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月残る朝と夕焼けを思う。  作者: nekogaspotting
3/7

吐き気days3

毎朝、ほぼ毎朝、今日こそやさしくなれるかもしれない、と思いながら、眠気の残る目蓋を擦りながら、重たい体を起こす。

テーブルには昨晩、菊地と飲んだ酒や煙草の吸い殻などがところ狭しと乗せられている。僕は歯を磨くために台所に出ようとソファベットから足を下ろそうとしたが、一瞬ある思いが頭に浮かび、テーブルから足元に視線を移す。


そこには半分ほどがトーストされたような色合いに染められた皿が転がっていた。

僕はテーブルの上の煙草をろくすっぽ見ないで手にとり、ライターで火をつける。hope、希望。


僕は少しだけ口角を上げて、紫煙を吐き出す。

皿のなかでは溶け出したあとで時間によって固まった小さなぶよぶよとしたチーズ、それから電子レンジで温めすぎて、凝固したカリカリした部分を僕は軽く舐めてみる。


同時に菊地はロフトで呻き声を出している、悪夢でも見ているのかもしれない、ロフトのベッドは情けない音を出し、少し揺れる。菊地が好んで食べるこのチーズだったものを舐めた僕も呻き声を出している。


昨日、レオンを見終わった菊地がいいなあ、俺も根が生えたりするのかなあと言っていた、僕の部屋に来た時には菊地はすでに軽く酔っていて、レオンが終わる頃にはダイアナと来た時のような酔い方をしていないのが珍しかった。


僕はhopeを吸い終わってから、台所へ向かい、歯ブラシを口にくわえてから、コーヒーメーカーの電源を入れて、マグカップをセットする。それからボタンを押して、洗面所へ入る。

トイレの後ろ側を黒い染みのような点を見つける。トイレットペーパーの芯を掴み、歯を磨きながらわざとトイレの付け根あたりを足で蹴る。

その黒い点は這うようにして位置を変えて、僕の足元まで来る。僕は口に溜まった歯磨き粉だった液体状のものを洗面所に吐き出してからゆっくりと、しゃがみこむ、その黒い点は辺りを窺うようにして、触覚をひくつかせている。僕はそれを見て女性器かなにかのようだと思った。


手にしたトイレットペーパーの芯を黒い点の上に持っていくと、触覚だけが上を向き、何度か、左右に降ってから、動きを止めた。


僕は一気に降り下ろす、トイレットペーパーの丸く縁取られた円のなかにゴキブリは閉じ込められる、僕はそこにシェービングクリームを吹き掛けてやる。触覚だけが泡からはみ出ていて、何度かひくついては動きを止めて、そうしてまた、ひきつく。


コーヒーメーカーからマグカップを取り出して、淹れられたコーヒーの匂いを嗅ぐ、シェービングクリームとゴキブリの混ざった匂いと区別と付かずに、流しへとマグカップごと投げ捨てた。


部屋に戻ると、菊地は中途半端に目を覚ましたらしく、ロフトから僕を見るなり、夢を見たよ、いい夢をさあ、ラッキーストライクをくわえて話し始める。


「いやな、俺、ついこのあいだ京都行ったんだよ、それで清水寺とか墓ばかりあるところとか、いろいろ行くだろ?俺、なんでだろうなあ、京都に旅行行って、印象に残ってるのが墓場なんだよ、老人やら姉ちゃんやら外国人やら、いろんなもの見たのに俺、坂道を登る途中にある墓場なんだな、それで、がっかりしてたんだけどな」


菊地は煙草の灰を落とすのも忘れて口を動かしている、ラッキーストライクは燃えていて、菊地の眼は眠た気で、どこか放心した顔で、夢のことを話そうと口を動かしている、僕はさっきのゴキブリがそろそろ窒息したかなと考えていた。


「それで、昨日レオン見ただろう、俺、久しぶりにあんなに気持ちのいい酔い方したよ。いっつも酒飲んでは戻すだろ、一気に出すやり方も覚えちまってな、指にタコできてるだろ、でも昨日は気持ちよかったなあ。

それでな、レオンを見て、シャワーを借りて、俺思ったんだ、俺もどこかに根を生やしたいってな、シャワーに当たりながら思ったんだ、それから眠りにつくだろう、とたんにぱちんってな、頭のなかで音が鳴ったんだよ」


お前にハーブは巻いてないんだけどな、と僕は茶化すが菊地は聞いていないらしく、続ける。僕はジム・ビームを霧島の残るコップに注いで、舐めながらソファベットに座った。


「で、目を開けると真っ暗なんだ、なんも見えないんだ。ああ、夜中に起きちゃったな、なんて水でも飲もうかとロフトを降りるだろう?そうするとさ、そこは月に照らされた俺の部屋なんだよ、それで俺、嬉しくなってさ、月を見てやろうと思ったんだよ、あんなに俺の部屋を照らす月だ、きっとすごくでかいんだ、と思ってな」


僕はテレビをつける、ニュースキャスターが朝の挨拶をしている、ニュースキャスターは天気のことを話し、僕は煙草を吸っている。


「で、外に出てみるだろう?アパートの階段を降りて、夜空を見上げてみるだろう?でもなあ、そこにあったのは俺の部屋を照らしてたでっかい月じゃなくって、月の残る朝なんだな、俺が階段を降りている最中に時間が過ぎていって、それでも月は俺を待っていてくれたのかなあってな、あの墓場のことばかり考えていても、そこにあるのは墓場のことだけじゃなくて、俺が気付かずにいた何かあるかもなあって、そんな夢だよ」


僕は頬杖を付きながら、ニュースキャスターの口の動きを眺めている。


菊地は話してから満足したのか、菊地はなあ、もうちょっと寝てていいか?と尋ねる、僕はだんだんテレビのニュースキャスターの声に違和感を覚え始めていて、エアコンの稼働音も相まって、頭痛の予感がしていた。


かまわないさ、俺はシャワー浴びて出掛けるよ、と言ってから、僕は煙草をくわえたまま洗面所へ向かい、シャワーを出す、ふざけるなよと声に出してから、ゴキブリの沈むシェービングクリームのなかに煙草を突き刺す。

煙草の燃えつきる音とは別に、ゴキブリだろうか、音の抜けるような響きが聞こえた。


僕の夢のなかにも月が、月残る朝と一緒にやってきてくれないだろうか。

僕はそんなことを思いながら、トイレのなかにシェービングクリームから引き抜いた煙草を放り込むと、そのまま流した。


僕の顔を映した便器内の水も、濁流のように飲まれ、また水が静けさを取り戻して、僕の顔を映していた。

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