十三ノ巻『暗黒ノ炎』
~前回までのあらすじ~
手がかりを求めて機騨の里に向かった牙丸。だが妖魔道人によって里の人間は全て屍仙へと変えられ、里は丸ごと巨大な罠と化していた。角丸の助けもあって戦う牙丸であったが、妖魔道人は巨大な屍仙としての本性を現す。牙丸は獣変化を以てこれを打ち倒すが、その残った頭部目掛けて見覚えのある三叉の武器が飛んできた!
表情の半分以上を覆う仮面に埋め込まれた、能面を思わせる白い顔。その口からは、黒い残滓が立ち昇る。その隣から覗く素顔、赤と金が入り混ざったような右目には、シノビ装束と装甲に身を包み殺気立つもう一人の男が武器を構えていた。仮面の奥に、怒りの目が山吹色に燃えている。
「獣賀の生き残り、その刀でかかってこい。ただ構えるだけでは退屈だろう?」
ジャランと音を立て、赤い目の男は錫杖を思わせる三叉の武器を、獣賀の生き残りと呼んだ目の前の男に向けた。この者もまた、シノビ装束に身を包んでいる。しかし相手とは対照的に所々がボロボロで、更に左手と右足は木目状の装甲となっていた。ヒト一人いなくなった死の集落にて、二人のシノビが武器を持ち、一定の間合いをとったままジリジリとその足を動かしている。まさに今この場所を支配するのは村長でも頭領でもなく、緊張感のみであった。
「ウウウォォォォーーーーッ!!」
雄叫びを上げたのは山吹色の目をしたシノビの方であった。と、同時にその手に持つ二つの刃が飛び掛かる。しかし一筋縄で勝てる相手ではなく、赤い目の男は武器の先端一つで軽く流してしまった。それでも構えをとったまま歩み寄る相手に、男は間を維持したまま台詞を放つ。
「良いぞ、あの時の目だ。この鬼神斎にはしかと見えておるぞ」
装甲によって鋭くなった指先で招きながら、赤い目の男こと鬼神斎は笑った。その表情を、ピクリとも変えぬまま。
「ダァァァーーーッ!!」
山吹色の目の男が跳んだ。武器の先端で追う鬼神斎、しかし相手はその頭上を飛び越えた。目標はその背後にある巨大な木、夕焼け空で一回転、体を捻って体勢を変え、足が付くなり蹴り出すと、そのまま背後から一直線に鬼神斎目掛けて斬りかかる。体を反らし、二つの刀を思い切り振りかぶり、その憎たらしい背中目掛けて一閃、いや二閃浴びせるまさに永い一瞬。しかし鬼神斎の口元が一瞬だけ、ニヤリと笑みを浮かべた。前方に向かって構えていたはずの鬼神斎、その爪の付いた左腕が、不意に相手の胸ぐらを衝いて先程蹴ったはずの木に叩き付けたのである。
「雲豹の牙丸、背後からならいけると思ったのか」
叩き付けたその後に振り向きながら、鬼神斎が言う。牙丸と呼ばれたシノビの胸に打たれた鬼神斎の左腕、その根本を追うとなんと鎖が繋いでいる。鬼神斎は背後から迫る牙丸の姿を見ずして左腕を分離、飛ばして迎撃したのである。装甲に付いた爪を立て、ギンッという音と同時に火花を立て、牙丸を地面に落とす鬼神斎。武器を一旦地面に刺すと鎖の付いた腕を素早く引き戻し、右手でガチャッと捻ると元通りとなった。
「どうした、立て。この程度で終わる貴様ではないだろう?」
牙丸に近付く鬼神斎。彼のセリフには抑揚がなく、白い顔には表情一つ浮かべていなかった。まるで機械人形のようですらある。
「業火黒炎獄」
鬼神斎が唱えると、仮面に埋め込まれた白い顔の口が開き、黒い炎の輪が吹き出した。倒れた牙丸の周りをたちまち、黒い炎が取り囲む。
「さぁ、あがいてみせよ」
延々と燃え続ける黒い炎。その炎はあらゆるモノを焼き尽くし、まるで生き物のように全てを呑み込むのだ。鬼神斎の狂気と殺戮の欲望を具現化した、まさに象徴でもあった。そして、炎の燃えたその後には最早、何も残っていない。
「つまらぬヤツよ……いや」
鬼神斎の口元が、わずかに上がる。
「やはり、こうでなくてはなァ?」
向きを変えぬまま鬼神斎は言った。その喉元には、雷鳴牙の刃がしっかりと当てられている。
「どうした、やらぬのか」
