見かけ詐欺の妖精姫、婚約者の社会的抹殺を図ります。なお、社会的抹殺だけではすまなかった模様。
「こんなブスが俺の婚約者かよ!!」
シルフィアが10歳の時、婚約が結ばれた。そしてこれがシルフィア・フローレンスが婚約者となる第三王子ルークとの顔合わせで、最初に告げられた言葉である。シルフィアはフローレンス公爵家の長子で跡取りとなるはずだった。それなのに王命で無理矢理、第三王子と婚約させられた。そして、肝心の婚約者がこれだった。
シルフィアはふわふわの白銀の髪に、菫色の瞳をした垂れ目の美少女だ。その儚げな容姿から「妖精姫」と言われることも多かった。そのシルフィアを前にして、ルークは顔を真っ赤にしながら「妖精姫なんて言うから、どんなに可愛い女が来るのかと思ったら、白髪のババアじゃねぇか!」と、唾を飛ばす勢いで叫んでいる。
そんなルークに、シルフィアは傷付いた表情を作りながら内心で誓う。
――絶対に、こいつとは結婚しない。
そう決めた。そもそもの話、フローレンス公爵家は中立派の家なのだ。家としても第三王子に嫁ぐメリットは何もない。それどころか派閥闘争に巻き込まれる恐れがある。だからこそ王家と距離を置いていたのに、王命という形で婚約を結ばれてしまったのだ。
なお、シルフィアの背後では両親が笑顔を浮かべたままブリザードのごとき雰囲気を漂わせているのだが、ルークは気付いていなかった。ルークの発言に傷付いた振りをして、シルフィアは父親の後ろに隠れるようにして逃げ込む。その際、身体を震わせておくのも忘れない。これで傷付いた令嬢の出来上がりだ。
この時はこのまま顔合わせは終了となった。父が笑顔を浮かべたまま無言でシルフィアを抱き上げ、さっさと踵を返したからである。そんな父の後に母も続き、ぽかんとしたルークは「どこに行くんだ!」とか「無礼だぞ!」などと叫んでいたが、フローレンス公爵家の面々が反応することはなかった。
そして、帰宅後の家族のティータイムで、シルフィアは父に告げる。
「お父さま、わたくしはあんなのと結婚したくありません」
それに対して、父親は。
「もちろんだよ。シルフィをあんな愚者に嫁がせるわけにはいかないからね」
「シルフィちゃんをブスやババアと呼ぶなんて。躾けのなっていない子供には、婚約はまだ早すぎだったのではなくて? ねえ、あなた?」
「そうだね、あんな子供に婚約なんて百年早いと、国王に抗議をしておこうね」
うふふ、あははと笑いながら、両親ともに良い笑顔を浮かべていた。その後、父は速攻で国王に抗議の手紙を送った。これで解消されたのなら良かったのだが、残念ながら解消されることはなくて。
「ならば、社会的に抹殺しましょう」
仕方がないので、相手有責での婚約の解消を狙うことにした。
――命までは取らなくてよ?
