4-2
その一室には多くのテーブルと椅子、テーブルをいくつかのエリアに分けるように置かれている観葉植物、そして辺り一面にはいい匂いが立ち込める。
どうやらここが魔物討伐部本部の食堂らしい。普段ならこういう場所に来ると、うきうきするのだが今はそんな状況ではない。
アスナさんが既に把握しているかのように歩を進めると、窓際のテーブルに優雅にティーカップを傾ける女性が。
遠目から見ると服の色が柔らかい新芽を思わせる緑色だったので、少しばかり期待をしたがその期待は無残にも崩壊する。
「まあ、やっと私の思いが伝わってくださいましたのね! これから私は民を、そして戦人たちを守るため、魔物調査の一員として前線へと立ちますわ!」
「あのアンジェさん……魔物調査はそう何度も前線に立つことはありませんので……それとまだ試験も終わっていませんし、無事合格したとしてもしばらくは実習となりますので実戦はしばらくありませんよ?」
「「やっぱり……」」
俺とレリュートの声が再びはもる。正直こんな状況ではもってほしくもないけど……
「あら! あなた方はこの前の。あなた方も魔物調査の素晴らしさに感銘を受けてこちらへ入隊にいらっしゃったのですか?」
「違う! というか私はれっきとした魔物調査だって、前会った時も言ったでしょうが!」
さっそくこんな状況が始まったわけだ、先が思いやられる……
「あら? レリュートさんもハルトくんもこの方と知り合いだったの?」
「………………………ええ……………………まぁ……………………」
長い間を開けながら、俺は観念するように答える。
俺たちの前に現れた謎の受験生、アンジェ・クラックソンは以前サンガ魔物討伐部に到着する前にこなした依頼中、散々な目にあわされた人物である。
話をかき乱すわ、勝手に敵を切りつけるわ、最後にはとんでもない化け物と対峙させるわ……こいつがいなければ、1日早くここにたどりつけていたのではないだろうか。
最後に民を守るためとか言って立ち去って行ったが、まさかここに来ているとは……。
先ほど淡い期待を持っていた緑色の服は、前回と同じく明らかに歩き回るには不釣り合いのドレス仕立ての冒険服である。
あ、この人の髪って赤色だったんだ。今さらながら初対面だとすぐ気づきそうな部分を知る。ドレッドヘアーというのだろうか? 腰まで伸びた情熱的な赤い髪も、前は全身がド派手な赤でコーディネートされていたので保護色のようになり、全くその存在に気付けなかった。
顔もこうしてまじまじと見ることはなかった。白いキメ細やかな雪のような肌に、これまた高価そうな金色をした眼が高貴さを引き立てる、そして問題の口は赤い口紅でつるつるに滑りそうなほどてかっている。これじゃ口が滑りやすいのも無理はない。
どこをどう見ても魔物調査、それどころか戦人としてもそぐわない恰好である。
前回入口へ猛ダッシュで戻る際歩きづらいことを実感していたらしいから今回は少しばかり衣装が改善されていると思っていたら全くである。
全身を見ても機能性よりも装飾性重視な緑と薄い肌色ばかりだ。
――肌色?
そんな部分あっただろうか? 全身ド派手な赤から外見だけ落ち着いた緑色に変わったはずなのになぜ肌が?
そういって顔から下へと少しずつ目線をずらし、鼻、口(赤)、首、肩……!
こ……これは。アンジェが来ている最新の緑ドレスは肩と首の付け根から大きく胸元が開く形に作られている。
いや実際は大きく開くようには工夫されていないのだろう。そこに大きいものがあるから勝手に開く形になっているのだ。
過去背中に押し付けられたレリュートの物よりも上であることは見ただけでもわかる。まさかこれが胸という物の進化系……おっぱいなのか!
