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牙丸伝  作者: DIVER_RYU
12/22

十二ノ巻『永久ノ骸』

~前回までのあらすじ~

牙丸のたどり着いた機騨の里は既に御隠衆、妖魔道人の手により屍仙の巣と化しており、シロウもまた牙丸の眼前で異形の姿となってしまう。さらに羅刹のお妖も加わった攻勢に苦戦する牙丸であったが、角丸の加勢によって何とか撃退する。だが妖魔道人は頭部だけとなっても生きていた……。

「妖魔! そちらこそ観念して鬼神斎の元に案内するで御座る!」


 頭だけとなってもなお牙丸を睨み付ける妖魔道人。目線を逸らさぬまま、牙丸もまた言葉を返していた。


「鬼神斎の出る幕でもないわい、行くぞ小僧!! ここまで骨のあるヤツは百年ぶりじゃアア!!」


 妖魔道人の頭に付いた飾りが妖しく輝き始める。するとその首からまるで凡字のような黒い物質が次々にズルズルと放たれ、徐々に頭の周りを固め始める。やがて巨大な腕が、脚が、ハッキリとした形で映し出された。妖魔道人の頭を長い首の先端に持った巨大な怪物がそこには立っていたのである。両手はムチのような形を成し、体の所々から骨のような突起が飛び出ている。


「これが、ワシの屍仙としての姿よ!」

「屍仙だと!? まさか自分自身の体まで怪物に変えていたのか!?」

「ワシが人間だと誰が言った? ワシの体はとうの昔に滅んでおるわ、この屍仙としての体を手に入れてウン百年、ヒトを食らいながら生き永らえたまでよ!!」

「ならば、何故鬼神斎に肩入れする! そこまでの力を持ちながらヤツの下に付くことはなかろう!!」

「ヤツは面白い男じゃ、あそこまでの狂気はそうそう拝めるモノではない、だからこそワシは力を貸したまでよ! 失われていた裏刃の術、そして我が滅ぼした御隠の妖術をなァ!!」

「失われていた術だと!?」

「これ以上話しても始まらぬ、行くぞ獣賀者! その身を引き裂き、血をすすり肝をえぐり、ハラワタをもむさぼり食ろうてくれるわッ!!」


 妖魔道人の青い半身に宿る赤い目がギラリと光ると、その首が伸びて牙丸と角丸に襲いかかった。その口からは、ウツボのような歯を備えた更なる口を持つ舌が伸びている。咬撃を防いだ雷鳴牙の刃をもギリギリと鳴らし、その鋭さを示していた。


「今助けるぞ!」


 大鎌を振り上げる角丸であったが、妖魔道人は素早く首を戻すや否や今度はムチ状となった太い腕を伸ばし、二人のシノビに強烈な打撃を見舞った。更に二人の脚に腕を絡めるとズルズルと引きずり、


「妖術、人食い煙!」


 その肩や腹から伸びる骨状の物体から障気を放つ。


「この煙には防毒面も役には立たぬ、その装甲をも腐らせるからなァ……」

「そうはいくか……!!」


 角丸はわざと煙に飛び込み、牙丸の前に出ると大鎌である蔓緑斬を前方に向けて構え、そのままギュインと回転させた。


「跳ね返すつもりか……」


 妖魔道人は更に煙を放つ。それだけではなく角丸を捕らえた腕を引くことでその足元を崩した。しかしそれでも角丸は回転を止めない。


「風も水も、流れを操る力を思い知れ!!」

「強がるでない……」

「なんの、なんのォォオオ!!」


 するとどうだろう、妖魔道人の放つ煙は角丸の目の前で留まり、やがて術者本人へと返り始めたではないか! 妖魔道人は牙丸と角丸を捕らえていた腕を戻し、その煙を邪魔だとばかりに振り払った。一方で術を返した角丸はがくっと膝を突く。


「げほォッ!!」

「大丈夫か、角丸!?」


 仮面からは吐いた血が吹き出した。頭部や肩にある角も、得物である蔓緑斬までも既にボロボロとなっており、握っていた手の装甲までも崩れ、暗い色の血がボトボトと落ちている。百鬼装甲の再生能力を以てしても、このままではとても戦える状態ではない。そもそも腐食は角丸自身の体にまで及んでいる。


