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デリート  作者: 和貴
3/12

第3話 拘束

 


「ドクター山崎、連邦からの通信です」

 通信室にいた葵が、安堵に似た溜め息を吐いて正面にある大型モニタを切り替えると、画面は四分割されて、密航していた中学生の男女一人ずつを映す。

―「こちら連邦宇宙軍第ニ公益部隊。センターより依頼があった四名を無事保護した」

 連邦からの返答に、モニタに注がれていた一同の表情が曇った。

「四名? こちらが依頼したのは二名だ。ニア・ロディナルとマック・ロディナル。中学生の双子だ」

 ドクター山崎が葵にちらりと目配せをする。

 葵は頷いて、二人の要望データを再度送信した。

―「……該当者なし。当方より保護した四名は、全員別人と確認。繰り返す……」

「ドクター……」

 そこに居合せた者達にざわめきが起こる。

「間もなく、スター・ミューズはエアの外へ出ますよ?」

「マズイぞ。それって業界最大手のミユーズ・ケミカル社の事だろう? 相手が悪いよ」

 スタッフの数人が絶望間を滲ませるが、ドクター山崎は努めて冷静を装った。

「引き続き、二人の捜索を依頼する」 

―「了解」

 連邦からの通信は切れた。

 ドクター山崎をはじめ一同は口には出さなかったが、事の厄介さを確信する。

「……人払いを頼む。葵君、君もだ」ドクター山崎は、すぐ傍にいたサイバノイド一体を残して全員を室外へと追い遣った。「連邦の三島へ繋いでくれ。コードはFCI・5377・T・M813……」

 間もなく、モニタに白髪混じりの小柄な老紳士が現れた。連邦の関係者にしては妙に温和な顔つきだ。

―「どうした? お前の所から依頼があった子供達は保護した筈だが?」

「嫌、別の子供を掴まされた。恐らく、彼等と一緒に居た子達だ」

 三島の表情が曇る。

―「何? あの船はもう宇宙(そら)へ出るぞ……いや、待て」

 三島は片手を軽く挙げた。別のモニタを見ている様だ。

 何度かの遣り取りを終えて、彼はやっと正面へ向き直った。

―「……コロニー内は無理だったが、足止めには成功した」

「すまない。」

 ドクター山崎は、モニタに向かって深々と頭を下げる。

―「止してくれ」

―「部長、何者かが回線に……」

 所員の一人が三島の後ろで囁き、回線の侵入を示唆する。三島は黙って軽く頷いた。

―「……分かった。山崎、一つ貸しだな?」

 そう言って、三島は年齢にはそぐわないほど悪戯っぽく笑って回線を切った。

 切れた画面の前で、ドクター山崎は呆然と立ち尽くす。

 三島は何も気付かなかったのだろうか? 自分が担当医になっている患者の捜索に、何故連邦の助けが必要なのかを。


  *  *


 男はデータに見入っていた。

 年の頃なら二十歳前後か。背格好は細身の長身。日焼けした様な赤銅色の肌に短い銀髪に蒼い眼を持っている。半世紀前までは奴隷難民として扱われていた「グレネイチャ」と呼ばれている人種だ。

 彼が見ていたのは、センターの葵が連邦に送信したニアとマックに関する暗号通信だった。

 それを別の機材にセットして、スイッチを入れる。少し耳障りな音を立てながら、読取ったデータを3D映像に構築させて行く。

 その間、彼はドクター山崎と三島部長との遣り取りを覗いている。


 不意に画面が強制的に切れた。

 男は『やはりな』という表情でモニタをデータ画像に切り替える。そして、構築された二人の姿と照らし合わせて比較するが、流石に一卵性の双子だけあって外見だけではどちらがニアで、どちらがマックか区別が困難だった。しかし、手元にある医療カルテは違っている。

