4-1
魔物は日々進化を遂げる。
魔物の歴史といえば確認される限りわずか10年であるものの日に日に増えていく種類、どんな場所でも生き延びる適正、そして最近になって確認されてきたのが共存である。
その中でもどんな場所でも生き延びる適正、すなわち適応能力に、魔物調査の重鎮は頭を抱えている。今までいなかった存在が突如出現することによって、その地域に混乱をきたす要因となる。最近で言うとアルモル元自然公園の件がいい例だろう。
既出の魔物であれば、場所を移したものでも魔物討伐部本部にある過去のデータから調べることも可能である。
しかし、本部まで足を運ぶのはもちろん、長距離連絡も使用回数に限りがあり、それは容易でなかった。
そこで今まで魔物討伐部本部で資料の整理、及び新種調査での外出が主だった魔物調査は、歩く魔物図鑑として各地へと飛ぶこととなった……
◇ ◆
長い月日を過ごした故郷を離れ。
隣の町で一悶着と大事件に見舞われ。
更に北へと上り遂にやってきた。
ここがあの噂の――
「ハングルゴテスト」
「ハドルティオス! というか何、ハングル語って⁉」
いきなり飛び出た単語に修正とツッコミを織りなす技を見せる、清涼感ある水色の長髪に端正な顔立ちを持ちながらも、残念なドメガネをかけたレリュート。
「いやー俺にもさっぱりわかんないんだよね。何のことやら」
よくわからないまま口にした言葉に疑問を持ちながらも俺は周囲を見渡す。
まず感じたのは建物と人の多さ。どちらもまばらなステインとは大違いで、道路には人が満ち溢れている。建物も道路のわきに所狭しと連なっている。
窓からは、立ち込めるおいしい匂い、突きだされた棒に洗濯物がかけられていたら、子供が無邪気に外へ顔を出していると、母親の怒号と共に部屋の中に引きずり込まれる光景、など生活感が感じられる。
道路もステインとは大違いでガタのない整った構造をしている。その両脇には街路樹が根を張り、ステイン、ましてやアルモルよりも圧倒的に緑が少ないながらも、そうとは感じさせない。
町というよりも街、いや都市や国を思い浮かべるような街並みを俺とレリュートが歩いている。とあることに気付く。
街中なのに妙に武装している人が多いのだ。自分の背丈ほどもある大剣を背負った者。
手が腰に位置にとどまっているとき、縦方向では絶対持てないほど長い弓を持った者。
腰の部分に巻いたベルトに、洗濯物のようにいくつも吊るされたナイフが特徴的な者。
老若男女、いや老は流石にいないかな……とはいえ女性で武装している人も数多く見られる。
先日のサンガみたいに何か緊急体制でも敷かれているのだろうか?
にしては緊張感のない顔ばかりが揃う。
街路樹を囲う煉瓦に腰かけて雑談をする青年たち。店頭の窓に飾られる女子が好みそうな衣装……ではなく剣、槍などの武器の類を覗き込む(あ、もうちょっと屈んでくれればスカートの中が――)女友達の集まりらしき集団。
極めつけはベンチで熟睡中のおっさん。これらの要素を加えると、どう考えても平凡な日常にしかならない。
「なあ、何で武装してる連中が多いんだここ?」
俺はいてもたってもいられず、俺の横を我が家のように堂々と歩くレリュートに尋ねてみる。
そして俺に返ってきた答えは――
「はぁぁぁぁぁ⁉⁉⁉」
驚嘆だった。
「ちょっと本気で言っているの⁉ ここがどこだかわかってないの?」
「え? ここってミドルテイストだろ?」
「中途半端な味何か聞いてないわよ! ここはハドルティオス、傭兵自由国家ハドルティオスなのよ! 戦人や元素使いがいるのは当たり前よ!」
傭兵自由国家? 初めて聞く単語だ。ともあれこれで約1週間前の親父との論争中の謎が解けた。
それは都市がハドルディオスじゃないということだ! 俺進化したよ! おつむが。
「ほら、あれ見なさいよ。」
と俺の進化論はまだまだ続くはずだったのに、横棒を入れたレリュートが人差し指である一点を指差し言った。
そこには簡素というか何の特徴もない、ただの白い箱のような建物が建っていた。唯一白に覆い尽くされていない窓と扉が、建物を多眼の化け物のように見せる。
白と言えばもう一点、化け物で言うと口にあたる玄関口にやたらと白い服を着た人が多い。若い人よりもそれなりに年季の入った人が多く、色白で白髪のおじさんなんか建物と一体化して少し目を瞑ればどこにいたかわからなくなりそうだ。
