吐き気days2
なあリリィ、あと半年もすればさ、東京にきて二年になるんだ。それでさ、今年も雪って積もらないんだよな。
俺の地元じゃすごいんだよ、あの寂しい風景はさ、すごいんだ。
ストーブにあたりながらね、ぼんやりと見てみろよ。あの寂しい風景のなかには雪だけじゃなくて、光が舞っていたんだよ、素通りなんて出来ないような、きれいな光だよ。
昨日、ぼやけた乱視のなかでリリィに話しかけても一向に返事はなかった。
めんどくさそうに煙草を燻らすだけだ。僕にしたところで、エアコンの風向きがよくなかったのかもしれない。直接生ぬるい風が舐め回すように僕の肌を包もうとしていて、けだるさが溢れてきていた。
鈍くなった頭を、今にも落ちようとする目蓋をはっきりさせようと菊地の置いていったラッキーストライクをくわえる。
火をつけると、香ばしいパンのような風味が肺を掻きむしる、同時にエアコンからの送風のせいで、火の回りが早い。汗をかきそうだ、と思う。だんだん気分が悪くなる。
じりじりと夜になる、僕は眠ろうと思った。
「暑いよ、冷房付けようぜ」
言葉をかけられ、僕は映画、レオンを映し出しているテレビから目を離さず、エアコンを稼働させる。
ゲイリー・オールドマンは薬を飲み込み、体をぶるぶる震わせていた。
僕の視界の端で煙草が手に取られる。
相変わらず変なのばっかり吸ってるなあ、それよりな、俺、気づいたぞ、菊地が独り言のようにぶつぶつ声を出しながら、自分の煙草を取り出して、僕のジッポで火をつける。
「何をだよ?ダイアナは男狂いだってことか?」
僕は台所からコップを持ってきて、霧島とホッピーを入れて、混ぜて、菊地に渡す。
馬鹿、違うよと言いながら菊地は腰を下ろす、そんなことはもうわかってるんだよ、そんなことじゃなくてな、菊地は一気に飲み干すと、ところでこれ、映画、おもしろいのか?と聞いてきた。
「ああ、最高だよ。なんたって、古き良き時代なんだからさ、それでお前、言いたいことはこうだろ?
いまコンビニ寄ってきて、そこの男の店員、ゲイだって言いたいんだよな、お前、前も言ってたよ」
あれ、そんなこと言ってたかな、まあいいや、とにかくな、そこの店員、俺のことじろじろ見てくるんだよ、品定めするみたいにな、わかるだろ、きっとありゃゲイなんだ。
僕は菊地から煙草を取り返すと、箱を開けて一本を口にくわえ、違うなと言った。
「お前、ジャンキーかなんかに見られてるんだよ、煙草とビール、たまにエルサイズのタンクトップしか買わないからな」
ちゃかすなよ、と菊地は困ったように照れ笑いを浮かべて、この女の子、どうなるんだよ?とテレビのなかでレオンの部屋に助けを求めるマチルダを見ながら言って、熱中したような顔つきになる。
遠くでは、電車がレールを揺らしている。
僕は電車を乗せたレールがこの部屋まで続いていて、電車が突っ込んできてほしいなと思った。
そうして、電車のなかの人間がみんな、僕の友達になってくれたらな、とも。