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牙丸伝  作者: DIVER_RYU
10/22

十ノ巻 『黒鉄ノ馬』

~前回までのあらすじ~

故郷の里を焼かれた雲豹の牙丸は、その張本人である鬼神斎に立ち向かうべく獣変化の術を完成させた。そして裏刃への手掛かりを掴むべく機騨の里を目指す。しかしその当日、彼の泊まるホテルに裏刃衆過激派と御隠衆・妖魔道人の組んだ『侠幻党』が襲いかかった!

 うっそうとした森の広がる公園。平日の園内は殺風景だった、それもいつも以上に。


『ホテル襲撃事件発生』


 この文字がその日はテレビに躍っていた。バケツでブチ撒けたような血糊、穴の空いた壁、突き刺さった棒手裏剣型の特殊な銃弾、覆面を着けた異様な連中、全てが住民にとって恐怖となる影像がその日は朝から映っていた。10分ちょっとの大暴れと、その最後の目撃談である「ひび割れたアスファルトを追って散り散りになった」という証言から、多助の人々は皆家に籠ってしまったのである。


 そんな理由で誰もいない平日の自然公園を喜ぶ者がいた。ホテル襲撃から、土遁の術を使って逃げ延びた仮面のシノビ、牙丸である。木に寄りかかり、何とか身を起こし、服に着いた土を払うと、木製の遊歩道に飛び乗りその看板を確認する。


(狙い通りだ。ヤツらを撒いて、なんとか機騨の里の入り口に立てたぞ……)


 牙丸のとった手段はまさに一か八かであった。彼は当初、敵を広い場所に誘い出し、装甲を着けて地上にていきなり大雲豹となることで一気に持っていこうと思っていた。だが強盗団のリーダーがなんと、自分と同じく地中より襲いかかったのだ。それだけでなく出ようとした場所は既に感づかれ、包囲網が敷かれていた。獣変化を使うという考えは既に読まれていたのである。


 やむなく、牙丸は地中で相手を迎え討たねばならなくなった。狭い場所で出口を塞がれては退路を確保するしか方法はない。頭を出した瞬間に袋叩きされるよりはマシである。


「死ねェ! 牙丸ゥゥ!!」


 地中にも関わらず素早く襲いかかるリーダー。最早常人の動きではない。掘り進めるのをやめて、牙丸は巻変化を使用して結界を張り、装甲を着けつつ一旦相手を弾き返した。


「その動き、お主もシノビか!」

「シノビィ? なんだァそりゃァ!!」

「それに地中で拙者の姿を捉えている、即ち暗闇でモノを見る術を知っているということか!」

「ごちゃごちゃうるせぇ! さっさに土に還りやがれェ!」


 相手の爪が襲いかかる。武器の類いは持っていないようだ。しかしその手は最早ヒトのそれではない。雷鳴牙で防いだ牙丸であったが、何と一般人のはずの相手に押されている。シノビどころではない。もっと恐ろしい相手が目の前にいる。


(まさか、コイツは屍仙しせんか!)


 牙丸はかつて父親から聞かされた話を思い出していた。屍仙とはかつて御隠衆のシノビが開発した、手にかけた者をヒトを食らう怪物に変貌させる妖術である。牙丸の知識としてはその危険性から、暗鬼のようには使い続けられることもなく歴史から姿を消したという。


(妖魔道人は御隠衆……今もあの術を使えるシノビがいたということなのか!?)


 牙丸の手甲から紫電爪が放たれる。敵の巨大な掌が受け止めた。バチバチと放たれる電流、しかし堪えた様子はない。


「何だ今のオモチャはァ? 効かねぇなァ!!」


 ブンッと手を降り、相手は刺さった紫電爪を投げ返す。しかし牙丸そこに霹靂珠を打ち込むと、もう一枚の紫電爪で受け止めた。二枚と一個が合わさったその瞬間、眩い光と共に刃が回転し始める!


