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アルモル元自然公園は入口からでもわかるくらい木々が生い茂っている。自然公園だから草木があるのは当たり前だが、見た目は公園というよりも野生動物が闊歩していそうな森そのものだ。
アルモル元自然公園はバス停を出て徒歩数分のところにある。元自然公園とだけあって住民が気軽に来られる距離に作られ、今でもここの近くには住居が立ち並んでいる。
「あ。これって――」
中に入ろうとするとレリュートが横に建てつけてある伝言板にある1枚のポスターに気が付く。
そこには『深緑祭』と書かれている。
5年に一度の祭りらしく、内容は5年に一度だけ咲く花がここアルモル元自然公園設立の時に植えられ、花が開く年に毎度イベントをするらしい。屋台やら、演奏やら、特別ステージも設置され何かのショーも行われるようだ。よかったボディービル大会はないようだ。ちなみに初日は――明日だ。
「なるほどな。このイベントがあるからさっさと終わらせて来いって言ってきたのか」
「そうね。それにこのポスターを見てもう一つ確信できたことがあるわ。ここの魔物達が住民を脅かすほどの脅威じゃないってこと、5年前もこの祭りがおこなわれているのなら住民も魔物の住処でイベントをすることにそこまで不信感を抱かないでしょうし」
確かにここの魔物達は弱いし、大抵が人を襲うこともない。子供でも度胸試しだとか言って入っていく始末だし。
「それなら早くしたほうがいいな。ここら辺のバスは7時ごろまでしか動いてないから帰りの便に間に合うまでにさっさと終わらせようぜ」
「うん。それじゃよろしくね」
レリュートが俺の方を向いて協力関係を確かめるような発言をした。メガネちゃん状態じゃなければな……。
とか思っているほど暇もなかったため俺とレリュートは中へと入っていった。
魔物討伐へ
中はアスファルトで舗装された道がある。普段は両サイドの植物の蔓やら枝やらが覆いかぶさっているが、イベント前なのだろうかそれらは刈り取られ清掃されている。
周りの木にはよくわからない小さな虫から。蝶、てんとう虫、夏が近いからかカブトムシも見られる。そしてそれらの比にならないほどでかい虫も。
蝶ではあるもののその大きさは人の顔くらいあり、4枚羽の羽にはそれぞれ人の目のような模様が描かれた。
背中に直径50センチメートル緑色の甲羅のような羽をつけ、1メートルくらいはある細長い触角をもったてんとう虫似の化け物
肌色の体に所々線で区切られたような跡があり、紐でしばったハムのような形をしている幼虫を子供の人間くらいの大きさにしたこれが――噂のワックスキャタピラー……。普段のままならなんともないが、潰すと悶絶するほどの臭いが辺り充満する。虫でいえばカメムシと同じ性質だ。こいつらも虫だけどね(見た目)。
とまあ色々虫みたいな魔物はいるのだけどこいつらなぜか襲ってこないんだよな。
え?なぜかってそれは……
「なるほどね。小型の昆虫種ばっかりだね、昆虫種は大抵防衛本能が高い上に小型じゃ人を襲うこともないってわけか」
うん、そう、それ。そ、それくらい俺だって知ってたぞ!忘れていただけ!