それでもなお、鬼神斎が挑発する。当然のことながら、横から仕掛けてもこの男には隙がない。
「刺し違える覚悟は出来ているぞ鬼神斎! だがその前に聞かねばならぬことがある!!」
「何だ、言ってみろ」
「何故、羅刹のお妖から、拙者の姉と同じ声がしたので御座るか!?」
「そんなことか……」
鬼神斎の顔が牙丸に向いた。
「鈍いヤツめ、決まっておろう」
「まさか……お妖は……!?」
「そうだ。お妖は牡丹だ。牡丹は貴様の姉にして、私の娘お妖なのだ」
「!?」
喉にあてた刀が震える。それを知ってか、鬼神斎は牙丸に近付き、言い放ったのであった。
「お妖は貴様と血を分けた姉弟だ。ということはもちろん、分かっておるな……?」
「まさか、鬼神斎、お前が……!?」
「そうだ、この私こそが、牙丸の実の父親だ」
「鬼神斎が……!?」
雷鳴牙が落ちた。がっくりと膝を突く牙丸。それを見て、鬼神斎が続けた。
「この鬼神斎が獣賀の里を訪ねた理由を教えよう。私はかつて、ワケあって獣賀の里に子供を二人預けて育てさせた。私一人では、とても育て切れなかったからだ。しかし私が引き取りに行ったその日、獣賀の連中は拒否した。獣賀の術を誰よりも強く身に付けた牙丸を、我が物としたかったのだろう」
淡々と、しかし激しい口調で鬼神斎は語った。
「だから力づくで奪い返すこととしたまで。貴様の偽の両親も焼き尽くしたのもそのためだ。角丸を懐柔したのも、全ては我が子二人を迎え入れるためだったのだ」
「そんな、そんなことが……」
「今からでも遅くはない。牙丸よ、私と共に来い、姉と共に、親子水入らずで暮らすのだ」
「嘘だ、嘘に決まっている……」
「受け入れられぬか、そうであろう。私は一端ここを去る。答えが決まれば裏刃の里へ来るが良い、私は待っておるぞ……」
鬼神斎は紙を渡すと、マント状の布をひるがえし黒い炎をまとい、その場から飛び去っていった。
「俺は……俺は……」
装甲をぼろぼろと落とし、牙丸はその場で涙すら流れぬ絶望を抱いていた。全ては、自分が招いたことだったのか?
『オイ、じゅうがもの』
ハッと顔を上げた牙丸。声のした方に向かうとそこには、バラバラになった殻繰馬、アオの姿があった。声は頭部から響いている。
『なにヲ、めそめそ、している。はやク、ホジクッテ、ひろエ。ソシテ、ばいくニ、クッツケロ』
牙丸がアオの頭部を見ると、その割れた部分から声は響いていた。その中身を覗きこむと、そこにはアンモナイトの化石のような物体がある。声の主はまさにその物体であった。
『ソウダ、いまもッテル、でんでんむし、ミタイナ、やつダ。サッサト、ばいく二、クッツケロ。ちから二、ナッテヤル』
牙丸はアオの中身を自分のバイクに持っていき、ハンドルの根元にくっつけた。するとなんとその貝殻のようなパーツから次々に蔓草のような物体が飛び出し、バイクそのものを包み込んだではないか!! やがて白いバイクは、黒く鋭いデザインへと変貌を遂げていた。
「ふう、これで流暢に喋れるぜ、やっぱ新しい体は違うな。おい牙丸!」
「な、何だよ!?」
「さっさと乗れ、裏刃の里に行くんじゃねぇのか?」
「しかし……」
「しかしもカカシもねぇ! 良いか、答えに行くんじゃねぇ、答えを見つけ出しに行くんだよ! それより何より、オレに仇討ちさせやがれ!!」
「そう、だよな……」
「迷ってるなら、オレをまず裏刃の里に連れていけ! それまでは助けになってやる、良いな!!」
「賑やかなバイクだこと……良いぜ、だが俺はモノの扱いが乱暴だからな、覚悟しろよ!!」
「おう!!」
牙丸は駆け出した。新たな目的地を目指して。果たして鬼神斎は本当に自分の父親なのか? お妖は本当に姉の牡丹なのか? その答えは全て、裏刃の里にある。
~次回予告~
裏刃の里へのいざない。コレは罠か、それとも鍵か。新しく出来た相棒と共に、裏刃の里を目指して牙丸は駆ける。しかしその道中に怪しい影が迫る。鬼神斎の命を受け暗躍する、『仙鬼』とは何か?
次回『旅路ノ中』 お楽しみに