と思った自分は、十分優しい方だと思う。何せ自分より苛烈な祖父母がいるのだが、彼らには自分が対処をすると言ってある。まったくもって感謝して欲しいくらいだった。
◇
さて、そんなこんなで妃教育が始まった。
正直にいうと面倒である。何せシルフィアは王子妃になるつもりはさらさらない。さっさと帰宅して公爵家当主の教育を受けたいと思っていた。
けれど、少し嬉しいこともある。それは何かといえば。
「シルフィ様、ルーク様との交流は順調かしら?」
「わたくしからは何とも……」
目を細めて柔らかく笑う。垂れ目のシルフィアがそうすると、周囲の人はどうやら和むらしい。それを知ってからは意識的にその表情をするようにした。和んだところに美味しいお茶やお菓子でもあれば、人は口が軽くなるからだ。まあ、いまシルフィアの目の前にいる少女には、そんなものは通用しないけれど。
「まあ、また何かございましたの?」
「大したことではないのです。ただ、エスコートをして頂けると仰ってくださったのでお任せしたところ、腕を強く引っ張られてしまって。……わたくし、転んでしまいましたの。ルーク様からは見っともない、品がないと怒られてしまったのですわ」
「まあ」
「それから、バラを頂いたこともあるのですが、棘があったので困ってしまって……。中々受け取らないわたくしを見て、ルーク様を怒らせてしまいました。最終的にはバラを頂くことでお許しを頂いたのですが、わたくし、棘に刺されてしまって……。両親を心配させてしまいましたわ」
「まあっ」
「ある時は、交流のためのお茶会にお出でになって下さらないことも……。いえ、きっとルーク様には何がご事情がおありでしたに違いませんわね。サンドラ様、今のは聞かなかったことにしてくださいませ」
「まあっっ」
「他にも、よく不細工ですとかお年を召した方のような髪色だとか言われるのですが、こちらも生まれ持ったものですので、わたくしにはどうしようもなく。……中々、仲良くなるのが難しゅうございますわ」
「まあああっ、本当に、難しいですわねぇっ」
「ええ、本当に。わたくしには、荷が重いのかもしれませんわ」
シルフィアの目の前で、「あの愚か者はそんな馬鹿なことばかりやってるの?!」と笑顔でキレているのは、王太子の婚約者であるアレクサンドラ・ローゼンベルク公爵令嬢。筆頭公爵家のご令嬢で、母同士が仲が良かった為、シルフィアとは幼い頃からの友人である。
そんな仲の良い友人が王太子の婚約者となってしまったため、妃教育で忙しくなってしまい、中々会うことができずにいた。けれど、シルフィアがルークの婚約者となったことで、婚約者同士の交流ということで王城でお茶の機会を設けられることになったのだ。これは、シルフィアにとって嬉しいことだった。
「シルフィ様、私で力になれることがございましたら、言ってくださいましね」
「ありがとうございます、サンドラ様。そう言って頂けるだけで、嬉しゅうございますわ」
シルフィアがルークとの婚約の解消を望んでいると知ったアレクサンドラが、全面的に味方をすると言ってくれたのだ。頼もしい味方が出来たと、シルフィアはにっこりと笑みを浮かべてお礼を告げた。
なお、シルフィアはルークにされたことを全て両親に告げており、その度に父が国王に苦情を言っている。それなのに婚約は解消にならないし、何ならルークの態度も変わらない。シルフィアは国王への苦情は父に任せ、自分は目立つ場所でルークに暴言を吐かせ、暴力を振るわれ、それでも健気に耐える婚約者を演じていた。さっさと解放されたいと思うのに、中々解放されないのはなぜなのか。
――国王はフローレンス公爵家に喧嘩を売っているのでは?
フローレンス公爵家の派閥では、そんなふうに思うようになるのも仕方のないことであった。
なお、せっせとシルフィアがルークの評判を落としているのを見たアレクサンドラの婚約者――王太子が接触してきたのもこの頃で、シルフィアは自身が至らぬばかりに……という体で、あることあること、全部王太子にルークのことを報告しておいた。
その後、アレクサンドラとのお茶会から王太子に報告がいくようになっていたらしく、気付いたときには水面下でフローレンス公爵家は王妃派閥に鞍替えすることになっていた。まあ、もとより第三王子と婚約したからと言って、第三王子の産みの親である側妃派になったわけではない。あくまで中立を貫いていたフローレンス公爵家を巻き込んだのは側妃なので、こうなったのも仕方がないと言えよう。
ちなみに、第三王子の母親が元男爵令嬢の側妃で、側妃派と言われている。王妃は第一王子と第二王子を生んでおり、こちらは王妃派と言われていた。そして国王の寵愛を良いことに好き勝手している側妃派をどうにかしたいと思っているのが王妃派だったので、国王や側妃、第三王子に腹を立てていたフローレンス公爵家が王妃派になったのは、やはり側妃の自業自得だと思うシルフィアであった。
◇
さて、学園に入学した。
ルークと婚約してから6年。未だに婚約は続いてた。ルークと会うたびに父が国王に抗議の手紙をしたためているのに、シルフィアとしては謎である。しかし、学園に入ってからもいい感じにルークが自爆していくので、日々彼の評判は右肩下がりに落ちていく。
「シルフィア、お前いい加減髪でも染めたらどうだ? こんな見っともないババアみたいな髪色、俺様の婚約者として見っともないと思わないのかよ!」
「きゃっ」
今日も今日とて、いきなりの暴言に加えて髪を引っ張られた。
――何か今、ぶちっと髪が抜ける音がしたんですけど!?