とかいうものの防衛本能ってなんだと思った俺がここにいます。たぶん守ることを大事にしているんだろうね。
というわけでしばらくは何もないまま道を進む。所々昆虫種? の魔物はいるが先ほどの説明通り襲ってくることは一切なく、たんたんと歩を進める。
すると途中から道がなくなる。というのもアスファルト舗装から完全に草地になっている。あーそういえば――。
「ここから奥は本格的な自然を満喫するためにあえて舗装とかしてなかったんだっけ? 初めのうちは少し手入れをしていたらしいけど、最近誰も来なくなったから完全放置されているわけか」
「でもそっちにいるかもしれないからここを調べずに帰るわけにはいかないわね」
「そっか。まあこっちの方が野生って感じだしな。それじゃ――」
と入りかけた時だった。
……ガサガサ
舗装されていないうっそうとした森の中で何か動いた。
俺とレリュートは一旦森の中に入ることをやめ、身構える。草木が揺れるたびに緊張が走り、一番近い草木が揺れるのと同時にその姿があらわになる。
人間みたいに2本足で立つものの人間と似た部分はそこだけで、全身は毛むくじゃら、顔は犬に似た顔立ちでドーベルマンを毛むくじゃらにしてより一層強面にした感じだ。右手にはきれいな形はしていないものの武器としての役目は果たせそうな棍棒を持っている。
見るからに今までの昆虫種とは違う魔物が俺とレリュートに近寄ってくる。
犬の顔をした全身毛むくじゃらの
――子供くらいの身長の魔物が
「へえ~、ここにもコボルトっているのね」
「あー、いるよ。こいつがいるから一応傭兵雇っているみたいだしな」
目の前に魔物が迫っているのにもかかわらず俺ら二人はのんきに会話を繰り広げる。
まあそれもそのはず。
無視させたことに腹を立てたのか、もしくは単に野性的本能なのか、全く相手にされなかったコボルトが俺らのほうに向かってくる。それに対して俺は頭の後ろを左手でかいた後右手を腰の左側についている鞘に添える。
「グォォォー」
唸り声をあげるコボルトに対して、
――蹴りを1発入れた。
「グォォォー」
襲い掛くるときの唸り声と違いがまったくわからない叫びでコボルトは宙を舞う。実はこのコボルトも子供たちの度胸試しの一つで実際こいつに殴られても最悪骨折はするかもしれないけど大抵打撲程度のけがで済むため、子供たちにとってコボルトは恰好のいじめ相手でもある。いじめかっこ悪いよ。でも魔物ならOK。
腹のあたりに強い蹴りを入れられ宙を舞ったコボルトは地面にたたきつけられるとしばらく痙攣したのちに動かなくなった。ご愁傷様。
「やっぱこっちの方が住み心地いいのか?」
「魔物と人間とでは体質が違うからそうなるかもね」
そう言葉を交わして故ボルトの横を通り森の奥へと踏み込むことにした。
◇
先ほどとは打って変わって足場の悪い道が続く。所々地面がぬかるんでいるのは数日前に振った雨のせいだろうか? 木々が太陽の光を遮断しているためかまだ乾ききっていないのだろう。
昆虫種の数も増え、時々コボルトも見かけるようになったことからやはりこちらの方が魔物としては居心地がいいみたいだ。
襲ってこない虫は無視(ダジャレじゃないぞ)してコボルトを蹴り殺しながらさらに奥へと進む。
コボルトを3体位蹴り殺したとき、今までの小道とは違い開けた場所が現れた。周りには草や木の蔓が絡んだ椅子、真ん中には噴水? の遺産らしきものがある。水は流れていない。どうやら休憩所のようだ。元はここも公園の中であり、全盛期にはここも人でいっぱいだったのだろう。
忘れ去られた居場所に過去の情景を映しあわせていると右の方から水の流れる音がした。それもせせらぎというよりも渓流といった感じの音が。
「うわー。すごい流れね」
レリュートが感嘆の声をあげる。
近くに寄ってみるとそこは崖になっていて、数メートル下には来た道の方向へと勢いよく水が流れている。確かこの川は町にある大きな河につながっているもので、元々公園ができる前からここを流れていた。
それにしてもかなり流れが速い。これも雨の影響だろうか?
