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好きと言えるその日まで  作者: 桜倉ちひろ
見つめるその先に
2/19

 ――けど。

 現実はそんなに甘くはなかった。

 「どーこーなーのーよー!!」

 泣き叫びたくなるのも無理はない。だって私の入学した高校は、各学年10クラスを誇るかなり大きな学校だからだ。自分のクラスメイトを覚えることすら精一杯な私が、同じ1年生どころか2年生を網羅するなんて到底無理な話。まして、入学ほやほやの私が、各クラスに殴り込みに行って虱潰しに探す訳にもいかず。かと言って、偶然に会える確率なんてかなり低いとしか思えない。

 中学校と違って全校集会もない。朝礼もない。せいぜい体育祭あたりか文化祭くらいに期待したいけれど、それはまだまだ先の話。

 つまりは……本当に西村先輩がいるのかすらも、分からないのだ。風のうわさを信じてここまで来たのはいいけれど、果たしてそれは良かったことなのだろうか。

 「はぁあ………」

 落胆の色を隠せない私は、ため息まで暗い。窓の外を見やりながら、上手い具合に西村先輩が見つかるはずもなく。またしても、はぁと溜息をついた。

 「コラ葛西! 聞いてるのか!?」

 若手熱血がトレードマークと言っても過言じゃない担任が、私を名指しで怒りを露わにしていた。

 「ひゃいぃいいっ」

 その様子に慄いて裏返った声で返事をすれば、クラスのそこここから笑い声が聞こえてくる。

 ――恥ずかし。

 凹みながら頭を垂れていると、話の続きを再開したらしい担任の声がようやく耳に届いた。

 「……という訳だから、午後からクラブ説明会だ」

 その担任の言葉に私は、垂れたばかりの頭を勢いよく上げた。

 ――き、たーーー!!!!

 私にもついに出番が来た来た!! 憧れてたんだよー!

 大好きな先輩のいる野球部のマネージャーになって、『はい、先輩どうぞっ』なーんて言って、タオル渡したりとか。そういつの、めっちゃ憧れてたのっ。

 だから私が入りたいのは、野球部マネージャーに決定! なんだけど……神様は私にどこまでも冷たかった。

 「ちょっと先生!?」

 「おぉ、ど、どうした葛西」

 「どういうことなんですか!?」

 「はぁ?」

 「野球部!! 無いっておかしいでしょ!?」

 「野球部ぅ?」

 「私、野球部でマネージャーやりたかったのに」

 「いや、そりゃ俺知らんし」

 「もぉおおっ、先生の馬鹿っっ」

 「お、おいーーーっ!」

 事情も何も知らない担任に向かって一気に暴言をまき散らすと、私は喚きながら走り去った。最早担任の心証は最悪だろうけど、そんなもの関係ない。あんまりにもあんまりな事実に、落ち込みが酷すぎた。

 まさか先輩を追いかけて来て、野球部がないなんて考えもしなかった。お母さんに、学校の案内とか読んでおけって言われたけれど、今になってその言葉を無視したことを後悔する。先輩が居ればそれでいいと思っていたのに、野球部が無いんじゃあこの学校に、本当に先輩がいるのかあやしくなってきた。


 落胆した気持ちを露わに、肩をガックリと落として私はため息を吐きながら帰路を辿った。口の中でパイン飴を転がしながら、その甘さにムカついてガリッと噛む。

 「折角……会えるって、期待してたのにな……」

 ガツッ

 落ちてるちょっとばかり大きな小石を蹴りこむと、コロコロ転がった。そのコロコロと転がる様子も寂しさを感じて、また大きなため息が出る。

 どうせなら、こんなことが起きないだろうか。私の蹴った石が、前を歩く男子生徒に当たるの。

 『スミマセン!』 

 『いや、いいけど』

 『ほんと、ごめんなさいっ。……あ、せ、先輩っ!?』

 なんて、乙女な展開。それを期待してそろりと顔を上げたけれど……そんな奇跡は起こらなかった。

 ――ちぇー。

 折角先輩を追いかけてここまで来たのに。私、いつ先輩に会えるのかな。本当に会えるのかな。もうこのままずぅっと会えないのかも。

 駅のホームに着くと、もう一度ため息を吐いた。もう溜め息しか出てこない。花の高校生だと言うけれど、私の場合黒っぽいグレーのドロドロした感じだ。

 ――それもこれも、先生のせいよっ。野球部がないなんて~っ!!

 あらぬ方向に怒りをぶつけながらブツブツ文句を言いつつ、やけにホームに人が多いことが気になって顔を上げた。見あげたその先には、電車遅延中の文字が浮かんでいた。神様ってやつは、どこまでも憎い。


 ***


 先輩を見つけ出すこともままならないままに、無情にも日々は過ぎていった。それでも私は、めげずにいつも先輩を探してた。中庭で、運動場で、廊下で、教科担当室で、食堂で。

 いつも見渡してはため息を吐き、でもまた自然と目が彷徨う。

 どこかにいないかなって。いっそ、西村尚人ーー!! って叫んでやろうかって思うくらいに。

 だけどそんなこと、出来るはずもなくて……私はただただ、先輩に会える日を想像してはニヤニヤするのが精一杯。でも現実には、何も進展はしなかった。比例するように、私の妄想力は逞しくなっていくけれど。

 「先輩……尚人、先輩……早く、会わせてよぉ……」

 すっかりと呼称が『尚人先輩』になっているあたり、友達から言わせれば重症レベルらしいけれど、そんなこと構っていられるはずもない。妄想でもしてなきゃ、私はもう生きていける気もしないのだ。

 ぺたりと頬を机にくっ付けて、目の前のパイン飴を机の上でそっと転がすと、勢いが付きすぎて床に落下した。その見事な落ちっぷりが私の高校生活そのものみたいで、嫌な気分になった。


 ――が、しかし。

 この飴玉の不吉な予感……いや、予言か? と言うやつは、残念なことに当たってしまった。

 「はぁああああっ!?」

 「お前な。俺が叫びたいわ」

 ガックリと肩を落としながら、私以上に沈鬱そうな表情を浮かべる担任。しかし、動揺が激しい私はそんな担任を慮れるはずもなく、渡された用紙をただただ凝視した。

 『追試のお知らせ』

 何度読み返してもタイトルがそう銘打ってある。目をこすりたい衝動に駆られながらも、私は無駄な足掻きを止めてその用紙を半分に折った。変わらないモノは、変わらないんだ。うん。

 「葛西。担任の教えてる教科くらい頑張ってくれや」

 「先生の教え方が悪いんでしょ」

 「……オイ」

 「……じゃ、失礼しまーーすっ!」

 先生の額に青筋が走ったのを見て、私は言い逃げすべく教科担当室を出た。最早、私の担任への暴言は日常レベルになっているが、怒られるのは怖いし嫌だ。それに、コレ以上一緒に居たら、とんでもないさらなる暴言と言う名の本音を言ってしまう。

 だぁってさ? 数学が分かんなくたって生きれるじゃない!?

 私だって頑張ってみたけど、分かんなかったんだもん。仕方ないでしょ、これ。

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