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デリート  作者: 和貴
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第7話 能力

   

 連邦の駆逐艦主砲が一斉に火を噴いた。目標は、大型宇宙船スター・ミューズ。勿論威嚇射撃ではあるが、初期停止警告を無視したスター・ミューズに対して、軽度の被弾が科せられる。

 連邦第二十五巡洋艦雷轟(らいごう)は、二隻の駆逐艦を伴ってスター・ミューズを包囲していた。

 幾ら相手が大手企業の大型船とはいえ、戦艦一隻で通常ならば事足りていた。が、問題は彼等の航行している宇宙域にあった。この辺りの宙域は、頻繁に海賊が出現する危険区域だったからだ。

 スターミューズの船体へ、H・Dで逃走しないように牽引ビームが掛けられる。

「艦長」

 その声に、二隻の駆逐艦へそれぞれ指示を出していた艦長が振り返る。

「マスコミの船です」

「来るのが早過ぎる。この宇宙域を何処だと思っとるんだ。報道管制はどうした?」

「М‐780実行中です。が、間に合いません」

 艦長は、低く唸った。

「連中を退らせろ」

「はっ」

 突然、艦内に異常を知らせる警報が割れ鐘のように鳴り響いた。

「艦長! 本艦の第五砲塔が勝手に……誤作動しています。このままでは報道陣に……」

 状況を報告する声が、悲鳴になる。

「第五砲塔のエネルギー遮断! 報告!」

「解析中! ……解除コードが艦外部からロックされています」

「外部からのロックだと? 馬鹿な、軍のコードをか?」

 艦長は信じられないという表情で唸った。

「駄目です」

「間に合いません!」

「艦長! 左舷より多数の機影確認……海賊船です!」

「何だと?」

 艦内が混乱している最中、非情にも誤作動した第五砲塔は、まるで狙った様に報道関係者達の乗っている何隻もの船に向かって放たれた。

 連邦軍の誇る強力なエネルギー波が、その中の一隻を呑み込み、クルーザーが四散する。付近にいた何隻かが巻き添えを喰らって誘爆し、被害は更に拡大した。

「な……何と言う事だ……」

 艦橋に居る誰もがメインスクリーンに映った光景を、固唾を呑んで見守った。

「海賊船! 本艦射程距離に到達!」

「駆逐艦タテマは、そのままスター・ミューズに。本艦と駆逐艦ハーリアは、迎撃体勢!」


  *  *


 船内の照明が一斉に消えた。足元から突き上げられる様な強い振動がニア達を襲う。

 船体が大きく右手方向へ傾いた。

 重力制御装置に異常が発生したらしい。二人は急にふわりと身体が浮いて、体の自由が利かなくなる。

 左右の床の非常灯が灯り、船内はひっそりと沈黙する。

「きゃ?」

 ニアは体の何処かで重力を捜そうと、全身に力を籠めて必死になって手足をばたつかせた。

 アーヴィンは無重力に慣れているのか、少しも驚かなかった。初めての無重力にパニックを起こしているニアを見兼ね、彼は通路の壁を軽く蹴ってニアの手を引いて遣るが、ニアは自分の身体の上下感覚が保てずに猶も必死にもがいた。

