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好きと言えるその日まで  作者: 桜倉ちひろ
見つめるその先に
3/19

 ブツブツと心の中で言い訳しながらも、実のところは結構凹んでいた。 

 高校入学して初めてのテストで、人生初めての追試……ショックすぎる。そりゃあ今まで好成績と胸を張れるほどではなかったけれど、そほど酷くはなかったはずなんだ。 

 それなのに。それなのに……!!

 人生、ここにきてまさかの追試。

 ――恋に現を抜かしてるからよ。

 なぁんてお小言なら、むしろにやけちゃいますが? あいにく恋にも発展できず仕舞いの状況ですが何か?

 そんなこの状況で、まさかの追試……何もかも、全然上手くいかない。

 ほんと。出だしから最悪の高校生活だ。

 私はまたイライラしながら帰り道に石ころを蹴ったけど……やっぱり前には誰にも当たらないどころか、誰もいなかった。今この道に、自分ただ一人しかいないその空虚な感じが、やけに寒く感じた。


 ***


 そうして迎えた追試日当日。

 「今日は1、2年合同追試だからなー。こっちから右が2年で、こっち側は1年で座れよー」

 2年の数学を担当してるらしい先生が、そう言って指示を出す。教卓の真ん中あたりに腕を翳して、1年と2年の場所を指差していた。私はその指示を聞いてから、そうっと初めて入る2年生の教室にドキドキしながら足を踏み入れる。窓から見える景色が少しだけ低い。そんな他愛もないことひとつにドキドキしながら、こっち側が1年と言われた廊下側の方の席に座った。

 そこからぐるりと周囲を見渡す。もう私の習慣と言ってもいい。

 ――先輩、いないかなー

 って。けれど、そんな奇跡が起こるはずもなくて……私はぺたりと頬を机に付けた。

 もしかしたら……本当に先輩は、この学校にはいないのかもしれない。私が噂を信じて、盲目的にここまで来ただけで、それは大きく間違っていたのかも。

 そんな倦んだ感情を持て余しそうになっていたら、前から問題が回ってきて、慌てて気持ちを切り替えた。

 ――こんな気持ちじゃ、駄目だ。

 頬をペちりと叩くと、始め、の声が教室に響いた。慌ててペラリと用紙をひっくり返して、私はペンを握る。まずは名前を書きこんで……って、これ書かなきゃ0点だし。

 落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせて、1目の設問に目を通した。うん……多分、解けそう。

 さすがに追試という現状を迎えてしまった私なりに、今日まで必死で勉強してきた。まぁ、担任に悪かったなーって気持ちも1割程度含めて。だから、設問に目を通した瞬間にどうやら解けそうな気がして、やる気が盛り上がる。続いて二問め……と私は集中して試験に取り組んだ。


 カリカリカリカリ。

 解答用紙に書き込む音が室内に響く。そんな中、チラリと視線を感じて廊下を見ると、外から中を覗き込む視線に気が付いた。やけに強すぎる視線。その視線の先を辿ると、視線の主とバチリと目が合って慌てて逸らした。

 ――わわっ、やっちゃったっ!

 焦って用紙の方に目を向けてたけれど、あまりのガンつけ具合がきになって、もう一度そっと廊下を見た。やっぱり、こっちを見てる……なんて思ったその時。

 「んん、ごほんっ」

 漫画みたいな咳をされて、どうやら注意されてることに気が付いた。イケない、試験中だ。

 誰も見てないながらもぺろりと舌を出し、私は最後の設問に取り掛かった。

 

 「やめ」

 先生の低い声で、終了が告げられて身体の力を抜いた。余った時間で、途中まで見直したけどどうもこうも不安。やっぱり追試の痛みにやられてるらしい。

 「後ろから前に回答用紙を回して」

 先生の指示で、後ろから回ってきた束に自分の答案を乗せて前に回した。今さらだって分かっているのに、それでも気になって設問を見直す。

 ――あってる、よね?

 やっぱりなんだか不安だ。これでまたダメだったらと思うと、恥ずかしすぎるしダメージも大きい。絶対にこれ以上の追試は、勘弁してほしい。

 「じゃあ、これで終わり。お疲れさんでした」

 回収し終えて枚数を数え終わった先生の一言で、各々教室を出ていく。そんな中私は、先ほどから設問を見直しては回答に間違いがなかったのかを確認し続けていた。だからすっかり忘れていたのだ、外からの視線のことを……

 「なぁ、そろそろそこ退いてもらえる?」

 最後の設問を見ていたところで、私の頭上に声が降ってきた。

 「へっ?」

 「そこ、俺の席なんだけど」

 ただ、じっと私の座る机を見つめながらそう告げられた。時計を見ると終了から5分経過……周りには誰もいなくなっていた。

 「うわっすみません!!」

 慌てて立ち上がって席を譲る。

 ――うわーこの人、テスト中私を睨んでた人だよー!!

 すっかり忘れていたが、もうかれこれ20分はこの席を待っていたんだろうという答えに、今さらながら辿りついた。私じゃなくて、どうやら机を見てたようだ。ま、私じゃないとは思ってたけどさ。

 申し訳ない気持ちいっぱいで立ち尽くす私に構わず、こちらに背を向けて、机の中をがさごそするその背にガバリと頭を下げた。

 「ほんと、すみませんでしたっ」

 追試と無関係だろう先輩に、かなり迷惑をかけたなって申し訳ない気持ちが広がっていく。それもこれも自分が追試を受けたせいだ、なんて思って日には落ち込みも激しくなる一方だ。けれどそんな私の気持ちとは裏腹に「別に」と、顔も見ずに一蹴され少しばかり凹む。

 そんな私の目に、バサッと机に置かれた先輩の教科書が目に入った。その名前を目にして、私はごしごしと腕で瞼を擦った。古臭い動きだとは思ったけれど、人間案外昔からそういう動きって変わらないのかもしれない。っていうか、いや待て。そんな馬鹿な、という信じられない気持ちが上を行く。その気持ちが胸の中だけで抑えられず、表紙に書かれた名前を無意識に口にしていた。

 「西村……尚人……」

 「あ?」

 思わず呼び捨てでつぶやいてしまった私に、流石に私を振り返って見下ろされた。その睨みっぷりと言えば怖いくらいだけれど、私には全くその睨みは届かなかった。

 ――うそ、うそうそうそっっ!!

 あり得ない。ありえなすぎるっ! だってもう、この学校にはいないのかもしれないと思い始めていた。一生懸命探しても、全然見つからないし、知ってる同級生も見当たらない。さっきだって、自分から探したら見当たらなかったのに。それが何。探してないのに、見つかっちゃった!?

 「先輩!?」

 「は?」

 「西村尚人にしむらなおと先輩、ですよね!?」

 「はぁ……」

 輝く瞳を抑えきれない私とは対照的に、訝しげな表情で私を見る先輩。だけど――そんなもの、どうでもいい。だってだって! 私の想像の斜め上をガンガン登っていくぐらいの信じられない現実が、今目の前にあるんだもんっ。 

 これじゃあ気づくはずもない。先輩の顔がスッキリしていて、しかも髪の毛もふっさりしてて! おまけに背が高くなってる!!

 私の大好きな先輩が、全然違う人みたいに変わっちゃってるのに、それでも私には前と変わらず輝いて見えてて。おまけに気がついてよく見て見れば見てみるほど、先輩は先輩で。ついでに言っちゃえば、これは欲目じゃなくて……先輩は絶対に格好良くなってるっ!

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