「俺はこれ以上は無理だ……頼むぞ牙丸、俺の好敵手よ……」

「……引き受けた、早く行け!!」


 装甲を外し、角丸は物陰に崩れるようにして身を隠した。そこを庇うようにして、牙丸が立つ。その手にはしっかりと、獣ノ巻を握っていた。


「妖魔道人、覚悟! 獣賀忍法極意!」


 牙丸の口元を覆う面頬が変形する。弾き飛ばした外装の中から、獣の口を思わせる姿を現し吼え猛る。


「獣変化、大ッ、雲ッ、豹ッ!!」


 獣ノ巻を面頬の口にくわえ、印を結んで術を吼えるように唱える。すると牙丸自身の体をたちまち黒い雲が覆い、雷が轟き光を放つ。そしてその雲を引き裂くようにして、巨大な獣が現れた。


「ついに出たか、獣賀の極意が!」



 暗い部屋の中で、一人の女が横たわっている。鬼の顔のついた仮面を付け、その身にはシノビ装束を纏っていた。そして彼女の傍らに、静かにもう一人の人物が歩み寄る。


「妖魔道人に頼んでみたが、やはりその程度であったか。数百年だろうが数千年だろうが、所詮は食らうだけが本能の怪物だったということだ」


 その手に持った得物をシャラン、と響かせるとこの男は再び口を開いた。


「牙丸よ。その姿、再び我が目に入れてくれよう。そして今こそ知るが良い、この鬼神斎がいかなる者かをな……!!」


 

 巨大な牙をきらめかせ、牙丸が妖魔道人に向かって飛び掛かる。すると相手はその巨体からは想像も出来ぬ身軽さでその場を飛び退いた。すると牙丸は、着地すると同時にその前足で地面を払う。強烈な衝撃波が地面を裂き、なんと同じく着地した直後の妖魔道人に命中したのであった!


「馬鹿なッ!?」


 そう、牙丸はただ闇雲に、目の前の外道に怒りのまま飛び掛かったのではない。わざとその場から動かし、相手が間合いを取るであろう位置に向かって、件の攻撃を放ったのである。獣の身体能力と反応速度、そこにヒトの持つ予測能力を組み合わせた前代未聞の一撃であった。


「こうなればァッ!!」


 再び宙に上がる妖魔道人の巨体。大きく裂けたその口をガパァッと開き、鋭い歯をたたえた長く獰猛な舌が伸びて、開く。それに対して牙丸はその身をググッと屈めると、後ろ足を中心とした全身の筋肉をバネとして跳躍した。妖魔道人の異形の舌が牙丸を追う。だが獣の体は敵の場所よりも遥かに上を舞っていた。そして相手に的を定めると、牙丸の獣の顔が一直線に降下する。巨大な牙を光らせ、妖魔道人の背中に深々とした一撃を差し込んだのであった。そこに迫る異形の舌。だが牙丸はそれを一瞥すると、前足にある爪を一閃させた。ウナギのようにくねりながら空中に飛ぶ舌。そしてそれだけでは終わらず、牙丸は首の筋肉を活かしてグィッと、妖魔道人をひっくり返して地面に向けて連れ去ったのである。叩き付けられる巨体、上がる砂ぼこり、その中から躍り出る牙丸の姿。


「やってくれおったな……」


 倒れたままの妖魔道人の両腕が地面に差し込まれ、地を這う攻撃が牙丸を狙う。二つの軌跡が不気味に迫り、軽やかにかわさんとする獣を捕らえんと襲いかかる。大雲豹の体が宙を舞ったその時、まさに待ってましたとばかりに二つの触手が魔の手を伸ばした。


「終わりだァァア!!」


 牙丸は空中で、その身をかがめると、その肩から伸びていた二対のマフラー状の布を、妖魔道人本体に向けた。たちまち布は標的に向かって伸びていき、その顔を覆いつつ巨大な体を拘束したのであった。


「ぬな、何も見えぬ!? 何も見えぬぞッ!?」


 更に牙丸は、その伸ばした布をくわえてピンと張り、牙を使ってサクッと切断するとなんと、その前足をかけ、まるで絨毯のように飛び乗ったのであった。そして妖魔道人に向かって駆け寄り敵の懐に飛び込むと、


