3-1
魔物は日々進化を遂げる。
人間よりもはるか昔から生き、自分たちよりもはるかに強い生態が滅びることがあっても常に生き延びた実績のあるゴキブリと似ている。現在もその体は進化を続け、身体的にも知能的にも人間に負けず劣らずの生命体といえる。
魔物の歴史といえば確認される限りではわずか10年であるものの、日に日に増えていく種類、どんな場所でも生き延びる適正、そして最近になって確認されてきたのが共存である。
月日が経つごとに戦闘での疲労が増す魔物討伐部の戦人、元素使いに対し取られた救済措置。それこそが魔物調査の投入であった。
しかし魔物調査は魔物討伐部の他所属より圧倒的に劣る。
更に印刷技術の発展が遅れているために魔物図鑑を各自に持たせることは叶わず、調査記録図鑑もマナの使用量がネックとなり普及には至らなかった。
そうしているうちにも魔物の進化は続いている……
◇ ◆
鋭いかぎ爪が敵意を表している少年に向かって空から飛びかかる。
体長2メートルくらいの淡い赤色をした鳥の爪は4~50センチメートルの湾曲型をして、引っかかれれば皮膚どころか肉すら持って行かれるであろうかなり危険なものだ。
その攻撃を掻い潜り相手の背をとった少年は鉄さびと刃こぼれだらけの長剣を一振りする。その一閃は相手の足の付け根から先を切り裂いた。
自慢のかぎ爪を失った怪鳥は大きな翼を広げ、再び宙へと戻る。ここで思ったのだが先ほど足よりも先に翼を狙っておけばよかったのでは?
翼を失った鳥は一部の陸上型の鳥を除けば、まな板の魚に等しい。
対抗する手段を失った怪鳥は再度攻撃を仕掛けてくることはなく、どこかへと飛び去って行った。
まあこちらとしては収穫があったので去るものを追う必要性はない。
地面に転がる足首から爪先までそろった足は切り口からの血も止まり、太ももを掴めば鎌槍のような立派な凶器になれる代物と化していた。
それなりに大きな足が2本なため私が抱き枕のように抱えてぎりぎり2本持てるくらいだ。下手に2本以上抱えバランスでも崩し、爪が頭部に刺さろうものなら洒落にならない。
既に私のストックは2のためここは――
「ハルト、もう2本追加で持ってくれる?」
「はあ⁉ 俺にまだ持てって言うのか⁉」
そういって疲れて項垂れていた首を上にあげこちらを睨んでくる。
まあ事実ハルトはすでにストックが4だったためにこれで計6本となる。これを持った姿はふんだんに実ったバナナの木のようだ。
こんな凶暴なものなぜ集めているのかというとこれが依頼だからである。
先ほどの鳥はベンヌと呼ばれる中型の鳥種である、そして魔物の一種でもある。
10年前に起こったマナ異変によって増え続けた魔物を私やハルトが所属する魔物討伐部ではただ単に排除する対象としてではなく、戦闘面及び生活面において役立てる方法についても研究されている。
ベンヌの爪はその鋭利さから武器方面での利用が主である。
仕事内容では3匹分くらいと書かれてあったが、余計目に持って行った方がもし不良品が出た場合、 再度現地へ足を運ばなくてもよくなる。
それで私とハルトがなぜこうして二人で仲良くこのような依頼をしている方言うと――
「わかっているわよね? あなたが私に対して行った失態を――」
脅し文句のように聞こえるが決して私が悪いわけではない。そう原因はこいつ、契約者ハルト・イングラムにある。
魔物討伐部からの調査依頼を受け、はるばるステインまでやってきた私、レリュート・エリオットはそこの魔物討伐部に所属する戦人ハルトと人生初の新種調査に挑んだ。
しかし魔物調査のことを知っているものだと信じていたのに何一つ知らないハルトが調べる前に調査対象を水葬したため、私は昇格という絶好の好機を失ったわけである。思い出すだけでも無性に腹が立つ……。
その後契約違反として罰金を科したわけだけど、事前に借金持ちかつ長期滞納者ということが発覚していたため彼に返済能力がないことは熟知していた。
結局私が本部から依頼を探しその報酬を返済に充ててもらうことにした。
サンガ魔物討伐部を経由してハドルティオスにある本部へと向かう途中で、既に本部から頂いた依頼をこなしていく予定であった。
それが1つ目の依頼であれほどの波乱があるとは思ってもいなかった……。
まあ原因はただ一つ、謎の女アンジェ・クラックソンの一言に尽きる。
