2-3
まさかこれが役に立つとは夢にも思わなかった。
俺はディバックの中から円柱状の筒を取り出し、それを手に持ち奥へと進んでいた。これは懐中電灯というものらしい。俺の親父が持っていた物で昔暗いところでは必需品だったらしく俺のディバックにも強引に1個詰め込んでいたものである。
親父はマナの技術が発展する前の道具をかなり持っており、更にはマナ異変が起こったころからもコレクションとしてカメラなどを集めている。そんなわけで俺はこんなものを持っているわけだ。
ある程度奥地に進むとそこは蝙蝠の巣窟となっていた。
俺は懐中電灯を周りが照らされるような位置へと置く。
無数の黒い影がこちらに向かってくるが、その速度は蜂で慣らされた俺の眼にはスローモーションのように見えた。さらに狙う部分が比較的楽だったため、次々と蝙蝠を叩き落としていった。
アンジェも口だけではなくなかなかの腕前の持ち主で俺ほどではないが確実に蝙蝠をつぶし、怪我もすることなく倒していった。
数分後には腹部をやられた蝙蝠(1匹間違えて口が貫通しているのはアンジェが殺った)が10匹以上横たわっていた。
「これだけあればあいつでも流石に足りないとは言えないだろうな」
不機嫌発言ではない限り突拍子もない数字を言わないレリュートならこの数で満足してくれるはずだ。アンジェの発言からここまでの成果を出せたことに達成感が湧き上がる。
とそこへ――
「はっ、は……ちょっと二人とも!」
レリュートが息を切らしながら走ってくる。手には俺の多機能小型機が収まっている。
しかし、何か不機嫌発言っぽいのが聞こえたのだが何かあったのだろうか?
「あら、ご苦労様です。こちらのほうでこれだけ退治しましたので、後はよろしくお願いしますわ」
と自信ありげな発言をするアンジェ。まあ今までのを見るとこの成果はすごいよな。
「あんたたち私の話聞いてた⁉」
話? なんかこいつ言ってたけ?
「奥には行かないでって言ったでしょう⁉」
しまった。そういえばそんなこと言われていた気がする。理由を聞いてなかったせいで印象が薄かったのが忘れた原因だろうか?
「とりあえず戻るわよ!」
「おーいこいつらは?」
俺は地面に転がる蝙蝠たちを指差し尋ねると。
「そんなの後で退治すればいいでしょう!」
えー今までの俺たちの苦労何だったんだよ……。何か納得いかないので俺が何か言おうとするより先にレリュートの口が動く。そして次の言葉で事の重大さを知る。
「何してるの! あんたたち死にたいわけ⁉」
……今「死」って単語が出てきたよな? え、このミスってまさか命に係わるほど重大なミスだったわけ⁉
「ちょっと待て! 命に係わるって一体何だよ⁉」
俺はいちゃもんをつけることをやめ、真剣な顔でレリュートに問いただす。
「いいから早く入口付近戻るわよ! 後で説明するから!」
そういってレリュートは踵を返し来た道を戻り始める。
「お、おい!」
俺の呼びかけにもレリュートは振り向かずそのまま走り続けたため、俺は嫌な予感を感じ走り出した。その後をアンジェが追った。
数分走り俺は何とかレリュートに追いついた。
だが、走っているのに追いついたわけではない。止まっているレリュートに追いついたのだ。
止まっているレリュートの顔を覗き込む。
その目線は視界がぎりぎり晴れている光と闇の狭間へと向けられていた。
目線の先をたどると暗闇の中にゆっくりとうごめく一つの影が見受けられた。
今わかっている情報だが、体は人に似ていて顔、手、体、足がシルエットだけでも確認できることだ。それと前の大型亜人種ほどではないが少しでかい気もする。
その影はゆっくりとした歩を進め光の中に入ると同時にその正体があらわになる。
全体は毒々しい緑色をして、顔は鼻、耳、口がわずかながら原型をとどめるだけで後はくしゃくしゃにしたティッシュのように潰れており、それよりも特徴的なものは歪んだ腹であり、2段、3段、4段……もう2桁は確実に行っていそうな立派な何十段腹ができあがっていた。
それは人に似ているも人ならざる存在だった。
「な、なんだこいつは?」
俺が疑問を持った未知の存在は動くたびに腹を波打たせている。
「トーロル……まさか会っちゃうとはね……」
俺が横を向くとレリュートの額に冷や汗が湧いていることが分かった。どうやら先ほどの死の原因はこいつにあるようだ。