泣き真似ではなく本当に痛みで涙が出た。持っていた教科書がバサバサと音を立てて落ちる。シルフィアとルークの様子に気が付いたのか、周りにいた女生徒から悲鳴が上がった。
そこに居合わせた教師がルークを注意するが、「うるせぇっ、俺様は王子だぞ! 誰にそんな口聞いてやがる!」と、まるでどこぞのごろつきのように暴れていたが、ルークはその後教師たちに連れられて行った。
なお、シルフィアは自分の髪を抑えて震えていた。正直ハゲるかと思った。それくらい痛かった。
――私じゃなくて、あいつがハゲればいいのよ!
そんなふうに内心怒り狂うのは許して欲しい。本当に痛かったのだ!
ちなみに、震えるシルフィアの周りには多数の生徒たちが寄り添ってくれた。生徒たちは口々に「妖精姫になんてことを!」とか「シルフィア様の綺麗な御髪が……」などと憤っている。そこで、ちらりと同じ派閥の伯爵家子息に視線を送れば。
「こんな横暴が罷り通っていい筈がありません! 僕は親に報告をして、王家に抗議してもらいます!」
と声を上げる。すると彼の言葉を皮切りに、自分も! 私たちも! と言ってくれるので、シルフィアは。
「皆さま……。ありがとうございます」
と、涙を浮かべて感謝した。感謝しているのは本当だ。実際に王家に抗議までいかずとも、各貴族の親世代に知れるだけでもルークの評判は下がるのだから。
シルフィアは垂れ目を潤ませ、感動したように微笑んだ。そうすれば男子生徒のみならず、女子生徒も目尻を下げて笑みを浮かべてくれる。この顔に産んでくれた両親には、感謝しかないシルフィアであった。
◇
一学年目と二学年目は、何かにつけて「お前みたいなババアを嫁にしてやれるのなんか、心の広い俺様くらいだろうな!」などの暴言や、ちょっとした暴力を振るわれることが多かった。そのどれもを人目の多いところでさせるようにしたので、今や学園のみならず、生徒たちが親にも報告をした結果、ルークの評判は地に落ちていた。
最初はアレクサンドラに放っておいて大丈夫と言っていたが、あまりの酷さにキレたアレクサンドラが、その後はずっとシルフィアと一緒にいるようになった。大丈夫と言っているのに、「第三王子の素行の悪さを報告するのも私の役目ですもの!」とあくまでも自分のため、王太子のため、と言い張る彼女に笑ってしまう。良い友人を持ててシルフィアは幸せである。
そんな風にアレクサンドラが証人となりつつ、ルークから庇ってもらう日々を過ごしていたところ、ルークの側に一人の少女が侍るようになった。男爵家の庶子で、最近貴族になったばかりだというその少女は愛らしく、ルークと仲睦まじい様子を見せていた。
最初のうちは、「あら? これはもしや、とうとう婚約解消の流れかしら?」とシルフィアも内心で喜んでいたのだが。
「おい、ブス! お前はミアを見習え! 見ろ、このミアの愛らしさを! 公爵令嬢だからってお高く止まってるだけで、俺様の寵愛を得られると思うなよ!」
なんてことを、シルフィアに向かってルークが叫んだ。一瞬、シルフィアの周りから音が消えた。シルフィアの気のせいではない。周りにいた生徒たちも唖然とした表情で固まっていたのだ。
そして、次の瞬間。
「ありえないですわ! 妖精姫こと、シルフィア様以上に愛らしい令嬢などおりませんわ!」
「ルーク様は御眼が悪いのでは? 僕にはどう考えてもフローレンス公爵令嬢の方が愛らしく、魅力的に見えますが」
「妖精姫ですよ?! そこの男爵令嬢と比べるなど、おこがましいと思わないのですか!」
「お可愛らしさも愛らしさも儚さも、淑女としても、なにもかも妖精姫といわれるシルフィア様の方が上ではございませんか!」
なぜか、シルフィアではなく周りの生徒たちが怒り狂っていた。シルフィアも怒っていない訳ではない。その証拠に。