「紫電霹靂斬ッ!!」


 二重の刃が、掘り進んだその土を崩しながらジグザグに飛び掛かる。先程と同じように手で受け止めようとした強盗リーダーであったが、その硬い爪すらも切り裂き紫電霹靂斬は襲いかかったのだ。


「なぬッ!?」


 怯んだ相手を知ってか知らずか、目の前を塞ぎながら牙丸の放った一撃は何度も相手を切り刻み砕け散った。切り落とされた片腕を拾った敵はチッ、と軽く舌打ちするとその場から去っていった。かくして機騨の里の入り口に立った牙丸は装甲を外して巻物に封じると、シロウから渡された紙を手に歩みを進めるのであった。この先で、落ち合うことになっている。


「では、お薬出しておきますね。御大事に」


 患者を見送るシロウ。この日最後の診察であった。飴を渡された子供は親に連れられ、目の前の医者に手を振っている。シロウも振り返そうとしたその時である。ガタガタとその手が震え、強張り、何かに爪を立てるような様子に変わっていくではないか。咄嗟にその手を抑え隠し、反対の手で挨拶を返したシロウの顔を見た看護師が声をかける。


「先生、どうかなさいましたか?」

「いやいや、何でもない」


 手の震えはいつの間にか止まっていた。


「……先生? ここ二、三日無理をしてませんか? 顔色も悪くなってることがありますし……」

「そうかね……医者の不養生ってヤツかなぁ、一度私も診てもらおうかね……さて、そろそろ私はおいとましないとね、次の先生が来るし」


 そう言って、トイレに向かったシロウ。隣町での事件の影響で患者こそ少なかったが、その患者いる以上は医者もまた必要なのだ。手洗い場で冷水を両手にすると、バシャァッと思い切り顔にかけた。そして手持ちのタオルハンカチで水を拭き、鏡を見る。


「確かに、くたびれた顔してるかもなぁ……」


 そう呟いた直後である。彼の顔に、ほんの一瞬だけ、その皮の下にあるはずの頭骨の様相が、青アザのようにスウッと浮かび上がったのである。


「……えっ!?」


 顔に手を這わせる頃にはもう、何も見えなかった。


「何だったんだ今のは……。それより早く里に行かないと、アイツが起動したかもしれん」


 牙丸は、シロウから聞いた通りの手順を踏み、機騨の里に入り込んでいた。その入り口にて集合する予定となっている。


「早く来すぎたかな? 診察時間なら丁度終わったとこか。……あ、昼飯、何も考えてねぇや……」


 ぐぅぅ、と腹が声を上げる。意識を向けた途端に、空腹が頭を支配してゆく。ため息と共にその場に座り込んだ、その時である。


『おい、キサマ、ナニモノだ。どうやって、ハイって、キた』


 ジャキッ、ジャキッという奇妙な足音と共に、何かが牙丸に向かって歩いてくる。その声には妙なエコーがかかっていた。


「どうやってって、里の人間に教えてもらったんだ。そしてここでその人を待っているんだが」

『アヤしい、ヤツめ。ヒトの、ニオいが、しないぞ?』


 牙丸の前に姿を現したモノ。サラブレッドくらいの体格に、光沢のある黒い装甲。馬を思わせる四つの脚を持ち、その目は青く光っている。その頭部に二つ、刀に似た角が生えており切れ味は良さそうだ。噂に名高い、機騨の殻繰仕掛けなのか、はたまた刺客か。


「機械のクセに、匂いが分かるんだな? 俺が普通の人間でないことも見抜くとは」

『サトに、イれる、ワケには、いかない。カクゴ!』


 前肢を振り上げ、殻繰の馬が襲いかかる。その場からバック転を決めつつ下がった牙丸は、徒手空拳のままひとまず構えた。


(機騨の里のモノを無闇に壊すワケにはいかねぇ……何とか大人しくさせられないモノか)

『ワがナは、アオ! オマエは?』

「俺は……獣賀衆、雲豹の牙丸!」

『キバマル、ジュウガシュウが、ナンの、ヨウだ!』

「シロウとここで落ち合うことになっている! 機騨史郎だ、分かるだろう!?」


 アオと名乗った鋼の黒馬に問い掛ける牙丸であったが、相手は聞く耳を持っていないらしい。そのタテガミを振り乱し、口に該当する箇所がグワッと開くと青い閃光が駆け抜ける。その場から飛び退き、転がりかわした牙丸であったが先程まで立っていた岩が見事に砕け散った。


「やるじゃねぇか……!」


 転がったその勢いでコートを脱ぎ捨てると、牙丸はシノビ装束に変わった。相手は話を聞くつもりがないらしい、かといって黙っていればこちらがやられてしまう。襲いかかるアオの前肢を、獣ノ巻から引き抜いた雷鳴牙が弾き返した。更にその巻物を広げ、刀印を結んだ指で素早く格子を切ると、何とそこに封じてあった自前の白いバイクが登場した。