「あれが元素研究の本部よ。他にも魔物産業の本部もあって、言わばここが魔物討伐部の最先端なの。だからそれに関連する人たちがこの町には多いわけ、わかった?」
「へー……」
元素研究、魔物産業なんて実在するかもわからなかった存在の最先端ともいえる場所の前に俺は立っている。
正直言うと、レリュートと出会う前の魔物調査と一緒で、何をやっているのかはさっぱりであるが、玄関口だけではなく窓からも人の姿がうかがえること、そもそも建物自体がそこら辺の民家や店よりも大きいことから、かなりの規模の組織だということがうかがえる。
もちろん周りの民家や店が小さいわけではない。むしろステインと比べればはるかに大きい方だ。
大きな建物、白衣を着たいかにも研究家と言える人たち。これを見て俺は今までの知識の非を認め、納 得しなければならなかった。
「実際は眼鏡かけている人少ないんだな……」
「そこ⁉ そこ理解しちゃったわけ⁉」
視界の中で確認できる限りでは、せいぜい2~3割と言ったところだろうか。それくらいの人しかかけていないことにカルチャーショック……でいいんだよな? を受けた。数日前、俺と同じ発想をしていたあいつにこの事実伝えてやらないといけないな。いやもう会うのもめんどうなのだが……。
「あんたはどうして違う方向に理解しちゃうのかな……。というかさっきの話の中で一言も眼鏡のことについては触れてない気がするけど」
「あーここになぜ傭兵が多いかってことについて言ってたんだろ? それなら理解したぞ。つまりここが傭兵の巣窟ハドルティオスだからだろ?」
「そこまで戻るの⁉ それとハドルティオスは当たっているけど巣窟じゃないから! 何か悪いことしている人たちのたまり場みたいになっているから!」
お やっぱハドルティオスで合ってたんだ。でも今度は傭兵の巣窟というところがどうやら違うようだ。はて? 傭兵じゃなくて研究者だっただろうか……。
「昼間からこんな人通りの多い道で夫婦漫才とは、おあついですねー」
そんなことを考えていると後ろから、腑抜けた女性の声が耳へと飛び込んできた。
「誰が夫婦ですか!」
先ほどの発言に納得いかない模様のレリュートが、斧でも持っていたら大木をなぎ倒す一撃を放っていそうなくらいの勢いで、体をひねり後ろを向く。
俺も声の主が気になり振り向くと、そこには黒真珠のような綺麗な黒の長髪が腰の位置まで伸び、目じりと口元は両サイドで少し下方向に向いており優しそうなオーラを引き立てる綺麗な女性がいた。
服装は黒を基調としたフォーマルスーツで、キャリアウーマンという言葉がとても似合う。右手には鞄をわきに抱える形で収まっており、こちらもキャリアウーマンの感じをさらに引き立てる。
「て――。アスナさん! す、すみませんでした!」
レリュートが戦闘態勢から一変、謙虚な態度で深々と頭を下げる。
アスナ――確かステイン魔物討伐部でレリュートが、長距離連絡をした際に話をしていた相手だ。長距離連絡であったため顔も、話していたのがレリュートだったことから、声すらも知らなかったがかなり大人びた人何だなというのが初見での感想である。まあレリュートがベテランだと言っていたのだから、大人なのは当たり前か。
「そうかー、久々にみる後ろ姿だったからつい声をかけたのだけどちょっと勘違いをしていたみたいね」
しゃべり方だけではなく内容からも温和な感じが醸し出ている。先ほどの発言は単に久しぶりの再会に茶目を外したのだろう。
「まだ婚姻が済んでないから恋人漫才か」
「そうですね。まだ婚姻届は出していないので――って何でですか! 婚姻の予定はからっきしありませんし、ましてや恋人ですらありませんから!」
恋人漫才――もとい主従漫才と言っておこう。そこから師弟漫才になっても尚レリュートはツッコミ担当である。しかもノリツッコミもお手の物と来た。
けど先ほどから苦労しているようにも見えてそこが哀れに見える。
俺がレリュートを憐れむような目で見ていると。
「レリュートさん。先ほどから彼氏さんがこっちを愛おしそうに見ているわよ? 私にばっかり構っていてもいいのかしら?」
勘違いしたのか、いや先ほどの会話からしておちょくっている可能性の方が高い。アスナさんが余計なことをいう。
「あれはちょっと顔のつくりを間違えただけですよ! 今顔付け直してきます!」
手を合わせパキパキと音を鳴らしながらメガネの鬼が寄ってくる!