「何だ? この双子は。一卵性の男女の双子って事だけでも珍しいのに、人間(ノーマル)でもなければ、エレメンタルでもないし、ましてやサイバノイドでも無い……?」

 男は暫くの間考え込んでいる様だった。上の空状態でデータをM・(マイクロ・メモリ)にダビングする。

―「居るか? アーヴ!」

「うわ?」

 モニタ画像がいきなり二つに分かれると、やたらテンションが高くて眼の細い東洋系の顔立ちをした男が割って入って来た。

「アーヴ」と呼ばれた男は、驚いた拍子に、手にしていたメモリを落としてしまう。

―「『うわ?』じゃねぇよ。チャンネル五見てみろ。人捜しの賞金だ!」

「ふーん。額は?」

 落としたメモリを気にしながら、言われるままに画面を切り替える。

 画面にはたった今自分が調べていたニアとマックの顔が映し出されていた。慌てて割込んで来た男の画面を右下隅に縮小して追い遣り、自分の身体で背後を遮って隠す。

―「聞いて驚け! 四千万ゼニヤ!」

「四千万ゼニアって、二千万ドルじゃないか。マジでか?」

―「おうさ! 俺達賞金稼ぎにゃあ、モッテコイの仕事さね」

「いや、俺は賞金稼ぎじゃねーんだけど……」

―「なーに言ってンだか。オマエとは同じ穴のムジナ。俺達とどんだけ違うってーのよ」

 迷惑そうなアーヴの様子をまるで無視して、モニタの男は興奮して捲し立てる。

 法外な額面に、思わず乗ってしまいそうになる。彼等賞金稼ぎが浮足立ってしまうのも納得だ。けれど、今は自分の目的に集中する事にした。

「双子が二千万ねぇ……まだ子供じゃないか。そんな価値が何処にあるのか判らないな」

 彼は態と興味無さそうに鼻で笑った。

―「どっちか片方でも良い。しかも今回は生死を問わずだ。案外こりゃ楽勝かもな?」

 アーヴは、大きな欠伸をしながら両手を上げて伸びをする。

「へぇー「生死を問わず」って……またそいつは穏やかじゃないな」

―「依頼者の孫だってよ。結構な額面提示してるところを見ると、何処かの資産家だなこりゃぁ。察するってぇと、身代金の取引にでも失敗したのかねぇ? もう殺されているとでも思ってんだろうよ」

「ふーん」

 無関心な見た目の態度とは裏腹に、アーヴの口元が微かにほころぶ。

―「俺っち、もう行くからよ。じゃあな。ソッチも何かあったら知らせてくれや」

「ああ、そうする」

 男は一気に捲し立てると、画面から消えた。

 彼の姿が消えたのを確認したアーヴは、ほっと胸を撫で下ろす。

 少し、態とらしかったかとも思ったが、どうやら勘付かれずに済んだ様だ。内心、背後で構築していた双子の子供の3D映像に気付かれはしないかと焦っていたからだ。

「悪いな、ウォン」

 彼はそう呟いてニヤリと笑うと、機器に囲まれている室内の天井部を振り仰いだ。

 天井部には大型スクリーンがあり、宇宙空間を映し出している。その中央には、太陽光を反射して純白に輝いている、スター・ミューズの全貌が映し出されていた。

 センター医局と連邦軍との遣り取りで、この船にセンター医局が必死になって捜している双子が居ると判った。しかもこの二人、別方面から高額な懸賞金が掛けられていると言うではないか。


=「空間ニ歪ミ発生。(ハイパードライブ(光速航行)シテ来ル船ガアリマス」

 船のA・Iが状況を伝える。

「こっちもH・Dに入ろうとしているぞ。見失うな」

=「了解」

 スター・ミューズの船体が揺らぎ始めた。強制的に宇宙空間を歪めるH・D特有の現象だ。

 彼は息を詰めて画面に映っている船に見入った。

「?」

 一瞬、スター・ミューズはH・Dを中止した様に見えた。揺らめいていた船体の映像が元に戻っているのだ。

「どう言う事だ?」

=「残ッテイマス。H・Dハ実行サレタ形跡ガアリマス。コチラニH・Dシテ来タノモみゅーず社ノ所有シテイル同型ノ船デス」

「こいつは囮か……あざとい真似を……本物を見失うな」

=「了解……すたー・みゅーずノ出現空域ヲ特定」

「よし、追跡だ」

=「了解」


  *  *


 僕達は、ダクトの中を何時間もの長い間這い回っている気がする。二人共、ダクトの中で埃だらけだ。僕はその間、何度も咳き込んでニアから咎められた。ニアだって蜘蛛の巣だの虫だの見つけてはその度に悲鳴上げてる癖に。

