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私的に、だけど。本当に、先輩はめちゃくちゃカッコ良くなってる。
前よりもすらっとして、少し丸みのあった顔も男っぽい感じになってて! しかもなんでかメガネまで掛けてるし! これじゃあ見つけられないはずだ。
「嬉しい!!」
思わず抱き着きたいくらいの感激を露わにしてしまった。
入学して2月弱。ようやく私は、先輩を見つけたのだ。もしかしたら入学した学校が違うかったのかもしれない。こんなところにまで来てしまって、私はとんでもない間違いをしたんだ……とそこまで思い詰めてもいた。だけど、そんなあれこれの後悔も、只今を持っておさらばだ。どうか、テンションが上がって止まない私を許してほしい。
「いや、お前誰?」
……が、そんな私を許してくれる様子の無い人が一名。まぁ、仕方ない。けど――私はめげない。
「葛西友香です!」
元気にあいさつをした。挨拶と自己紹介は大事だ。
ほらよく言うじゃない。先に名を名乗れって。……と思ったけれど。そういうのは、どうも通じないらしい。
「いや、しらねーし」
「……ですよね」
私はガクッと肩を落とした。これぞ秒殺だ。
会えたのはいい。
先輩がカッコ良くなってたのもOK。
だけど……ここからの展開は?
そこから先のことなんて、まるで考えてなかった私は、早くも変な汗を掻きはじめていた。
存在を知っていたのはほぼ一方的。今のやり取りからも、先輩の頭の片隅にも『葛西友香』という人物が残っているとは考えられなかった。当然、気持ちだって一方通行なのは暗黙の了解。
でもって――
「俺のこと、何で知ってるわけ?」
不審者の域で扱われてる状況が辛い。だけど、私だって後には引けなかった。
野球部もない。
マネージャーにはなれない。
先輩は私を知らない。
加えてでかい学校で、また会える可能性もない。この2か月、見かけたことも恐らくないだろうし、むしろ今出会えたことが奇跡に近い気もする。そんなこんなの事情を考えて、私はパニックを起こしていた。
だから、何にも考えてない私は言っちゃったんだ。
「先輩が。尚人先輩が好きなんです!!!」
ぐしゃあっ。今まで散々見直しで見ていた問題用紙を握り潰して、私は勢いで先輩に告白をしていた。
当然、後先なんてもの考えてなんてない。
ただ、先輩への自己紹介のしようがこれ以上なくて、気持ちを吐露してしまった。握りつぶした用紙に、頭を下げて垂れ下がった髪。ぱらりと肩からセミロングの髪が落ちるのを感じながら、顔を上げることも出来ない私。けれど、私よりもさらに混乱している人が目の前に居た。
「は? え?」
先輩の言葉にならない言葉が聞こえた。
「いや、ちょ、待て。おかしいだろ」
一つ、二つと呼吸をした先輩が、ふぅって息を吐いてから私にそう言う。まぁ確かに落ち着いて考えればそうかもしれない。突然現れた後輩に、身に覚えもないのに告白されたらびっくりするだろう。けれど私は、ここでひいてはいられないのだ。もうおっぱじめてしまったんだから、告白ってやつを。
「おかしくなんて、ないですっ」
勢いよく顔を上げると、力み過ぎて先輩を睨みつけていた。
――あーもー!!
好きな人を睨んでどうする自分! なんて思いながらも、睨む表情を変えられない。じりじりと背筋に汗が流れるのを感じる。それでも目を逸らせずに、じっと2人対峙する形になっていた。
私は先輩を睨んでいて、先輩はとにかく目を丸くして事態を把握しようって必死の表情。けれど先輩は私と違って賢いんだろう。程なくして私と言う存在を認めると、噴出して笑い始めた。
「クククッ、お前馬鹿だろ」
先輩が、苦笑いじゃなくて、本当におかしそうな顔をして笑った。それはもうどういう回路でそうなったのかは分からないけれど……先輩のそんな表情に驚いて、私はぽかんと先輩を見つめるしかない。
だって、先輩だよ?