「話して分かる相手じゃねぇなら……いっちょ叩いてみるか、機械だもんなァ!」


 牙丸は刀をくわえ、前輪を持ち上げウィリーを決める。それに合わせてか、アオもまたその前肢を振り上げ、二つの巨体は激突した。アオの頭に生えた二つの角を、牙丸の雷鳴牙が受け止めすれ違う。蹄とタイヤのドリフトした跡が地面に刻まれた。口から雷鳴牙を取り出し、再び加速する牙丸に対し、アオの口の中がバチバチとたぎり始める。しかしその一撃が放たれる直前、騎手の体が宙に浮いた。アオの放つ閃光はわずかにを向いたものの牙丸の姿を落とすことは出来ず、気が付いた時にはその背中に跳び移っていた。


『ブレイモノ! シンニュウシャにアズける、セナカなどない!』

「違う、俺は呼ばれたんだ! ……あと、侵入者ってのはアイツのことだ!!」


 牙丸は何かに気付き、目の前の木に紫電爪を打ち込んだ。ガサァッという音を立て、黒い影が落下する。


「群影……!! くそ、追って来やがったか!!」

「あらあっさり気付かれたわね。もう少しやり合ってくれるとありがたかったのに」


 台詞の直後、地中から次々にシノビが姿を現す。同じ仮面を着けた群影達、そして羅刹のお妖。更にあの強盗リーダーの姿まである。


「牙丸ゥ! まんまと逃げ仰せたと思ったら大間違いだぜェ!!」

「侠幻党!! まさか、シロウさんは……」

「シロウってのは、コイツのことかの?」


 老人の声が響く。牙丸の目が一層険しいモノに変わる。


「ホッホッホッ……あっさりと案内してくれおったわ」


 シロウの体を投げ付け、妖魔道人が姿を現した。


「大丈夫ですかシロウさん!?」

「な、なんとか……」


 立ち上がるシロウであったが、その顔色は尋常なモノではない。相当な拷問を受けたようだ。


「素直にせんからそうなるのじゃ」

「妖魔道人ッ! てめぇ一体何をしたァァーッ!!」

「そんなこと言っておる場合かな?」


 牙丸の後ろから、アオの蹄が迫る。すぐさま前転してかわした牙丸、だったが。


「やめろアオ! 敵はあっちだ!」

「牙丸よ。その馬を操ってるのは誰か、分かっておるのか?」

「……何?」


 ハッとして、牙丸はシロウに目を向けた。歯車状の装置をかざしつつも、もう片手でそれを抑えようとする姿がそこにある。


「どういうことなんだ……」

「やめろ……やめてくれ道人……」


 苦痛に歪むシロウの顔は、妖魔道人の方を向いていた。それを見た、元強盗グループの部下の一人が声を上げる。


「おっさま? 一体、さっきから何が起こっているんです?」


 それを見たリーダーが彼を張り倒し怒鳴り付ける。


「つべこべ言うなッ! 俺達は牙丸を殺れば良いんだよ、ヤツが憎くないのかッ!」

「んなこと言っても! こんなんじゃただの狂った集団だ、おれはあんなヤツにケンカを売り続けるなんてやだァッ!!」

「今更何をォォ……」


 リーダーが部下を掴み上げたその時、彼の手はあの時牙丸が地中で見たような巨大な爪が生えていた。


「え、え……?」


 リーダーの様子がおかしい。5人の部下達は困惑した。


「おっさま、アレは一体……!?」

「遂に、出来上がったか……!」


 妖魔道人の顔は狂喜に満ちていた。強盗リーダーはその爪の生えた巨大な手で、掴んでいた部下をなんと紙でも裂くようにあっと言う間に肉片へと変えると、その場で貪り始めたではないか!!


「ひ、ひぃぃぃぃッ!」


 竦み上がる部下達。だがその逃げ出す背中に容赦なく、リーダーが爪を突き刺した。それも、まとめて3人もの命が一瞬にしてモノ言わぬ肉塊へと変わったのである。引き裂き、食らい付き、爪に付いた肉片を舐めとったリーダーの背中が今度は大きく膨らむと、服ごとこの皮膚を裂き、体中から煙を発しながら異形の怪物が姿を現したのであった。


「牙丸よ。これが御隠妖術の真髄にして最高傑作、屍仙というモノじゃ」


 かつてリーダーだった存在。膨れ上がった背中は外骨格に覆われ、顔は骸骨のそれであったが下顎は二つに割れており、その一方で下半身は餓鬼の如く痩せていた。まさに、怪物と化した死人という姿である。これを見た牙丸はその瞳に今、恐怖を映していた。