「うーっ、ここじゃない……もぉ。皆、ニア達措いて何処に行っちゃったのよう」

 船内を仕切る金属網から様子を窺い、その度にニアは苛立っている。

「もうこの船には乗っていない様だよ」

 僕はそっぽを向いて聞こえるように呟くと、這って進んでいたニアの動きがぴたりと止まる。

「分かるの? あ痛ッ!」

 ニアは驚いて僕を振り返ったけど、狭いダクトの側面で頭を打ってしまう。

「う……ん。そのう……どう言ったら良いのかな? 無いんだよ。気配が」

 少し、自信は無いけどね。

「まあっさかぁ」

 ニアは頭を押えながらせせら笑った。でも僕は至って真面目だ。

「笑い事じゃないかも知れないよ」

 口を尖らせて言ってやった。動いている船から気配が消えたっていうコトの重大さにニアは全然気付いていない。僕は思い出したんだ。ミューズ社の悪い噂を。


 今でこそ医薬品、化粧品の製造販売業者ミューズ・ケミカル株式会社として確たる地位を築いてはいるけれど、大元は義手や義足、サイバノイドといった人工機械製品を主に研究・開発していた会社だった。

 経営方針が後に薬品へと切り替わり、そして化粧品の取り扱いへと変わって行ったのが、前社長が引退して現在の社長に交代した頃。

 偶然かも知れないけれどその頃を境にして、移民目的の宇宙船が消息不明になる事件が多発した。会社との関連性を指摘した世論もあったし、一部じゃ、臓器売買にもミューズ社が深く関与していたという報道もあったくらいだ。ウソか本当か、連邦は多くの人材を投入したけれど結局何も出ては来なかった。

 ただ、何十人かの行方不明者が出たという事実を除いては――

 彼等の消息も、会社の捜索が終了した後の社外での出来事だったから、連邦もそれ以上は追及出来なかったんだ。


「ふうーん」

 分ったのか分っていないんだか、ニアは僕の説明に興味無さそうな生返事をしただけだった。

「大切な事だよ? これが本当なら、僕達はとんでもない所に居るって事に……? ニア?」

 再びニアの動きが止まった。僕は訝ってニアを覗き込む。

「よく知っているのね? 坊や。でも、そんな事よりもまずは自分達の心配をなさいな」

 見付かった。さっきの彼女だ。

「坊や」と言われ、僕はムッとなって押し黙る。

 外側から換気窓が外されて、先にニアが捕まった。

「マック! 逃げて!」

 彼女にダクトから乱暴に引き摺り出されながらニアが喚いた。でも、僕達子供一人がやっと通れるくらいのダクトを這い摺っていたんだ。どうやって逃げ出せる?