「なあ、名前知ってるなら対処法とかわからないのか?」
危険視している存在ならこいつがやばい理由や対処法くらいは知っているに違いない。そう思い俺が尋ねるとレリュートはまず対処法を教えてくれた。
「横をすり抜けて入口まで走る」
単純に言えば逃走だった。確かに奴の動きはやたら遅く、武器を持っているわけでもない。腕の振りが攻撃手段であればたぶん見切れるだろう。
ただ、なぜ戦わないのだろうか? どこに戦えない理由があるのか俺にはわからなかった。
そう考えてるうちにアンジェが到着した。やっぱその服変えた方がいいよ……。
「ふう、走るとなるとこの服もやっかいですわ。もうちょっと動きやすいものを発注しましょうかしら?」
「それを考えるのは後にしなさい。それよりもう一度走るわよ!」
レリュートの発言にアンジェが前を向き直す。そして――
「あら、敵ですか? それもまた強そうなお方ですわね。よろしいですわ助太刀いたしましょう」
意味を踏みちがえた。と同時に前へと走り出すアンジェ。
「ちょ、ちょっと! 違う! 違う!」
とはいうものの何が違うかはアンジェの耳には入らないであろう。俺たちより遅くついたアンジェは逃げるという主旨を聞き逃しているからだ。
そう言ってる間に化け物に近づくアンジェ。そして――
「はぁっ!」
掛け声とともにアンジェのレイピアは下から何段目かの腹に突き刺さった。
と同時に魔物は動きを止める。え? これもしかして殺ったの?
「おほほ、私にすればこの程度のものですわ」
アンジェは上機嫌で左手の甲を口に添え高笑いする。
緑の体に突き刺さったレイピアは体の奥まで食い込んだのであろう。今も尚体の奥にめり込んでいく……。
「⁉ ちょっとまて剣がどんどん飲みこまれてないか⁉」
そう、レイピアが奥へと貫いていくのではない、奴がレイピアを飲み込んでいるのだ!
「ちょっとあんた! ぼさっとしてないで早くレイピアから手を離しなさい!」
「え、ちょっと! 何ですのこれは⁉ このレイピアは特注品なのですよ⁉ 早く返してくださいませ!」
高級品なのだろうか。必死に抜こうとするアンジェが化け物に対して口論を始めた。
しかし引っ張る力よりも吸収する力の方が勝り、レイピアは緑の底なし沼へとどんどん引きずり込まれている。
このままレイピア手放さないとあいつ自体飲み込まれてしまうからもしれない! 俺はそう思い、柄に手をかけるが――
「だめよ! あいつには物理的攻撃は意味ないんだから!」
今のでなんとなくわかってはいたがやはり力押しじゃだめなのか!
「じゃああいつをどうやって倒すんだよ⁉」
「倒せないから逃げるって言ったじゃないの!」
そういうことだったのか……先ほどの逃走発言は強いからではなく、今の俺たちには倒せないということなのか。でもそれじゃ――!
「何か手段無いのかよ⁉ 倒せる手段!」
「今の構成じゃ100%無理よ! あいつは元々元素爆破が有効だった魔物だから元素使いがいない私たちにはどうしようもないのよ!」
元素爆破か。確かに非物理的な攻撃方法であるが故にやつには効果的だろう。もしかしてここに来るまで、正確には平原に出るまで道が整備されていなかったのは、マナ異変以降こいつのせいでこの空洞へ立ち入る人間が減ったせいなのだろうか?
元素爆破の力がない俺たちにはここを乗り切る手段がないというのか⁉ どうすれば……。
……いや、元素爆破の力はない。だが元素の力なら存在する。しかし、親父は公には出さない方が身のためと教わった。それにレリュートは魔物討伐部本部の人間だ。何かあったら困る。
けど今の状況を打破するにはそれしか……
すでにアンジェのレイピアは柄の近くまで飲み込まれている。手を巻き込まれたらそこまでだ。
く、こうなったらレリュートを信用するしかない!
「おい、あいつに有効な元素は何だ⁉」
「はあ⁉ あんた言った何言ってるの⁉」
「いいから早く!」
説明してる暇などない! もう時間がないんだ!
「もう! 火よ火! あいつの体は特殊な油分を含んでいる。人間で言えば脂肪とおんなじよ!」
俺は長い説明の中で「火」という単語だけを取り出し、すぐに行動へと移った。
これが戦闘では2回目の試みだ。あの日初めてこの力に触れた時、親父からの忠告により人前では使わなくなった力。必要ないのであれば一生封印して素朴な日々を送ればいいのだが、今はこれが必要なんだ!