とにかく場をかき乱して、乱して、乱して……怒鳴りすぎで声が枯れるかと思ったわよ。
おまけに最後には変な目標立ててその場を去って行ったし、元素使いにでもなる気なのかしらね。 今の時代に。
――それとは別だがあの時のハルトが見せた剣撃? あれにはかなり驚いた。
炎が剣全体にまとう攻撃は前代未聞の戦術であった。
元素使いが攻撃の要とする元素爆発でもあれほどの元素発生は中級レベルに等しい。
それにマナの使用量がほぼ0に等しいのも気になる。あれはマナ関連の力ではないのだろうか? それともマナを違う方法で取り入れているのか……
可能性として剣に何らかの力があるのではと考えてみたのだが、見たところ魔物討伐部から配給されたただの剣(しかもかなりの年代物)でこれといった特徴はない。
となるとやはりあのブレスレットかな? 白、黒、赤、青、黄、緑、茶の宝珠が周りに散りばめられたこの貧乏人はとてつもなく似合わない一品である。
腕にがっちりはまって取り方もわからないらしく、物心ついたころには既についていたらしい。ブラウソンさんに聞けば真相が明らかになるのだろうか?
そういえばブラウソンさんには何度もあったけどハルトのお母さんには一度も会えなかったな。もしかしたら既に亡くなっているのかもしれないし、あまり聞かない方がいいのかな。
それに私だって聞かれたく……
「ちっ、わかったよ持てばいいんだろ! ってこれじゃバランスとりづら!」
「ちょっと! 危ないじゃないの! 私に爪が降り落ちてきたらどうする気なの⁉ 縦じゃなくて横に持ちなさいよ! 横に!」
計画性0なのにも程度があるわよ!
もうちょっと利口に頭つかえば借金生活からも脱出できるだろうに、ブラウソンさんはいったいどんな教育をしてきたのだろうか……。
しかしなんだかんだ言ってちゃんと学習はしているらしく、少しずつ依頼内容を理解する能力が身に付いてきている。今では前みたいな大きなへまをすることもなくなった。
これならば経費の返済もすぐに終わるだろう。
けど私の評価が戻るのはまだ当分先になりそうだろうね……。
魔物調査となって早3年、かなりの年月が過ぎた。けれども私はあきらめるわけにはいかない、やり遂げるまでは。
「おーい! 後いくついるんだよ⁉ 俺正直もう持てないし、くたくただし、腹減ったしさ~」
やたらご注文の多い契約者ですこと。最後の文句は気合で乗り切りなさいよ。2番目そうかな。もうめんどいから全部でいいや。
――けどよく考えたらそれ相応の時間帯なのだろうか? スカートの右ポケットから自分の多機能小型機を取り出す。時刻はAM11時38分と提示されている。
「お昼近いしこれくらいでいいかな。魔物討伐部に行ってこれ預けたらどこか適当な場所でお昼にしようか?」
「よっしゃー! 行くかー!」
今までの無気力が一気にすっ飛んだハルトは怪鳥の足を8本、薪を持つかのように抱えて持ち、町の方角へと走っていく。ていうか何で私の2本も持っているわけ? まあいいか楽だし。
さっさとあいつの尻拭いも終えてちゃんとした魔物調査としての依頼貰わないとね。
期限が後1週間だからそれまでには何とかなるよね。
何とかね――
◇
サンガの魔物討伐部に足持ち男という変質者が乱入してきたことに周囲が驚かないわけもなく、皆の視線はハルトに釘付けとなった。もちろん街中でもこの変質者は注目の的だった。
「これ依頼のだから後頼んだぜ」
と軽い説明でカウンターに乗り切らずつま先が床に垂れ下がった怪鳥の足を押し付けてUターンしようとするハルト。
「こらっ。それじゃ何の依頼なのか、これが何なのか、更には手続きも何もできてないじゃないの!」
右手を神速の勢いで伸ばし、襟元を掴んでハルトの走行を食い止める。
「ぐぇっ」
アヒルのようなまぬけな声を発し、首から上がこちらにUターンする。
「やることちゃんとしないと報酬当たらないし、投げやりな人間だと思われれば自分の名声に傷がつくことだってあるんだから。今後戦人としてやっていきたいならそこらへんしっかりとしなさい」
自分で言うのも何だが、このやり取りなんか私がお母さんみたいね。まだ17なのに。
「んなこと言われてもこっちは早く飯にしたいんだよ。なあさっき決めた食堂で先に注文してるからこっちの手続き頼むよお願い!」
ハルトが両手合わせ神棚に向かうかのように拝む。
何だかこう見ていると本当に子どもっぽいよねハルトは。私がお母さんっぽいわけではなくてね。もう一度言うけどまだ17歳。
