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好きと言えるその日まで  作者: 桜倉ちひろ
鈍感力の行方
18/19

 「別に」

 「そう、ですか……あの、そういえば。お願いが、あって」

 「何?」

 「写真、最後に撮って貰えないかなって」

 「あぁ……いい、けど」

 さっまで、何枚と撮られたんだ。その相手が友香だとしても、別に問題はない。問題……ないよな?

 「あの、嫌だったら別に」

 「嫌なんて、言ってないだろ」

 いつの間にか手に握りしめていたらしい友香のスマホを取り上げると、勝手にカメラを起動させてやった。そうだ、俺はコイツの携帯がスマホに変わった流れまで知っている。俺がスマホに変えたのを知って、ラインがしたいんだとか騒ぎだしたからだ。

 それに友香のお母さんが、私も一緒に尚人君と出来るのかしら~なんて意味の分からないことを言い出して、さっさとスマホを買ってきた葛西親子に、結局グループまで作られたんだ、俺。時々、手作りで作ったらしいお菓子をアップされて、翌日友香から手渡されること数回。

 ――待てよ。やっぱりこれは、普通じゃないんじゃないか?

 「先輩?」

 手にスマホを握りしめたまま固まった俺を見上げ、友香は不安そうな顔をした。やっぱり写メなど嫌がっているのかとでも、疑っているようだ。

 しかし、俺は別にそれはどうでもいい。撮るぞ、と強引に呼びかけて笑いもせずに勢いで画面をタップ。変な泣き顔の友香と、仏頂面の俺が画面に写っていて、卒業式とは思えない作品だ。

 けれど、それがどこか俺たちの『いつも』がくっきりと映し出されているようで、俺は笑ってしまった。

 「くはっ、ハハハ。もう、……降参だな」

 「先輩?」

 「友香、お前の勝ちだ」

 そう言うなり、さっきは戸惑いでいっぱいだった腕を、遠慮なく伸ばして友香を引き寄せた。さっきより強く抱きしめて、彼女の存在感を体全部で感じる。

 もうダメだ。俺は、きっと。かなりずっと、だいぶ前から、友香にやられている。

 写真に写った俺は、仏頂面ながら、どこか嬉しそうな顔をしていた。これじゃあ、進藤やら他の奴らに、何か言われても仕方ない。卒業で気づくなんて、馬鹿だ。

 結局俺は、2年かけて友香に落とされた。遅れて、最初に言ったのは俺だってことを思い出した。――好きにならせてみてくれって。

 「勝ち? 勝ちって何ですか? 私、何か賭けましたっけ!?」

 「いや、別に?」

 尋ねられたけれど、答えは教えてやらない。だってむかつくだろう。

 相手は友香だ。俺が友香に負けてしまうなんて、そんなこと理解が出来ない。認めたが最後、俺はきっと友香の言いなりだ。

 「だって、私の勝ちって」

 「聞き間違いだろ」

 そう一蹴すると、ポンポンと頭を撫でて腕を離してやった。どこか不満げな顔を浮かべ、友香がギュッと俺の袖を掴んで離さない。いつもは少し距離を空ける彼女が、今精一杯の距離を保って、俺にしがみ付いている。その姿がいじらしい気がして、俺は片頬を上げてにんまりと笑った。

 「あの、もいっこ。お願いが」

 「何?」

 「えと、その……最後にもう一回、こ、こ、こく、」

 「は?」

 折角いいムードだったのに、流石友香だ。よく分からないことを言って、俺の空気を乱してくる。

 しかしすっかり2年で慣れた俺は、これくらいでは動じない。それに、友香を酷く混乱させているのは、俺のせいに違いないから、今日は黙って我慢して待ってみることにした。

 そうしたら友香は、俺の予想の上を行くことを言い出した。

 「告白っ。あの、もう一回、最後にしたいん、です。けど」

 見てみれば顔を真っ赤にして、指先を震わせて俺の袖を握る友香に気が付いた。俺があーだこーだと逃げている間に、友香は精一杯いろんな決意をしていた。

 それに関心はする。関心はするけれど――友香よりも馬鹿で我儘な俺は、許せない事が一つある。

 「お前さ、最後最後って、俺は死ぬのかよ」

 「ち、ちがっ」

 「卒業ぐらいで、殺すなっつの」

 「そんなっ、そんなつもりじゃ」

 「じゃあ、どういうつもりだよ」

 「それは」

 戸惑いながら目を伏せる。顔を真っ赤にしつつも、嬉しそうだったのに、また戸惑い顔に悲しみを乗せて俯いてしまった。

 ちょっと前までは、そういうのが鬱陶しいと思っていた。

 コイツは何を言いたいんだろう、どうしたいんだろう。そう思ったことが無いとは言わない。けど、今の俺は友香のことが少しなら分かる。友香は、俺に気を遣いすぎて、すぐに本音が言えなくなるんだ。

 ……馬鹿みたいに、俺を一生懸命、好きだから。

 その答えが胸にグッと刺さって、自分で友香の答えを言いながら、自分に腹が立ってきた。お前はなんて酷い奴なんだ。こんなに好かれているのを知っていながら、まだ友香に我慢させるのか、と。

 「もう、会えないでしょう?」

 「え?」

 「わたしもう、尚人先輩、追いかけられない」

 ――追いかけられない。

 その言葉にまた胸が抉られる。俺はそんなに、友香に追いかけさせてばかりいたのだろうか。

 「高校までは、来れたけど。先輩、頭いいんだもん。大学、無理っぽい」

 まるで犬の耳があれば、しゅんと垂れていたんだろうって、その耳が見えそうな程友香は俯いた。

 そんな友香が、馬鹿で――でも可愛くて、間抜けで、愛しい……なんて感情が芽生えているんだから、俺は認めるのが遅すぎたって反省する。どうしてこうも、気付かなかったのだろうか。

 他の女子が何をしても感じられないモノが、友香にはあったのに。

 「だから、もう……」

 「あほ」

 「え?」

 「ばぁっか」

 「先輩?」

 「お前ってほんと、ムカつく」

 「だって」

 どんどん言葉詰まりになっていく友香に、幼稚な俺は暴言しか返せない。

 壁ドン、だっけ? あんなもん、できりゃあ苦労しないだろう。大体、あんなもんできゃあきゃあいえるのは、テレビの中だからだ。実際問題、そう言う現状になってみれば、そんなもん出来るどころか、暴言しか出てこない。そんな自分が情けないけれど、コレが俺だし、こんな俺で諦めてもらうより仕方ない。

 「大学違ったら、会えないのか?」

 「でも」

 「俺、実家は出るけど、こっから2時間もあれば行ける距離だろ」

 「そうだけど」

 「お前、遠距離くらいで、ダメになんの?」

 「えんきょ、り?」

 何を言われたのか分からない、そんな顔をして友香が俺を見上げる。その呆けた顔が情けないのに、他の奴に見せるなとまで思う俺は、ぼちぼち重症に違いない。

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