表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物図鑑コンプリートは結構重労働です。  作者: 謎のD
EP2 あほとKYの化学反応はメガネの理性を崩壊へと導く原理を調査せよ!
6/15

2-2

 昨日と同じアルモル元自然公園行きのバスへと乗り込むが、昨日とは打って変わって車内はガラガラである。今日もアルモル百貨店の閉店セールがあるはずなのにおばちゃんたちの姿はどこにもない。昨日のような地獄を味わうことはないが、あの一瞬の夢へのチャレンジもできない。

 そう俺のすぐ近くにある男の至宝に手を触れるチャンスが……

だが主と奴隷状態になった今となってはそれを遂行することは叶わない。もし行ったとすれば確実に処刑される。このメガネに。

 一番後ろの席が空いていたのでそこに座る。昨日とは違いレリュートもちゃんとした姿勢だ。順調に進むバスから望む木と平野ののどかな光景は住宅地に入ると姿を変える。

所々剣やら槍やらを持った戦人がうろうろしている。途中通り過ぎたアルモル百貨店の前にも数人の戦人が配備されている。

 どうやら河川敷に流れ着いた大型亜人種の存在は凶暴な魔物とはゆかりのないこの地にとって地震や火事などの災禍と同等な扱いのようだ。

 「ハルト」

 俺がそんな光景を眺めていると突然レリュートが話しかけてきた。

 「えっ? 何だ?」

 いきなりのことで焦って返事を返す。それに対して既に手筈を準備していたかのようにレリュートは淡々と話しだす。

 「予定より少し時間がかかったから、サンガ魔物討伐部ハンターギルドよりも近い位置にあるバス停で先に依頼をするわよ。今回の依頼は元素研究リサーチからの依頼で、スピアホーネットとポイズンバットの毒のサンプル入手が依頼内容よ。毒の扱いについては私が何とかするからあんたは毒袋、毒の入った部分以外を狙って相手を行動不能にしてほしいの」

 「ど、毒の入手ってなんのための依頼だそれって⁉ もしや毒殺のための毒とか」

 「そんな裏がある依頼を魔物討伐部が通すわけないでしょう! これは毒を利用したワクチンや麻酔の研究のためよ」

毒を手に入れるとかいきなりのことで度肝を抜かれたが危ないことにどうやら使うわけではなさそうだ。

 「ワクチンや麻酔って病気治す時に使う類か?」

 「何とも簡略な知識ね……。まぁだいたいそうよ。治療や手術といった面はマナに助けられていた部分が多いからね。月のマナの除去作業も木のマナの成長作用も、水のマナの浄化作用も全部使えなくなっちゃったから医療業界は色々大忙しだからね」

 「えっとマナにいろんな種類があるのはわかるんですけど。その……それぞれの作用ってなんですか?」

 とは言えなかった。

 これ以上質問系ばっかりで返すとたぶん常識知らずとして怒られるだろうと思ったからだ。今までのやり取りで得た知識みたいなものだが3回くらい質問を連続するとたぶんあいつブチ切れると思うんだ。

 まあでも今回やる仕事についてはよくわかった。毒の詰まった部分以外を重点的に狙っていけばいいんだな。前の時は色々あって最終的に内容が異なってしまったが今回はそれもなさそうだ。

 「次のバス停で降りて、ポイズンバットが生息しているホルマ空洞に行く途中の平原でスピアホーネットのサンプル拾っていくから。実物見てから説明した方がわかりやすいしどこ狙えばいいかは後で説明するわ」

 そう話しているうちに次のバス停に到着して俺たちは降りることとなった。俺のバスの運賃はレリュートが経費として出した。また借金が……。


          ◇


 剣を勢いよく薙ぐが、その一閃は一般的な蜂をこれでもかとでかくした化け物の頭上の空を斬りさき当たることはなかった。

 直後化け物の尻についた毒針がこちらに向かってくるが、剣の勢いに乗り、体ごと左へと動かすことによって何とか避けることができた。

 180度方向転換すると、化け物は体当たりの要領で毒針を突き刺してきたため、背を向ける形となっている。この好機を逃さんとばかりに剣を振るう。振り向くこともできずにその頭は胴体から切り離され、飛ぶ力を失った下半身はゆらゆらと地面へと舞い落ちた。