無知なことが多くてやること触れることが初めてみたいなことも多い。
見た目は立派な青年だけど中身は生まれてまだ5~6年も経っていない幼児のようだ。
そう思うと少しかわいさも見えてくる。まだ色々知りたい盛りなのに生きるため一生懸命頑張っているようにも見える。
「はぁ……。わかったわよ。今回だけね、さっき言っていた所にいてよ? 違う所に入っていたら探すのが面倒だし」
「了解! 流石依頼主! そいじゃちょっくら行ってくるわ」
ここでちょっくらは確実に不適切な気もする。というか私の方がそっちに向かうんだから絶対戻ってくるわけがないよね。
「はあ……」
何かこの決断よかったのか悪かったのかというと悪かった気がしなくもないような。
いちいち悩んでいても仕方がないので手続きに戻ることにした。
「ふっ。手の焼ける彼氏だねーお嬢さん」
「ぶふ!」
いきなりのことで思わずむせ返ってしまう。
不躾なことを言い放ったのはカウンターの向かい側で肘を立ててこちらをにやけ顔で見ているここ、サンガ魔物討伐部のオーナーだ。ブラウソンさん並みの大男で茶色の髪がところどころ逆立っており、更にはもみあげと髭がくっついているためライオンそっくりだ。
「ち、違います! 私とあいつはそういう関係じゃありません!」
「いやーお嬢さんしっかりしてるからあの坊主は将来尻に敷かれるんだろうな」
「だから私とあいつはそういうのじゃ!」
誤解を解くために二度も抗議する。
そりゃそうよ! だって会ってまだ1週間近くしか経ってない上に迷惑ばかりかけるやつとなんで私が付き合わなくちゃならないのよ!
「ははは。照れるな、照れるな。それじゃこれが依頼報告書だ。必要事項を記入してくれ」
「照れてません!」
むしろ怒ってます!
むかっ腹をたてながらもスコープを頭の上に乗せ、受け取った用紙の内容を確認する。確認が終わるとカウンター横に立て付けられている筆入れからペンを取り出し名前、納品数を記入する。
オーナーに依頼報告書を返すと少し待ってもらうよう指示した後オーナーは奥へと姿を消した。内容の確認はここで終わるから報酬金を取りに行ったのだろう。
その間に従業員かパートかの若い男性がベンヌの足を片付けるみたいだ。一度に持とうとしたのだが、何度もトライするうちに持ちきれないと判断し、結局4本だけ持って奥へと消えた。2往復か――頑張って下さい。
あのバカは8本横に構えて持って行ったけど普通はあれくらいが限度よね。
昼にすると言った途端リミットでも解除したのだろうか? 都合のいい制御装置だこと。
「おう、待たせたな。これが依頼報酬金だ」
魔物討伐部の奥から戻ってきたオーナーが一枚の封筒を手渡す。貰ってすぐ中身を確認することはあまりしたくないので私はそのままバックの外側についているポケットへと入れた。
「ありがとうございました。それではあいつ待たせているので失礼します」
「おうよ、新婚旅行の資金集めがんばりな」
「だ・か・ら! そういう関係じゃありません!」
ここのオーナーデリカシーなさすぎよ! ほかにお客さんがいなかったのが唯一の救いだわ。もう一人の従業員またはパートの人には聞かれていたかもしれないけど。
今後ここにはあまり立ち寄らないようにしようと心に誓い私はここを後にした。
サンガ魔物討伐部からだいたい数百メートル戻った辺りにその店はあった。
白い木造の外壁に赤い屋根が特徴的で木々の隙間からおいしい匂いが漂ってくる。
ハルトとベンヌの爪取りから戻る際おいしい匂いに釣られ「なあ先に食べていかね?」と私に尋ねてきたところだ。
「依頼報告が先」と言った私に対して「それじゃ終わったらここにしようぜ!」と勝手にハルトが決めたため昼食はここで取ることに決まった。まあ選ぶのも面倒だったから私としては変な店以外ならどこでもよかったけどね。
匂いだけで決めた店だからどんなものが置いてあるのか確認していなかったため、店の前にあるメニューの書かれた看板に目を通す。ご飯もの、パン類、麺類と言った炭水化物系、スープ系、サラダ系、デザートと大概の店にあるものが一通り揃っている。
その下に赤のギザギザ円で囲った『鳥籠始めました』というやたら目立つ書き方をされているメニューが一品ある。
……鳥籠って何よ……
籠に入った丸焼きの鳥が丸々1匹出てくるのかしら?