近くに寄ってみるとそこは山斜路となっていて、所々ぬかるんでかなり危ない。
「おーい、そこ足場崩れそうだぞ?」
「へ?と、うえ、うわわわわ」
崖の近くにいたレリュートに俺の発した注意が耳に入ったのか、その場を離れようとしたがその瞬間ぬかるんだ土に足を滑らせる。
レリュートはすかさず左手を地面につけることによって難を逃れる。
「あ、危なかった……。」
両足は大股開きとなり、左手がその間に立つ見事な三角錐状態だ。2本より3本のほうがはるかに安定するって何かで聞いたことあったな。
「おいおい、しっかりしてくれよ、依頼人が川に落ちて流されるなんてことがあったら俺の人生――っどわーー」
ある意味はらはらさせられた依頼主に注意をしようとしたら、山斜路の位置とは程遠い位置であったのにもかかわらず俺もぬかるんだ土に足をすくわれた。
すかさず右手を出して三角錐作成。
「そういうハルトも気を付けなって」
態勢を直したレリュートが近くに寄ってくる。まさか注意してすぐ自分も同じ目にあうとは、しかもこんな離れたところで。
「ったく何でこんなところに――」
「ん?これって――」
俺が文句を言う前にレリュートが俺の足元を指さす。俺はレリュートの指の先を目で追うと、そこには長さ2mくらいの縦長の歪んだ楕円形をしたくぼみができている。俺はそこに足をすくわれていた。
そしてもう一つ、楕円形のくぼみの先に歪んではいるものの俺が三角錐状態になっている楕円形よりも丸みを帯び、先ほどよりもかなり小さい楕円形が――全部で5つ。これを一言で表せば。
『大きな足跡……』
俺とレリュートの声がハモった。
確かに今目の前にある模様を50人に一言で表すとすれば?と質問したら50人とも「足跡」と答えるだろう。
俺は右手を離し、立ち上がるとその大きさに圧倒される。
大きな足跡のくぼみの中に立つ俺の足はちっぽけなもので、10分の1にも満たない。
ここまでの一連で俺は、たぶんレリュートも確信したであろう。
「この近くにいる――。」
確信は現実となる。来た道とは逆方向の木々がざわめきだした。それと同時に地を踏み荒らす跫音が鳴り響く。そして木々が悲鳴を上げながら倒れた中から魔物が現れる。
「でかっ……」
率直な感想だった。
背丈は自分の倍近く3メートルは超える巨体に、腹はとうもろこしのように割れた筋肉が連なる。腕は丸太のように太く元来た道にできた足跡は先ほどのくぼみと瓜二つだ。間違いない先ほどの足跡はこいつのだ。
今までコボルトクラスの物ばかり見ていたせいか、2階建ての建物よりかは低いであろう大きさなのに後ずさりしてしまう。
「出たわね。これが例の大型亜人種で間違いないわ。準備するからそれまで時間稼ぎしてね」
そういって右の肩にかけてあったバック(女の子らしいポーチというよりスポーツバック似)を地面に置き中を探り出した。
(はて?準備ってなんだ?というか依頼は……)
と自問自答していると。
「ガァアアアア」
雄叫びと共に図太い右腕が俺に向かって襲いかかってくる! 考える時間くださいよ!
