十一ノ巻『屍仙ノ涙』
~前回までのあらすじ~
手掛かりを追って機騨の里に訪れた牙丸であったが、そこで待っていたのは機械馬・アオの襲撃と、羅刹のお妖と妖魔道人による絶望的な現実であった。屍仙の巣と化した里、そして今目の前で、キーパーソンであったはずのシロウまでもが怪物と化し……
まさか、このようなことになってしまうとは。今、目の前で起きた現象に牙丸は戦慄した。機騨の里に案内してくれるはずだったシロウが今、異形の姿へと成り果てたのである。いやそれだけではない。今周りで蠢いている群影の仮面を被った異形達は皆、妖魔道人の手によって屍仙にされた里の人間だったのだ。牙丸が頼ろうとした手掛かりが今、全て敵となって襲いかかる。
「グォォォォン!!」
唸り声を上げながら、シロウだったモノーー屍仙・屍戯象の口吻が牙丸に伸びる。近くにある木に跳び移り難を逃れた牙丸だったが、今度は翼を持つ暗鬼・穢鬼武の爪が蹴落とそうとする。その下では無数の死影がアオに手をかける。首に、角に、前脚に後脚に。死体だったとは思えぬ凄まじい力が鋼の体を、たった今八つ裂きにしてしまった。そして一斉に牙丸の方を向き始める。
「し……紫電爪!」
木の枝からぶら下がりながら、牙丸は紫電爪を素早く二つ取り出すと穢鬼武に打つも、難なくかわされる。しかし牙丸は素早く二つを回収すると霹靂珠を合わせ、
「紫電霹靂斬!!」
二重の刃を持つ手裏剣を作り上げ、下にいる死影達に打ち出した。
飛翔する高速回転が次々に並み居る死せる雑兵を切り刻む。彼らを救う方法は弔い、妖魔道人から解放するしかなかった。仮面を割られ、その体まで刻まれた死影は煙を発し、溶けていく。しかし影瞑裏の目の前まで来たところで、彼の得物が叩き落とした。更に体に絡む紐を取り出し牙丸へと投げ付ける。
「グオォン!?」
絡まった紐ごと地面に引きずり落とされ、言葉にもならぬ声が出る。更にそこに盗骨蟲、屍戯象の二体が迫り来る。
「宴じゃ! 生きたままむさぼり食われる恐怖を知れィ!!」
妖魔動人の宣言のもと、巨大な爪で押さえつけられ、二体の屍仙の顔が牙丸に迫る。盗骨蟲のドクロ状の顔にある下顎がガバッと割れ、屍戯象の口吻の先端に付いた牙がギラリと光っている。嗚呼、このまま食われてしまうのか!? だが思いも寄らぬ侵入者がそこにはいたのである。風を切り、ヒュウンと飛び込む一つの影。それがなんと盗骨蟲の片腕を飛ばし、牙丸の体をかすめたのである!
「これは……蔓緑斬!?」
牙丸の目に、希望の光が走った。
「食事の邪魔をしたのは誰だァ!」
片腕と獲物を取られた怒りを叫ぶ盗骨蟲。武器の飛んできた方向を見ればそこには、ロングコート状の装束を身に付けたもう一人の仮面のシノビが立っていた!