緑のドレスに押し固められ、柔らかさをあまり感じなさそうであるが、それは単なる幻惑なのだろう。実際にあまり意識しなかったレリュートの胸も、押し付けられる形となった時、とても心地よい柔らかさを感じた。
レリュートであの柔らかさだとするとアンジェは……などと胸を意識しすぎたところで我に返る。
こんな状況アンジェはともかく、レリュートに気付かれたら何かと問題になるはずだ。俺はそっと胸から顔へと視線を変える。
「私はこれから民に愛されるため、そして戦人の女神になるために魔物調査として努力していくことを心に決めたのです。さあ私たちの戦地へと参りましょうか!」
「だから! まだ、あなたは魔物調査じゃないって言ってるでしょ! まずは試験通らなくちゃいけないのよ! それと私たちって勝手に私を巻き込むな! 後民に愛されたいなら――」
どうやら論争はまだ続いていたようで、こちらの挙動には一切気付いてないようだ。
俺は一呼吸おいて今までのことがばれないように話しかける。
「なあ、前もこんな感じで無駄な時間過ごしたわけだしさ、そろそろ試験に移った方がいいんじゃないのか?」
俺は真面目な表情で次にすべきことを指摘する。まあ少し前まで不真面目なこと考えていたんだけどね。
「はあ……やっぱそうなるのね。今日はベッドの中に入った瞬間眠りそうだわ……」
レリュートの快眠が約束された? ところでようやく次の段階へと進めそうだ。
「ところで1次試験って何やるの?」
普通アンジェが聞くべきところなのだが、どうせぶっつけ本番なのだろうから俺が聞くことにする。その問いにアスナさんが口を開いた。
「まずは視力検査ね。特徴を知るには、やはり遠くからでもくっきり見えないといけないからね。次に簿記。わかったことは早く書かないと、魔物は待ってくれないからね。最後に撮影技術。動いているものをいかにして写真に収めるかを見極めるテストよ。魔物が都合よく止まってくれる機会は少ないからね」
いかにもそれらしい試験ばかりだがどれも危険性は0だ。俺も視力だけなら合格できそうだが、他は自信がない。
「で、私がその判定を行うわけ。視力はともかく、簿記や写真はある程度のノルマとか状態とか理解できる人じゃないといけないからね」
確かに簿記も素早くかけても自分ですら何が何やらわからない文字になってしまってはダメだし、写真も肝心な所をどこまで写せるかの判断が必要だ。そのための試験官か。
「色々と忙しいんだな、試験官も。それじゃ頑張れよ試験官、俺は適当に休んでるから」
「言われなくてもわかっているわよ。って何であんたはサボるわけ⁉」
「だって俺1次試験のとき何もすることないじゃん」
「んな!」
だって事実だしな。俺は2次試験の時に護衛という役割を果たすのが今回の依頼であり、ほかは関係ないのである。
「そうね。それじゃ私は二人を案内するから、ハルトくんはここで食事でもしていればいいわよ。あ、特別なお客さんというわけだからこれ使って。これで1000ベル分までタダにしてもらえるわよ」
そういってアスナさんは俺に1枚の紙を渡す。それはカードの用にある程度の固さを持ち、表には「来賓用食事券」と書かれていた。
「よっしゃー!」
俺は歓喜の声をあげる。1000ベル分昼飯が食えるのはもちろん、アンジェの呪縛から一時期解放されることも含めての喜びだ。
「くぅぅ。何で私があなたの借金返済のために一人苦労しなくちゃいけないのよ!」
もっともなことです。だが俺が手伝えるのは1次試験後なのであしからず。
「まあこれで魔物調査になれるのですね。それでは参りましょうか」
「ってこらー! あんた場所知らないでしょうが! というかまだ魔物調査になれたわけじゃないからね!」
何か一度見た感じのあるやり取りだ。レリュートには悪いが俺は、ここで一服させてもらうことにしよう。
「それじゃ私も行きますから、ハルトくんはここでゆっくりしていてね。それと――」
アスナさんが俺に一声かけて退出しようとしたとき何を思い出したのか俺の耳元に口を寄せて囁く。
「ハルトくんもやっぱりあれくらいおっきな子が好きなのかな? でもあんな風に見ているとレリュートちゃん悲しむわよ~」
一瞬にして世界が凍りついたような感覚を身に味わう。ばれていた! アスナさんにはしっかりとばれていたようだ!