 「はい、ごくろうさん。後は私がやるからそこで待ってて。あ、もし他のを見つけたら先に仕留めておいてもいいから。というかそっちの方が助かるけど」

 腹の部分に毒袋があるから頭を吹っ飛ばしてくれと命令したのち後ろでただ傍観していたくせに……まあ逆らえないんですけど。

 次の目的地であったサンガ魔物討伐部近くのバス停の2つ前にて降りた俺たちは舗装された歩きやすい道を外れ、腰くらいの高さはあろう長い草の生い茂った獣道をかき分けながら進み、かれこれ20分程度。平原らしき一帯に出てきてからは今そこに頭だけを転がして、体はレリュートの解剖実験の材料にさせられたスピアホーネットとの戦いの連続だった。

 1匹目と遭遇した際具体的な説明を受け、言われたとおりに頭を狙ったのだが、結構速いのと同時にでかいとはいえ自分の頭より少し上回った程度の大きさの化け物の頭を狙うことは容易なことではなかった。

 1回目の時は何度か剣を振り回すうちに腹部を切ってしまい失敗、2回目のときは頭を切り落とすのに成功したものの、油断した瞬間下半身部分を足で踏みつぶしてしまい(結果レリュートに無茶苦茶怒られた)失敗に終わった。

 3度目でようやく下半身を残すことに成功し、つかの間の休息を得た。サンプルが無事であることを確認し、レリュートはバッグから細々とした道具一式を取り出し、まずはじめにナイフのようなもので表面を削るかのように慎重に切り開いていき、黄色と黒の縞模様を観音開きの状態にした。

 で中を開くと……割愛させてもらいます。というか思い出したくない。

 そんなものを目の当たりにしながらも平然と作業をするレリュート。魚を3枚下ろしにするのとは勝手が違うのにまるで料理気分で作業をするこいつが何だか怖い。

 スピアホーネットの中にある肝心の毒袋であろう、薄い血管が不規則な蜘蛛の巣状に張り巡らされた内臓? を発見すると注射器のようなものを取り出し、針の部分に取り付けられたキャップを外し血管と血管の間に針の先を差し込んだ。

 注射器を引くと空っぽの中に透明な液体が流れ込んでいく。

 俺のイメージする毒というと紫色っぽいのだが、意外にもそれは底まで透き通った清流の流れる川で取った水のような色をしていた。

 俺が「なんか水とそんなに変わらないなー」と言ったら「じゃあのんでみる」とレリュートが注射器から毒を移しかえた小さな瓶みたいなものを俺の前に突き出してきた。

 「いや冗談だって」と俺が言うと「ふーん……」と何やらつまらなそうな返事をしやがった。後さっき俺に毒瓶押し付けた時、疑問文じゃなかった気がするのは気のせいでしょうか⁉ なんか妙に確信犯っぽいことしてるような気がするんですが⁉

 といった俺の苦戦とレリュートのよくわからん陰謀がありながらも5匹のサンプルが集まった。

 「なあ、まだいるのか?」

 サンプルの規定数についてレリュートは一切口にしなかった。単に言い忘れただけなのか余計目に働かせたいのかよくわからないが、俺は初めの2匹とサンプルの5匹、計7匹と戦っているわけでそろそろ終わらないものかと内心思っていたりもする。

 「量的には大丈夫だと思うけど何かあった時の保険にもう1匹分ほしいかな?」

 と俺の方を向いて要求を口にするレリュート。

 何かってなんだ。また俺が何かするとでも思っているのか⁉ どえらい失敗はしたけどいくらなんでもそれはないでしょ……

 「はい、はい、また俺が何しでかすかわかりませんもんね~、やりますよ、あーやりますとも」

 「あー、よく見たらまだ結構足りないかも。後50匹……」

 「後1匹! 己の全身全霊を持って任務に取り掛かりたいと思います!」

 「あーそう、それじゃよろしくね~」

 腑抜けた態度から一変、真剣モードになった俺は次の獲物を狙う蜘蛛のように辺りに視線の糸を張り巡らせる。

 「お、あそこに」

 前方数十メートル先に小さいながらも見渡す限り緑の中で目立つ黄色と黒の縞模様を見つける。

 一気に間合いを詰め、片をつけようとしたが近づくにつれ一つの誤算に気付く。

 目の前に見えてきた獲物が一向に大きくならない。なぜなら今まで倒してきたどの個体よりもそいつが小さかったからである。体が小さいのだから当然狙うべき頭部も小さい。

 厄介な仕事になりそうなので目標を変えようと考えたが、相手がこちらに敵意を向けてきたためそういうわけにはいかない。

 今まで習得した戦い方をおさらいし、相手の様子を見ながらここぞとばかりのところで薙ぐ攻撃を仕掛ける。だが、今までの攻撃では一向に当たらず、それどころかかすりすらしない。相手の攻撃を避け何とか相手の隙を突こうとするがそれもうまくいかない。