雄叫びのおかげで早く気づけた俺は左に跳ぶ。直後、爆音のような音がし、俺が元いた場所には子供一人くらい入れそうな新たなくぼみが発生していた。
考える時間は貰えなさそうなので鞘から剣を取り出す。刃渡り1,5メートルほどで柄も特に変わった飾り付けのない基本的な剣。戦人に入った時にもらった支給品(もちろんタダ)で所々刃こぼれしているが万年借金――じゃなくてツケがある俺には新しい物を買うお金がないのでこいつを使っている。コボルト程度なら剣を抜く必要性もないので。
懐に入って切りつけるべきなのだろうが手の長さからして内に入ることができるかわからない。まず狙うは手か。
戦闘意思があることを感づいたのかこちらに向かって右腕を振りかざしてくる魔物。先ほどと同じで目標めがけ力任せで上から下に叩き付けるような攻撃。
先ほどと同じように横に跳び攻撃を避ける。勢いづいた剛腕は雨のせいで少しぬかるんだ地面へと突き刺さる。
腕を抜くまでのこの時間が俺に与えられた攻め込むチャンスだ。
俺は右手の手首を狙う。腕の付け根を狙いたかったが高すぎて攻撃が届かない。剣を上から垂直に下ろし、相手の手首に斬りつける。
すると予想以上に刃が入り、魔物が呻き声をあげる。
(こいつ見た目とは違い結構もろいな)
戦闘意識がない昆虫や雑魚扱いのコボルト達の住む場所で有頂天になっていたのだろう。
筋力トレーニングでも怠ったのか、ただの見た目マッチョなだけで筋肉はそこまで固くはない。先ほどのくぼみも元々雨で土が柔らかくなっていたのもあって、でかさと勢いのおかげでできていたのだろう。
痛みの衝撃で右手が地面から離れ、怒りをあらわにしたまま再度俺に向かって右腕を振りかざす。
それをたやすく避ける先ほどとまったく同じパターンだったからだ。ここで俺は決着をつけることにした。先ほどの傷にさらに剣を振りかざし、亀裂を大きくする。悲痛な鳴き声と共に持ち上げる、俺はこの瞬間を待っていた。食い込んだ剣を魔物の腕から素早く抜き、再び亀裂めがけ振り下ろす。
重力と随伴した剣の勢いに、持ち上がる右手の勢いが相反する。
筋力の衰えた右手首は互いの勢いの中無残にちぎれていき、右腕は右手首から下を失った。持ち主から見放された右手は地面に落ち、ごろごろと回転運動を行うがやがて静止した。
「どうだ!この世の中がコボルト程度の奴らばかりじゃないってことを思い知ったか!」
右手を失い毛のないゴリラのような凶悪な顔に苦痛の表情(といっても表情の変化がよくわからない)が浮かんでいる。
見たこともない魔物に一歩も退くこともなく逆に攻め込んでいる俺の強さにレリュートもきっと「きゃあー♥」と黄色い声を上げて俺を誉めたてえて――
「ぎゃああああああああー⁉」
には程遠い真っ青な声をあげるレリュート。てなんで?
「ちょっと! 何で右手がないのよ! これじゃちゃんとした資料にならないでしょ!」
なんか無茶苦茶怒っているんですけど、右手無いと資料がって?
「いあ だからお前が準備している間に俺が適当に敵をあしらって、懐に入れそうになかったからまず右手を落として……」
「懐に入る必要性ないでしょ⁉」
なんか今までのレリュートとは全く感じが違うんだが、やっぱ猫かぶっていたのかな?
ともかく俺は話が合わないので原点へとさかのぼることにした。
「だってさ」
「だってさ?」
「これ魔物討伐だろ?」
そう依頼内容は魔物――。
「魔物調査だー!!!!!!!!!」
すさまじい怒号が俺に向かって飛んでくる。そして今まで違うところと繋がっていた脳内の伝達信号が元の情報を引き出した。そういえば度重なるアクシデント? っですっかり忘れていたが俺魔物調査の内容って知らなかったわけで、つまり魔物調査の一番初めって――
「あー魔物調査ってはじめ写真か何かとるの?」
「今更⁉」
レリュートの手の中には復元によって再度表舞台に出ることになったカメラが収まっている。親父がこの前自慢してたな、1個20万ベルだとか。お前が借金返せばもう1個買えるとか嫌味のために買ったとしか思えないんだが。
たぶんあれで「こんな魔物いますよ」的なことをするのだろうか?
