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好きと言えるその日まで  作者: 桜倉ちひろ
ズルい思考と欲と
11/19

 「おっきー!!」

 想像してたより普通に野球のできる施設のようで、ビックリして堪らずに大きな声を上げた。草野球なんて先輩が言うから、てっきりドラえもんとかに出てくるような空地を想像してたのに。

 全然、草野球レベルじゃないじゃないっ!

 「先輩、これは草野球じゃないですよね? 空地とかだと思ってたのに」

 「空地って……そりゃドラえもんだろ……」

 言いながら先輩に苦笑いされた。えー、草野球ってのは空地じゃないの? なんて。

 しかし結構いっぱい人がいる。近づくにつれて先輩に群がってくる友達やら後輩。明らかに大学生か社会人っぽい先輩まで。こんな、すごい集まりだと思ってなかったし……なんだかドキドキしてきた。

 ――どうしよう、私ココ来てよかったのかな?

 先輩の隣に立っていたのに、先輩が知らない人に囲まれていくうちに少しずつ距離が出来ていく。時折『あの子、誰? 彼女?』なんて追及されてたけど、先輩は見事に『そんなんじゃないっすよ』と軽くあしらってる。

 彼女だなんて名乗れるとは微塵も思ってないけど、そんなんじゃないって言葉に、じゃあどんなの? って思ってしまう。さっきまで近づいていたと思っていた距離が物理的にもどんどん離れて行って、いつの間にか先輩の連れであるのかもあやふやなほど離れてしまった。

 先輩、振り向いてくれないかな……もしかして、私のこと忘れちゃったのかな……

 嬉しかった気持ちがどんどんしぼんでいって、自然と顔も俯く。重くなかった荷物がやけに重さを感じてきてだるいなって思った瞬間――

 「葛西。重いなら言えって言っただろ。ほら貸せ」



 *


 さっきの嬉しそうな顔はどこへやら。なぜかとぼとぼと俯いて歩く葛西のところに戻って荷物を取りあげた。全く、重くて歩けないくらいなら早く言えって言ってるのに、手のかかる奴だ。

 「え、あ……大丈夫、です」

 「いいから。行くぞ」

 「……はいっ」

 なんだ? やっぱり元気そうか?

 ちょっと暗い感じがしたけど、杞憂だったようでホッとした。もしかして、来てみて実際にどんなところか知ったら、つまらないかもしれないとでも思い始めたのかと思っていた。でもそうではないのだろうか。だといいけれど……

 上のスタンド席に上がって、俺らのチームの方に案内する。何が面白いのか、そわそわキョロキョロする葛西。ほんとに面白い奴だ。

 「ここ、置いとくぞ」

 「あ、はい! あ、でも……」

 「何?」

 「タオルをいつ渡せば……」

 「タオル?」

 あいつの分けわからん質問に、俺は首を傾げた。タオルって何だ? あいつは何をしようとしてるんだ?

 「タオル! 渡したいんです、先輩に」

 「あ? あぁ……ありがと。今もらうけど」

 「じゃなくて! 野球してる時に、ベンチ戻ってきた先輩に、ハイってしたいんですってば!!」

 はぁ? コイツは何を言ってるんだ?

 しかも顔をめっちゃ赤くして、タオルを渡したいと言っている。まさか俺が恥ずかしい思いをするようなタオルを渡そうとでも? いや、それはないか。

 なんて想像を張り巡らせている間も、恥ずかしそうにしている葛西に思わず笑いながら答えた。



 *


 「それは、無理だろ」

 無理と言いながら笑う先輩を見て、顔面蒼白になった。

 ま、待って。私の今日一番の楽しみのタオルをハイ! ができないとな!?

 「私、どうすれば……」

 心の声が、思わず現実にも飛び出てしまった。これをせずして、私の今日は終わらない。――んですけど!?

 「いや、別にどうもしないだろ」

 「えー!? そんな簡単な問題じゃないんですよ!?」

 「は?」

 「もう、男の沽券くらいの死活問題なんです!」

 「はぁ……?」

 どうやら私の気持ちをさっぱり汲めない様子の先輩は、首を傾げて心底理解不能って表情を浮かべている。けど……私にとってみれば、どうしてそんなことが分からないのかむしろ不明だ。

 ただタオルを渡すだけなら簡単なんだ。要は、こう……試合をやってる最中に渡す、っていうシチュに最高に憧れてるのにっ!!

 想像に悶えて地団太を踏む私を見て、先輩は苦笑するとポンと手を私の肩に置いた。そして少し膝を曲げて私の視線に位置を合わせると、じっと見つめて止まった。

 「せん、ぱい……?」

 その瞳にドキドキしながらも、こんなに近い距離で、しかも視線を合わせられるのって初めてだなって恥ずかしくなってきた。私まつ毛が短いから、じっと見つめられるとバレるかもしれない……なんてどうでもいい心配までしてしまう。そんな私を例によって無視して、先輩は私を思いやってだろう優しいことを言ってくれた。

 「葛西。お前の目指してることは分からない。けど、お前のしたいことは実現できないからさ。今、貰ったらダメか?」



 *


 なんだか遠い世界に飛んで行ってしまいそうな葛西を止めるべく、両肩をガシッと掴んで視線を合わせてから俺の意見を口にすると、葛西は間の抜けた顔でぽかんと口を開いた。その抜けた表情が笑えるけれど、どこか気が抜けて肩の力も抜けた。

 本当は……草野球、という簡単なものではなくなってきていた今日の試合。先輩同士のかねてからの因縁の対決がなぜだか俺らの代にまで降りかかってきて、単なるお遊びだったはずが、結構マジな試合になりつつあった。場所だって、こんな豪奢な場所じゃなかったはずなのに、先輩らの因縁が絡んできてこんなことに発展してしまった。

 近くで試合を見てもらうことが出来たらよかったけど、葛西が下にいることで、ピリピリしたムードに巻き込みたくはない。おまけに、先輩らの因縁の対決のはずなのに、実際に試合をやるのは本人らじゃなくて後輩の俺らなんだから堪ったもんじゃない。

 とは思うものの、今までのお世話になったあれこれを考えると簡単に反発も出来ず。とにかく俺らの中だけでも、普通に野球を楽しもうという気持ちを持とうって決めたわけだ。

 そんな妙なしがらみに巻き込んで申し訳ないな……なんて思っていたら、いつの間にか掴んでいた肩がなくなっていて、気が付いたら白いタオルが目の前に出されていた。真っ白で、見ただけで吸収力のありそうな、ふわふわしたタオル。素直でまっさらな葛西みたいだ、なんて恥ずかしくも思ってしまったそれを無言で突き出されて、どこか汚してしまうのが怖いようなそれを、戸惑いながら見つめた。

 「コレ、なんですけど」

 「あぁ――」

 「使って、くれますか?」

 懇願するように、なぜかそう問う葛西に無言でコクリと頷いて、小さくありがとうと礼を述べて手に取ると、はにかむような笑顔が返ってきた。なぜかその表情にドキッとする。

 ――なんだ、これ……?

 自分の胸に沸き起こった一瞬のそれに焦った瞬間。西村ー! と呼ぶ声が聞こえて、お礼の一言も言えずに慌てて葛西の元を俺は離れた。



 *

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