しかも今まで「さん」付けだったのが「ちゃん」になったところが、如何わしい。アスナさんの思惑に踊らされ、妙にあいつを意識してしまう。
俺の顔のすぐそばにあるアスナさんのつややかな黒髪と何の香水だかわからないがその二つが俺の不安を煽り立てる。
「それじゃ行くわね。大丈夫秘密にするから♪」
絶対ですよ! と心の中で願いながら、もうアスナさんには対抗できないと俺は肩を落とした。
◇ ◆
「全く! 何で私がまたあいつと対峙しなければならないのよ!」
滞りのない怒りを抱えながら、レリュートは廊下を歩く。女らしさのかけらもないがに股で、地響きが聞こえてきそうな歩き方をする。
所々すれ違う人はレリュートのただなる雰囲気にチラ見を繰り返す。けれどレリュートへの視線はおまけに過ぎず、だいたいの人はその後ろを歩くここには不釣り合い……いや依頼人としては十分おかしくない貴婦人、アンジェの姿に興味を示している。
けれども男の場合、その存在よりも大きく開いた胸元に興味津々といった所だろう。男たちが魔物調査から生態調査になる瞬間である。
その視線に何一つ動揺しない、いや何一つ気付いていないほど鈍感であると言ったほうが正しいだろうか。悠然とした態度のアンジェに対し、アンジェに嫌悪を抱くレリュートはその視線にも嫌悪感を抱く。
「下心丸見えな奴ら……最低よね」
誰にも聞こえないようにレリュートがつぶやく。つぶやくと同時に紫色の悪い吐息が見えそうなほど醜態なセリフだ。
1次試験には簿記はともかく、視力検査・撮影技術試験といった特別な器具を必要とする試験があるため、試験用の部屋が一室用意されている。
そこに向かう途中の廊下でレリュートは何度か同期の子、実習の際にお世話になった上司ともすれ違うこととなる。
「オグレオ教授はともかくまさかサンドレア教授まで……」
予想外の事実にレリュートは幻滅する。
オグレオ教授は男性に対しては冷たく、女性に対しては優しいが、その実ただの女性好きのエロ親父ということで、魔物調査の若手女性陣の間で有名である。
対するサンドレア教授は戦人の専門であるため直接指導を受けたことはないが、魔物討伐部本部なら所属問わず、若い女性陣に大人気のさわやかなイケメンである。
そのサンドレア教授がエロ親父教授と同じ、いやらしい目をしていたなど魔物討伐部本部内に広まれば大騒動になりそうだとレリュートは思う。
けどレリュートはそういう色恋沙汰にはあまり興味がないため特に重要視していないようだ。
廊下を進むこと数分正面向かって左にある一室の前でレリュートは足を止める。そこには「第4研修室」と書かれている。元は研修室であったが1次試験の器具置き場にされて以来、ここには「1次試験室」という別名がついた。
その横に自分が男たちの目線でずっとセクハラをされていたことに、全く気付いていないアンジェが立ち止まる。
「ここで試験受けるから中に入って待ってて。私は簿記用の道具一式取りに行くから」
普通、試験官と受験生の間で使われることのない雑な会話をして、レリュートは中へ入るようアンジェを指で誘導する。
「あのー。お聞きしたいのですが、試験とは何をするのでしょうか?」
「……」
流石にこれは予想外だったのか、レリュートが反論できなかった。
「……とりあえず中入ってて後で説明するから」
「はぁ~い」
レリュートの何とも投げ槍の返答に対し、どこか不満げながらも指示に従うアンジェ。
アンジェが室内に入り椅子に座るのを確認すると、レリュートは先ほど来た廊下を戻り始める。
レリュートはその道中で1次試験室の方へと向かっているアスナと出会う。
「あ、レリュートさん。ちょうどよかったわ。これが1次試験の簿記用テストペーパーと採点用紙よ」
と柔らかな笑みを浮かべレリュートに2枚の紙を渡す。
「ありがとうございます。わざわざ届けてくださって」
「うーうん、いいのよこれくらい。まだ3年目なのに試験官なんて仕事させちゃっているこっちも悪いとは思っているから」
