5話
ナナカの専属侍女になってほしい
そう言われた時、私の頭には疑問しか浮かばなかった。
まだ6歳なんですけど?
侍女だなんて、何の技術も持ってませんよ?
なんて言ったらいいか悩む私に、領主様はちらりとナナカを見た後に続けて言った。
「専属侍女とは言ったが、実際には身の回りの世話を全てやってもらいたいわけではない。君にはナナカと一緒に勉強を受けてもらいたいんだ」
「一緒に……勉強を?」
どういうことなのかしら?
ナナカを見ると、不貞腐れたような表情をしてそっぽを向いている。
その様子からは、彼女がこの件を受け入れているわけではなさそうなのが分かった。
「そろそろナナカには淑女教育を始めたいんだが、勉強が嫌いらしく逃げ回っていてな。そこで、同じ年の君も一緒に勉強に参加してくれれば、ナナカも勉強すると思ったんだ」
「はぁ……」
「お父様!あたしは嫌よ。こんな平民と一緒になんて!」
「ナナカ。文字も読めないお前がこの娘を馬鹿にできると思うか?」
「うっ……」
抗議する娘を一蹴した領主様は、再度私に向き直る。
「悪い話ではあるまい。もちろん、侍女としての仕事もしてもらうが一部でいいし、その分の給金も出す。どうだ?」
勉強ができる、仕事もできる、お金ももらえる。
(悪い話じゃないどころか、これはかなりの好待遇じゃないかしら!?)
降ってわいた幸運に内心にやけるのが止まらない。
それに、専属侍女という立場。こっちのほうがすごく大事。
実は、高位貴族の養子になる目的のためにどうすればいいのかについて悩んでたのよね。
いくら教養を学んでも、高位貴族と知り合わなければどうしようもない。
じゃあ、子爵家のお嬢様の専属侍女になればどうなる?
お嬢様だから、いつかはデビュタントを迎えることになるはず。
デビュタントは王城で行われるから、王都にいくことになる。
それに専属侍女なら付いていくことになるから、そのときがチャンスよね。
まさに千載一遇の機会。
これは逃せないわ!
「分かりました!喜んでやらせてもらいます!」
「そうか。君の両親には私から言っておくから、早速明日からいいか?」
「はい!」
まさに至れり尽くせり。
こんな状況を作ってくれたナナカには感謝しかないわ。
にっこり笑顔をナナカに向けたら、すごくイヤそうな顔をされたけど。
こうして私はアウクシリウム子爵家で、領主の娘であるナナカの専属侍女として勤めることになった。
1日のスケジュールは、午前中に勉強、午後から侍女としての仕事のお手伝い、3時を過ぎたら読書という内容に。
そして侍女ということで、私用に侍女服も誂えてもらった。
さすがに6歳児用の侍女服なんてあるわけないからね、私専用よ。
早速ナナカの部屋で勉強が始まる。
ナナカの部屋は白い家具で統一されていた。
壁紙やカーテンはピンクで年頃の女の子らしい。
部屋の中央に設置された机と椅子に、私とナナカが並んで座った。
ナナカは相変わらず、隣に座った私をにらんでくる。
「絶対、あなたより勉強できるようになってやるんだから!」
(すごい対抗意識だわ。面白い子ね)
どうもナナカはかなりの負けず嫌いらしい。
そのおかげで私に勉強の機会が生まれたから感謝だわ。
勉強が終われば、侍女としてのお手伝い。
ナナカの部屋の掃除とか、紅茶の淹れ方とか、着る服の準備。
服が少しほつれたくらいなら縫製できるように、裁縫も学んだ。
(リリーシアのときには全部してもらってたことを、私がやるようになるなんて思わなかったわね。でも、楽しいからよし!)