 というか普通にこいつ倒して他のでかい奴からサンプル取った方がいいんじゃないかとも思ったが、先ほどこいつに全身全霊で戦うことを宣言しちゃっているわけで、もしサボったように見られたら、ガチで数を増やされそうで怖い。こっちは個体数もしくは毒の量がどれほど必要なのかを知らされていないため主導権はレリュートが握っている。

 再び剣を構え、相手の攻撃を見極める。背を向けることのない相手に四苦八苦しながらチャンスを伺い再び剣を振るう。

 そして剣が相手を貫いた。


 ――腹の部分を後ろから――


 「「はあ?」」

 俺の目の前には剣で射抜かれたスピアホーネットと……


 謎の女性が。


 「おーほほほ、大丈夫でありましたか?」

 「……」

 俺もレリュートもあっけにとられ何一つ返事が出せない。

 なんせ……ツッコミどころが多すぎる!

 まずはその容姿! ド派手な赤で統一されたドレス風の鎧(動きづらそう)、羽のついたテンガロンハットみたいな帽子とか昔見た漫画に出ていた西洋のなんちゃらを思い出す出で立ちである。

 次にそのしゃべり方! 高笑いとか古くないですか⁉ いまどきどこに行けばあなたみたいな絶滅種に会えるんですか⁉ でも今はここをとやかく言っている暇はない。

 とりあえずこれを言わないとあいつが……

 「ちょっと何てことすんのよ!」

 レリュートがお冠になっちゃうよと、遅かったけど。

メガネ対絶滅危惧種の対決。すごく珍しいが俺にとってはどちらに転んでも何か起きそうな予感がプンプンするんですけど。

 まずは初回絶滅危惧種の攻撃――

 「あらあら、あなたたちが苦戦していましたのでこの私が手助けしてあげましたのに。そのお返事はいただけませんねー」

 攻撃手段――有難迷惑。

 まあ確かに俺がさっさと頭射抜けなくて避けられたり、避けてばっかりだったから苦戦していたようにも見えなくはないが、そう考えると後ろにいたレリュートはどうなる?

 腕組んでただ後ろで傍観していたやつが苦戦していると思えるだろうか? 普通に考えれば何とも無いように見えなくもないがこいつにはおびえて見えたのか、もしくは俺だけしか見えていなかったのか……。

 疑問も残りますが続いて後者、メガネの攻撃――

 「私たちはそいつのサンプルが欲しかったの! 苦戦していたのはそこのまぬけがさっさと相手の動きを止めようとしなかったから!」

 攻撃手段――正論だが攻撃対象まさかの俺⁉

 「はあ⁉ 俺だってまともに相手してたぞ。小さいから少し苦戦したけど俺が本気出せばあんな奴ら!」

 「あっそう。じゃあ後200匹くらいやってきて」

 「HU・E・TE・RU!」

 余りのサンプル数になぜか口調がおかしくなる俺。それはもう医療関係どころのレベルではない気がする! テロだろ? テロの依頼だろ⁉

 「あらあら、あなたたちなかなか面白い趣味をなさっていますわね。私ペットは何でも飼いますけど、流石に生き物、それも魔物死骸を集めるのはちょっと――」

 「違うわよ! 依頼よ、い・ら・い! 私はこんな物集める趣味なんかないの!」

 「へー意外ですわね」

 「い、意外⁉」

 「だって、元素研究の方でいらっしゃいますでしょう? あの人たちってそういうのを集めるのが趣味だってお聞きになりましたわ」

 「私は魔物調査ファインダーよ! 後その偏見今すぐ取り払いなさい! あの人たちれっきとした仕事、つまり研究やっているから。というかなんで私が元素研究の人間だって思ったのよ⁉」