「違う! 断じて違う! そんな顔はしてません! ただレリュートがさっきからツッコミばっかりで疲れてるんじゃ――」
「えーそうね、疲れたわよ。 特に前哨戦はね!」
そういって俺のこめかみを両手で力強く押し込める。痛い! そして今すぐ首をもぎ取られそうで怖い!
「ひー! 命、命だけはご勘弁をー!」
「何言ってるのよ! 普通に考えて筋力だけで首をもぎ取ることなんてできるわけがないでしょう!」
まあそうだけどさ……今のお前だと何かやってのけそうな気がするんだよ! しかもちょっと力強くなってきてないか⁉
「そうよね。レリュートさんはそこから首を上に持ち上げるんじゃなくて前に倒して口と口を合わせ――」
「やりません!」
否定の言葉を再び大木を葬るひねり攻撃とともに――だが今回は武器もち。
ゴキッ―
レリュートに両手で挟まれた俺という名の武器が、アスナさんに襲い――かかるわけもない。俺の体重をレリュートが持ち上げられるわけもなく、俺の首がレリュートの両手と共に動くと鈍い音が俺の中で響く。
と同時に体から力が抜け、自分の足では立っていられなくなる。
「えっ? ちょっとどうしたのよ⁉」
レリュートの騒ぐ声をBGMに俺の目に暗幕が下りた。
◇
アンコールの拍手ではなく大勢の人が行きかう足音をきっかけに、俺の第二幕が突如幕を開ける。
どこかの施設の通路だろうか? 壁際に隣接された長椅子の上で、俺は寝ていたようだ。
快眠というわけではなかったため、あくびが出たり背伸びをしたりすることはない。
ただ単に首が痛い。寝違えたわけではないが、首が痛い。
あれは夢だったのだろうか? だが首はある。けど痛みはある。
俺は確かに殺されたはずだった……あのメガネの化け物に……
「あっ、気づいた?」
「出た―! 首狩り女!」
「ちょっと! 知り合いも多いんだから、変なこと言わないでよ!」
目の前に現れた化け物を見るや否や俺は叫んだ。それと同時に記憶に蔽いかかっていた靄が少しずつ鮮明になっていく。そしてその記憶の中に一人の少女と遭遇する。
「あ、レリュートか」
「何なの、その今ごろ気付く有様は」
澄み切った空を表すような水色の髪、不釣り合いのメガネをかけているがその下にはあらゆるパーフェクトパーツが組み込まれた顔、服は白のカットソーの上に青のボレロ青のスカート――。
目の前に立っているものと記憶の残像を合成した結果、こいつが100万の依頼を持ってきたが、最終的に俺を奴隷身分に変えた存在、レリュート・エリオットだということが判明した。
そして記憶の靄が駆け足で逃げていくのと同時に、首の痛みに関しての情報も発掘できた。
「そういやお前俺の首根っこねじり取ろうとしただろ! どんだけ腕力あるんだよ」
「そ……それについては謝るわよ……ごめん。けどあれは不可抗力で!」
不可抗力で殺されたらたまったもんじゃねぇよ! 一体どんな窮地に立っていたのか思い出そうとする。するとレリュートの顔の横、通路の奥から来た一人の女性が俺にも聞こえるようにつぶやいた。
「そうよね。あれは不可抗力よね。レリュートさんの突発的なヤンデレ症状でハルト君の首が欲しくなっちゃったんだよね」
「そうそう。いきなり全てが欲しくなって――だぁー! だから何でそう話がややこしくなるようにからかうんですか!」
「うーうん、違うわよ。からかっているわけじゃないのよ。ただおちょくっているだけよ」
「どっちも同じですよ!」
突然現れたキャリアウーマン風な女性がレリュートをたじたじにしだした。
あ、この人も記憶にある。確かアスナという名前でレリュートの上司であって借金する羽目になった俺にいくつかの依頼をレリュート越しにくれた人だ。
最近の記憶だとハドルティオズに入国して、レリュートに俺が質問していたところに突然現れて、からかって、最後にレリュートのどきどきシーンがあって、そこでアスナさんの横棒で……。
「って俺がダウンした原因ってアスナさんじゃないですか!」
心の中で思ったことがつい口から出てしまう。そうだレリュートは今のようにからかわれた瞬間、体をアスナさんの方へ向けるためにひねったんだ。そしてその遠心力で俺は――