俺の腕にはめられたブレスレットこれが引き金となっているのかは俺自体にもわからない。そのブレスレットの周囲に均等に並べられた宝珠のうち赤い宝珠が輝きだす。あらゆるものを焼きつくす灼熱を意味するかのような赤き光は剣と共感し、やがて剣は赤く燃えるような、いや実際に燃え始め、剣と柄の堺ぎりぎりまで炎に包まれる。
「な……」
レリュートは今の状況に唖然としているのであろう。うまく言葉を伝えられないようだ。
だが今それにかまっている暇はない。俺は化け物へと向かう。アンジェに当たらないよう俺はその真逆背中の方へと歩を進め、剣を振るった。物理的攻撃は効かない化け物でもこの剣なら物理的な刃よりも先に非物理的な猛火が触れる形となる! 緑の体を赤い炎が侵略していく。
と次の瞬間、剣の火力が一気に上昇する。けどそれはそう見えただけで実際は化け物の体が一気に燃え始めたのだった。火が波打つ腹の上を上り下りしながら全身へと伝わっていく。
岩のような静寂さで一切動かなかった化け物が熱さに耐えかねず、大きく体を揺さぶる。
「きゃあー!」
それと同時にレイピアの柄をがっちりと握っていたアンジェの手が振り払われ、空へと投げ出される。
燃え盛る化け物が何をしでかすかわからない。予期できない行動に対し、俺も数歩後ろへ下がりその場を離れることにした。
緑の化け物はどんどん赤くなっていき、動くたびに火の粉が舞い踊る。そして力尽きたのか動きを止め、最後には黒の塊となった。
その中で一本だけある突起物に向かってゆっくりと歩を進めるアンジェ。ほとんど原型を留めてはいなかったがあれはアンジェのレイピアだろう。派手な装飾で飾られた剣は、触ればすぐにぼろぼろと欠片が落ちていきそうな黒炭に姿を変えていた。
変わり果てたレイピアの前で立ち止まりただ茫然と立ち尽くすアンジェは見ていて心が痛くなる。あの時は助けることに精一杯だったためにあいつの求めている結果を出せなかった。俺はなんて声をかけてやればいいのか脳の中を探っていたとき。
「ハ、ハルト! ちょっと今の何⁉ 何をしたのあんた⁉」
そういえばこっちの方もどうにかしないといけないな。
あれを見られた以上にはごまかしは通用しない。なんせあんな曲芸ができる人間は元素使い以外に考えられないからだ。だがここで一つの矛盾が起きる。
「見られたからには説明しないといけないよな。まず誤解を解いておくが、俺は元素使いじゃねーぞ?」
「はあ⁉ でも今のどう考えても元素爆破でしょ⁉ 何もないところから火が発生するなんて不可思議現象はそれ以外に説明できないわよ!」
まあこれがごもっともな解釈だろう。そこで俺は誤解を解くためのもう一つの手に出る。
「なあ、ちょっと俺の多機能小型機返してくれないか?」
「え? う、うん……」
俺がレリュートを置いて奥へ行った際に灯りを残すために置いてきた俺の多機能小型機はレリュートの左手にしっかりと握られていた。
その多機能小型機を俺の手へと渡す。
多機能小型機の左上に映し出されているスクリーン、マナの使用量を表す数値が書かれている場所には870と表示されている。たぶん燈火でこれだけの数値になったのだろう。
俺はそれを左手にくくりつけ、再び剣に火を起こす。
「うわ! ちょっとやるなら先に言ってよ! 危ないじゃない」
至近距離だったためにレリュートは突然の発火に驚いた。
「あ、すまん。それでこれ何だけどさ――」
軽く謝ったせいなのか、レリュートはまだ少し怒ってるようにも見えるが俺は自分の多機能小型機を見せる。
そこには874と表示されていた。つまり、火を起こす間の多機能小型機の維持、燈火の維持、そして火を起こした分の3つの現象及び機能でのマナ使用量は4なのだ。
これは親父に試されたのだが、これだけの現象を元素爆破で行った際数値は大幅に増えるはずなのにほとんど変わっていない。そこで親父が苦悩しながら導き出した正解は――。
「これは元素爆破じゃない他の現象だと思うんだ。あれだけのことが起こって数値がほとんど変動しないのはやっぱおかしいだろ?」
これが親父の解釈だ。
あごの部分に手を当て考えるポーズをとりながら頭の中で理解しようとするレリュート。
初めて見たらだいたいこうなるだろうな。初めて多機能小型機を見て、長距離連絡を使った人がどうして遠くの人の声が聞こえるのか疑問に思うのと原理は一緒だ。
「うーん……なんか納得いかないけどマナの使用量が増えていない以上元素が直接絡んでいるとは考えにくいわね」
自分なりの答えへとたどりついたようだ。
「まあこれについては俺も正直なんでかさっぱりわかんないんだ。だからこの力使うことがなければずっと隠していこうと思っていたんだがな」
今回の場合は特別だった。なんせ人が目の前で化け物に飲み込まれそうになっていたからな。なぜ無視できなかったのかはわからないが俺も一応魔物討伐部の一員として民を助ける心得を持っているのだろうか?