事実、試験官をやっている人は5年目以上の人ばかりだ。魔物調査は10年前のマナ異変時すぐにできた戦人、元素使いとは違いできてからまだ7年しか経っていないので5年以上の人はごくわずかである。
「いえいえ、こちらこそこのような素晴らしい仕事をさせてもらえて光栄です」
5年目じゃないとできない仕事を3年目で任せられるのはその実績を買われていることに等しい。とはいえ今回は人手不足であって臨時の試験官であり、更に相手はあのアンジェであるからレリュートは素直に喜べる状況ではなかった。
「あ、それとアスナさん……」
レリュートが一言投げかけアスナさんを引き留める。
心の内で聞いてもいいか悪いのか押し問答はあったものの、自分が一番気にしていることであったので、レリュートは思い切って問いかける。
「先日の件につきまして……その……私の処分はどうなったのでしょうか?」
自分の評価が下がったのかどうかなど聞けるわけもなく、レリュートは遠まわしに尋ねる。
先日の大型亜人種の新種調査は、ハルトが原因で依頼失敗になったと断言してもいいのだが、選択権がなかったとはいえハルトを選んだのはレリュートである。
もし、あの1匹だけではなく同じ個体種が生きていたら、もし、アルモル元自然公園近くの河口で見つかっていなければ、5年に1度の「深緑祭」は開催され、人命にかかわる事態になっていたかもしれない。
微少の幸運に恵まれ、被害こそはなかったものの、危険な綱を渡っていたのは紛れもない事実である。
「うーうん、確かに依頼は失敗しちゃったけど被害が出なかったもの。あなたを必要以上に攻める必要性はないわ」
「あ、ありがとうございます」
「ただ評価が下がったわけじゃないけど、上がったわけでもないわね」
「そうですか……」
レリュートが実際知りたかったことをくみ取ったかのようにアスナは答える。
けれども下がっていなかったことを知りたかったレリュートに対し、上がってもいないことを知らせるのは余計であった。そのことを聞くや否や、レリュートは本来の目的を達成できなかった事実をぶり返す。
「あ……、そんなに落ち込まなくてもレリュートさんは、成績がいいからまたすぐに好機が訪れますよ」
「うん……」
アスナの激励に対し、レリュートは未だに立ち直ることができず、短小な返事をした後沈黙が訪れる。
この研修室付近は会議に使われることが多いのと、現在は正午、ちょうどお昼の時間帯であることも相まってレリュートとアスナ以外通行人はいない。初夏の涼風と青々とした木々の香りを取り入れるため開放された窓の外から聞こえる話し声もまばらだ。
後に戻ることができないアスナ。先へ進めないレリュート。互いが作り上げた空白の泉に言葉を投石できずにいた。そこへアスナが一つの波紋を生む。
「レリュートさん。まだタンタロスへ赴くことを諦めていないのですか……?」
「……」
レリュートの返答はない。3年前から続くこの質問は、上司であるアスナでさえ未だに回答に至っていない。
再び訪れる沈黙。スコープ越しの青い視線は先ほどからずっと通路の床を臨むだけで、まるで生気を感じさせない。
この青い瞳は一体何を望んでいるのだろうか? 何を知りたいがためにあの危険地帯へと向かおうとするのだろうか? アスナは真実を突き止めたいものの、詳細を知り尽くしたレリュートの脳から口へとつなぐ言葉は閉ざされたままだ。
風の音すら感じるほど静まり返る廊下――
沈黙を薙ぎ払ったのは、完全に場違いな声色だった。
「あの~。いつになったら私は現地へ赴けるのでしょうか?」
ただ座っているという単調なことはお嫌いなアンジェは、丁寧な言葉づかいながらも、口調は今すぐに外へ飛び出していきたい子供のようである。
「だ~か~ら! まだあんたは魔物調査になれたわけじゃないの! 実戦何て当分先!」
先ほどまでボヤどころか火種にもならない灯火だったレリュートが、今は大規模な森林火災並みの態度に打って変わる。
「2次試験では、一応現地にいきますけどね」
アスナが茶化すようにレリュートの誤解を解く。
「そういえば、そうでしたねー……」