「頑丈なのはいいことですよ♪」
「少しは反省してくださいよー!」
命の略奪をしそうになった人が言う言葉ではない。ましてや上機嫌で言うのはなぜですか⁉
「アスナさん何か人が変わりましたか? 私が最後に会った一週間前と別人のように見えるのですが……」
レリュートが病人を相手にするように心配そうに尋ねる。
俺は一度も会ったことはないが、フォーマルスーツがとても似合っているところから察するに、かなりしっかり者な雰囲気がする。そうでなければ服がかわいそうすぎる。
目や口元が下がっているところから厳しい上司というよりも優しい上司に近い感覚だが、確実に変な上司だとは思えない。
「うーうん、私は前からこうよ。それよりも――レリュートさんが変わったじゃないのかな?」
「は? 私?」
変わったのはレリュートだというが、その発言の方がよっぽど変わっている気がする。
今話題の中心にあるのはアスナさんであって、なぜここでレリュートが出てくるのか疑問というよりも不思議感が脳内をうろちょろする。
「だって活発にしゃべるレリュートさんって初めて見た気がするから」
「!」
唐突のカミングアウトでレリュートが驚きの表情を見せる。
それと同時に俺が知らない時期のレリュートって、一体どんな奴だったのか興味がわいた。
「入った時から3年近く、特に初めの方なんかは、口が糸で縫われているのかと思うくらいしゃべらなかったわね。1年経ったくらいから少しはしゃべるようになってきたけどやたら事務的なことばかりだったわね」
俺の意思をくみ取ったのか、頼んでもないのにアスナさんがレリュートの過去を話しだす。へぇあいつ昔は無口だったのか。根暗メガネって奴かな。
「ア、アスナさん、そのことは……」
トラウマでもあるのだろうか? レリュートは過去のことを話されて慌てふためく。いじめ関連ならメガネ外せば一躍アイドルになれるから問題ないとは思うぞ。
「事務的な話も多かったけど、やっぱり多かったのはタンタ――」
「アスナさん!」
今までの態度が一変、本格的な焦りを感じたレリュートが、何か言いかけたアスナさんの口先を遮断するような一喝を轟かす。
「そうだ! 依頼! 次の依頼について調べてきてくださりましたよね? 何か見つかりましたか?」
レリュートが話を逸らすように依頼のことを聞いてきた。たぶん俺の借金返済のための依頼なのだろうが先ほどの発言が引っかかるため俺はその後に続くことができなかった。
「え? ……あぁそうだったわね。先ほど探してきたけどちょうどいい依頼があったわよ」
アスナさんの発言に少し間があった気がする。どうやらアスナさんも事情を知っているようだ。ここは何があるのか問いただした方が――
「ちょっと難易度上がるけど、これが無事に終われば、残りの罰則さらには今までの経費全部帳消しにできるかもしれないわね」
「本当ですか⁉」
舞い込んできた朗報に先ほどの疑問が一瞬にしてすっ飛んで行った。
「でもアスナさん。残り残額結構ありますけど、本当に一つの依頼で完済できるのでしょうか?」
レリュートの疑問からして借金の残金はまだかなりあるらしい。先日のサンガ魔物討伐部で俺の金銭感覚が少しずれていることがとある依頼によってわかった。依頼内容はどでかい鳥の足を取るという依頼でそのどでかい鳥と戦う羽目になったが、それでも1万ベル程度だという。
その後の騒動もあってその時の報酬はほぼ0になってしまったことと、そのほかにこなした依頼が2つだけだったので、1発で全て返済できるとはさすがの俺でも考えづらい。
「大丈夫よ。ちょっと荷が重い依頼を2つ同時にやってもらうから。1つは新人力量テストの審査官よ。レリュートさん、3年目のあなたなら難なくできると思うわ。合否の責任があるとか思わないで気楽にやってほしいわ」
「今頃新人ですか? 春の試験からまだ1か月くらいしか経ってはいないのに……」
どうやら新しく入る魔物調査の人を見極める仕事らしい。本来の時期は過ぎているらしいがそれでも試験を受けさせてくれてるとなると、よっぽど人手が足りないのだろうか?