「飛んで火に入る……か? 威嚇にしたって、荒いなぁ」

 アーヴィンは落ち着いて他人事の様に言った。彼は既に、連邦軍の戦艦にスター・ミューズが拿捕されている事を承知している様子だ。

「どういう事?」

 ニアがアーヴィンの右腕にしがみ付いて小首を傾げる。

「あぁ? 大方、消したい奴等がこの船の中に居るってコトかな?」

 通路の手摺にニアを掴まらせるようとニアを引き離しながら、鬱陶しそうに言った。

「誰が?」

「さあな。お前達じゃねーのか? オイ、ひっつくなよ」

 にべも無く言い放つ。

「何で?」

 ニアは不安を隠し切れない。彼の腕を抱え込んだまま動けないでいる。

「俺もだろうけど……ま、ミューズ社もかな」ニアの様子に慌てて付け加えた。「……いや、ミューズは別格か」

 やや、間があって訂正する。

「どー言う事?」

「無いと困るからさ。社長が居なくても」

「???」

「お前の傷、もう完治しているだろ? 他の企業が開発している治療薬にはこれ程の効果は無い。そういうコトさ……解んないのか?」

「?」

=「子供にはまだ解らなくて良いさ」

 そう小さく呟いた。ニアの表情を読み取って、アーヴィンは続けるのを止めにする。

(マック、何処だよう?)

 今まで、何度も心の中で呼び掛けているのに、全く反応が無い。こんな事は初めてだった。

「……今のうちだ。行こう」

 アーヴィンは、銃の弾倉(カートリッジ)を交換した。

 船内は、先程の連邦からの砲撃を受けてから、ひっそりと沈黙している。



 低いモーター音が幾重にも唸って聞こえている。船内での停電は依然続いていたが、この区域だけは意図的に管理されていて無事の様だ。重力もある。それでも、異様な程に薄暗い。ニアがマック達と離れ離れになったラボと同じく、必要以上の光源は施されていないみたいだ。

 そこにマックが居るとは断言出来なかったが、既に生命反応が確認出来ていた。二人は念の為に潜入する事で意見が一致していたのだ。

「寒~い。まるで、冷蔵庫の中みたい」

 船内の設定温度も他と全く違っている。薄着姿のニアは両腕を組んで大袈裟に足踏みした。アーヴィンから借りているシャツに、ベルトで不自然にギャザーが撚った短パンツ。――これは裾が長いからと、彼が止めるのも聞かずに切ってしまいひと悶着あったワケアリの代物だ。そして足元に至っては素足だった。

「ふぅーん、冷蔵庫……ねぇ。俺には遺体安置所に思えるけどな」

 何気無く言った言葉に、ニアの髪が逆立った。

「いっ? 今、何て言ったの?」

「あ、いや……何でも無い。気にするな」

 アーヴィンは慌てた。

「気にするよぉ!」

 ニアは、涙眼になって怒り出す。


 アーヴィンは銃を片手に、こっちだと手招きした。

「つ!」

 ニアが傍に来るのを確認すると、アーヴィンは眼を細めて顔を顰め、まるで何かの痛みを逃がす様にゆっくりと深く息を吐く。

「どしたの?」

「べ、別に。ただ、昔の古傷が痛む」

 そう言って、右肘を左手で庇う。

 ニアは不思議そうにアーヴィンを見上げた。

 彼女の視線に気付いたアーヴィンは、ふと表情を和らげる。

「見た目には傷が治っても、深い傷だと傷口が痛みを覚えている。当の本人が怪我をした事さえ忘れていても、ちょっとした環境の変化に反応するんだ。この腕の痛みは、もう何年も前に受けた傷だ。適切な今時の処置とやらをしていればこんな厭な思いをしなくて済んだのにな」