 「「メガネですわ(だな)」」

 「なんであんたまで言うのよ⁉」

 え? 俺正論言ったまでですが。だってメガネの人って研究者が多いじゃん。たぶんそこで元素研究だと思われたんだろうけど。

 さてごちゃごちゃしてまいりましたがそろそろこの戦いに終止符つけて、今後俺が過労死しないように仕事内容を訂正してもらわないといけない。

 「まあ話が流されまくってた気もするけど、俺とこいつはサンプル取りに来ていたわけで苦戦していたわけじゃないんだ。誤解を招いたことは詫びるから、この後は自分たちの自由にさせてくれないかな?」

 とりあえず自分で言える中の謝罪らしき言葉を陳列してみた。優しいお方ならこの並びでもお店に入ってくれそうだが、気難しい人だと素通りだろうな。

 「なんでこいつにはそういう態度取るのよ?」

 クレーマーの水色メガネごらいて~ん。一番厄介なのが来やがった。

 「いあ、まあ初対面だし、後この依頼もさっさと終わらせなきゃいけないんだよな? 2週間以内で他の依頼もあるんだし、残りのサンプル全部とって次のポイズンポッドのサンプルをさっさと手に入れに行こうな?」

 「ポイズンバットね。壺じゃなくて蝙蝠退治だから」

 退治じゃなくてサンプル取りな。といえばどんどん話がこじれていきそうなのでここはぐっと堪えることにした。

 「というわけだ。俺たちはこの辺で失礼するから、あんたも気を付けてな。あ、そういえば……」

と続きを語ろうとしたとき。

 「ふーん……」

 何だか至近距離でこちらの顔をまじまじと望む――絶滅危惧種。いあだって名前聞いてないしね。今聞こうとしたとこなんだけど、なんか今朝もあったどきどきシチュエーションみたいな状況になっているわけで。けどこのパターンはすでに先が読めている! というわけでこの後言われたことをある程度受け流す準備を整えて本題を……

 「あなた結構タイプかも」

 思いっきり受け止めました。逆に両手で受け止めたせいで持っていた本題が流される始末に。え? これって、つまりそういうことでOK?

いきなりの告白で動揺を隠しきれていない俺に対し、まず言葉を発したのは

 「ちょ、ちょっといきなり何言ってるのよ⁉ これ以上こっちの仕事かき乱す気⁉ 何か私たちに恨みでもあるの⁉」

 レリュートであった。ちょっと顔を赤くしながら、相手に疑問文を投げまくる。確かにこの人色々といきなりすぎて疑問点が多すぎる。話があっちこっち飛んでいまだに名前すら知らない状況だし。

 「あら単純に好きになっちゃったとおっしゃいましたが?」

やっふー。ド直球な愛情表現ありがとー! 俺の春来たこれ。初夏ですけど。

 「あなた恰好は正直あれだけれども、その顔と内から出る気だるさは私の飼育しているバクちゃんそのものですわ。もう私のペットとしては最高ですわ!」

 ……ペット? 俺動物扱い⁉

 「ぷっくふっふ……」

 おい、そこ、笑い声が漏れてますよ。

 「おい! 笑うな! さっきまでの怒りどこ飛んで行ったんだ⁉」

 「だ、だって……だってぷふふ……」

 「あーもう! とりあえず次行くぞ次! 蜂か⁉ 蝙蝠か⁉」

 「バクは夢が好物じゃ――ぷぷ」

 「いつまで引っ張る気だお前は!」

 くそ! さっきまで俺がレリュートを笑い飛ばしていたのに次は逆の立場かよ。こいつさっきまでこんな感じだったのかと少しばかり反省はする。だがな、俺ここまで引き延ばした記憶はないぞ!

 全くこの――だー! まだ名前すら聞いてないのに何でここまでかき乱されなければならないんだよ! 

 「あら? どこへ行かれるのですか?」

 依頼だ依頼! もうお前にはどんな言葉かけられても俺は――。

 「あなたは私のペットですよ? 今から私の館にお持ち帰りしますわ」

 きたーーー!