ん? 待てよ
「あのーアスナさん。それって俺何もできませんよね?」
魔物調査の新人試験であれば当然審査官は魔物調査の人間になる。それもある程度の経歴が必要である。だが俺は戦人であり魔物調査の知識などからっきしである。その上審査官は既にレリュートとなっている。
「うん、そうなるわね。1次試験時はハルトくんお休みね」
「何か私だけが働いているようで気が進まないわね」
依頼内容に不満大ありなレリュートから本音がこぼれる。俺も実際はこの依頼についてあまり乗り気ではない。こういう場合後々レリュートが愚痴を吐きまくるパターンになる可能性が高いからである。
「でもその後の2次試験の実地ではハルトくんには護衛としてついて行ってもらうわ。それとこの2次試験について何だけど――」
アスナさんが「お」の母音を微かな声で長続きさせながらレリュートの方を向き言葉を続ける。
「レリュートさんって生息域調査ってまだだったかしら?」
「えっと……実習には何度か出てきましたので内容はわかりますが実地はまだ……」
また何やら専門用語が飛びだしてきやがった。そういうのにはトラウマがあるんだけどな……
「そうよね。昔なら半年に1回程度でも間に合っていたのに、ここ最近じゃ頻度が高くなっているのよ。だから最近は連絡があるとすぐに調査に行かないといけないのだけど……毎度人手不足のここだとそう言うわけにもいかないのよね」
「そこで私たちが新人テストと共に生息域調査をすれば、一気に両方解決できるというわけね。となるとこの依頼主は」
「そう。本部から直々の依頼よ。これなら完済もできるでしょ?」
本部から直接の依頼と聞いてまず思い浮かんだのは、レリュートがもってきた新種調査の依頼だ。あれも本部からの直接の依頼であり、あの時は100万ベルという破格の報酬だった。結局それは幻となったが今回の依頼もそれ相応の重要度があれば高額報酬は夢じゃない。だとすると……いやこれは言うべきなのか? だけどまた同じようなことになれば更なる惨劇も……
だがここは誠意を持って聞けばとやかく言われないはず!
「なあ、さっきから聞きたかったんだけど生息域調査って実際何をするんだ?」
俺は一度これを聞きそびれて100万ベルという大損害を出した男だ。同じ失敗を2度繰り返さないようにするには、どんな仕打ちが待っていようと聞くのが一番! 俺はそう思い質問を投げかけた。
運がよかったのか先に答えてくれたのはアスナさんだった。
「あら、勉強熱心なのはいいことですね。生息域調査とは単純に言えばどこにどんなものが住んでいるのか調べる調査でした」
「でし……た?」
「そうです。最近ではその内容が変わってしまって、そもそもそこに住んではいなかった存在を探し出すという調査に変わってしまったのです」
そこに住んでいなかった存在を探す? 移住してきたものの存在を調べて何があるのだろうか……
「うーん。よくわかってないみたいですね。それじゃ一つ例をまず豚小屋が一棟あります。そこにはもちろん豚さんだけがいます。ではここにある日突然ライオンさんが紛れ込んだとします。さてどうなるでしょう?」
俺がよくわかっていないことを悟ったアスナさんが俺に一つの問題を与えた。やたら幼稚な言い方をしているのが、バカにされているように聞こえるが、逆に言えばわかりやすくとてもありがたい。もちろん答えも安易に出た。
「逃げることができなかったら豚が全部食べられてしまいますよね?」
「はい、正解♪ そのままだと食べられてしまいますね。これと同じである日コボルトばかりだった場所に、突然とんでもない魔物が現れるとそれを知らない戦人、ましてや住民は大変なことになってしまいますよね? それを事前に調べて知らせるのが生息域調査です」
アスナさんが前の新種調査を指示してるかのような例えをする。ん? 待てよ
「それじゃ新種調査とあまり変わらないのでは……あれも移住してきているのでは?」