「つまり、右腕ないとその……資料としては困る?」
「当たり前でしょうが! ほらそこにある右腕さっさとあいつにつけてきなさいよ!」
「無茶言うな⁉」
「あんたが切り落としたんでしょ! 契約者何だから責任持ちなさいよ!」
何というか怒っていらっしゃるのはわかるんですけど、現実的にできることとできないこと区別つけられませんかね? 魔物の手を元通りくっつけるって、俺医療どころか裁縫すらできないんですけど。
「くうぅ、仕方ない右腕は諸事情により損傷ってことにするしかないわね……」
「あーそれでいいならそれで頼みます」
「あんたがそれ言える口⁉」
はい……俺にはそこまで言える権限ないです。
そう言ってカメラをいじり撮影の準備にでも入るのだろ――
と落ち込み気味な俺はふと異変を感じる。なんか後ろから妙な威圧感が。
振り向くと左手を横から振りかぶろうとしている魔物が! 相手されなくてうっぷんからか目一杯左腕をあげものすごい勢いをつけていた。
上から下にではなく左から右にと変えたのは先ほどの痛みから学習した成果なのだろうか?と考えているうちに左手が近づき避けることは不可能と判断した俺は剣を盾代わりに攻撃を受け流すことにする。
だが力量は圧倒的だった。筋力トレーニングを怠っていた化け物でも化け物は化け物。剣と俺の力だけで止めることはできず、フルスイングの剛腕によって俺は軽々と宙を舞った。
着地に失敗し、背中から地面に叩き付けられる。
幸いにも柔らかい地面のところに落ちたためそこまで痛みはない。ベンチや噴水にぶつからなかったのはなによりだ。
「よし! て、ピント列車の時のままじゃない!」
そういって俺の見てないうちにメガネを外していたレリュートがまだ多少怒りながらカメラの右側のほうをいじっている。
すると魔物がレリュートに気付いたみたいで目線を俺からレリュートのほうに変える。
やばいあいつカメラに夢中で魔物の視線に気づいてない。
魔物とレリュートの間にはわずかな距離がある。腕による攻撃はそれなりに早いものの歩みはそこまで早くない。ここから走ればまだ間に合う。
だが次の行動が俺からその可能性を消し去った。
跳んだのだ。いや飛んだといってもいいほどの高さだ。魔物は足を曲げ、その反動で巨体を宙へと持ち上げたのだ。これなら移動と攻撃を両方兼ね備えることができる。
まずい。このままでは間に合わない! 契約者が依頼者を見殺しにしたとか知らされたらそれこそ戦人人生終了だ。俺はその後借金……でいいやもう、を返すために親父の魔物討伐部で雑用か、もしくは永遠にワックスキャタピラーの油とりか。そんな人生を送るのはごめんだ!
俺は声を最後の望みにかけ大声で呼びかける。
「レリュート! 上! 上!」
こういったときは危ないだの、逃げろだろよりもまずはどこから危険が来ているか方角を教えるのが一番助かる方法らしい。
だが巨体の落ちるスピードはかなり速い。このままのスピードじゃ今気付いて脳内に回避命令を送るまでの時間はほとんどない。
「え?て何あれ⁉」
魔物だって! そんな確認をする時間なんて無いんだ、早く避けないとこのままじゃ――。
だが確認をする時間はあいつにはあったようだ。レリュートは声を上げた瞬間には地面を蹴っていた。さらにその蹴る力もかなりのもので巨体が落ちてくる前にその落下地点から離脱していた。
「何だあいつ……」
と心の中で素人(といってもあいつ一応魔物討伐部の人間か)とは思えない判断力と行動力に疑問を抱いた。
レリュートが離脱した後、巨体は地面をえぐるような勢いで落下する。それと同時に周囲に衝撃波のようなものが走る。ぬかるんだ土の泥を巻き上げた空気砲に押されレリュートが着地に失敗する。
さらに運の悪いことに先ほど俺が落ちた柔らかい地面ではなく、噴水周辺のタイル張りの部分に後頭部から落ちる。両手を頭の後ろに回しうごめいているレリュート。かなりの衝撃が頭に来たようですぐに立ち上がろうとはしない。
そこへまた魔物が動き出そうとする。今度はやばい! あんな状況じゃあれだけ素早い判断をできたレリュートでも無理だ!
