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試合が終わって、ざわざわとみんなが動き始めたのを上から眺めていた。2階から下を眺めている人なんて私以外に居なくて、誰もこっちを見たりしない。知らない人たちが、ちょこちょこと動く様子を見つめながら、時折尚人先輩が視界に映るのが嬉しかった。
どうしてなんだろう……顔がかっこいいとかってことはない、と思う。
背だって、高くはない。先輩がモテるなんて話も聞いたことがない。まぁ、そんなさ。モテまくり! なんて噂が立つ人の方が滅多にいないだろうけど。
だけど、それなのに―――どうしてなのか、私の視界には輝いて見える。私の目にパッと光って見えるのが先輩。どんなに人に紛れてても、すぐに目に留まる。だから、先輩に目が行ってしまう。
……ずっと。好き、だと思う、先輩のことが。
でも、先輩は私のことそんな風に想ってくれることは、無いだろうな……って分かるから。これ以上気持ちを膨らませちゃいけないって思う。
それなのに、名前で呼んだりするから。そんなこと、先輩がするから。私は一瞬でキュンとなる。
やっぱり好きだって、思ってしまう。
いつも通りそっけなくしてくれたらいいのに、こうやってこんなところに連れてきてくれた。だから先輩の予定なんて何にも考えずに、お弁当なんか作ってきてしまうんだ。
何一つうまくいかない私は、ただただ自分のしたいことばかりを押し付けてばかり。それで先輩を困らせながら、自己満足ばかりを満たしているような気がしてきた。
――断ろう。
友香って呼ばれて有頂天になりかけてたけど、今日という日に、私のためにこの後の集まりを抜けるだなんてダメだ。
先輩は責任感があって、後輩想いで。みんなの司令塔的な存在。
私は、ここに連れてきてくれただけで、十分。
家までの道のりはちゃんと分かるし、一人でだって帰ることはできる。だから、一緒には帰りませんって言おう。みんなに囲まれて笑う先輩を上から見つめながら、私はギュッと手のひらを握り込んで決意した。
*
「私、帰りますね」
俺が、先輩からのいつもの誘いを断っていると、葛西の小さな声が後ろから聞こえた。説得する先輩に背を向けて、反対を向くとやっぱり葛西が俺に向かってそう言っている。ただ、……無駄に、沈み込みそうなくらい俯き加減で。
「ちょっと待て葛西。もう帰るから」
呼び止めつつ、葛西の方へ近づこうとするとぶんぶんと手を振られた。
「いえ、大丈夫です」
「いや、大丈夫とかそういう問題じゃな」「先輩は、この後があるんでしょ? 私、一人でも帰れますから」
話す俺の声を遮って、葛西がそう言う。
――いや、大丈夫じゃないだろ。だってアレが……
ふと頭を過るさっきのアレを思い浮かべると、いつもは勘の鈍い葛西がすぐにきがついて、俺の考えを掬った。
「あ……と。アレは、私が食べるので」
「はぁ?」
「気に、しないでください。じゃ、失礼しましたっ」
「おい、葛西っっ!」
言うが早いか、葛西は脱兎のごとく駆け出してしまった。俺はそれを焦って見つめながら、とにかく追いかけなきゃいけない気持ちに駆られる。
なんだか、イラッと来た。何がどうなって、葛西が今の行動になったのかがちっとも分からない。来る道中は、機嫌が良かったはずなんだ。それなのに、ここに来てからのアイツは、何度も曇った表情を見せる。
最後がコレでは、俺は葛西を何のために呼んだのか分からない。
――俺は、葛西に……
その続きを言葉にしそうになった瞬間、ボスンと俺のバッグを投げつけられた。
「ってぇ」
若干の痛みを感じる右腕を擦りながら、投げられた方向を見るとそこには進藤がいた。
また、お前かよっ。と言いたくなったけれど、それより先に進藤に叫ばれた。
「行けよ西村、行けっ」
ただ、それだけ。しかもなんだか顔が偉そうだ。
いつもなら何か言い返す。お前、何偉そうに言ってんだよ、って。けどなぜか俺は、その言葉をするりと受け止めていた。
「わりぃ」
一言も何も言い返さずに、というよりそんな反論の言葉なんて微塵も浮かばなかった。ただ、借りが出来たってそれだけは理解しながら、投げつけられた鞄をひっかけて、説得途中の先輩を無視して俺は走り出した。
*
施設から飛び出して、しばらくは走ってたけど……先輩が私を追いかけて来るわけもなくて、すぐに歩調を緩めた。正面を向いていた視線が、気が付けばどんどん下へと落ちて、地面しか見えなくなった。
――こんなはずじゃ、なかったのになぁ……
たくさん、望んだつもりはなかった。ただ少しだけ、どうせならって思ってしたくなったことが、重なりすぎたのかもしれない。折角呼んでもらったのに、先輩にたくさん気を遣わせて悪いことしちゃったかも……って思いながら石ころを蹴った。
「ったーー!!」
当たり所が悪くて、親指の先が悲鳴を上げる。思わず蹲って小さく叫んだ。
「石ころの、ばかーー!!」
石ころが悪くないのは百も承知だけど、文句言わずにはいられない。蹴った先に佇む、いや、ただ地面に転がってる石ころを見て涙が出そうになってきた。
もう、ダメかもしれない。
嬉しくて嬉しくて、自分のことしか考えてなくて。タオル渡したり、お弁当作ってきたり……先輩に迷惑かけただけなのかもしれない。もう私のことなんて嫌になって、メールもしてくれないかもしれない。
そんな風に思い始めたら、どんどん落ち込んできて涙がポタリと落ちた。
「ふぅぅ……っ」
なんでこんなに悲しくなってきたんだろう。そう思いながら痛めた親指のあたりを靴の上から擦る。
到底効き目はないと思うけれど、そんな自分が惨めな気がして余計に落ち込みながら石ころを睨んでいると、自分の周りが急に暗くなって、頭上から声が落ちてきた。
「おま……っ、何してんだ?」
ぐちゃぐちゃな顔のまま見上げると、そこには汗が一筋頬を伝って流れ、少し息の荒い先輩が立っていた。
「せん、ぱ……?」
「ばっか。何泣いてんだよ」
「へ―――?」
「立てよ。……行くぞ。」
「ひゃぁっ!」
先輩は私の腕を掴んで立たせると、そのまま私の手を握って足を踏み出した。
「あの、荷物」
「いい」
知らない間に私の荷物を反対の手に持っている先輩に、繋いでない方の手を差し出して返してもらうよう訴えたけれど拒否されてしまった。どうしたらいいのかと思いながらも、手を引く先輩についていかなくちゃと思って、ギュッと手に力を込めると握り返される。
たったそれだけのことなのに、相手が先輩だってだけでドキドキしすぎて、足の痛みはどこかに吹き飛んでしまった。