 「ぷふぶぼっふぉ……はぁあ⁉」

 更なる珍発言に俺もレリュートも違う考えであろうけど驚いているようだ。

 たぶんペットとして持って帰るという意味だろう。

 しかしだな! 俺は知っている。俺の知識の中に眠る親父の参考書、つまり大人のあれには男が言ってみたい言葉の中に「お持ち帰り」という言葉が存在する。そしてその言葉がなす意味は――

 「ちょっと⁉ 今度は何言い出すのよ⁉ いきなり男の人にそ、そういうことは……」

男の浪漫に横棒入れるな! でも最後の方もじもじしていたレリュートちょっとかわいかったな。

 「あら? 私はただ一緒におうちに帰りましょうって思っただけですけれども?」

 「言葉がややこしすぎるのよ!」

 「どこがでしょうか?」

 「そ、それはおも、おもち……」

 お、これはもしかしたらレリュートがあれを言うシーンが聞けるか⁉ 脳内の記憶容量を開けておかねば、後メガネは外しておこう。記憶の中でね。

 「おもち……っっっとりあえず! 私たちは忙しいんだから、そういうのは後にしなさい!」

 あー、逸らしやがった。それくらいのサービスいいだろう。とはいうものの流石にこのやり取りも疲れてきた……

 「そうだな、かなり時間食っちまったし……もう蜂いいよな? 空洞だっけ? そこいかないか?」

 「そうね! さっさと終われせて次の依頼に取り掛からないといけないんだし。それじゃさようなら!」

 投げやりで事を終わらせようとするレリュート。まあここまで色々されるともうね……かかわりたくないもん。お持ち帰りはされたいけど、人間として。


 「あら、それなら私も参りますわ」


 「「はあああああああああ⁉」」


 なんで⁉ なぜに⁉

 「ちょっと待ってくれ⁉ なんでついてくる必要性が⁉」

 「それは、あなたが好みだからずっとそばにいたいのよ」

 いや、確かにそれはうれしい。限りなくうれしい。だがそれは俺を人間として、男として好いているわけではない。さらに何かと問題ばかり作るあまのじゃくであるがゆえにそばにいてくれると色々迷惑なわけですが……

 「だったら依頼終わってからにしてくれない! 全部ことが済んだら煮るなり焼くなりあなたの自由にすればいいわ!」

 お前の発言からだと、大釜で煮詰められた後、丸太に腕を縛られ背中から火あぶりにされる絵がまざまざと浮かぶんですが!

 「あら、そうでしたわ。まだ名前を名乗っていませんでしたわね」

 ここ―⁉ このタイミングですか⁉

 やっぱこの人よくわかんないな……

 「私はアンジェ。アンジェ・クラックソンと申しますわ」

 と今までとは違い礼儀正しく挨拶をするアンジェさん。初めて名前にたどり着けたわけなんですが。

 「今言うべきことなのそれ⁉」

 そうそれ。またもわけのわからない方向に言ったせいでレリュート大噴火。レリュートの脳内血管は今頃すするには程よい長さに切れまくっているだろう。

 「なあ……もうこのままいかないか? 進まない話合いして時間削るより先に依頼終わらせてから話し合えばさ」

 「正直もう話すらしたくないわよ!」

 普通初めての人に使うべきではない言葉ですらためらいもなく出してしまうのは怒りがピークを越えたのからだろう。

 「では参りましょうか?」

 「あんたが言うなー!」

 このやり取りずっと続くのかな……。

 今までの無駄討論が戦闘による疲れに上乗せされた。借金だけでも辛いのに。


         ◇


 レリュートがあからさまに人を撒こうとするような早足で平原を歩くこと数分、俺たちの前に大きなそそり立つ岩壁が姿を現す。その壁と地面の接点に大きな口を開けた空洞がある。

 時間も押しているのでさっさと空洞に入ろうとする――

 「私の多機能小型機マルチプレイヤー残りマナ残量少ないからあんたが燈火トーチ使ってよね?」

とレリュートが俺に向けて注文をしてくる。

 「あー……」

 さて困った。今このことを言うと最悪の事態が訪れることはわかっている。しかしだ、俺はそれを回避するための手段を持ち合わせていない。アンジェに聞くべきだろうか?  けどこいつが知ってそうには――見えない。

 仕方ない背に腹は代えられん!

