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ストーリーを2人の視点で、交互に書いています。
ちょっとだけいつもより楽しかった夏休みが終わって、2学期が始まって……だけど私の日常はそんなに変わらなかった。
夏休みが『ちょっとだけ』楽しかったのは、尚人先輩とメールが出来たからだ。けど、会ったりはしなかった。そこを差し引きしての、ちょっとだけ、なんだけど。
私だって華の女子高校生ですからね! ちょっとは期待してたりしたっていうのが本音。
遊びに行かないかーとか、とかっ。そういうお誘い? を。毎日メールしたりしてるのに、そういうの期待するの、間違ってるのかもだけど。
私の期待とは裏腹に、尚人先輩って超そっけない。
おはよう、おやすみ。の2つくらいがまぁ……まともな言葉。私が今日は暑いですねーとか送っても『あぁ』とか『そうだな』で終わり。会話も3秒でチーンだよ。
近くに住んでるはずなのに、運命的に出会ったり!! なんて女子高生がにやけちゃうような嬉し恥ずかしな展開は訪れもせず。私って、もしかして運命から見放されてるのかも……いや、そもそも尚人先輩との縁がないのかもとか落ち込みを感じてしまうほど。あのとき奇跡的に出会えたアレの方が、嘘だったんじゃないかと思う。
それでいて、いざ学校に来てみたところで、このでっかすぎる校舎で会えるはずもなく。とほほな気持ちを抱きながら、私はため息を吐いて今日も帰路についていたんだけど―――
『駅前で待て』
なんて何の指示ですか!? 私って犬ですか!? 的なメールが送られてきたことに気が付き、私はぴたりと歩みを止めた。
『まもなく電車が到着します』というアナウンスが聞こえる駅構内を気にしつつ、私は改札機に定期をタッチする寸前で手を引っ込めた自分に、内心で拍手を送った。
――尚人先輩が、文章を送ってきた!!
こんな快挙がかつてあっただろうか? いや、ないないない!!
テンション高く、舞い上がっていきそうな気持ちをなんとか引き留めて、ニヤニヤしそうになるほっぺを両手で挟みながら、もうすぐ現れるんだろう尚人先輩を、その場でジャンプしそうな気持ちを抱えて待った。
*
『駅前で待て』
そう送ったものの、どっちの駅なんだよ、と後になって自分にツッコミながら慌てて教室を出た。
アイツが電車に乗った後なら、家の方の駅前と思ってるかもしれない。けれど、送信し直ししてる間に、アイツの足に間に合うか……と適当な気持ちの方が勝って、ただ走り出した。
「うぃー、尚人おつかれー。って、なんだ急ぎか?」
「あー……ちょい、な。悪い」
友達からの何か言いたげな声を、適当に聞き流して走る。なんで葛西のために、俺走ってんの? とか思わないでもないが。まぁ待たしちゃ悪いと思うのは、人間の道理だろ。
何気に速足ぐらいにペースを落とそうとする自分が居るのにもかかわらず、やっぱり気が付けば靴底が強く地面を蹴っている。そんな自分にアホだなと思いながらも、結局いつもより早くに駅に辿りついた。
――あーあ、アイツあんなに嬉しそうに待ってるし。
馬鹿だなぁとか思いつつ苦笑しながら、5メートルの距離をゆっくり縮めようと数歩踏み出したところで……さっと知らない奴が割り込んできて、葛西に話しかけた。
話しかけられて顔を上げた葛西が、一瞬驚いた表情を見せた後に笑みを浮かべる。同じ制服で、あまり汚れもないところを見たら、おそらく1年だろう。となれば、葛西と同じクラスの奴だろうか。
折角到着したけどアイツがニコニコしながら話し始めたのを見て、残る3メートルの距離を縮めるのをやめて柱に隠れた。
――何してんだ? 俺。
話してる内容までは聞こえないが、葛西がくすくすと笑う声だけが妙に響いて聞こえる。それを聞きながら、ふぅ……と息を吐いて俺は柱にもたれた。
なんとなく出るタイミングを失った気がする。待たせておいて、さらに待たせるってどうなんだ? と思う反面、一瞬見えた自然に笑う葛西の顔に痛みを覚えた。アイツ、俺の前ではあんなふうに笑わないよなーなんて。
いつも恥ずかしそうっていうか、隠してると言うか、笑顔らしい笑顔を見せない気がする。そんなことに気が付いたらモヤモヤしてきて……こんな気持ちのままアイツの前に出られないと思いながら、ポケットに手を突っ込んだ。突っ込んだ指先にアイツから貰ったパイン飴が触れて、ふっと笑いながら取り出して飴を口に放り込んだ。
――今日はなんだか、甘さが足りない。
*
――遅い、気がする。
と思い始めたのは、坂井君と話し始めて5分くらい経過したころだ。彼の背中越しに見える時計が目に入って、おかしいなと感じた。
話しかけられたとき、尚人先輩が来たのかと顔を上げたら違ったことに驚いたものの、話し上手な坂井君に笑わせてもらいながら、うっかり話し込んじゃってた。
尚人先輩を待ってたんだってことを忘れそうになってた矢先、坂井君に『葛西ってどっち方面だっけ?』と聞かれてハッとした。それでようやく時計に目がいくだなんて私って馬鹿だなって思いながら、半分意識が遠のきながら坂井君に生返事をする。
どうしよう……尚人先輩、もしかして私のこと見つけらんないとか? っていうか、この駅の前で待つってことだよね? とか考えてからようやく気が付いた。
――それより私、先輩に返事返してないじゃん!!
