序章
後ろからはハゲと角刈りと金髪が俺を追いかけてきていた。俺は足を必死に動かして力の限りに逃げ続ける。右手にもったケースが邪魔だったが、これを離したら今までの苦労がクラムボンだ。弾けて消えてはほしくねぇ。俺はひたすらに逃げ続けた。
いくつもの路地を右に左に曲がりくねって駆け抜ける。後ろを振り返っても無駄に体力を消耗するだけ。だから俺はひたすらに前を目指して走り続けた。
後ろからの怒号に内臓が体の中で縮みこむような錯覚を持ちながら我慢して、歯を食いしばって、足に鞭打って走り続けて、気付いたら追いかけてきていた連中の声は聞こえなくなっていた。
逃げ切ったのだろうか。
後ろを振り返ると人影はなく、あきらめたのか、引き離したのか、とにかくなんとか逃げ切ったのだと確信できた。安心したことで疲労と緊張と恐怖で大爆笑な足から力が抜けて、そのまま地面に座り込む。冷えたコンクリートが気持ちよかった。
ふと気づいてケースの中身を確認することにした。想像していたよりもケースの中身が軽かったのだ。予定では見つかったら絶対に逃げ切れないだろうと思っていた。俺が持ってくる予定だったのは札束の入ったアタッシュケース。紙は少なければ大して重くないのだが、密度高く積み上げられ積み込まれれば相当な重量になる。それほどに重いケースを持って逃げ切るのは不可能だろうと思っていたのだ。しかし逃げ切れた。
俺は自分の足が速くなったんじゃないかという希望を少しだけ抱きながら、一応確認のためにケースを開けてみた。
中には白い粉が入った袋が入っていた。
「まじっすかぁぁぁあああああ!!!?」
この粉が小麦粉であることを願いながら俺は再び全力で手足を動かした。