 「燈火って何だ?」

 禁忌を唱えた。

 「……」

 黙り込むレリュート。

 必死に抑え込んでいるのだろう。普段なら2回くらいなら連続質問でも大丈夫だろう。けど状況が状況だ。今なら蠅が体当たりする程度の発言力でもかなりの反撃を食らうだろう。

 「ああぁ……そうなのね……とりあえず腕よこ……多機能小型機見せて」

 一瞬殺意が見えたけどかろうじてセーフ。

 俺が多機能小型機を渡すとレリュートはパネルの右下にある右に向いた三角のボタンを押す。すると画面が変わりそこに「燈火」と書かれた場所が映し出される。そこを押すと俺の多機能小型機がやわらかい光を放ち始めた。今度は多機能小型機を裏に向け、そこにあるゴムでできたリストバンドみたいな 部分を引っ張り、俺の左腕にくくりつける。

 「残量からして1日は確実に保つわ。それまでに終わらせるわよ」

 まあ1日かかるわけが……いや確定要素がある限りそれはありうる。

 「まあそれはとても便利な道具でいらっしゃいますわね。私も購入のですがそれはどこでお売りに?」

 不確定要素が何か言い出した。買うって言われもこれは魔物討伐部で支給されたものであって買ったものでは――ん?

買う? ほしい? ちょっと待て、ということは……

 「あのさ。アンジェって魔物討伐部の人じゃないの?」

 普通なら支給されるものを持っていない。もしこれが本当ならなぜ剣などもっているのだろうか?

 「私は魔物討伐部には所属しておりませんわ」

 予想通りの言葉が返ってきたので本題へ移る。

 「じゃあ何で剣持ってあんな所にいたんだ?」

 「もちろん、人助けですわ」

 当然のような口ぶりで答えるアンジェ。これは会った時にすでに聞いている。

 「確実に邪魔しているようにしか見えないんだが……」

 怨恨のこもった声でアンジェを睨むレリュート。ごもっともな発言である。

 「とりあえず人助けしたいなら私の言うこと聞いて変なことだけはしないでよ!」

 空洞に入る前に釘を刺しておくレリュート。ぬかに刺しているようにしか見えないが。

 「で次はどう倒せばいいんだ? 俺も正直色々疲れてるからさっさと終わらせたいわけだが……」

 「私もおんなじよ……ポイズンバットは牙に毒線があるから、今度は頭部じゃなくて体狙ってくれればいいから」

 レリュートが気だるい声で返答する。

 ポイズンバッドのでかさ次第ではあるが、体のどこを狙ってもいいのであれば先ほどよりかはかなり楽だ。さっさと遅れた時間を取り戻さないと。

 俺たちは空洞の中に足を踏み入れる。

 燈火のおかげで周囲10メートルくらいが明るく照らされ、外からの光が小さくなるほど中に入っても辺りを十分に目視することができた。

 中は俺たち3人が余裕で横一列に並べるほど広く、天井も多機能小型機をつけた左手を持ち上げないと見えないほどに高い。ポイズンバットも現れないままさらに進むと。

 「あ、そうだ!」

 何かに気付いたようなレリュートが先ほどとは違い真剣な声を発す。

 「あんまり奥には行かない・・・・・・・でよ。これは絶対に守ってね」

 何か意味深な忠告をするレリュート。

 俺がその真意を聞こうとしたその時。

 突然甲高い鳴き声と共に騒がしい羽音が響く。

 普段の目線より少し上の位置にそいつは飛んでいた。

 一般生態の蝙蝠と形はそっくりだがでかさがまず違っていた。蜂もかなりでかくはなっていたが、この蝙蝠はだいたい1メートル、子供の身長くらいはあるだろうか?

 更に特徴的なのは口の両端から伸びた牙。毒があるといわれたそこは鋭利で身長とさほど変わらないほど長かった。

 「出ましたわね。私があなたなど一瞬にして退治してあげますわ」

 といきなり飛び出しやがった問題児。

 「てちょっと待ていきなり行くな! あ、顔、顔はダメ! ボディー! ボディー!」

 アンジェの剣は柄にバラを中心に左右に黄金の蝶があしらわれ無駄だと思うほど豪華な装飾がなされていた。その先には針のように先が鋭利でとがった刃がついている。これはいわゆる突きを専門にした武器でレイピアというものである。そのため横切りとか縦切りとは違い一点を集中的に攻撃することに特化されているがその狙いがいきなり顔であったことからやっぱり話は聞いてなかったようだ。

 運よく? その攻撃を避けてくれた蝙蝠に俺はすかさず剣を振りかざす。動きに関しては先ほどの蜂よりもかなり鈍く、俺の攻撃はあっさりと急所に食い込み相手を地に伏せることに成功した。