「……いい。出るよ。自分で」

 咳き込みながら、僕も後に続いた。もうどうにでもなれだ。


 僕達を捕まえたのは彼女一人だった。他には誰も居ない様だ。

「あーあ」

 ニアは態とらしく言って、体に付いた埃を乱暴に叩いた。あまりの埃に、三人ともが咳き込む。

「ニア〜ひどいよぉ」

 咳と涙が止まらない。

「全く。貴方ってば、自分で自分の立場悪くしてるの判っててやっているの?」

 彼女も咳き込みながら、恨めしそうにニアを睨み付けた。

「ニアは、アンタ嫌いだもん!」

 ニアはぺたんと座り込んで彼女を一睨みすると、ついっとそっぽを向く。

 うわぁ……ヤバイよ……

 僕は髪の毛が逆立った気がした。次に予測できる事を想像して、二人から眼を逸らそうとしたけれど、逆に怖過ぎて出来ない。

「言うわね? ハッキリと」

 彼女の碧い眼が燃えた様に見えた。

 次は、平手じゃ済まないよ? 知らず、僕は退いている。

 けれど僕には、彼女が赤く腫れ上がった頬を尚も膨らませているニアを見下ろしているうちに、次第に自分を取り戻しているように見えた。

「……そうね……そうよね。仕方ないか」

 彼女はニアの傍に片膝を付いて屈み込んだ。そして、ベルトと一体型のポーチから小さい湿布薬を取り出し、真っ赤な両頬にそっと貼ってやる。

「いっ、痛たた……触ンんないでよッ!」

 珍しくニアの瞳から大粒の涙がぽろぽろと毀れた。

 そんなに滲みるのかなぁ?

 彼女は序でにニアの両手に掛けてあった電磁手錠を外す。僕の手錠も外されて、没収されていた携帯も返却された。僕達はきょとんとして彼女を見上げる。

「今更拘束したって航行している船の中だもの。逃げられやしないでしょう?」

 彼女は、肩に掛かった金髪を、片手でさらりと払って立ち上がる。

 僕の鼻はずっと血の臭いしかしていなかったのに、彼女が立ち上がると、甘い香水が香った。

「あ、あの……」

 口元に付いた血をシャツの袖で拭いながら、僕は続けた。

「さっきから気になっていたけど、この船には他に誰も乗っていないの?」

 幾らジャミングシールドを遣っていたからと言っても、この船は信じられない程無防備だ。僕は余りのセキュリティの甘さに、却って無人船かと疑ってしまう。

「居るわよ? 大勢ね。大半がサイバノイドだけれど。でも、この辺りのフロアには私達だけよ」

 彼女は部屋の外を気にしながら答えた。

「僕達と一緒だった……」

「ああ、あの子達なら連邦に保護されて行ったわ。今頃、あっちでは貴方達二人が戻されたメンバーの中に居ないので大騒ぎかもね? 残念ながら、友達は見付かってしまったけれど、貴方達はまだ彼等には気付かれてはいないと思うわ。多分ね」

「多分って……それって貴方が僕達を庇ってくれてるって事? でも、どうして?」

 彼女はにっこりと余裕で微笑んだ。

「怖い思いをさせてしまったわね? さっきは悪かったわ。人違いをしていたの」

(人違いって……ン、じゃあ、ニアは殴られ損なの?)

(そうじゃないと思うよ?)

 頭の中に、直接ニアの声が聞こえる。

 僕はニアの「天然」に苦笑した。


 何度も上りのエレベーターを乗り継いで、僕達は彼女の控室へと案内された。

「もっと気の利いた物があれば善いのだけれど、生憎こんな物しか無いの」

 僕達はパックのゼリー状サプリメントとクッキーを貰い、僕には錠剤の抗生物質まで用意してくれた。

(こんな事になるとは思っても見なかった。十分だよこれで)

(そーおー? ってか、このゼリー……不味)

 ニアが変な顔をして僕を見る。甘味が無いと駄目みたいだ。栄養的にはこれで充分なんだけどな。

「船員に……あの、僕達の事知らせないんですか?」

 僕は遠慮がちにおずおずと訊ねた。彼女はキーボードを叩いていた手を休めて僕の方に向き直る。

「実は、私も同僚(なかま)と逸れちゃったみたいなの。この船で」

「はァ? 逸れた?」

 ニアと僕の声がハモった。

「だって、この船広すぎるもの……それに、同じ顔で同じセリフ言わないでくれる? 私は、エルフィン。エルフィン・フィリニックよ。宜しくね? 双子ちゃん」

 彼女はくすくすと笑った。

 はあ……何て品良く笑うんだろう。

 僕は無条件で彼女に見惚れた。「坊や」と言われてムッとなっていた事なんて一瞬で忘れていた。

 やっぱりティファだぁ……彼女は本当にティファにそっくりだ。

 そう言えばこの船に乗った時、ケインが「可愛ければ何でも許される」って言ってフェイ怒らせてたっけ? あの時に、僕は「何言ってんだ?」ぐらいにしか思わなかったけど、今なら僕でも解るような気がする。