「屍仙、アレが屍仙……!」

「屍仙・盗骨蟲とうこっちゅうよ。次は誰を食らう?」


 妖魔道人は強盗の生き残りにその紫の目を向けた。


「お、お、おっさま!」

「助けて下さい、命ばかりはッ! いくら何でもあんな死に方はしたくねぇッ!」


 残り二人となった部下は、死にもの狂いで妖魔道人にすがり付く。すると、そのおっさまの口元がニヤーッと歪み、


「お妖さん、鏡をこちらへ」

「分かりましたわ」


 お妖は、暗鬼召喚に使うあの手鏡を二人に向けた。その方向を向いた下っ端強盗の額に、妖魔道人の持つ払子状の武器の毛が束になって突き刺さっていた。


「妖術、暗憑鬼身あんひょうきしん


 そう唱えると、妖魔道人は突き刺さったモノを抜いた。二人はキョトンとした表情を浮かべていた。だが直後、頭部がメリメリと脈打ち始め、その部分を押さえながらうずくまり、声が出る。


「うぁぁぁああああッ!?」

「一体、俺の目の前で何が起きてるって言うんだ……!?」


 シロウとアオを押さえようとしながら、牙丸は目の前で次々に繰り広げられる悪夢に目を疑った。


「アアアァァァァァッ!!」


 やがて残った二人の強盗の頭がバリッと破け、その体まで弾け飛ぶようにしてその中身が姿を現した。一人は体中に何かが巻き付いたナメクジのような姿に、もう一人は修験者の如き服を着たイヌワシのような姿に。牙丸には見覚えがあった。


「影瞑裏に穢鬼武! まさか、ヒトを暗鬼に変えちまったというのか!?」

「一度死んだ暗鬼の霊魂を呼び出し、生きたヒトに乗り移らせてそのまま暗鬼の体に作り替える。ワシとお妖による共同作業じゃ」

「影瞑裏、穢鬼武、生前の恨みを晴らしなさい!」

「御意ッ!!」


 まさに地獄の亡者達にして異形の猛者達。盗骨蟲、影瞑裏、穢鬼武の三体が今、同時に牙丸へと向かってくる。


「くそォッ! 妖魔道人め!!」


 シロウが声を絞り出したその直後である。さっきまで牙丸に蹄をあてていたアオが颯爽と、三つの異形の前に立ちはだかった。


「シロウ、貴方は妖魔道人様には逆らえぬはずよ」

「おい鬼神斎の娘ェ! 何でそんなことが言い切れる!!」

「里を守るためだ、術をかけられようとこれ以上進ませるワケにはいかない……!!」

「愉快じゃのう、愉快じゃのう。こちらはわざと、術を解いたというのにのう」

「何……?」


 意味深な発言に耳を疑う牙丸、しかし今の彼にはその真意を探る余裕がない。獣ノ巻を構え、庇うようにして立ちはだかる。


「うがぁッ!? あああああ!!」


 頭を抱えて、シロウがその場に倒れ込み、苦痛の声を上げる。それを聞くや否や、牙丸の目は妖魔道人に向いた。


「許さん……忍法、巻変化!!」


 眩い光が放たれ、巻物に記された文字が浮かび結界を作り出す。やがて光が収まると、そこには忍獣装甲を纏った牙丸が一人、立っていた。


「雲豹の牙丸、見参!!」


 二つの雷鳴牙を構え、牙丸は目の前の異形の尖兵達に立ち向かう。盗骨蟲の爪、影瞑裏の生きた紐、穢鬼武の刃が次々に襲いかかる。その一つ一つを雷鳴牙が受け止め、流し、打ち返すと牙丸は二つの刃を交差させ、叫んだ。


「慟哭絶叫剣!」


 擦り合わせた刃から放たれた衝撃波と稲妻が周りを吹き飛ばす。そこにつかさず、アオの角が追撃を食らわせた。


「助けてくれるで御座るか!?」

『サトをマモる、ためにタタカう、セナカにノれ!』

「なら話は早い!」


 牙丸はアオの背中に飛び乗ると、雷鳴牙同士の柄を合わせて一つの薙刀状の武器へと変えた。


「双雲雷鳴牙!」 


 両手で持ってブン回し、牙丸は今度は妖魔道人達に向かって駆け出した。それに気付いたお妖が、大量の群影をけしかける。しかしアオの蹄が、牙丸の刀が、まるで草でも刈るかのように次々と群影を切り裂き、振り落とし、踏み潰す。