あの尚人先輩が、くしゃって笑って、しかも……私を見てる。
だって。あの時だって。卒業式の時だって、先輩の視界には私は入ってなかった。
だから今この状況が、嬉しくてたまらない。もちろん、自分が笑われてるってのは百も承知なんだけど――それでもいい。私が視界に入ってるって、本当に嬉しい。
「バカじゃ、ないもん」
「ハハッ、まだ言うのか? ほんと、お前おかしいし」
嬉しげな顔をしながらそれでも反論すると、先輩は私をおかしいと言いながらまた笑った。
「俺、そんなに好かれるタイプじゃないと思うけど」
「そんなことないです! 好きでした、私ずっと!」
「……」
私の勢いに押されてか、先輩は黙った。笑うのをピタリとやめて、私をまたじーっと見つめる。その視線が痛いけれど、私はここで押すしかない。一度外れた箍はなかなか戻せないし、気持ちを認めてもらいたい。嘘だとか、軽々しいモノだって思って欲しくない。
だから私は一方的にそのまま捲し立てた。
「先輩が好きなパイン飴舐めて。先輩が好きな焼きそばパン食べて。先輩の好きな野球部に入るの夢見て高校まで来たんですから!」
勢いで言いきって、息切れしてしまう。はぁ、はぁ、と大きく呼吸をする私を、やっぱり信じられないモノを見るように、先輩は見下ろしていた。けれど私は、ここで負けてはいられないんだ。
「卒業式の日! 先輩に花を贈ったの、私です!!」
切り札と言わんばかりにそう言うと、先輩は逡巡した表情を見せてから合点がいった顔をした。
「お前?」
「そう、です」
あの時の女の子、を指して尋ねられたのが分かって頷きながら返事をした。そしたら手が伸びてきて、ポンと頭に手を置かれた。すぐさまその手は離れたけど……触れられた頭が熱い気がする。
「アレ、か……」
懐かしいのか、昔を思い出すような表情を見せている先輩。どうやら少しだけでも私のことが脳裏に残っていたのが嬉しい。まるっきり0だった存在が、0.1でもいいからあるのなら私としては幸せだ。
そんな嬉しさからつい表情を緩めて笑みを浮かべているけれど……先輩はごそごそと片づけを始めた。私を無視したその行動にちょっぴり切なさを感じながら、どうしたらいいのかともじもじしてしまう。
言ってしまったまではいい。
で、私ってこっからどうすればいいの!? もう何にも切り札とかないんですけど!?
恋愛初心者丸出しの私。一人おたおたしながらもその場を動くことも出来ずに立ちすくんでいたら――
「お前……えっと、葛西だっけ? 教室どこ」
準備が整った様子の先輩が鞄を持って私に尋ねた。
「え、と。えと」
「教室、分かんないの?」
「へ!? いや、あの、3組……」
「行くぞ」
「へっ!?」
先輩のその行動についていけないながらも、私は慌てて先輩を追いかけた。
というか……先輩が、私を呼んだ。名前を呼んでくれた。それが嬉しくて、後から後からじわじわと嬉しさが広がる。にまにましながら先輩の後をちょこちょこついて自分の教室に着くと、当然ながらもう17時の教室には誰もいなかった。
「用意、早くしろよ」
「はい?」
「帰る方向一緒だろ?」
「あ、はぁ」
「早くしろ!」
「はいぃいっ」
先輩の力の入った声に思わず縮み上がりながら返事をして、慌てて鞄を取りに自分の机に向かう。向かいながら焦りつつ、先輩と同じ中学なんだから、確かに家は遠くないはずだと納得した。……って、ゆっくり考えている場合じゃない。先輩の気が変わって、置いて行かれでもしたら大変だ。
焦ったまま、手の中に握りつぶした紙を広げて畳むと、それも鞄に掘り込んで10秒で準備を済ませる。
「で、出来ました!」
「ん」
先輩はそれだけ言うと、信じられないことに、私を待つでもなくさっさと教室を出た。
えー、えーー!? 何がどうなってんの!?
私を待ってくれたとか、そういう展開じゃなかったんですか!?