「いいえ、あれは未確認の存在であって、生息域調査は既に発見され、ある程度調査が住んでいる魔物が対象となります。よってこの2つは厳密に言えば違う分類になるのです」
あ、新種って今までその地域じゃわからなかった存在ってだけじゃなくて、どこへ行っても知らされていない存在って意味だったのか。
「全く魔物討伐部の人間ならそれくらい普通知っているわよね」
今まで会話に参加しなかったレリュートがとげのある言葉を言い放った。
確かにその事実を知らなかった俺は取り返しのつかない失敗をした。もちろんただ知らずにいたわけではなく、何度も聞こうとしたが色々あって聞き出すことができなった。
「レリュートさん、魔物調査は都市周辺なら周知の存在ですが、辺境ではそうではありませんよ。そこのところは頭に入れておいても損はないはずよ」
「う……すみませんでした……」
自分の非を認めてレリュートが謝る。無口なレリュート、怒りっぱなしのレリュート、素直なレリュート……どのレリュートが本物かわからなくなってきた。
「さて依頼内容も伝えたことだしさっそく一次試験のほう始めさせてもらおうかしら」
自分で作った暗い雰囲気を払うように手を叩くアスナさん。特殊な性格なためか臨機応変が凄まじく速い。
「一次試験ということは試験を受ける新人は既にこちらについていらっしゃるのですか?」
「ええ既に着いているわ。というか5日前にもう来ているのだけれど……」
はや! そう思ったがアスナさんの雲行きが少し怪しいのが更に気になった。
「あのー何か問題でもあったんですか? 5日前からくる意気込みもかなり問題だと思いますが……」
この人の性格なら包み隠さず教えてくれそうだと思い、俺は真相を追究した。
「そうですね……5日前にこちらにいらっしゃって魔物調査になりたいと申請してきたのですが、今試験官が不足していて、それに私もかなり忙しい身でしたのでまた日を改めてもらえないかと尋ねたのですよ」
「まあ人手が足りないのは私も周知だわ。アルモルでの新種調査が終わった後も仕事が一応あったからね。それを……」
目線を俺の方にずらし明らかに睨みを利かせるレリュート。はいはい、俺が悪うござんしましたよと。
「で、その後何か問題でもありましたか?」
アスナさんの方へ向きなおしたレリュートが更に追究する。
「実はその人それから毎日のようにお越しになるのですよ。それも1日に2度来ることもありました。
「せっかちな人だな……一体どんな人何ですか?」
遂に真相が明らかになるところまで来た。だが俺は最後の追究に対し、後悔することとなる。
「私が直接あったわけではないのですけど受付の人が言うには「民、それから魔物討伐部で日々魔物との苦しい戦闘を強いられている皆様をお助けしたいから私はここへ来ました」とかいうえらく派手な人だったそうですよ」
………………………………………………………………………………。
この長い沈黙の中で俺は一つの確信を得ると同時に、世の中の残酷さを知ることとなった。
未だに長椅子に座ったままだった俺は、両手を組んでその上におでこを当てる。そのポーズはまさしく敗者だった。俺は今、運命の敗者となっている。
顔を気持ち程度にずらすと、壁に右手を当て体全体が項垂れているレリュートの姿が。
こいつも確信したんだろう。あの悪夢が再び始まるのだと。
俺とレリュートの落ち込むさまを、謎の生き物を見たかのように交互に見るアスナさん。
「えーっと……とりあえず今日もたぶん例の場所で待っていらっしゃると思いますから行きましょうか?」
何も知らないアスナさんが俺とレリュートを死地へと誘う。
「「はぁぁい……」」
覚悟を決められるわけもなく、後引く声で返事をして俺たちは戦いの舞台へと足を運ぶ。
作者無駄事囁
自分でも時々バトルティオスって書いてしまいます。
何でこんなややこしくしたのか自分でもわからない……