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月残る朝と夕焼けを思う。  作者: nekogaspotting
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i bet on future?2

わかるだろ、と僕は言う。わかるよ、と誰も言わない。

プラットホームに備え付けられた椅子に僕とダイアナが隣り合わせに座っている。ダイアナは小さなコンパクト鏡を覗き込みながら、口紅を塗ったりしている。

ダイアナの二つ隣に船を漕いで、両足に杖を挟んだ老人が座っていて、時々思い出したように呻き声を出している。

髪はほとんど無くなり、肌に張りはない。撫でるものならずぶずぶと茶色い肌に指が埋まるだろう、思いきり腕を掴んだなら、小枝を踏んだ時のようにぽきり、と音を出して折れるだろう。


僕はその老人がとても美しいと思う。これまでの生き方の集大成である、その肉体を、美しいと思う。


僕らの他には赤子を抱き抱えた女性と、髪を金髪に染め、ピアスを付けた少年と、その隣で夏の暑さにうんざりしたような顔をして携帯を触る女子高生が二人。


金髪の少年はちらちらと女子高生の方を見ては目の前の向こう側に広がるプラットホームと、こちら側のプラットホームの間に這わせられたレールを見たりしている。


金髪の少年は意を決したのだろう、一度深呼吸をするのが腹の動きでわかった。肩の上下ではなく、腹が前に少しだけ膨らんだのを見て、音楽の専門にでも行ってるのかもな、と僕は言った。ダイアナは何が?と訪ねてきて、僕があの金髪さ、たぶん女子高生ナンパするんだろうな、と説明してやる。


説明を聞いてダイアナはへえ、どうなるのかなあ、とにやにやしながら視線を金髪の少年に移した。

説明をしている間に金髪の少年は声をかけたのだろう、笑って談笑して、それなりにうまくやっているように見えた。

おお、成功したんじゃないか?と僕が言うと同時に、電車の到着を知らせるアナウンスが鳴り響く。


白線の内側までお下がりください、とアナウンスが響いたと思ったら、まったく別のよく響く声がプラットホームを震わせた。


金髪の少年が女子高生に対して、顔を真っ赤にして、怒鳴り散らしている。

あらあ、あいつ失敗したんじゃないの?とダイアナがケタケタ笑う。女性に抱き抱えられた赤子は堰を切ったように泣き叫ぶ、おぎゃあおぎゃあ、ダイアナの二つ隣に座っていた老人はうるさいなあと呟きながら、騒音の発生源を睨み、おい、うるさいぞ、と指を指して怒鳴り散らすが、何十年とゆっくり磨り減らしたであろう老人の喉から発生する声は、金髪の少年の声量には敵わない。老人が舌打ちしながら立ち上がろうとして、両足に挟んだ杖を落とす。


それを拾おうと屈んだ所に、泣き叫ぶ赤子を抱え走る女性が躓く、すいません、大丈夫ですか?女性は老人に対して声をかけるが、老人はふざけるなよ、どいつもこいつも、と女性を罵る、おぎゃあおぎゃあ、赤子は泣き叫ぶ、僕は赤子がこの炎天下のなかよく泣き叫ぶものだと思っている。


だいたいなあ、あんたまだ若いだろ、排気ガスを吸いながら働いたことあるのか?どうせろくに苦労してねえんだろ?と萎んで乾いた皮膚をひくつかせ、激昂している。


ダイアナがヒステリー起こしちゃってるよ、と僕に耳打ちする、老人は目をしばたたかせ、何度も杖の底をプラットホームの床に叩きつけている、赤子は手足をはだつかせ始め、女性に顔を近づけ、唾液を飛ばしながら激昂している老人に、軽く手が当たった、この野郎、と老人が手を上げようとする。


老人の手が掴まれた、制服を着た駅員がなにか叫んでいた気がする、女性は泣き崩れていて、赤子も負けずに泣き叫んでいた。


僕とダイアナは立ち上がり、やってきた電車に乗り込んだ、あいつらとどうなっただろう、と金髪の少年のいた方向を見ると、女子高生と笑って話していて、電車に乗り込む気配はなかった。


僕は電車のシートに座り、赤子のことを思った。

おぎゃあおぎゃあ、あんな風に泣いてみるのもいいかもしれない。


僕は歯茎の裏を舌で舐めた、ざらついていた。

おぎゃあ。

あはは、あんた何してるの、それさあ、さっきの赤ちゃんの真似?とダイアナは笑った。


他の乗客から視線を感じたが、すぐに感じなくなった。


おぎゃあ、その声はすぐに吸い込まれたかのように消えて、僕は煙草が吸いたいと思った。


僕の隣に座るダイアナの体からは、プラットホームに座っていた時と違う香水の匂いがしていた。


僕は激しい吐き気を覚えて、やさしい人のことを思い出していた。

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