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好きと言えるその日まで  作者: 桜倉ちひろ
ズルい思考と欲と
10/19

 ――奇跡!! まさに、奇跡かもしれない!!

 先輩が私を野球に誘ってくれるなんて、天と地がひっくり返るくらいの驚きな出来事だ。というか、もはや天地はひっくり返ったのか!? いやいやいや、電車は正常に動いてるっ!!

 ……って、気が動転しすぎた私はそのままの勢いで、喰いつかんばかりに先輩に質問をしていた。

 私の憧れ、叶えてもいいってことだよね?

 タオルを差し出したり、これどうぞとかってドリンクを……ダメ! 想像だけで幸せすぎる。今まではリアルに想像できなくて、ただ野球部の子の話を聞いてはいいなぁって思ってたけど。誘ってもらえたとなれば、それは自分に置き換えてリアルに想像しちゃう。

 ――わぁあ、どうしようどうしよう!!

 ぴょんぴょん飛び跳ねてしまいそうな体を何とか椅子に座らせて、私は食い入るように先輩を見つめた。

そんな私を、先輩は若干引いたような目で見ている……気がしなくもない。けど、関係ないもんっ。

 私はYESの返答が聞けるのをただただじっと待った。じーっと、じーっと穴が空きそうってくらい、食らいつく勢いで見つめると、先輩は困惑気味ながらもようやく返事をくれた。

 「あぁ……いいけど……」

 ――ぃやったー、やっほーい!

 念願のマネージャー気取り、やらせてもらえるんだ。うふふー。

 1人嬉しくてニヤニヤしていたら、耐え切れないと言わんばかりの勢いでべしっと頭を叩かれた。

 「……葛西。気持ち悪すぎるぞ」

 「ったぁい。そんなこと言ったって、先輩が悪いんですよ」

 「はぁ? なんで俺が」

 「だって、嬉しすぎるから」

 そんな問答をしていたら、私たちの降りるべき駅に電車が到着した。



 *


 葛西は……正直、あほだと思う。何がそんなに嬉しいのか、ニヤニヤして『ぐふふ』なんて笑いまで洩らしだした。流石の俺も天まで飛んでいきそうな葛西を何とか落ち着かせようと、べしっと頭を叩いてやりながら『現実世界に帰ってこいよ、お前』と脳内で呼びかける。が、そんな俺の呼びかけが伝わるでもなく、どうにも葛西はフワフワしている。

 ――まぁ、喜んでくれてるんだよ、な?

 それが十分なほどに伝わってきて、さっきまでの緊張の糸がようやく緩んでホッとした。

 誰かを何かに誘うというのは、やっぱり勇気がいる。それが異性であれば、なおさら。俺にすれば、女子の思考なんて、野球の試合で相手チームが何考えてるか想像するよりも難しい。そしてそれは、例外もなく葛西だって同じである。

 そんなの行きたくないけど、先輩に言われて断れない……的な感じで行くって言われたらと思うと不安で、直接言いたかった。直接顔を見て、そうしないとなぜだか不安だと思った。

 でもそれは杞憂だったとはっきり見て取れて、自分では気が付かないうちに頬が少し緩んでいた。

 「おい、階段ちゃんと見ろよ」

 「はーい」

 超浮かれモードの葛西に一言言うと、それにも嬉々として返事をする。

全く。俺がいなきゃコイツ、危なすぎないか?

 ――って、何考えてんだ俺。

 そこまで心配しなくても、コイツだって高校生になって半年も経つんだし、何度もこの駅だって通ってるから大丈夫に決まってるだろ。……なんて自分にツッコミを入れる。

 ほんと、調子狂う。葛西は俺を、俺じゃなくさせる気がする。

 ケー番教えたり。メールしたり。一緒に帰ったり。

 俺は別に、友達意外とするつもりなんてこれっぽっちもないのに。なんで土曜日の、ましてや野球になんて誘ってしまったんだろう。

 ――俺にとってコイツは友達、か?

 なんて考えにフルフルと頭を振っていたら「先輩?」って顔を覗き込まれたことに慌てて、ただ行くぞと言って葛西より半歩前を歩き始めた。



 *


 「いゃったーー!!」と叫びたい気持ちが止まらない程の快晴に、私はガッツポーズを決めた。

 肩幅に足を広げて、両手をパッと広らいて上げる。まるで小学生みたいな喜び方だけど……ま、いいや。

 それぐらい童心に返るほどに嬉しいんだってば!

 朝7時から起きてお弁当作って、水筒に水分補給でおなじみの飲料水を用意して。それから、先輩用に汗の吸収が良さそうな真っ白なタオル。 

 ――うふふっ。 

 つい、声に漏れてしまうのを手の平で隠すけど、隠しきれない。

 「友香、アンタの顔、気持ち悪い」

 ……お母さん、私の顔はアナタ譲りですが、何か? なんて思いつつ、るんるん気分でスカートの裾を伸ばしていたら、お母さんから横やりが入った。

 「友香、今日は野球観戦に行くのよね?」

 「そうだけど?」

 「それ、間違ってるでしょ」

 「え、何が?」

 「だからぁ。スカートは、駄目でしょ」

 「えぇえええ!」

 学校以外で会うことないから、ちょっとは可愛い恰好したかったのに! スカート禁止なの!?

 涙目で訴えるも、お母さんは無言で顔をブンブン。今日は風が冷たいからね、と。

 はぁあああ……ガクッと肩を落として部屋に戻って、いやいやジーパンに足を突っ込んだ。

 だぁってさ? なんか、可愛さに欠けない? なんて。思いながら履き終えてカーディガンを羽織っていたら、玄関のチャイムが鳴った。

 ――き、来たー!!!

 一瞬前の憂鬱はどこへやら、私はテンション舞い上がって玄関まで走った。



 *


 こいつは、どこへ遠足に行くんだ……?

 俺の想像を超える荷物に、大丈夫か? と聞いてしまった。本人は質問の意図が分からないのか首を傾げ、大丈夫ですと答えたが――いや、隣を歩く俺が大丈夫じゃない。

 葛西の家から出てきた母親は、聞かなくても分かるくらいにコイツそっくりだった。さぞや賑やかな家なんだろうって一瞬で分かるほどに。しかも第一声は「ごめんなさいね。今スカート脱がせてるから」って。

 脱がせてるってなんだ? とか思っていたらジーパン姿の葛西が満面の笑みで出てきた。

 よく分からんが、スカートでないことにホッとした。スタンドに立ってたら、ダメだろスカートは。

 ――しかし、俺が女連れてきたって、皆ビビるだろうな……

 まだ誰にも葛西を連れていくことを言ってない。そのことを今頃になって少し後悔する。

 いや、言ってないことよりも、葛西に声をかけたことを、か? なんて思いながらも、嬉しそうな葛西を見ると、どうでもいいかと思えた。誰に迷惑をかけるでもなし、一緒に野球を楽しむ奴が一人増えたって問題ないだろうと結論で受けて終わった。 

 他愛もない会話をしながら、何度か荷物の多すぎる葛西に『持つぞ?』と提案するも拒否された。なんだか荷物持たせみたいな気分を抱きながら、近くのセンターまで15分の距離を歩く。

 隣の葛西は、いつもよりも少しだけ俺に近い距離で歩いている気がする。遠慮がちでもなく、心底嬉しそうに「どんなところですか?」なんて尋ねる葛西。

 「普通」

 つまらないだろう返事をしながらも、嬉しそうに大荷物を抱えて歩く葛西をチラリと見ながら、俺は少しばかり葛西が可愛いと思えた。


 *

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