「あ、そうだ。このことについてだが他の人には内緒にしてもらえないかな?」
「え? どうして?」
「親父から言われたんだが、変な力持っている奴は調査とか実験の対象にされる可能性があるからあまり言いふらすなって言われたんだ。今回は使わなくちゃいけないくらい危険だったわけで、人前で使っちまったけど……だから頼む!」
「うん、わかったわ。このことについては内緒にしてあげる。もちろん魔物討伐部にもね」
え? 意外にもあっさり承諾されてしまったな。もっとなんか質問攻めになると思っていたが。
「あんまり強さを見せつけると変な所から目をつけられるからね。そういう能力は隠していた方がいいわ……」
親父と同じような忠告だがどこか悲しげな感じがするのはなぜだろうか?
まるで昔同じような出来事でもあったかのような……
「さて」
一しきり済んだかのようにレリュートは気持ちを改める。
「私はもうその力については何も言わないって許諾したから私と二人の時はその力自由に使ってもいいわ。だからさっきの場所まで戻って採取続けるわよ」
どうやら俺の力を信じきっているようで、先ほどの場所でも安全だと思ったのだろう。
「言っておくがあれも結構疲れるんだぞ? 何でかは知らないけど」
「はい、はい。契約者は黙ってなさい」
くっ……この力を見せたせいで余計にこき使われそうだ。今後の俺の人生真っ暗だ。
一往復した道をもう一度戻って行こうとしてふとアンジェに気付く。
未だに剣の亡骸を見つめただ立ち尽くすだけのアンジェにどうすればいいのか迷ってはいた。しかし、もう一度奥へ進むとなるとアンジェひとりを置いていくわけにはいかない。
「なあ……さっきはすまなかった。そ、そのお前を助けたいからなりふり構わず剣を振るったせいでこうなっちまった……」
とりあえず思いついた謝罪の言葉と理由を述べるがこれで心が収まるとは思えない。普通この場合弁償という形をとるのが一般的だがレリュートの方の借金がいまだに残っている俺には返す手段がない。だから俺は謝ることしかできなかった。
「あのさ、本当に――」
「決めましたわ」
「「は?」」
アンジェの意表をつく言葉に俺とレリュートが言葉を揃える。
「私は民を守るためには、一戦士として戦うことがすべてかと思っていました。しかし初めての人助けで私は知りました。修羅場で危機が迫っている戦士を助けることもまた民を助ける一つ! 私はあなたみたいな特殊な力を得て戦場で苦戦を強いられる戦士を助けて見せますわ!」
……えっとツッコミどころ満載ですがとりあえず言えることはこの力たぶんあなたでは取得できませんよ? というか俺も何で使えるか知らないし。
「あのさ、初めてって何? 初めてって……」
もう一つの大きな疑問点をレリュートが問いただす。
今までのあれは全部初めてってわけか? 予行練習も実績もなしにいきなりぶっつけ本番であそこまでかき乱したわけか⁉ 剣の腕は確かだったが。
「そうと決まれば善は急げですわ! 民は今もどこかで私の助けを待っているはずですわ!」
そういってアンジェは出口の方へと駆けていく。
「おーい! そっち真っ暗だぞ!」
俺の声が洞窟に響き渡ってもアンジェの耳の中には響かなかった。あいつは蝙蝠か?
結局あいつは戻ってこないまま、レリュートは数十匹の採取を続け、俺は近寄る蝙蝠を薙ぎ払い続けた。トーロル? とかいう緑の化け物にはその後会うことはなかった。
しかし、魔物討伐部本部の人間であるレリュートすら俺の元素爆破とは違う攻撃について知らないとは……この力っていったい……
そして……俺の存在って……
《調査報告》
調査依頼 毒のサンプル採取
調査内容 スピアホーネットの尻針部の毒5匹分、ポイズンバットの毒牙部の毒15匹分の毒を特定の容器にて採取
備考 ポイズンバットの採取の際、トーロルの危険性を考慮し入口付近の目標を対象にしました。
調査担当 レリュート・エリオット
作者無駄事囁
何か特殊な力使ってみました。突拍子すぎる気もしなくはないですが。