そんなわけないか。客引きのためのメニューで皿が籠になってから揚げかローストチキンと言った鳥料理の類が大量に入っているのだろう。
そう思い、ハルトが待つ店の扉を開き敷居を跨いだ。
目の前の光景に思わず目を疑った。
直径30センチメートル高さ50センチメートルの鳥籠の中に立派な赤い鶏冠と黄色く輝く嘴持った鶏が体の部分だけこんがりとおいしそうに焼かれ閉じ込められていた。
まさかビンゴとは……だが私が驚いているのはそこではない。
黄色くまぶしたご飯(ターメリックでまぶしたものだろう)に豚かな? の肉がふんだんに混ぜ合わさっているご飯もの。予想していた籠には入っていなかったものの大量に積み上げられたからあげ。海の幸と山の幸がタッグを組み麺の上を制圧しているラーメン――がなぜか2つ。きのこ類と人参、キャベツ、もやしなどが一緒に炒められているたぶん野菜炒め。まだ大量に料理があるのに既に置かれているデザート(しかも数種)。
4人家族でもここまで食べないであろう数の料理がそこには並んでいた。しかしそこに座っているのはただ一人、青髪のくたびれた服を着た青年男だけある。そう紛れもないハルトである。
「おーい、遅かったからメニュー大半来ちまったぞ」
椅子に背中を預けているハルトがこちらを向いて更なる衝撃的事実を告げる。
「ちょ、ちょっと! この量いったい何⁉ というか大半ってまだ来るの⁉」
「うん後3品ほど」
あっけにとられた。今まで食事の時に少ないとブーブー駄駄をこねていた理由がここでようやくわかった。
まさかブラウソンさんの言っていた借金って全部食費⁉ けど今目の前で起きていることを考えれば合点がいく。
とりあえずハルトがよく食べるということはまあいいとしようだがそれとは別に重大な問題がある。
「これ全部でいくらかかるのよ⁉ というか誰が払うと思っているのよ!」
既存の通りハルトは私に借金しているために手持ちがほとんどというか一切ないわけであり、今まで必要な経費は全て私が払っている。もちろんその代金も後々返却してもらう予定である。
「でもさ」
「でも?」
ここでハルトが反論に出る。何か事情があるみたいだが私には思い起こすことなどない。
「さっきの依頼で結構稼いだんだろ? これくらい食べても大丈夫じゃね?」
「は?」
結構稼いだ? だから食べる?
何で?
そもそも借金返済のための依頼だよね? それを他のことに使用?
何で?
「いやいや、結構稼いだってどういうこと⁉ さっきの依頼でどれだけ稼いだと思っているの⁉」。
「へ? あれだけの化け物と対峙したんだからさ……5万くらい?」
「既に借金返せてるでしょそれじゃ! ちなみにさっきのは1万よ」
「はあ⁉ あれだけ頑張ってそれだけかよ⁉ お前ちゃんとした依頼選べよ!」
「ちゃんとした依頼よ! しかも選んだのはアスナさんだし、あの人かなりの重役だから今の発言魔物討伐部自体に不服を申し立てていることと一緒よ!」
こいつの金銭感覚はどうなっているのよ! 常に材料を必要とする元素研究や魔物産業の依頼は毎日あるのだからそんなに払っていたら魔物討伐部赤字必死よ!