 「はあ……何とか無事頭部は残ったようね……それじゃ後は私がするから。ほらそこどいた!」

 と言って人払いして蝙蝠の前まで移動するレリュート。

 先ほどと同じように鞄から色々な器具を取り出し作業に取り掛かる。

 白い手袋をはめ、まず蝙蝠の頬部分に慎重にナイフで切り開く。

 「なあ、あんたさっきの話聞いてたのか? 頭部狙ったらダメだって言ってただろう?」

 俺は作業中の間アンジェの相手をすることにした。ここでまた何かしでかしたら後に残るのは惨状だけだ。

 「あら? 私はちゃんと魔物を狙いましたわよ?」

 頬の部分の切除に成功するレリュート。

 「いあいあ、魔物を狙うのは普通だから……ただ倒すだけじゃなくてサンプル部分を原型のまま残して倒さなくちゃいけないわけで」

 牙の部分とそれをつなぐ血管? みたいなところを慎重に表に出すレリュート。

 「あら、そうでしたわ――――――――あなたの好物を聞くのを忘れていましたわ。やっぱり好きなもの食べられたら幸せですからね」

 血管の先についている血管がいくつも通った袋。たぶん毒袋だろう。そこを取り出すレリュート。

 「今の間そのこと考えていたわけ⁉ いやそうじゃなくて俺は……」

 サンプル採取のための小瓶と注射器を取り出すレリュート。

 「あら、そうでしたわね。確かあなた夢がお好きで。でも私夢という餌をどう手に入れればいいのか存じ上げませんのでどうすれば……」

 注射器のキャップを外すレリュート。

 「だから! それはバクだ! ってこっちの話をしてるわけじゃないんだよ! だから蝙蝠は……」

 注射器の針を毒袋に近づけるレリュート。

 「あら、そうでしたわね。バクはもう飼っていましたわね。それで蝙蝠については……」

 手が震え、針先が小刻みに揺らし始めるレリュート。


 「頭部を狙えばよろしいのですよね?」


 「ちゃんと話を聞けーーーーー!」


 「あんたは静かにしゃべれーーーーーー!」


 持っていた注射器を指圧で粉砕するレリュート。

 「全く! あんたたちのせいでこっちの仕事はかどらないわよ! 少しは黙ってなさい!」

 そういって憤怒しながら鞄の中から再び注射器を取り出すレリュート。粉々になった注射器の残骸が事の深刻さを物語っていた。

 俺は仕事が終わるまで静かにすることを決めた。

レリュートが再び針を毒袋に向けて刺す位置を確かめていると。

 「ねえ、あなた?」

 悪魔のささやきが聞こえる。先ほどのこともあってかアンジェもかなり小声になっている。このまま無視するのが得策なのだろうけど。

 「なんだよ」

 ずっと話しかけられているうちに俺がまた間違いを正すため大声を上げてしまうのも困るので返事をする。

 「このサンプルはいくつも必要なのでしょう? それなら奥の方で先にこちらの仕事をなさったほうがよろしいのではないのでしょうか?」

 今までとは違う何とも普通な提案をするアンジェ。

 「確かにさっさと終わらせるならそっちの方がいいかな。さっき蜂のサンプル取ってた時も先に倒していてもいいって言ってたしな」

 「それでしたら採取の邪魔にならないところでやりましょうか。なぜ怒られたのかはわかりませんが、また怒られるのも私は正直困りますので」

 暗い顔をしてうつむき加減になるアンジェ。怒られた理由はあなた自身です。それくらい気づいてください。

 「じゃあまり足音も立てずに行こうかあいつ今神経質になってそうだし」

 「はい、それでは参りましょうか」

 そういって俺は自分の多機能小型機をそこに置き、静かに奥の方に進む俺とアンジェ。

 今回のアンジェの発言は今までの突拍子のないものとは違ってかなりまともなものだったので俺はその案に軽く乗ってしまった。


 「ふう……やっと終わった。今回はかなり静かだったね二人と……あれ?」

 レリュートが振り向き、発言したころには俺たちはかなり奥へと進んでいただろう。


 アンジェの案には大きなミスがあったことに気付いたのはそれからすぐのことだった。


作者無駄事囁ライターウィスパー


高飛車女って大概捨て駒にされると思うのは自分だけでしょうか?アンジェは……さてどうなるだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