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8話

 女中として働き始めて1か月が経った頃。

 元々侍女として働いていたこともあって、仕事自体にはすんなり慣れることができた。

 意外と女中同士の人間関係は悪くなく、滞りなく仕事が進められている。


 そうして余裕が出始めた頃、仕事終わりに私は先輩女中に思い切ってエイベル殿下について聞いてみたの。

 そうしたら、今のエイベル殿下の境遇に驚くしかなかった。


「今エイベル殿下はずっと仮面を着けているのよ」


 その原因は、12年前のとある公爵令嬢の『事故死』だそう。

 エイベル殿下はその令嬢と親しかったそうで、その死にショックを受け、王家の保養地で療養に向かった。

 しかし、なんとその保養地で事故にあい、顔に見るも無残な怪我を負ってしまったのだとか。

 数年経ってからエイベル殿下は王都に戻ってきた。

 その時にはもう仮面を着け、人前はおろか、王家の公式行事や他国の王族の前ですら絶対取らないという。

 その怪我のせいで、エイベル殿下は誰も婚約者にしていない…ということ。


(まさかリリーシアの死が原因でそんなことになっていたなんて……)


 こうしてはいられないわ。

 一刻も早く殿下の元へ行きたい。

 そして、安心させてあげたい。

 私は決意を新たに、一層頑張ることを決めたわ。


 翌日。

 王城の廊下を掃除していたけれど、早く殿下の元へ行くにはどうしたらいいのか。

 それにいい案が浮かばない。


「はぁ……」


 ついため息が漏れてしまう。

 これじゃいけない!と頬を軽く叩いて気合を入れ直したところに、あの人が来た。


「おっはよー、アリスちゃん。どうしたの、朝から暗い顔しちゃって」

「おはようございます、ルベア様」


 そこにいたのはエイベル殿下に激似のルベア様。

 あれから、どうしてかこの人と遭遇する機会が多いのよね。

 騎士だから王城内にいるのは不思議じゃないんだけど、この時間帯って騎士様は訓練しているか、警護してるかのどちらかで廊下にいるのはおかしいのよ。

 しかも一人で。

 普通は二人組が基本なのに、どうしてなのかしら?


 それに、やたらとルベア様は話しかけてくる。

 他の騎士様は女中に一々話しかけてなんかこないのに。


(ほんと、不思議な方だわ、ルベア様は)


「あ、そうだ。甘いものでも食べに行かない?」

「仕事中ですので」


 こんな風に、仕事中なのに誘ってくるのもしょっちゅう。

 どうしてこの人は、こんな振る舞いが許されているのかがつくづく不思議だわ。


「ちぇ、ざーんねん。他の子のとこ行こ」

「………」


 そう言ってルベア様は本当にどこか行ってしまった。

 その後、女中寮の食堂で昼食を食べながら先輩にそのことについて話すと、真剣な顔をされてしまった。


「…まさかアリスにまで手を出すとは、本当に女好きなのね」

「女好き?」


 まさかの言葉にスープに伸ばしたスプーンが止まる。


「そっ。ルベア様は、まぁ…あの通り、顔はいいでしょ?しかも騎士だから、令嬢たちにすごくモテるのよ。女性の扱いにも慣れてるし。貴族の令嬢って男性慣れしてないのが多いから、ルベア様みたいにスッと入り込んでくる人に弱いのよ。夜会や舞踏会にもしょっちゅう顔を出してるみたい」

「へ~」


 そんな人だったのね。

 知らなかったわ。

 私はエイベル殿下一筋だから、関係ないけど。


「そういうところで、令嬢とこっそり消えてることもあるらしいわ。当人たちは否定してるけど、まぁ……そういうことよ」

「まぁ」


 先輩は濁したけど、何を言いたいのかはわかる。

 ずいぶんと奔放な人なのね、ルベア様は。

 そんな振る舞いをしていれば誰かに怒られそうなものだけど、誰も怒らないのかしら?


「そういえば、ルベア様は王族と同じ金髪に紫の瞳をしてらしたけれど、関係あるのですか?」

「ああそれね。どうもルベア様は、何代か前に王族が後家した公爵家の傍流の生まれらしいわ。隔世遺伝?と言われてるらしいけど、だから王族の血を引いてる。でも、だからといって王位継承権は無いらしいわよ」

「そうなんですね」


 なるほど、そんな事情がある方だったのね。

 納得したわ。

 王族の血を引き、王族と共通の特徴を持っていれば、多少は傍若無人な振る舞いも許されている…ということかしら?