 そう言って、疼く痛みに再び顔を顰めた。

「ふうん」

「あれ?」

 アーヴィンは首を傾げた。

「『年寄りっぽい』っとか言って、茶化さないんだな? お前なら言うと思ったのに」

 予測(あて)が外れて調子が狂う。

「痛いんでしょ? 顔の傷も、その腕も」

「あ? ああ」

「アーヴィンここに来る前に言ったよね。『場合によっては引き返す事も必要だ』って。そんな怪我をしてるのに、どぉしてニアに付き合うのよ」

「あのな」アーヴィンは努めて穏やかに言った。「そりゃ、お前に関しての事だ。俺には当て嵌まらねーよ」

「何で?」

 ムッとなる。

「お前はまだ子供だろ? ンな危ない橋を亘る必要なんて……」

 ニアの平手が飛んだ。アーヴィンの左頬が赤くなる。

「子供、子供って……」

 言って欲しくなかった。

 ニアは彼を殴っておいて、泣きべそをを掻いた。そして、アーヴィンが殴り返すか怒鳴って来るだろうと思って、堅く眼を瞑り身構える。

「……?」

 ふわりとニアの頭に暖かいものが乗った。一瞬、びくっとニアの身体が反応する。

 それがアーヴィンの左手であることに気付くのに、さほど時間は掛からなかった。

 ニアの頭に手を載せたアーヴィンは、軽くくしゃっとニアの髪を握る。

「それがお前達の特権。だろ? 第一、俺は仕事で来ている」

「アーヴィン……」

 ニアは彼を見上げた。

 彼の蒼い瞳には怒気は全く窺えない。むしろ、今迄で一番穏やかだとニアは思った。

「……ごめん」

 ニアは気不味そうに視線を逸らすと、今にも消え入りそうな小声で言った。

「ああ? 何か言ったか?」

 耳に手を当てて首を傾げる。彼が態と聞こえない振りをしているのが見え々だ。ニアは頬を膨らませて涙ぐむ。

=「アーヴィンは……意地悪だ」

 ニアは小声で呟いた。



「あの奥だ」

 小型のセンサーで生命反応を調べていたアーヴィンは、そう言って顎を杓った。

 仄暗い通路の様な所は、十数メートル先の袋小路で行き止まりになっている。通路の幅も五、六メートル程しかない。

 アーヴィンは、センサーのスイッチを入れた時から妙な表示が出ているのに気付いていた。そして、胡散臭そうな顔をして眉を顰める。

 正面奥から強い反応が出ているのは納得出来る。だが、そこへ行くための通路の両脇からも微弱ではあるが生体反応が認められた。薄暗い通路脇へ目を凝らしてよく見ると、子供一人が身体を屈めて入れる位のボックスらしき物が、左右に整然と並んでいる。これが何を意味するのか、薄々彼には判っていた。

 アーヴィンはその事をニアに告げずに黙ってセンサーのスイッチを切ると、代わって精度の高そうな小型カメラを廻し始めた。

「ふうーん」

「何だよ?」

 口を尖らして、突っ掛かった。

「ホントに仕事やってンだ」

「あら……」

 アーヴィンはコケた。


 アーヴィンがカメラを廻し始めてから間も無く、二人は何かの気配を感じて後退った。

 正面の巨大な生命維持装置から繋がっている幾つもの配線の隙間から、ちらちらと青白く発光しているモノが、見え隠れしていたからだ。

 息を詰めて凝視する。

 それが誰なのか、二人はすぐに判った。

「マック!」

 ニアは叫んで駆け寄ろうとした。その腕をアーヴィンがしっかりと掴まえる。

「待て!」

「あにすんのよ! 離して!」

「よく見てみろ! あれが人か?」

 アーヴィンは、廻していたカメラの画像をリプレイで拡大し、ニアの目の前に突き出した。

 彼の姿は実体ではなく、薄く透き通って見えていた。

「あれはマックよ!」

「落ち着け。バーチャル映像かも知れないし、罠って事も……」

 ニアは、アーヴィンが制するのも聞かずに彼の手を振り解いた。そして、マックの元へ 駆け寄ろうと、室内に走り込む。

 途端、室内のセキュリティが作動した。恐らく、このシステムも他のシステムとは独立しているのだろう。

 室内上部壁面よりせり出して来たレーザーが、一斉にニアを襲った。

「ニア!」

 アーヴィンの見守る中、ニアは信じられない速さで反応した。

 身体を前方へと投げ出しながら、借りていた拳銃を素早く両手で構えて撃つ。

 何が起こったのか判らないまま、アーヴィンも援護する。

 レーザーは簡単に沈黙した。

「……嘘だろう?」

 改めて、ニアの並外れた反射神経と、目標を正確に捉えていた能力の高さに驚いた。ニアと初めて会った時もその素早い身のこなしに翻弄された。正直、これが人間なのかと自分の目を疑いたくなった程だ。