「……シルフィア様、そちらの扇を」
「……頼みますわ」
知らず、扇をへし折っていた。
騒ぎの合間にそっと声をかけて扇を回収してくれたのは、いつぞやの同じ派閥の伯爵家子息だった。父に報告して礼をしてもらおう。同じ派閥とはいえ、フローレンス公爵家は自分の味方をしてくれた者への恩は忘れないのだ。
「ルーク様、さすがに今の暴言は看過できませんわ。フェルディナンド様には私からご報告させていただきます」
「はあっ!? お前には関係ねぇだろうが!」
「ございます。フェルディナンド様と私が結婚した暁には、ルーク様は私の義弟となるのですから」
それだけを告げて、アレクサンドラがシルフィアを伴ってその場を去る。ルークはまだごちゃごちゃ言っていたが、シルフィアを擁護してくれた生徒たちから冷たい目で見られ、すごすごと退散していった。
ちなみに、フェルディナンドというのはアレクサンドラの婚約者――つまり、王太子である。兄である王太子に報告すると言われたのだ。ルークとしてもこの場は引くしかなかったのだろう。
けれど、この件を皮切りに、ルークは男爵令嬢のミアを伴ってシルフィアの前によく現れるようになった。
曰く。
「お前にもミアみたいな可愛げがあれば、構ってやってもいいぞ」
とか。
全力でお断りさせていただきたい。シルフィアはただ、困ったように笑うだけに留めていた。
「おい、俺様がミアと一緒にいるのに、お前は何も言うことはないのか!」
とか。
何も言うことがないどころか、不快なので姿を見せないでくださいと危うく言いそうになり、思わず口元を抑えてしまうこともあった。なお、その様子を見てルークはシルフィアがショックを受けていると思ったらしく、笑っていた。そして周りの生徒たちはシルフィアが健気に耐えているように見えたらしい。あとでこっそりとアレクサンドラが教えてくれた。
さらにルークは。
「お前はチビだし白髪みたいな髪をしてるが、顔は悪くない。お前が抱いて欲しいっていうなら、抱いてやってもいいぞ!」
などの下品な言葉だったり。これについては隣にいたアレクサンドラがキレていたので、対処はアレクサンドラに任せることにした。
「おい、俺様とミアが一緒にいても、本当に何とも思わないのか、お前は!」
と、どうでもいいことを言っていたり。
「調子に乗ってるんじゃないぞ! 俺様が母上に言えば、お前なんかいつでも捨てられるんだからな!」
等々の暴言を、シルフィアに吐いている。
ルークが喋っている間、ミアはずっとルークの腕にへばりついていた。にやにやとシルフィアを馬鹿にするような笑みを浮かべ、胸を思い切りルークに押し当てている。シルフィアとしては、どこの娼婦だと思うだけだった。
ルークが暴言を言い始めたら俯くようにしている。暴言を吐くルークとミアのあまりの滑稽さに、途中で笑いそうになってしまうのだ。だからそれを隠すために俯いているのだが、若干堪えきれずに身体が震えてしまうこともあった。しかし、俯いて震えるシルフィアは、傍から見ればルークの暴言に傷ついているように見えるだろう。
もちろん、分かっていてやっている。
そして、卒業式が間近に迫って来たある日。
シルフィアとしても、そろそろルークをどうにかしないと本当に結婚することになってしまうので、ここら辺でどうにかするかと考えていた。そうしたところ、何とルーク自ら美味しい状況を作り出してくれたのだ。
学園最後の全学年交流会が開かれたその会場で、ルークがシルフィアに宣言した。
「シルフィア・フローレンス! 俺様はお前との婚約を破棄する! そして、俺様はミアと結婚する!」
ルークは腕にミアをぶら下げた状態で、鼻息を荒くしてシルフィアの前に立っていた。
