3.歓迎されぬ者
明けた月曜、朝陽を受けて輝くウメキタのビル群を眺めながら、私は本社に出社した。愛原開発。大手私鉄や官公庁とも取引のある建設コンサルタントが我が社の本業だ。ありがたいことに、今大阪は再開発が進んでいる。おかげさまで業績も好調だ。
「失礼します」
「おう、入れ」
秘書の真田が険しい顔で入ってくる。彼はその表情を崩すことなく、私の席の前で手帳を開いた。
「本日のご予定ですが、10時よりファイナンス部上級会合。昼食を挟んで記者会見となります」
「そうか。それなら明日以降だな。栗東の神山調教師と日高騎手にアポ取っといてくれ」
「社長、大変申し上げにくいのですが、今回の件で競馬事業そのものに厳しい目が向けられることが予想されます。栗東へのアポは、記者会見を待っての方がよろしいかと」
「それだと二倍説明しなきゃならんだろ。ファイナンス部に二回、メディアに二回だ。計四回だぞ」
「馬を、買われたのですね」
真田の顔が一段と渋くなる。私はそっと目を逸らした。
「馬は生き物だ。金や国債と違って、買い逃したら二度と手に入らん」
「お気持ちは拝察いたします。しかし……」
「私は今まで逃げてきた。逃げたなら、押し切って、勝ち切るまで粘るしかない。生憎私はそういう生き方しか知らん。資料の最終確認をする。端末を持ってきてくれ」
「……承知いたしました」
真田が発表用のパワポのデータの入ったタブレットを差し出す。私は黙って受け取り、一頁一頁隈なく目を通した。そこにはラヴリーワールドの血統、落札価格、通算成績、獲得賞金、維持費、欧州遠征の経過、費用等々事細かにまとめられていた。
ただ、そこに載っているのは思い出などという温かいものではない。冷酷で、どこまでも無機質な数字だった。
「よくこんな資料が作れたな」
私はじっと真田を睨みつける。真田は何も答えない。しかし彼の潤んだ瞳が、真一文字に結ばれた唇が、何よりも雄弁に彼の心境を物語っていた。
「でもそういう顔を見せてくれるのはお前だけだよ」
私は彼の肩をポンと叩き、社長室を後にした。会議室へと続く廊下には、私の足跡のほかに響くものはない。長い午前が、始まろうとしていた。




