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好きと言えるその日まで  作者: 桜倉ちひろ
ズルい思考と欲と
9/19

 ――なんだか先輩、怒ってるよね?

 ちらりと斜め上を見上げて見たものの、先輩の視線は一向にコチラを向く気配はなくて、まだ来ない線路の先を見つめて……と言うより睨みつけていた。 

 なんか、嫌なことでもあったんだろうか? もしかして、坂井君のこと知ってたのかな?

 ま、まさか! 嫌いだったりする!? ……って、そんな幼稚な人じゃないよね。

 じゃあ考えられることと言えば……あ、そうだ。

 私、大変な失態をしてるんだった!

 「せ、先輩! す、すみ、すみませんっっ!!」

 「はぁ?」

 頭を深く下げて先輩に謝罪をして顔を上げると、苛立ったような表情で見つめられていた。

 今さらってこと? いやでも、こんなことで機嫌悪くさせてるなんて困る。ささっと謝って、わざとじゃないっていうか、忘れていたわけじゃないって言っておかないと。まるで言い訳みたいだけど、いいわけくらい、してもいいよね?

 「あ、あの、メールっ」

 「メール?」

 「返事! 返事を、してなくて、その……」

 「あぁ……別に」

 別に!? 別にって何!?

 先輩、ココは一つ私のために詳しく教えて下さいよっ。怒ってるのは、メールの返事をしなかった私のことじゃないの!?

 「別にって。先輩、だって怒ってるんじゃ」

 「怒る? 俺、怒ってないけど」

 「だ、だって機嫌わる」「電車来たぞ」

 ひゃ……っ! 思わず声に出そうになった。また先輩が私の腕を無理やり掴んで、ドアの中に入っていくんだから。

 急な事態が起こったことに慌てて、こけないように気を付けながら車内に入ると今度はぱっと手を離された。それはそれでちょっと寂しいなーなぁんて。

 軽くなった腕を見つめていたら、ドスッと音を立ててガラガラな車内の椅子に先輩が座った。うーん……先輩が座るなんて、珍しい。とか、あんまり一緒に帰ったこともないのにそんなことを思いつつ。私は先輩から10センチほどの距離を置いて、そっと横に座った。 



 *


 ――なんか、イライラするんだよな。

 横に座る葛西をまたチラッと見て、俺は息を吐いた。

 なんだろう、カルシウム不足か? って、オカンにしょっちゅう言われるから、きっとそのせいだろう。よし、帰ったら牛乳飲もう。なんてどうでもいいことを思いながら、ぼーっと外の景色を見つめた。

 何も変わらない日常がそこには広がっていて、強いて言えば今隣に居るコイツの方が非日常だ。

 非日常は精神的に疲れる。いつもと違うんだから、当たり前かもしれないけど――でも、それでも。それが嫌だと思えないんだよな、いつも。葛西が隣に居ると、どうも疲れるのに嫌じゃない。

 なんて思いながらまた、ふぅと息を吐くと葛西が遠慮がちに声をかけてきた。

 「あの、尚人先輩」

 「何?」

 「あの、今日の、用事って」

 ヤバい。今日、駅前で待っておけって言ったの、俺だった。つーか待たせてたのは俺の方で、その俺が機嫌悪いって、俺最悪だな……

 葛西のその一言で、自分のモヤモヤをとりあえず払拭させることに決め、なんとなく姿勢を正してから車内を見渡した。

 ――誰も、いねーよな。

 なんとなく、ほんとなんとなくだけど。聞かれたくないと思う気持ちが働いて、そんな行動に出た。

 効かれたくないとか思うなら、メールで済ませておけばいいだろって話なんだけど。それにはちょっと抵抗が……というより、言ったときの葛西の表情を見たかった。 嫌々頷かれるのなら、嫌だと言う気持ちもある。ゴクっと唾を飲み込んで、拳を軽く握ってから俺は口を開いた。

 なんか、告白するみたいだな―――なんて頭の片隅で思いながら。

 「今度の土曜日、時間あるか?」


 *



 すっと背筋を伸ばした先輩を不思議に思いながら見つめていたら、信じられない言葉が耳に飛び込んできた……気がする。

 いや、幻聴だ。幻聴に違いない。

 だって、尚人先輩だよ? あの尚人先輩が、私をどこかに誘うかのような切り出しを……ましてや学校のない土曜日って聞こえたよ!? 多分、勘違いだ。うん、そうに違いない。

 私が先輩のことが気になりすぎて、夏休みも会えなかったとか愚痴愚痴思ってたから、そのせいで良いように幻聴が聞こえたんだ。絶対にそうだ。

 「おい、聞いてるのか? 葛西」

 「ひぃいいっ」

 「ひぃいって……俺、叫ぶようなこと聞いたか?」

 「い、いえいえいえ! め、滅相もございませんっ」

 「……」

 やばい、なんか超引いた目で私のこと見てるよ先輩。もしかして、マジのマジ? 相手を間違ってのお誘いとかじゃなくて?

 ニュウッ――い、痛いぞ!!

 定番通り、頬を抓ってみたらどうも痛いから、現実らしい。……本気で、答えてもいいんだろうか。

 「土曜日は、あ、空いてます、けど!?」

 って、なんで可愛く言えないのかな、私!! めっちゃ意気込んで言っちゃった。

 ――あれ? 先輩、なんでそっぽ向くの??

 恥ずかしいのは私なんだけど、って思いながら先輩をじっと見つめるとこちらを見ないままに先輩が……さらに信じられないことを言った。

 「土曜日、友達とっつーか。昔一緒にチームでやってたやつらと野球っつーか。まぁ草野球程度なんだけど、やることになって」

 「野球、ですか?」

 「うんそう。……お前、見に来るか?」

 先輩から予想外のお誘いを受け、私の心の中は悲鳴をあげそうになったけれど、それを表現するよりも驚きのあまり、私は固まってしまった。



 *



 何をどうしたらそういう行動になるのか、いきなり頬を抓りだしたり雄たけびを上げる葛西に苦笑しつつも、意を決して誘ってみた。正直なところ、めちゃくちゃ恥ずかしい。

 なんで俺が葛西相手に恥ずかしいとか思わなきゃならないんだ? とか思わないでもない。けど、なんというか。折角野球するなら、誘ってやりたいと思った。

 よく分かんねーけど、こいつが俺の野球してるのを見てきたとか言うし。野球部が学校にないことくらいで落ち込むんだから、よっぽど好きなんだろうし。……そう思ったら、なんか声をかけないのは居た堪れない気がしてきた。そう、それだけ。

 それだけのはずなんだけど。どうにもこうにも、なんか恥ずい。っつーかコイツ、瞬きもしないんだけど。

 ――もしかして困ってるとか?

 やっぱ、休みの日に誘うなんておかしなことしすぎたか? 色々思うところがあってモヤモヤする。慣れないことはするもんじゃないな、と思いながらも口から出た言葉は引っ込まない。どうやり過ごせばいいのか考えあぐねながら、結局のところ大人でもない俺は質問を重ねるほかなかった。

 「あー……迷惑、だったか?」

 ――って超ヘタレかよ俺!!

 誘っておいて速攻引くって、何やってんの? なんで葛西相手にこんな――なんて思っていたら、勢いよく顔を上げた葛西が、満面の笑みで俺に食らいつかんばかりの勢いで声を上げた。

 「さ、さし、差し入れとかっ!! しても、いいんですよね! それってっ」


 *

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