「お前はいつまで経っても俺様を立てることもせず、婚約者という自覚がなかった! そんなだから俺様に愛想を尽かされるんだ! 見ろ、ミアのこの愛らしさを! それに中々良い身体もしてたしな! 肉付きの悪そうなお前とは比べ物にならないくらい、抱き心地が良い、いい女だ!」
この発言に会場がざわりと一際大きく反応する。自信満々にそう告げたルークは、自分が何を言っているのか分かっているのだろうか。その発言はもはや、ミアと肉体関係を持ったと告げているも同然なのに。
――婚姻前に純潔を散らすなんて、やはり娼婦でしたのね。
ルークが汚らわしいのは分かっていたが、やはり彼女もだったのか。思わずシルフィアが彼らを見る目が汚物を見るような目になってしまいそうになり、慌てて視線を伏せる。
しかし、シルフィアの反応に何を誤解したのか、ルークがふんぞり返ってさらに言葉を重ねてきた。
「ふんっ、今更反省しても遅い! 俺様の寵愛はもはやミアにあるんだからな! だが、お前が泣いて縋るんだったら考え直してやらんこともないぞ! 俺様は心が広いからな! まあ、お前がどうしてもって言うんだったなら!」
勝ち誇った顔で叫ぶルークだが、彼とミアを除いたこの場にいる全員が彼らを見る目は冷たかった。さて、そろそろこの辺でいいだろう。
シルフィアは顔を上げる。
そして。
「婚約破棄の件、承りました」
しっかりとした声で、そう告げた。
「はっ、そうだろう、そうだろう。お前だって本当は俺様のこと……。は? 待て、お前今なんて言った?」
「婚約破棄を承りました、と。そうお返事いたしましたわ」
「なっ――」
――ああ、やっとこいつから解放される!
内心小躍りしたいくらい嬉しかった。婚約から約8年。8年も無駄にしてしまったではないか。その思いを押し隠し、しっかりとルークを見てシルフィアは返事をする。
「それでは、わたくしは父に報告をしに行かなければなりませんので。申し訳ございませんが、本日はこれで失礼させていただきますわ」
礼を欠かすことがないように。完璧なカーテシーでルークに挨拶をして、踵を返す。そんなシルフィアにルークはわなわなと震えた様子でいたが、シルフィアとしてはやることは既に終えている。
こんな公衆の面前での婚約破棄。しかも婚約者以外の女性と肉体関係をほのめかしている。そんな馬鹿をやらかしたのだ。今までも地に落ちていた彼の評判は、今後もう二度と上がることはないだろう。
――社交界という狭い場所で、後ろ指を指されて暮らすといいわ。
もしくは引きこもって二度と表に出てこないで欲しい。シルフィアとしてはそれで満足だった。
「ま、待てっ! お前、俺様のこと好きなんじゃないのか!? おいっ、お前が泣いて縋るなら、許してやるって俺様が言ってるんだぞ!」
必死に叫ぶルークに振り向くことなく、シルフィアは会場の出口に差し掛かる。そこでルークの方に向き直った。シルフィアがルークを見たことで、彼はほっとしているように見えた。
けれど。
「わたくしが第三王子殿下のことをお慕いした過去は、一度としてございませんわ」
「……は」
「どうして暴言を吐いてくる相手を好きになれるのですか? わたくしは、あなたが婚約破棄を言いだしてくださって、とても嬉しゅうございますわ」
「なっ……」
「どうぞ、お側におられる男爵令嬢と、お幸せになってくださいまし」
ふわりと、今までルークに見せたことがない柔らかな笑みを浮かべる。あんな下衆に見せてやる笑みはなかったが、最後くらいならば構わない。
「それでは。ごきげんよう、第三王子殿下」
「……うそだ」
言い終えれば後は去るだけだ。早く父に報告に行かなければ。扉の横に待機している係の者に視線を送れば、一礼の後に扉を開いてくれる。それに視線だけで礼を告げ、シルフィアは会場を立ち去った。
その足取りは、今までになく軽かった。
