プロローグ
読者様依頼企画、の一つで学生ものです。ゆっくり、まったりとした非常にじみーな作品ですが(笑)楽しんでもらえたら、幸いです。
「友香」
優しい声音で呼ばれて、手を差し出されていた。
向かう先には眩いばかりに輝くステンドグラスを背景に、タキシードを着こなした大好きな先輩が立っている。一歩、また一歩と踏み出して私が歩くのはバージンロード。
私……ついに、先輩と結婚できるのね!?
信じられない!
う、嬉しい、嬉しすぎる!!
しかも、友香って。友香って先輩が呼んでくれた!!
それだけで涙が出そうなのに、私に向けて伸ばされた手を掴みたくて必死に伸ばして私は歩く。
あともう少し。あと数センチで指先が触れる!
―――先輩!!!
そう思った瞬間に、自分の足元が真っ黒になって体がふわっと浮いた感覚の後、ヒューっとどこかへ落ちた。
「うわぁぁっ!!」
ドスン、と音がして目が開く。遅れてやってきたのは、じーんと身体中に響く痛み。
「ったぁあああぃぃい!!」
どうやら私は寝ぼけてベッドから落ちたらしい。上手に尻から落ちたみたいだけれど、やけに痛くて『いたたた』とまるでおばあさんのような声を漏らして、身体を擦りながら起き上がった。
「はぁあ……」
ほんの数分前まで幸せいっぱいの時間に浸っていたけれど、アレは私の妄想甚だしいものだ。実際の私は、先輩を追いかけて受験した学校へ入学できたのはいいけれど、入学以後、一度も先輩を見かけることすらない。そんな不運な状態が続く、ストーカーにすらなりきれない残念な日々を送っている。
――私の恋。報われる日なんて、来るのかなぁ?
そんな風にマイナスな気持ちが渦巻いている。けれど今日も私は、先輩を追いかけるために学校へ行くべく立ち上がった――
***
西村尚人先輩。
身長は160後半くらい。体重……うーん、50キロ台くらいかな?
男子の体重なんて分かんない。けど、太ってはなかったもん、間違いなく。そこだけは断言。
血液型はOとかって噂で聞いたような気がする。A型の私とは相性がいいんだってー。えへへっ。
好きなことは野球でしょ? ……多分。だって野球部だし。
休みの日だってずっと練習してた。後輩がボールを投げる姿をただじっと見つめる、その瞳。その視線の熱さが、遠くからでも伝わってきてた。いつも、いつも。
いつの間にお昼ご飯食べたんだろう? って思うくらい早く食べ終わってるのか、昼休みはすぐに校庭で友達と遊んでた。そんなに目立つタイプの人じゃないけど、私にはいつもキラキラ輝いて見えてた。
坊主頭でも。ちょっとニキビがあっても。堪らなくカッコよく思ってた。
友達に、えーあの先輩? なんて言われたって、ちっとも気にならなかった。
人間、顔じゃないんだってば。心なんだって!
なんて大人ぶった返しを心の中で友達にしながら、私はいつも窓からじーっと先輩を見てた。それこそあのころはストーカーくらいは出来てた。まぁ……遠くから眺めるだけのことだけど。
あ、そういえば先輩の好きな食べ物は焼きそばパンだと思う。前に放課後、美味しそうに食べてるの見たんだぁ。それから、パイン飴。後輩にあげてるの見たから、多分好き……じゃないかと思う。
それから……あと、何かないかな。って何も、ないか。
――ん? 大事なこと忘れてた!
先輩は、超優しい。
だって、私が落としたシャトル、拾ってくれたから。だから……それから、ずっと好き。
雨の日。走り込みするだけだからって、めずらしく野球部の人が体育館を走ってた。私たちバドミントン部の面々は、そんな様子に戸惑いながらもいつも通り練習して――とにかくシャトルを人に当てないように、って注意しながら練習してた。
上手に先輩たちはラリーが続く。それなのに私は、練習中に何度もシャトルを返せずに落ち込んでいた。いつもと違う状況にみんな浮ついていて、うまく出来ない私を気にかけてくれる人もいない。それなのに……先輩は。西村先輩だけは、私が打てずに落としたシャトルを拾って渡してくれた。
言葉もない、笑顔もない。
でもそれがすごく嬉しかった。打ち返せずに、落としてばかりだった私にはそれはたまらなく嬉しかった。
私と西村先輩の接点なんてその一回だけ。
後は何もない。ただ私が遠くから見つめてるだけ。
キャプテンみたいに目立たないけれど、副キャプテンとして頑張ってる姿とか。こっそり後輩に相談されてるところとか。そんな風に頼りにされてる先輩をこそこそ見て、勝手にカッコいいって眺めてるだけ。
だから私が目蓋を閉じて映る、彼の残像は……
ボールを投げた時の瞬間の力強い腕と。野球をするみんなの姿を熱く見つめる視線と。それから―――
卒業式最後の日に『ありがとう』って。少しだけ困ったように笑った姿だけ。
私の通った中学校の伝統で、在校生から卒業生に1輪だけ花を贈るというものがあった。好きな人に贈ってもいいというものだから、もらえない卒業生も少なからずいる。そうなると卒業の雰囲気も悪くなるし、その伝統を無くそうなんて動きも何度もあったけれど……憧れの先輩に近づく最後のチャンスを無くすなんてダメだって言う反対派によって、長い間取り入れられている伝統だ。
在校生はみんな1輪の花を持って、1人の先輩にだけ花を贈る。そして、卒業する先輩が胸に刺す小さな花を貰えたら……2人は結ばれる、なんて都合よく出来たジンクス付きの伝統。まるで結婚式みたいなその伝統は、女子生徒なら憧れてまない。
例にもれず、憧れだけで西村先輩を見続けた私は、迷いなく先輩に花を贈った。
そしてただ――ありがとうって。初めて見た、困ったような笑顔付きの言葉を貰ったんだ。
それが、私の中に残る先輩の最後の姿。
辛いときは目を閉じて、その時の先輩を思い出す。そうしたら頑張れる気がする。
先輩の好きなものを思い出しながら口にすると、それだけで幸せになれる気がする。
だから私はいつも。
パイン飴を持ち歩いて。お昼にはかなりの確率で、焼きそばパンを買う。
また、もう一度。ただ先輩の後輩にもう一度なりたくて。必死に勉強して――
私はついに、先輩の後輩に、もう一度なることが出来た。
葛西友香15歳。
――めでたく私。
西村尚人先輩追いかけて受験に打ち勝ち、また、正真正銘『西村先輩の後輩』になったのです!