「おい、葛西っ?」
「うわぁっ! は、はいっ」
「ぶはっ、お前慌てすぎだろ」
「へっ!? あ、いやっ」
「で、どうする?」
「何が?」
「いやだから、一緒に帰らね?」
どうやら尚人先輩のことを考えてる間に話が進んでたみたいだ。
――って、一緒に帰らない? ……ん? 坂井君と私が?
どうしよう。
私、尚人先輩待ってるし、そんなこと言われても困るんだけど。なんて贅沢なこと思ってる。帰り道が一緒なら、くらいの誘いだってことは十分わかっているけれど、そんな風に声を掛けてもらえるのが申し訳なくて、直ぐに断りの言葉が出ない。
「あ、ほら電車来るって。行こうぜ!」
「わわっ、さ、坂井くんっ待……っ」
足を踏み留めている私の腕を強引に掴んで、坂井君は改札の方に向いて引っ張った。
*
「馬鹿。お前はこっちだろーが」
「はへ……っ!?」
気がついたら改札機を通り抜けて、帰るのと逆方向にずんずん引きずられていく葛西の腕を掴んで引いていた。両方から腕を掴まれて混乱気味の葛西に、突然現れた俺に驚いた表情を見せて腕の力を抜いた坂井とかいう名前の野郎。
――カサイにサカイじゃ訳わかんねーだろ!
なんてどうでもよい怒りまでこみ上げてくる。
「……じゃー、な」
腕が緩んだところでさらに葛西を引き寄せたものの、そのまま立ち去るのも気が引けて適当な言葉を相手に送った。その言葉にも、反応が遅れ気味の坂井は固まったままだったけど。
「あ、えと。坂井君、ば、ばいばいっ」
「あ……うん、またな」
なんとか先に意識を取り戻した葛西が声をかけたことで、止まった時間が動き出したのか……奴はようやく摘まむ程度に握っていた葛西の制服から完全に手を離して、緩く手を振った。葛西にだけしか振っていないのは一目瞭然だが、別に腹立たしさはない。
もし逆の立場だったら、と一瞬考えかけて止める。俺が誰か女子に、突然声をかけて話し込み、あまつ一緒に帰ろうなどと熱が出ても言うはずがない。
「行くぞ」
「あ、はいっ」
奴の手が離れて数歩進んだところで、バサッと音を立てて手を離し背を向けたまま声をかけると、葛西は勢いのついた返事をしてきた。どこまでも慌ただしい奴だ。
振り向きもしないまま、ずんずんと階段を上っていつもの定位置で立つと、しばらくしてからはぁはぁと息を吐きながら追いかけてきた葛西が横に立った。チラリと見下ろしてから、電車が来るのを確認する素振りをして遠くを見つめる。
なんとなく、葛西を見るのに抵抗を感じた。それに、向かいのホームに上がってくるだろう奴と目が合うことも避けたい。
俺は隣に立ちながらも、まるで葛西とは他人であるかのように装いながら、それでも隣の葛西を最大限意識している自分に気づかないふりをして、早く来ない電車に苛立ちを覚えた。
*