ドアを叩く音が突如響いたのである。
「え? はァーい!?」
「お待たせ致しました、ルームサービスです」
「え、ルームサービスゥ?」
ドアの向こうから響いた女性の声に、牙丸は驚いた。そんなモノを頼んだ覚えはない。
「え、え、頼んだ覚えはないんですけどー? まぁ良いやどっちにしろ今から外に出るんだし顔は出しておくか」
ドアの向こうで待つ女性。その首筋には、あのクモヒトデを思わせるアイツが潜んでいた。
~次回予告~
鬼神斎が新たに開発した、暗鬼に代わる戦力、仙鬼。その第一号、藻頭流の恐ろしさを牙丸は改めて知ることとなるのである。
次回、『玄青ノ王』 お楽しみに