その言葉にレリュートは肩を落とし、頭頂から水色の滝が出来上がる。
現地という2つの単語の影響で、数日前、毒の採取時に起きた惨状が否応なくレリュートの脳裏に思い浮かぶ。そんなことはつゆ知らずのアスナは先ほどの沈黙とは違う、撃沈と言ったほうがいいかもしれないこの反応が、不思議で仕方なかった。しかも今日二度目の出来事である。
「それは朗報ですわ! 早々に1次を終わらせて私の晴れ舞台の幕開けと参りましょう」
試験という意味を完全に理解していないアンジェは、意気揚々と来た道を戻っていく。
「はぁ……」
正直ここまでのやり取りだけでもかなりしんどいレリュートは、この後行われるだいたい30分~40分の試験時間という名の監禁時間に、限りない不安を感じていた。
「それでは……アスナさん……逝ってまいります……」
2つの意味を織り成す返答を返し、レリュートは死地へと向かっていった。
両手と頭を下げてとぼとぼ歩く姿は、稀少である死霊種のゾンビみたいだった。死地には既に彼女用の墓標でも立っているのだろうか。
青天の霹靂を終え、後には何一つ残らない荒れ地となった廊下に立ち尽くすのは、アスナただ一人となった。
「一体彼女は何を思っているのかしら……」
上司として部下の悩みを聞いてあげるのは一つの役割でもあるが、心を鉄柵で閉ざされている以上、それを開ける鍵も壊す大槌もないアスナには何一つ手が出せなかった。
過去何度もトライしたものの、何一つ表情がない、まるで人形のような彼女から何かを感じ得ることは至難の業であった。
実際今日みたいに実務以外でしゃべったり、口論をしているレリュートを見るのは初めてである。
「もしかしたら彼の影響かしら?」
アスナの頭の中に一人の男の子の姿が浮かぶ。レリュートと同じ青に近い髪だが、白に近いレリュートに対し黒に近い。目はやるせない色と形をして、同様に干からびたようなシャツとズボンからも気力ゼロのオーラがにじみ出ている。ハルトである。
レリュートに振り回され、いや違う、ハルトがレリュートを動かすようにしかけているのだろう。ハルトと一緒にいるレリュートはある意味新鮮だった。一時的に鳥籠から抜け出した小鳥――首を折る力から言えば怪鳥と言ったほうがしっくりくるだろうか。
「彼ならばもしかしたら――」
3年間の付き合いで何一つ得られなかったアスナ、わずか数週間で変化をもたらしたハルト。より近くから彼女を知ることができるのは、どちらかと問われれば一目瞭然である。
ハルトに押し付ける形になるが、何一つ進歩のない自分よりかは、打ってつけであるとアスナは確信し、彼女たちがいる第4研修室とは反対の方角へと振り返る。
「あ、そういえば」
思い返したようにアスナは、手元に残された1枚の紙に目を向ける。本来1次試験中には必要のない試験官と受験生の名前と試験日時を残した本部に保管するための資料だが、一緒に混ざっていたことに気付かず、アスナはテストペーパーと採点用紙と一緒に持ってきてしまった。一応大切な資料なのでこれを長い間、持ち歩くのはよくない。
「とりあえずこれを資料庫に戻してからかしら?」
記入の際に見た資料にもう一度目を通す。試験日時6月14日と試験官「レリュート・エリオット」 受験生「アンジェ・クラックソン」と空白ばかりが目立つ中、2つの名前が丁寧に書き記されていた。
万年人不足の魔物調査で、5月の一斉試験以外でも常に募集をしているが、一斉試験からまだ1か月であり、更にたった一人のために行う試験は異例である。しかも試験官がまだ3年という、中途半端な実績の持ち主であることも相まって、この資料は特例になるのは間違いないとアスナは思った。
「エリオット……?」
アスナがふとレリュートの苗字を口に出す。
「エリオット家って確か……」
聞き覚えがあるような無いような。頭の中を探りながらアスナは再び振り返った足を動かし始める。その言葉がレリュートの胸中にある目的と深くかかわっているとも知らずに。
作者無駄事囁
高飛車女を再度使う羽目になりました。