一旦俺の方に注意をひきつけるか? だがあの衝撃波何度も食らうわけには……
着地した瞬間を狙おうにも空気圧の抵抗に勝てる気がしない。かといってあの巨体を剣で受け止めるのは無茶だ。まだ左腕の攻撃にならかわすという手段があったのだが、あの攻撃手段が一番安全だとあいつが気づいてしまった以上、相手の攻撃は踏みつけのみとなる。
とりあえずあいつをひきつけないと。そしてその後、後、後……。ダメだ何も思いつかない。いろんな情報が後ろに流れる川のように、何一つ残さず流れて行ってしまう。
どうにかして奴をここから!
……川?
そうか。奴の力を利用してやればあいつをここから退場させることができる。今のところこれが一番の作戦になるだろう。だが、何か忘れているようなきもする。この作戦を実行するにあたって一番問題となる何かが――。
だが考えている暇はない。俺は近くにあるそれなりに大きい石を手に取り魔物の頭へと思いっきり投げる。右の後頭部に石は当たり魔物はこちらのほうに振り向く。
「ほらこっちだこっち! どうしたびびってるのか?」
魔物に言葉が通じるわけないが、気持ちとかなら通じるかもしれないので俺は声を上げて相手を挑発する。
すると相手は挑発に乗ったのかこちらに向きなおす。改めてみるとすげー怖い顔してんなこいつは。親父とにらめっこでいい勝負できるんじゃ?
とか冗談交じりに思いながら相手の出方を見て場所を少しずつ移動する。
来た! 相手が足を曲げる瞬間が見え、次の瞬間巨体は宙へと飛び立った。着地する位置はたぶんここ、となるとあと俺がすることはただ一つ。
俺は巨体が落ちてくる前に回避行動をとった。
俺は魔物の股を潜るように足が来る前に前方へ避難する。その後ろで巨体が着地する。だが大きな地響きも衝撃波もほとんどない。それもそうだろうそこは数日前の雨でぬかるんだ土だからな。
――山斜路の。
魔物が着地するや否や土台の土が崩れだし、やがて壮大な土砂崩れが発生した。足場を失った巨体はなすすべもなく川へと滑り落ちる。流れをせき止められるのではと思ったが、水の流れは強く3メートルを超える魔物もあっさりと流されていく。
これで何とか大事に至らないで済んだ。だが何か忘れているような……
「うわああああああああー」
……まさか。この世の終わりのような声を上げた方を振り返ると真っ青なレリュートが立っている。俺は恐る恐る大事なことを確認するために口をあける。
「もしかして……まだ撮ってなかった?」
「撮ってないわよ、バカ!」
ついには暴言すら出てきたよ。こいつ完全に猫かぶってたな。
「まあでも一大事にならなかったから良しとして、あいつも退治したしそろそろ帰って……」
「なんでそうなるのよ!」
「ですよねー……といっても退治したからもうここは危険なわけじゃ」
「住民に口だけで説明して『はい、そうですか』て言ってくれると思う⁉ 証拠が必要なのよ! 後ここにいる大型亜人種があいつだけとは限らないでしょ⁉ さ、次の探すわよ」
「また探すのかよ……はあ、何でこんなことに」
「あんたのせいよおおおおおおおおーーーーーーーー」
悲痛の叫びは森中にこだました。
◇
結局その後、夜の7時近くまで森の中を調べたものの結局最後まで見つかることはなかった。
「なあ、これってもしかしなくても依頼失敗ってこと?」
とは凄まじい怒気を発しているレリュートにどうしても聞くことができなかった。
《調査報告》
調査依頼 アルモル元自然公園にて確認された大型亜人種の新種調査
調査内容
写真 諸事情により入手不可
特徴 体長 3~4mほど
丸太のような巨大な腕と脚を持つが、腕は能無し戦人(ここだけ妙に殴り書き)でも斬り捨 てることができるほどもろい
身体の利用可能性 諸事情により調査不可
備考 アルモル元自然公園に流れる川は巨体すら流れるほどの勢いである
調査担当 レリュート・エリオット
作者無駄事囁
コボルトとゴブリンってどっちが最弱なのだろうか?