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7話

「着いたら手紙くらい送りなさいよ!」

「ええ、もちろん」


 あれから1週間後。

 私は王都に向かうため、屋敷の前で旦那様とナナカに別れの挨拶をしていた。

 両親には昨晩済ませてある。

 王都行きを決めたことに両親は何も言わなかった。

 ただ一言、「元気でいてくれ」とだけ。


「これが紹介状だ」

「はい。何から何まで、本当にありがとうございます」


 旦那様から紹介状を受け取り、頭を下げる。

 思えば、旦那様に本を読むことの許可をもらったことに始まり、お世話になりっぱなし。

 本当に頭が上がらないわ。


「この御恩は忘れません。必ず、恩返しをさせてください」

「気にしなくていい。だが……そうだな、君の目的が果たされれば、それでいいな」

「旦那様……」


 笑みを浮かべ、そう言ってくれる旦那様。

 私の目的が何なのか言わないのに、それでも応援してくれる。

 それが本当にうれしいわ。


「あ、あたしだってアリスの目的が叶うことを願ってるわよ!」


 ナナカってば、旦那様にまで負けず嫌いを起こさなくていいのに。

 いつも通りのナナカに、別れの悲しさよりもおかしさがこみあげてきた。


「ナナカ、旦那様、どうかお元気で」

「ああ。アリスも元気でな」

「アリス!3年後、待ってなさいよ!」


 2人に見送られ、私は馬車に乗り込んだ。

 王都へはこのアウクシリウム領から馬車で5日ほど。

 旅は順調で、予定通りに王都に着いた。


(12年ぶりの王都ね)


 久しぶりの王都は、あまり変わりなかった。

 それでも、田舎のアウクシリウム領に比べればずっと発展している。

 石造りの頑丈な建物。

 石畳の道路。

 油断してると流されてしまいそうな人通り。

 そのまま馬車はアウクシリウム子爵家のタウンハウスの前で止まった。

 紹介状はあるけど、今すぐに働けるとは限らない。

 王城には女中が住みこみで働けるようにと寮もあり、そちらに入寮する予定だ。

 それまでのつなぎとしてタウンハウスを使っていいと旦那様に許可ももらった。

 旦那様様々だ。


 馬車を見送り、タウンハウスに入る。

 すでに旦那様から連絡が届いていたようで、管理人に歓迎された。

 荷物を置いて、早速王城へと向かう。


 乗合馬車に乗り、王城前で降りた。

 12年ぶりの王城も、ほとんど変化はない。

 変わったのは私。

 ようやく目的に近づくことができて、より気が引き締まる思いがする。


(やっと王城に戻ってこれたわね。…エイベル殿下は、今どうされているのかしら?)


 エイベル殿下は今24歳。

 タウンハウスで今の王族について少し聞いたら、まだエイベル殿下は結婚されていないらしい。

 それもあってまだ立太子もされていないとか。

 どうしてそんな状況になっているのかは、国民には知らされてはいないらしい。

 まだ国王が健在なのであまり不安にはなっていないが、気になる人もポツポツいるとか。


(それも王城で女中として働けば分かるわよね)


 門の前に進むと、衛兵に紹介状を見せた。

 衛兵に人事部の人を連れてきてもらい、その人に案内されて王城内に入る。


(エントランスホールも変わらないわね)


 ざっと見まわしただけでも、変わってるところは見られない。

 たくさんある窓からは日の光が降り注ぎ、壁や天井に掘られた彫刻を照らしている。

 壁に掛けられている王族の肖像画はそのまま。

 働いている人が多いのも相変わらず。

 採用されれば私もその一人になる。


(ここまで来て失敗はできないわ!)