金銭感覚と言えば……
「あのさ、あんたこれ全部でいくらするの?」
いつの間にか卵のスープが追加されていた満漢全席を指差し尋ねる。
「さあ? うまそうなのを適当に選らんだ……」
「値段見ずにこれだけも⁉」
ハルトが言い切る前に口走る。だって仕方ないでしょ!
こいつの想定外行動には憤りを感じる前に唖然とさせられるわ。
「何でそうもまた世間知らずなのかね~……あんな魔物達と戯れているだけでそんな貰えるわけないし、食堂とか作っている手間もあるから高いに決まっているわよ。自炊したことないの? 自炊?」
呆れてつい食堂で言うべきではない発言をしてしまった。ごめんなさい調理室の皆様がた。
周囲で食事をしているみなさんがこちらをちらちら見るのは私の発言じゃないよね? たぶん籠に入った半焼け(上下で)になっている鶏よね。
そう思っているとこちらに向けられる私憤の目線を感じる。どうやら先ほどの発言に不満があった人の目線らしい。けどそれは調理室からではなく目の前で座っているハルトからであった。
「なあ、化け物と戯れてるってなんだよ」
あれ? 怒っているの? まあ呆気にとられていたせいで言いたいこと言ってしまったから私が悪いのかもしれない。しょうがない大人だから私が謝って――
「俺は命がけでやってるのに後ろでただ化け物観察してるだけのお前に言われたくはない!」
――あげない。ただ化け物観察しているだと? 私は魔物と人が戦うのを傍観している観客じゃないというのに何なのその態度は。
「あんたねー……私とあなたの今の関係性は何だかわかっているわけ? 言ってみほら?」
私は童話に出てくる鼻の長いおばあさんのようないじわる口調で契約者の謝罪を誘発する。
「ちっ。また依頼主と契約者って立場使うのかよ、いいよな、魔物調査ってそんなに楽なら俺もそっちになればよかったぜ」
「なっ……! 楽なわけないわよ! この仕事も戦人や元素使いの立派な後ろ盾を担うために忙しいのよ!」
「その割には魔物調査ってあんま見ないじゃないか、戦人や元素使いが戦ってる間いったい何してるっていうんだよ!」
「人数が少ないから見ないだけよ! 生態調査、調査記録図鑑の整理他もろもろ結構大変なのよ!」
周りからひそひそ話もしくは耳打ちで話す声が漏れてこちらの耳にも届く。しかし今の私の耳に閑話は一切入ってこない。視覚、聴覚は全て目の前の標的に定まっている。
「あー、そうかそうか」
ハルトが確実に解釈しきれていない返事を返す。そして私にとって無慈悲な一言を発す――。
「人がいないから出世できると思って魔物調査に入ったのか。それで楽して報酬貰ってそれはそれ……」
ハルトが言い切る前に乾いた破裂音が食堂内に響き渡る。
周りで食事中だった人々もカウンター越しにいた従業員もいきなりのことに驚いていたが、私は一切動揺しなかった。
――なぜならその音は私がハルトの頬を右手で思いっきりひっぱたいたからである。
「何も知らないくせに! 私がどれだけ苦労してきたかもわからないのに何でそんなこと言えるのよ!」
私がどれだけ苦しんでいるか知らないとはいえ無感傷すぎる! 悲憤の気持ちを抑えながらハルトを睨む。
顔も見飽きたところで私はハルトに背を向け歩み始める。
「お、おいどこ行くんだよ!」
ハルトはさっきほどとは違い憂慮するような声のかけ方をする。
「あんたについていったら無駄な時間過ごすだけよ! もう罰則のことなんて考えなくていいから、じゃーね」
投げ捨てるように言葉を吐く。あー実際に投げ捨てたね、罰則義務もこの屑も。
「な、何だよ。いきなりそんなこと言われても……」
「は? 何? あー食費? これあげるからここから出しておけばいいよ。帰りについては知らないわよ」
言葉と一緒に先ほど貰った報酬金1万をハルトの前に放擲する。どうせ報酬もしゃべる必要性もなくなるのだしね。1万あればそれだけ食べても大丈夫だろう。
私は鬱憤を払うかのように右手で思いっきり扉を弾き飛ばし食堂を後にした。
作者無駄事囁
鳥籠については 生け作りVer.鳥 とお考えください。