「流石は機騨の技術ね、並の群影では手も足も出ないわ。ところで、これほど大騒ぎしてるのに何故里からは誰も出てこないのかしら?」

「……何が言いたい?」


 お妖に刃を向けて牙丸が問い質そうとする。


「ホッホッホッ……アオよ。お前が守ろうとした、機騨の里はもうないぞ」

『ウソをイうな!』

「嘘ではない。お見せしようかの」


 妖魔道人が払子状の武器を高く掲げると、途端にアオの体がグラリと揺れた。


「な、何が起きたで御座るか!?」


 牙丸が地面を見ると、なんと無数の手がニョキニョキ伸びてアオの脚を掴み、引っ張っている。どれもこれも死人のように白く、爪が伸び、所々紫の筋が入っている。


「何だこの腕はァァアアーッ!?」


 引き倒されたアオ、投げ出される牙丸にも腕は伸び、地面を突き破りその姿を現した。黒くボロボロの衣装、骨の浮き出た白い体に、イヤというほど見てきた黒い仮面。その仮面が真っ二つに割れ、そこには歯がズラリと並んでいる。


「群影……ではない!?」

「この里にはもう、生きたヒトなどおらん。ワシが全て屍仙にしたからのう。しかし一人を除いてロクなモノにならんかったがな」

「そこで私がこの群影の仮面と合わせてみたというワケ」

「……ったく、さっきから言わせておけばァァア!!」


 自分を掴んでいた腕を引きちぎり、牙丸は構えをとり直すと武器を手に群影の仮面を付けた屍仙達を薙ぎ払いつつ吐き付けた。


「何故にそこまでッ! お主らはヒトの命を弄ぶのかッ! ある時は焼き払い、ある時は食い殺させ、今回は操り人形かッ!!」

「おお、叫べ叫べ。最も叫んだところで、その死影しにかげどもは元には戻らんがな……」


 群影と合わせた屍仙の雑兵、死影と戦う牙丸の元に更に、盗骨蟲が襲いかかる。


「その男には素質があった。だから前々から目を付けておったのだ。周りにはエサに丁度良い取り巻きもおったでのう。そして機騨の里も今や屍仙の巣と化した……」

「そんな、機騨の里は全滅したというのか……!? おれの知らん間に……」


 シロウが絶望に染まりきった声を出した。不思議なことに、シロウには死影の手が伸びていない。


「おお、そうじゃ。忘れるとこであったな、里の中で唯一、まともな屍仙になったのがおったのう……最も、まだ出来上がっておらぬようじゃが……」


 妖魔道人は口の片側だけをグイと上げて笑みを浮かべ、シロウの方を向いた。


「まともな屍仙とな! もう一回言ってみろ妖魔道人ッ!! ……え、屍仙、だと……?」

「油断は禁物だァ、牙丸ゥ!!」

「ぐぁ!?」


 盗骨蟲の爪によるアッパーが牙丸を吹き飛ばす。そこにつかさず、影瞑裏の放つ紐が絡み穢鬼武の刃があてられる。


「そんな……おれが……」

「シロウさん、ダメで御座る! ヤツの言葉に耳を貸してはならん!!」


 牙丸は咄嗟に叫んだ、のだが。シロウの体には既に異変が起きていた。指先から長い爪が突き破るように伸び、その顔には青いドクロのような相が浮かび上がる。


「あああああああァァァッ!!」


 体中をその手で押さえながら、シロウはその場に倒れ込むと七転八倒し始めた。


「ホッホッホッ、言ってみるもんであったな、始まりおったわい」

「そんな……そんなことが……」


 体中が裂け、煙を放ち、シロウがヒトならざる存在へと変わっていく。やがて煙に覆われた中から姿を現したのは頭部から異様に伸びた口吻を持ち、膨らんだ下腹部に細い手足を持った屍仙の姿であった。吻の先端には鋭い歯をたたえた不気味な口が付いている。


「やれ、屍戯象しぎぞうよ。我等に仇なす者をここで消し去るのだ」


~次回予告~

屍仙、それは操り人形と化した屍。機騨の里は今や屍仙の巣と化していた。命を弄ぶ妖魔道人、そして羅刹のお妖に牙丸の怒りが爆発する。盗骨蟲、屍戯象、蘇った影瞑裏と穢鬼武、地獄の亡者どもに引導を渡せるか。

次回『屍仙ノ涙』 お楽しみに

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