自分でも意外なのは、侍女の仕事が思った以上に楽しいって感じること。
思えば、家事の手伝いをしていたときも、イヤな気分になることは無かったわ。
(意外な才能の発見!なんちゃってね)
侍女のお仕事のお手伝いが終わった後は図書室で読書。
読書できる時間は半分になってしまったけど、それ以上に得られるものがある。
***
専属侍女として忙しい日々を送っていたら、あっという間に4年の月日が流れた。
10歳になったけど、相変わらずナナカは負けず嫌いのままで、勉強の習熟度を測るテストではいつも競ってくる。
「今日こそあたしが勝つんだから!」
「ふふっ、負けませんよ」
お互いにテストの答案用紙を突き出す。
点数は…私の勝ち。
「あぁんもう!なんで…何でアリスには勝てないのよぉ!」
負けず嫌いを爆発させたナナカはクッションを掴むと何度もソファーに叩きつけている。
私にはリリーシアの記憶があって、しかも王妃教育を学んでいたんだもの。
淑女教育のさらに上の段階だから、負けないわ。
「私のほうがいっぱい本を読んでますからね」
もちろん、そんな記憶があることなんて言えないから、読書の差ということにしておく。
でも、ナナカはそれでは納得がいかないようだ。
ギロッとこちらを涙目でにらんでくる。
「あたしだっていっぱい本を読んでるのよ!」
ナナカの負けず嫌いは勉強だけでなく、読書にまで及んだ。
私が歴史書を読めばナナカも歴史書を。小説を読めば小説を、医学書を読めば医学書を。
とにかく私に勝とうとナナカは対抗心を燃やしてくる。
最初はちょっと面倒だなと思ってたんだけど、4年も経つとそれがかわいく見えてくるから不思議だわ。
今では、すっかり私の中ではナナカはかわいい妹分みたいになってる。
(妹がいるのって、きっとこんな気分なのね!)
私がいることでしっかり淑女教育を受けているナナカは、10歳としてはかなりの成長ぶりを披露している。
特に外での淑女ぶりはなかなか好評だと領主様がおっしゃっていた。
元公爵令嬢の私から見ても、ナナカの礼儀作法は着実に完璧に近くなりつつある。
負けず嫌いを利用した領主様…いえ、旦那様の作戦は大成功だったというわけね。
そんなナナカの成長に対し、私だって負けてない。
最初は手伝いでしかなかった侍女の仕事も、今では本当にナナカ専属の侍女として働いている。
朝の支度から夜就寝するまで、勉強の時間と読書の時間以外は侍女に専念していた。
そのため、今はもう屋敷のほうで寝泊まりするようにしている。
個室もいただき、順調に専属侍女として腕を磨き続けた結果だ。
「もう!アリス、お茶!」
「はい、かしこまりました」
今ではナナカの呑むお茶はほぼ私が淹れている。
私が淹れたお茶が一番美味しいからだ。
なにせリリーシアの記憶で美味しい紅茶の味は知っている。
その味を再現しようとしたら、いつの間にか屋敷で一番紅茶を淹れるのが上手になってしまったり。
旦那様にも褒められたのはうれしかったわ。
椅子に座ったナナカの前と、別の席にもう1カップ紅茶を淹れて置く。
そこに私は座り、紅茶を一口飲む。ナナカも口を付けた。
「はぁ…相変わらずアリスの淹れる紅茶は美味しいわ。こればっかりは、勝てる気がしないもの」
「ふふっ、ありがとう」
勉強が終わったあとの休憩は、ナナカと一緒に私も席につくのが習慣になっていた。
だって、ナナカが私を後ろに立たせて、自分だけ休憩してるのが嫌なんだって駄々をこねたから。
それに、お客さんがいるとき以外は敬語も禁止。
ナナカは、身内と使用人だけのときは口調を昔に戻している。
それもあってか、私とナナカは、主人と使用人というより、友人みたいな関係になっていた。
朝から一緒、勉強も一緒、読書も一緒。
いつしか私にとって、ナナカは一番同じ時を過ごす存在に。
それが嬉しい。
(結局、リリーシアのときは友達いなかったものね。こうして友達ができるなんて思わなかったわ。…友達と過ごすのって、こんなに楽しいのね)
家族と過ごすのとも、好きなエイベル殿下と過ごすのとも違う、友達という存在。
それがどんなに大切な存在なのかを、私はやっとわかった気がする。
(でも、いつかは……)
私には目的がある。
だから、ずっとこのままではいられない。
いつか、ナナカのもとから離れる時が来る。
そうしないと、エイベル殿下の元へ行けないから。
(だから、その時までは)
ナナカがデビュタントを迎える15歳まであと5年。
あと5年は一緒にいよう。
そう思っていたのに、その時は思ったよりも早く訪れた。