「クヮァァァーーーッ! 名を名乗れィ!!」
「夜叉の角丸、参上!」
白銀の仮面が、一気に距離を詰めて牙丸の元に現れる。
「大丈夫か、牙丸!」
「かたじけない……!!」
立ち上がる牙丸。仮面のシノビが二人となった。予想外の事態に、お妖が声を荒げた。
「よくも堂々と現れたな裏切り者め、覚悟するが良い! 穢鬼武、影瞑裏!!」
「御意ッ!!」
突っ込んで来る三体に対して構えつつ、角丸が叫ぶ。
「コイツらは任せろ!」
「承知ッ!」
牙丸もまた得物を構え直すと、妖魔道人と屍仙二体に挑みかかる。
「殺してくれるぁあああ!!」
片腕で飛び掛かる盗骨蟲。その爪を掴み、牙丸は敵をその勢いごと地面へと叩きつけた。そして一気に間合いを詰めると、残った腕をも斬り落とす。
「ウガァァァッ!? し、屍戯象よ、早く助けに来い!!」
屍仙の仲間に助けを求めた盗骨蟲であったが、屍戯象は答えない。どころか、その場でガクッと膝を突いている。
「お、おっさまァ!!」
両腕をなくして妖魔道人に助けを求め、よろよろと向かう盗骨蟲。その背後で牙丸は静かに、二つの雷鳴牙を合わせて双雲雷鳴牙に変えていた。
「秘剣、稲妻落とし!」
背後から襲いかかる斬撃に、盗骨蟲は仰け反った。それでも情け容赦のない二撃目、三撃目が刻まれ、更に足での一撃が飛ぶ。
「お助け……を……!!」
「……出来損ないめ」
妖魔道人が背を向けたその直後、牙丸の刃を掲げることによって発生した雷撃が盗骨蟲を直撃、爆発すると共に全身に火が上がった。
「屍戯象も腑抜けか、ワシが相手をしてやろう」
払子状の得物を構えた妖魔道人。牙丸もまた武器を構える。その一方で、角丸は裏刃衆の三体を相手取っていた。
「唐草地獄!」
空から迫る穢鬼武に、地面から伸びる蔦や茨が次々に絡み付く。更にそこに曼緑斬の鎖が飛んだ。
「今助けるぞ穢鬼武!」
影瞑裏が角丸に挑みかかる。丁字状の得物の鉤を向けるも、角丸の持つ鎌の刃が受け止めた。と、その直後!
「鬼針眼光弾!」
角丸の額にある第三の眼から針状の光弾が放たれる。次々に刺さる光の針に押され、影瞑裏の体がずるずると下がっていく。そこに角丸は、掴んだ鎖を思い切り引くと、何とその先に絡まった穢鬼武を影瞑裏に衝突させたのであった。
「必殺、激流割断鎌!」
角丸は、曼緑斬を再び大鎌に戻し、旋回させる。刃の先端を地面に引っ掛けると、そのまま地面を抉る巨大な衝撃波の刃を発生させた。なす術もなく、二体の暗鬼はまとめてその身を切り裂かれると、断末魔と共に砕け散った。その破片と爆風が、更にお妖にも向かう。それを見た、妖魔道人の様子が変わった。
「あぁッ!?」
「む? しまった!」
牙丸の目の前から、一瞬にして道人がお妖に近付くと、その仮面の様子を見た。傷が付いている。本体は無事なようだが、その口から思わぬ言葉が、それも思わぬ声で発せられたのだった。
「牙丸……そこにいるの……?」
「え、な……何ィ!?」
「……このままではまずいのぉ」
妖魔道人は片手で印を結ぶと、お妖の足元に向けた。するとそこに円形の、黒い絨毯のようなモノが広がり、お妖の体がズブズブと沈んでいった。
「妖魔ァ! 何故お妖から、拙者の姉上の声がしたので御座るかッ!!」
「そなたの知るところではない」
「近くにいたオレも気づかなかった……ヤツは鬼神斎の娘ではないのか!?」
「いや、彼女はまさに鬼神斎の娘で間違いはない」
「どういうことか説明するで御座る!」
「ここで死体となる者にそのような必要はない。屍戯象よ、いつまで腑抜けておるのじゃ?」
妖魔道人は払子状の得物を片手に屍戯象に向かう。返事はない。
「こうなれば仕方あるまい」
そう言うなり放たれた得物の毛束が、次々に屍戯象の体に突き刺さった。仰け反る体に、紫の気が注ぎ込まれる。
「これでコヤツも思いのまま……やれぃ!」
屍戯象が立ち上がると、牙丸と角丸にその顔を向けた。長く伸びた吻の先から、ヨダレが垂れている。こちらを、とうとう獲物と認識したらしい。
「牙丸、もうコイツはヒトではねぇ。心まで、怪物になっちまったんだァ!」
「……嗚呼、そのようで御座るな」
「グルルァァァーーーッ!」
咆哮を上げる屍仙の姿はまさに、ヒトではなくなったことを示していた。もう、楽にするしか方法はない!
