吐き気days
初の物書きですが、お願いします。
やさしい夕焼けが見たいな、なあリリィ、わかるかい?あのやさしい夕焼けだよ。
僕の部屋は煙草の甘ったるい匂いと、乗り物に酔った時の気分にさせられる香水の匂いと、酸っぱい服の匂いと、たった今、電子レンジの中から運ばれてきた焦がしたチーズの匂いで満ちている。僕は独り言を呟くとダイアナに、ねえ、おじいちゃんじゃないんだからさあ、独り言なんかやめなよ、それより煙草巻いてよ、そのゾンビのイカしたやつ混ぜてよ、と声をかけられる。
僕はそれを無視して、皿のなかの半分ほど焦がされたチーズを箸で掬い口に運び、時おり、床に溢している菊地におい、ちゃんと拭いてくれよな、チーズは匂いが残るんだからな、と言う。
菊地に警告を言い渡す、彼はそれでも時おり、床にチーズを溢す、菊地の隣に座り、僕に無視されたダイアナはCDラックを漁り、エルトン・ジョンが聴きたいと言い出した、ベスト版しかないぞと僕が言いながら煙草を巻き始めようとすると、菊地が無言でテーブルを見つめたまま、僕のいる方向に皿を差し出す、チーズが三文の一ほど残っている。どうやら、気持ち悪くなってきたらしく、顔が青白い。
僕はそれを断る。
「菊地ってお腹に入ればなんでもいいんじゃないの、この間さあ、腹減ったって言って、ハンバーガー七個くらい買ってきて、無理して突っ込むもんだからさあ、帰り道の歩道橋で吐いちゃうんだから、馬鹿みたいだよね」
ダイアナは菊地の肩を揺すりながら、ほら、吐きたいんならトイレか外で吐いてきなよ、喉に指突っ込んでさあ。
菊地は軽くうなずいてから立ち上がる、ふらふらと体を揺らして、僕の隣を過ぎる、三日は着ていそうな匂いのタンクトップの胸元にカッターで押し付けたような跡がチラッと見えた。玄関の閉まる音が聞こえた。おそらく外で吐いてから夜風に当たるのだろう、ひきつりを起こす喉と震える体に夜風は、差別なく吹いてくれる、常に新しい風が街には吹いている。
「ダイアナ、ほら」
僕は合法ハーブと煙草を混ぜた、巻き煙草をダイアナに投げて渡す。ダイアナは巻き煙草を鼻の前で匂いを嗅いで、にやにやしながら火をつけ、深く吸い込み、鼻から紫煙を燻らせ、ハートランドを瓶のまま口に付けてから少し、むせた。
「菊地、まだシドに憧れてるのか?」
僕も煙草に火を付け、むせるダイアナに尋ねた。
「うん、たぶん憧れてるよ。あいつ、ほら、髪ツンツンにしてさあ、あんたの革ジャン欲しがってるから、なんせ中学生の時からだよ、セックス・ピストルズ聴いてからだもんね、そのうちオーバードーズで死ぬんじゃないかなあ」
僕は笑いながら、新しいハートランドを取り出す、それを見てダイアナはねえ、人生はつらいの?と真顔で尋ねる、部屋には僕らしかいない、ダイアナは幻覚が見えるほど合法ハーブが効いているとは思えないはっきりした顔付きをしている、つらいさ、と僕は答える。
数秒間、沈黙があって顔を合わせ僕らは笑った。
それからダイアナは満足したように立ち上がり、煙草をくわえたまま、今日デートなんだ、と言った。
相手が菊地ではないことを僕は知っている、悪い女だな、と言ってから、ダイアナを玄関まで送り出す。
それから僕はソファに座る、テーブルに置かれた灰皿はいっぱいになっている、そのなかでは吸い口に口紅の痕の付いた煙草があった。
おそらくダイアナの持ってきたブラックデビルだと思う、僕はそれを吸い殻の山から取りだし、火を付けて、すぐ吸い殻の山に埋める。
ダイアナは、ふらふらと歩く菊地の尻を蹴り上げて、家に帰りなさいと甘い声で言うだろう。
あとで私も行くからと付け足してから、菊地と離れ、別の男とお洒落をして、街を練り歩くだろう。
菊地は朝になってから目を覚まし、酷い頭痛と、喉の奥に吹き溜まる吐き気と戦うだろう。
そうして、僕は乱視の視界の端で煙草を吸うリリィに話しかける。
見てくださってありがとうございますです。次もよろしくお願いします。