『必殺、慟哭絶叫剣!!』


 至近距離で左右の牙の持つ陰と陽の電気エネルギーをスパーク、そのまま真上にある敵の頭部目掛けて拡散する強烈な衝撃波を放ったのであった! 妖魔道人の体は、たちまち体中に光る亀裂が走り、たまらず爆音と共に砕け散ったのである。そしてその巨体のいた場所には、素顔となったシノビが一人立っていた。


「妖魔道人、恐るべき相手だった……」


 牙丸がここを去ろうとした、まさにその時である。


「雲豹の牙丸ゥウ!! ワシはまだ死んではおらんぞ!!」

「何ィ!?」


 なんと言うことか、妖魔道人はまだ生きていたのだ。生身と思われた部分は完全に崩れ去った一方で、青い半身であった部分がなんと奇跡的に、それも牙丸の足元で転がっていたのである! 刀を抜きつつも咄嗟にその身を離した牙丸に対し、妖魔道人は自らの周りに妖しく光る輪っかを発生させながら言葉を発した。


「今回ばかりは貴様の勝ちじゃ! ワシは撤退せねばならぬ、また新たに体を作り直すためにな!!」


 妖魔道人の残された頭が宙に浮き、牙丸に対してその目を向ける。


「だが覚えておけ牙丸よ、次に会う時こそ貴様の命日、目をえぐり耳を削ぎ鼻を落とし、じっくりと痛め付けてから屍仙に変えてくれるわッ!! 楽しみにしドゥッ!?」


 台詞を言い終わらぬうちに、妖魔道人が眼前から消えた。その残っていた体に、何処から飛んできたのか錫杖を思わせる三叉の武器が、妖魔道人の顔を釘付けにしたのである。そして、この武器を見た牙丸の表情が、固まった。


「な、何故……!?」


 直後、あまりに禍々しい黒い炎に包まれた影が、牙丸と妖魔道人の間に飛び込んだ。その衝撃で爆音と共に周りの土が、石が浮き上がり、更に舞い上がった落ち葉が全て黒い影を残して消え去った。咄嗟に顔を覆った牙丸。やがて視界が開けると、そこにはゆっくりと身を起こしつつ炎を鎮め、その身を露わにする男の姿であった。


「妖魔道人、その力を頂こう」


 男は自ら投じたと思われるその武器を握ると、冷徹に宣言した。一方の妖魔道人は残された目で男を睨みながら叫ぶしか出来ない。


「貴様ァッ!? そうか、ワシに頼ったのは、ワシに近付いたのは娘のためではなく、ワシの妖術を……」

「裏刃忍法、吸飲炎喰法きゅういんえんしょくほう

「ぎぃぃやぁぁああああああああああああああああああああッ!? あ、あぁッ! ア……」


 槍に刺された妖魔道人の残された頭部のあちこちから、黒い炎が吹き出るとたちまち男の顔面に集まっていく。炎が収まったその時には、妖魔道人の姿は跡形もなく消え去っていた。


「何年経とうが燃え尽きる時はまさに刹那、食われれば無へと還る。虚しいな、実に虚しい。さて……」


 得物をゆっくりと地面から抜き出すと、男は牙丸の方を振り返る。牙丸は既に装甲を身に付けており、雷鳴牙を二振りとも手に持って既に構えていた。


「久しぶりだな、雲豹の牙丸よ。その様子、どうやら忘れたワケではなさそうだな」


 振り返った男の姿。生気をなくしたような白い顔は、半分以上が仮面によって覆われている。左目のあるべき箇所には能面を思わせる白い顔が付き、その口からは先程の黒い炎の残滓が立ち上っている。黒くボロボロのシノビ衣装は左右非対称の装甲で覆われ、所々に木目のような模様が入っている。これを見た途端に牙丸の脳裏にはあの日の記憶が生々しく蘇っていた。目の前で両親が死に、姉と生き別れ、知るモノ全てが灰となった、あの夜の忌々しき瞬間が!


「誰が、誰が忘れるものかッ……! 裏刃鬼神斎、覚悟ッ!!」

~次回予告~

妖魔道人は倒れた。だが牙丸の眼前に現れたのは因縁の相手にして敵の親玉、裏刃鬼神斎。遂に、直接対決の時が訪れる!

次回『暗黒ノ炎』 お楽しみに

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