「グルルァァグァァーーーッ!!」
突っ込んでくる巨体をかわす二人の仮面のシノビ。激突した木が見事に折れている。それを持ち上げ、屍戯象は投げ付けて来た。なんという怪力か! その木に向かい、角丸は牙丸の前に躍り出て大鎌の一撃を繰り出した。真っ二つとなった木であったが、その奥からあの口吻が突っ込んで来た。角丸の肩に、しっかりと噛み付いている。ギリギリと音を立てる装甲。そこに今度は牙丸が、口吻を途中で切り落としたことで難を逃れた、かに見えた。なんと口吻は蛇のように角丸に巻き付いたのである。
「すまない角丸!?」
「気にするな、これくらいどうにかなァるッ! それより、早く本体を叩け!」
「……承知!」
牙丸は、面頬の奥でグッと歯を食い縛ると、傷を負った屍戯象へと飛んだ。しかし牙丸の目に飛び込んだのは、屍戯象の背中や手に刺さったままの毛束と、その目から流れている涙であった。
「……まだ、ヒトの心が残っていたので御座るか!?」
気付いた牙丸はすぐさまその毛を切り離した。すると、まるで糸の切れた操り人形のように屍戯象の体がガックリとその場に伏せたのであった。同時に、角丸に絡んでいた口吻も地に落ちた。
「屍戯象よ、屍戯象よ! そうか、ヒトを食わなかったからか。ならばもう、使いモンにはならんのお」
屍戯象はその場から動かなかった。元が死体である屍仙がその肉体を保つには、新鮮な人肉を接種し続けなければならない。しかし屍仙となったシロウは、理性を以てそれを拒んでしまった。即ち、ヒトとしての理性が屍仙を殺したのだ。
「こうなれば、ワシ一人で片付けてくれる!」
妖魔道人の袖から、次々にリング状の武器が飛び出し、その周りを漂い始める。高速で回転し、触れただけでも周りの草木が寸々に刻まれていく。
「妖術、業輪殺法!」
掛け声と共に、大量の刃の雨が牙丸と角丸に降りかかった。素早く刃でいなそうにも、二人を取り囲むように妖魔の刃達は飛んでいる。装甲のあちこちから火花が絶えず散り始めた、このままではもたない!
「まずはそちらからじゃ!」
払子状の得物の毛が伸び、牙丸の体を絡めとった!
「ぐ、ぐぅッ!?」
「いくらもがいても、この死贈束の毛は切れはせぬ! 貴様も我が糧となるが良い!!」
妖魔道人の得物、死贈束の柄に付いたドクロの口が開くと、牙丸の体のあちこちから青い炎が浮き出始めた。その炎が、次々にドクロの口へと入っていく!
「牙丸ゥゥーーッ!?」
「ホッホッホォッ! やはり若い命の炎は良いのぉ、なんといっても温度が違うわッ!」
あわや絶体絶命、そう思われた時であった。突如よろめく妖魔道人、その手から離れた死贈束、毛束による拘束を逃れた牙丸、角丸の周りから地に落ちた刃達。何とか間合いをとった牙丸の目に映ったのは、妖魔道人をその怪力で抑え込む、屍戯象の姿であった。
「今だ……私もろとも討て……!」
角丸の足元から声が響く。切り落とした、屍戯象の口吻からであった。
「シロウ殿!?」
「早くしろ……長くはもたんぞ……!!」
「ええい、離せ! 何処にそんな力が残っていた!?」
「こうするためだ……何をしている牙丸よ、私はとうの昔に死んでいる……!!」
「ぐっ……ううう……許せ、シロウ殿ッ!!」
牙丸の両手に力がこもる。彼の体から放たれた電気エネルギーが、右の刃に赤を、左の刃に青を灯す。両方の刃を回し、十字型に組むと、彼は叫んだ。
「必殺、雷鳴咆哮破!」
刃同士のエネルギーがぶつかり生まれた凄まじい光線が、シロウ共々妖魔道人の体を貫いた。巨大な風穴を開けると、二体の体は大爆発を起こしたのである。
「ハァ……ハァ……」
膝からがっくりとその場に崩れた牙丸。しかし彼に、安堵の瞬間は訪れなかったのだ!
「まだ勝負は終わっておらん、よくもやってくれおったな牙丸!」
「何ィ!?」
なんと、爆風の中から、妖魔道人の頭だけが浮かび上がりこちらを見つめているではないか!!
「ワシをここまで追い詰めて、生きておる者など一人もおらんぞ! ここで朽ち果てると良い!!」
~次回予告~
執念、それは長き命へか、目の前の勝利へか。頭だけとなってもまだ、その眼光は鋭いまま。妖魔道人、その真の恐ろしさを牙丸は目撃する。しかしてその背後にて、あの男が遂に動き出すのであった。
次回『永久ノ骸』 お楽しみに