「こっ、こちらこそ。あっ、あの……ぼ、僕は、マック・ロディナル。で、こっ、こっちがニアです。あっ、あの、さっ、さっきはニアが失礼しました」

 どうしたんだろう? 彼女の笑顔を見てしまってから、ずっと胸がどきどきする。

「ぬわーに、コチコチになってんのよ? ぶぁーっか!」ついっとそっぽを向いてニアが毒づく。それからちらりと僕の方に視線をくれる。「口元、ほらぁ、クッキーのクズが付いてるわよ? そぉ、右の頬っぺた」

 言われて僕は一層赤面した。慌てて右の頬に手を遣る。

 僕達の姓を聞いて、彼女は意外だと言う反応をした。

「社長と同じ姓なのね?」

「社長?」

 またもやハモった。

「ええ、ミユーズの社長。確か、アレン・D・ロディナル。まぁ、偶然でしょうね」

 そう言って、彼女はテーブルの下にあるコスメボックスからミューズの化粧水を取り出し、僕達に見せた。

 確かに管理ラベルには、代表取締役として彼の名が記されている。

 化粧水にはほんの僅かだけれども禍々しさがあり、僕は鋭くそれを感じ取って触れる事を躊躇った。

 僕は学校であった出来事を思い出して鳥肌が立つ。

(何だろう? この嫌悪感。偶然姓が同じだけなのに。聞いた事の無い人の名前なのに)

「私、今回のキャンペーンで来賓の接待をする為に派遣会社から来たコンパニオンよ。連れの子達三人で来たのだけれど、二人共居なくなっちゃって……で、今夜のパーティが中止になったから、下層部まで彼女達を探しに来ていたの。此処の社員じゃないわ」

 それで彼女は船員に、僕達の事を話さなかったんだ。

 僕は納得して頷いた。

「中止って? イベントだった?」

「ええ。表向きは、社長の具合が悪くなったとかで。元々心臓が悪いとは聞いていたのだけれど……いつも私達が会うのはサイバノイドの身代わりなのに。パーティだって、あれだけ大々的に広告していたのに変よね? サイバノイドでも不具合があるのかしら? それとも他に何か理由があったのかも知れないわ」

「ニア、何だかとても悪い予感がするよ」

(まさか僕達の密航がばれていて……?)

 元々悲観的に考えてしまう癖がある僕は、自分達に関わる最悪の事態を予測して憂鬱になった。

「へぇ〜、そうでしょうね。ニア達が埃塗れになっている間に、フェイ達ってばさっさとニア達置いて帰ってっちゃうんだから」

 ニアはソファの上で膝を抱えながらふて腐れた。軽く親指の爪を齧る。

 会話が噛合わない。ニアは別の事で頭が一杯の様だ。

「何拗ねてんの? こうして助けて貰ってるじゃない」

 僕は諭すように言ったが、ニアは全然聞こうとはしない。

「……もぉ、いつまでも拗ねんなよ」

 あさっての方を向いてボソッと言ってやった。

「なにィ〜?」

 ニアが身構える。

 僕はビクって退いてしまう。自慢じゃないけど、口では負けない自信があっても、腕力でニアに勝った事は一度だって無い。

 僕達の遣り取りを、エルフィンは困った顔で見守っている。



 唐突にドアが開いた。三人とも驚いて凍り付く。

「いきなり……誰? このおじさん」

 ニアが横柄に言った。

 恰幅の良い大柄な男の後ろには、五、六人の警備員らしき人影が立っていた。各々が銃を構えている。徒事じゃない。

「お取り込の所、申し訳ないが……」

「しゃ……社長」

 呻くようにエルフィンが呟く。

(この人がミューズの社長?)

 社長はそれ相応の威圧する様な貫禄を持って、僕達三人を見下ろした。

 僕達と同じ姓の人。でも僕は、初対面なのに何処かで会った事がある様な妙な錯覚を覚えていた。

「三人共、こちらへ来て貰おう」

 銃口が僕達を狙っていた。


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