 ニアが起き上がって、再び駆け出した。

「あンの馬鹿! ……戻れッ!」

 何が仕組まれているか判らない。それよりも、オープンスペースになっているここでは、身を隠す事が出来ない。

 けれどニアはアーヴィンの呼掛けにも耳を貸そうとはしなかった。

「きゃん!」

 一瞬にして、ニアの身体が床に叩き付けられた。

力場(フィールド)?」

 アーヴィンは鋭く舌打ちした。銃を力場(フィールド)の発生装置に向けて連射するが、発生装置は力場の向こう側にあり、銃弾は総て手前で弾かれて届かない。それよりも、このセキュリティ全体を解除した方がニアを早く助けられると思った。

 ニアは、物凄い力で床に押し付けられている。

 全身に力を込めて必死にもがくが、みしみしと不快な音を立てて身体が軋み始める。肺が押え付けられて息が出来ない。不穏要因を排除する目的のセキュリティに手加減は皆無だ。

「ニア!」

(あああ、……ク、マック!)

 潰されそうになる。ニアは、動けないまま心の中でマックを呼んだ。

「何処だ? セキュリティ解除は何処にある?」

 アーヴィンは慌てて室内に視線を走らせた。その視界に、あの発光体が飛込む。

 マックだと思われる発光体は無表情のまま、ゆっくりとこちらを振り返った。その彼の眼には、既に生気は感じられない。

 アーヴィンの喉が鳴った。一瞬で彼に惹き付けられ、思考を絡め取られて行く気がする。

 発光するマックの背後から、生物の様な黒い触手が現れた。幾千ものソレは、禍々しさを放ちながら彼の体にゆっくりと撒き付いて行く。まるで、彼を摂り込んで行くみたいだ。

 アーヴィンは、その光景に釘付けになった。カメラの微調節をしながら、夢中になって撮影する。

(マック……)

 辛うじてニアの頭が動いた。

 激しい頭痛と耳鳴り。眼の前が霞んで揺らめいているのに、マックがどうなって行っているのかが不思議とニアには見えていた。

(イヤだ!)

 ニアの身体が軋む音とは別に、パチ、パチという乾いた音が鳴り始める。ニアの身体の所々に青白い閃光の様なものが走り始める。

 マックの身体が完全に摂り込まれる刹那、我を取り戻したのか、彼は一瞬抗った様に見えた。しかし、マックの姿はもうそこには無い。

(イヤだよう……)

 涙でぐちゃぐちゃになったまま、なす術も無くニアはマックを見送った。彼女の視界からマックの姿が消えてしまった。

(イヤだよう。マック、あたしを置いて行かないで!)

 たった一人の身内が居なくなってしまった。失意に打ちひしがれたニアは、力場から逃げ出す事さえ叶わずに大粒の涙を流して泣き出した。

 ニアが消え入りそうな意識の中で、はっと我に返った。

 アーヴィンがマックを撮影しているのを知り、かっと頭に血が昇る。

(止めて! マックを撮らないで!)

 限界が来たのだろうか、身体が熱い。

 ニアの身体に異変が起こった。

 マックの同様、ニアの身体も発光し始める。しかし、彼の身体を取り巻いていたような、穏やかなものではない。直視出来ない程の突き刺すような強烈な光だ。

 ニアから離れた光の一部は、まるで地上から放たれた雷のように室内上部へと駆け上がり、幾つも設置されていた力場(フィールド)発生装置を一瞬にして焼き尽くした。

 アーヴィンの手にしていたカメラも光に包まれ、慌ててカメラを放り投げる。

 カメラは間髪いれずに爆発した。

「止せっ!」

 ニアの身体から放たれた光は、眩い強烈な閃光となって、辺り一面に襲い掛かった。


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