そして、会場では。
「うそだ……、うそだうそだ、シルフィアは俺を好きに決まってるっ!!」
頭を抱えてぶつぶつ呟くルークと、そんなルークに「ちょっと、私をお妃様にしてくれる約束じゃなかったの!?」とルークの身体を揺すっているミアの二人がいた。
そんな二人の元に、アレクサンドラが近寄って行く。
「随分な騒ぎを起こされたものですわね、ルーク様」
「ア、アレクサンドラ……」
「王太子殿下の婚約者として、この騒ぎは見過ごせません。フェルディナンド様にも、王妃陛下にも、ご報告させていただきますわ」
「ま、待てっ、それだけは――!」
「この騒ぎの原因は、ルーク様。あなたですのよ。ならば責任を取るのも、あなたです」
「そんなことすれば、本当にシルフィアと婚約破棄になるだろっ!」
「私が報告をしようとしまいと、すでに事態は動いております。そうしたのは、あなたですわ」
アレクサンドラもまた、それを告げるなり会場を後にする。彼女は家に向かうのではなく、宣言通り王太子と王妃に報告すべく王城へと向かう。シルフィアの婚約を完全に解消できるように。そればかりが理由ではないが、これで友人はやっと解放されるのだと思うと、アレクサンドラもほっとした。
そして、その後の結末として。
まず、第三王子ルークは王位継承権の剥奪、さらに王籍から除籍された。そして男爵令嬢であったミアとの婚姻が決まる。ミアが籍を置く男爵家にはすでに後継者がいる為、二人は婚姻後、平民に落とされることが決まっていた。なお、王家は密かに第三王子に断種を施しており、これにより王族の血がまき散らされることはない。
さらに、フローレンス公爵家の跡取りであったシルフィアとの婚約を王命で無理矢理調えた国王。そして国王にそうするよう仕向けた側妃。この二人もまた、責任を取らされる形となった。
側妃は己の欲のために王侯貴族の秩序を乱した行い。そして第三王子を国王にしようと動いていた証拠が発見され、そのことが問題視されて毒杯を賜ることとなる。
国王については、すでに成人していた王太子がその地位を譲り受ける形で退位させた。退位しないのであれば、突然の怪我や病に気をつけよ。そう告げた王妃に、国王は真っ青な顔で王位を退くと告げたらしい。
こうして、第三王子の婚約破棄の宣言を機に、様々なことが変わっていった。
シルフィアとしては。
――わたくしとしては、第三王子を社会的に抹殺出来ればそれで良かったのですが。
大人たちは、そうはいかなかったということだ。その手腕や考え方を見て、まだまだ自分は甘かったのだと素直に反省する。
そうして、ルークとの婚約が白紙となったシルフィアの次の婚約者は。
「よ、よろしくお願いします、シルフィア様」
いつぞやの同じ派閥の伯爵家子息が、顔を真っ赤にしてシルフィアに挨拶していた。
――この方は、いつもわたくしの味方をしてくれていましたからね。
だから、シルフィアとしても異論はない。シルフィアはにこりと微笑み、伯爵家子息に頷いた。
「ええ、よろしくお願いしますわね。ヴィクター・グレイヴス伯爵令息」
グレイヴス伯爵家はフローレンス公爵家の寄子である。幼い頃はそれなりに彼とも付き合いがあったので、ヴィクターはシルフィアの性格を知っているはずだった。それなのに、未だにシルフィアがヴィクターに笑い掛けると、彼は真っ赤になってしまうのだ。
ルークとの婚約が決まってからは、彼に会うこともなくなっていた。だから再会したのは学園だったし、学園でもあまり言葉を交わすことはなかった。
けれど。
――相変わらず、わたくしの顔を見ると真っ赤になってしまうのね。昔と全然変わっていないわ。
そんなところが可愛らしい。
そう、シルフィアは目を細めて、新しい婚約者を見て微笑むのであった。