 絶対に落ちないよう、気を引き締めながらはぐれないように後をついていく。

 しかし、気合を入れて臨んだ採用面接はあっさり終わった。

 面接は案内してくれた人事部の人と女中頭によって行われたのだけど、数分の問答で終了してしまい拍子抜け。

 しかもその場で採用だと告げられた。

 話を聞くと、アウクシリウム子爵の紹介というのが大きいらしい。

 アウクシリウム子爵は王城では「賢人」と称されるほどの人で、王族の覚えもめでたいとか。


(私、すごい人のもとにいたのね)


 どうりで、あんな凄い蔵書数を誇る図書室を所有しているわけだわ。

 今回は旦那様のおかげですんなりだったけど尚更気合を入れ直した。


(紹介してくれた旦那様の顔に泥を塗るようなことは無いようにしないとね)


 女中頭から働くのは2日後からと言われ、今日はもう帰ることに。

 帰りは王城内を振り返りながら、門まで向かった。

 12年前もエイベル殿下に会いに王城へ結構来ていたけど、やはりというか見覚えがある人がまれにいる。


(でも、もうリリーシアじゃないから、気軽に声を掛けることはできないわね)


 それにちょっと寂しさを感じながら、もうすぐ門にたどり着くところで門の向こうから誰かが歩いてきた。

 その顔を見た瞬間、私は足を止めて硬直してしまった。


「あれ~?なんだか小さい子がいるなぁ。君、誰?」


 その人も私を見て近寄ってくる。

 徐々に近づくその人に、私は高鳴る鼓動が抑えられない。


(だって、いやそんなはず…あの人がこんなところに、しかも騎士服を着ているわけが…!)


 近づくたびに頬が熱くなる。

 その人は、ずっと会いたいと願っていたエイベル殿下…が、成長したらこんな姿になるんじゃないかと想像した姿、そのままだった。

 肩口まで伸びた金髪は美しく、しかし手入れはしていないのか少しもっさり。何より王族の証である紫の瞳をしていた。

 でも、頭の後ろで手を組んだままこちらに歩いてくるような、そんな不作法をエイベル殿下がするはずがないのよ。

 彼は、6歳の時点で礼儀作法が完璧と言えるほどだったのだから。

 顔は想像そのままなのに、纏う雰囲気や言動が一致しない。

 それが分かると、高鳴る鼓動は次第に落ち着いていった。


「お~い。君、生きてる?」


 いつの間にか、目の前で手を振られる距離まで近づかれていた。


「は、はい。大丈夫です」

「そう、ならよかった。で、君誰?」


 そう言って彼は覗き込むように顔を近づけてくる。


(ちょっと距離が近すぎないかしら?)


 私はそっと後ずさりをして距離を取る。

 それに彼は驚いた顔をしていたけれど、そんなに驚くことかしら?

 距離が出来て少し落ち着けた私は、目の前の騎士(?)の男にカーテシーをした。


「初めまして。明後日より、女中として働かせていただくことになったアリスです」

「ああ、そういうことね。確か少し募集してたっけ。俺はルベア。一応騎士をやってるよ」


 そう言って彼は帯剣してることを強調した。

 確かに、彼が腰に佩いてる剣は柄が豪華だ。実用性だけの衛兵がもつものとは違う。


(ルベア…様。じゃあエイベル殿下ではないのね。でも、瞳は王族のものだし、王族なのかしら?)


 記憶では、エイベル殿下には弟がいたはず。その方も金髪に紫の瞳だけれど、名前が違う。


「しかし若いね。いくつ?」

「12歳です」


(なんというか、ずいぶん遠慮がない方だわ。今の騎士様ってこんな感じなのかしら?)


 目の前の人がどんな人なのかが分からず、混乱するしかない。

 騎士といえばもっと厳格なイメージがあっただけに、ルベア様を見てると違和感だわ。

 王城に遊びに来た時に殿下の護衛で騎士様が付いていたけれど、一言も話さなかったからちょっと怖いと感じてた。


「それでは失礼させていただきます」

「まぁまぁそう急がなくてもいいじゃん。あ、何なら送ってこうか?」

「いえ、大丈夫ですので」


 そう言って足早に彼の横を通り過ぎる。

 ルベア様が追ってくることは無かった。


(世の中には、あんなにエイベル殿下に似ている人がいるのね、驚いたわ。本物のエイベル殿下と、どれくらい似ているのかしら?)


 それに、結局彼は王族と何のゆかりがある方なんだろう。

 そんなことを考えながら、タウンハウスへと帰った。





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