「あとはね、別の意味でもルベア様に近づいちゃダメよ。あなたの身の安全のためにもね」

「? はい、そうします」


 頷くと、先輩は安心したように微笑んだ。


(別の意味って何かしら?まぁ、言われなくても近づく気はないから、大丈夫ね)


 ちなみに年齢は今年で24歳になるらしい。

 年までエイベル殿下と同じなのにビックリである。



 ***


 それから2か月後。

 休日の今日は、王都に出掛けることにした。

 これまでは休日は王城にある図書館で本を読んでいたけど、たまには外に出ようと思ったのだ。

 リリーシアの頃は、公爵令嬢という立場もあって、あまり気軽に外に出ることはできなかった。

 だから、王都に住んでたけど王都に全然詳しくないわけで。

 今は平民だから、外に出掛けるのに護衛も使用人もいない。

 今日は王都を散策し、綺麗な服を買おうと思ってる。


(たまには王城の外にも行かないとね!せっかく王都にいるんだし)


 それに持ってる服も、王都に来る前に買った服だけで、やっぱり王都のセンスには劣る。

 新しい服が欲しいわ。

 そのために、3か月間女中の給料を貯めたんだしね。


 そう思って王城の門をくぐると、そこには意外な人がいた。


「おや、アリスちゃんじゃないか。今からお出掛け?」

「はい、そうです」


 まさかのルベア様。

 いつもの騎士服ではなく、紺色のベストに白いシャツ、クリーム色のパンツと私服だ。

 もしかしてルベア様もお出掛けなのかしら?


「いやぁ、ちょうどいい。一人で暇してたんだ。今日はアリスちゃんと遊ぼうかな」


 そう言われ、私はきょとんとしてしまった。


(もしかして……ルベア様って、お友達がいないのかしら?)


 そう思うと色々と納得できるわ。

 騎士でいるときもいつも一人だもの。

 騎士としての仕事を友達感覚でするものではないと思うけれど、多分ルベア様は仲間外れにされてるんだわ。

 それに、ルベア様は24歳で、私は12歳。

 こんなにも歳の差があるのに誘う相手が私しかいないとしたら、それはとても悲しいことだと思う。


(なんだか、ルベア様がとても不憫に見えてきたわ。でも、私は服を買いに行きたいから、ルベア様とは遊べないのよね)


 ルベア様は令嬢たちにモテると聞いた。

 きっと、一人で彼がいることを知ればすぐさま一緒にいたいと思う令嬢が現れることだろう。

 そんなとき、私がいてはきっと邪魔だもの。

 ここは断るのが、ルベア様のためよね。


「申し訳ございません。私は予定がありますので、ご一緒できません」

「えっ。ああいや、じゃあその予定とやらに俺も付いていくよ」

「いえ、ルベア様のお手を煩わせるわけにはいきませんから。お構いなく」

「……もしかして、アリスちゃんはぼくのことが嫌いかい?」

「? いいえ。そんなことはございません」


 どうして嫌いとかの話になったのかしら。

 よく分からないわね。

 ルベア様はなぜか、ものすごく悲しそうな顔でこちらを見てくる。

 その顔が、リリーシアが死ぬときのエイベル殿下の顔と被ってしまい、心臓が締め付けられたかのように苦しい。


(うぅ、そんな顔をされてはダメですわ。違う方なのに、エイベル殿下のことを思いだしてしまいます…)


 そんな顔をさせてしまうなら、一緒にお連れしたほうがいいのかしら。

 でも、服を買いに行くだけなのだから、きっとルベア様は退屈されるでしょう。

 そうなったほうが申し訳ないわ。

 悩んでいると、ルベア様はサッと手を差し出してきた。


「アリスちゃん!いい宝飾品を扱う店を知ってるんだ。一緒にどうだい?」

「いえ、ですから私は服屋に行きたいので、行けません」

「わ、わかった。良い服屋も知ってるんだ。そっちならいいだろう!?」


 なんだか必死な様子のルベア様に、これ以上断るほうが悪い気がしてきた。


「申し訳ありません。つまらなかったら、すぐに帰っていただいて大丈夫ですから」


 そう言って差し出された手に自分の手を乗せる。

 ルベア様はパッと明るく笑顔を咲かせた。

 その顔も、エイベル殿下を彷彿とさせてくる。


(エイベル殿下も、笑ったらすごく可愛らしい方だったわ)


 普段は凛々しくされている方なのに、ふとした時の笑顔は年頃の可愛らしい少年と言った感じ。

 そのギャップにドキドキさせられたものだわ。

 懐かしい記憶を思い出しながら、ルベア様のエスコートに従って王都に繰り出した。



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