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4話

 翌日私は早速領主様の屋敷に行ったわ。

 屋敷に着くと、案内人として女中がいたの。

 図書室に案内されると、その蔵書量に驚いたわ。


「ふわぁ…」


 見渡す限りの本、本、本!

 本棚は脚立を使わないと取れないほど高いし、もちろん上段までびっしり本が収まってる。

 そんな本棚が何列もあるの。

 ヴァスト公爵家の図書室も、一生かかっても読み切れないって言われるほどの蔵書数を誇ってるけど、それと同じくらいの規模なんじゃないかって思うくらい。


「すごい、ほんがいっぱい…」

「旦那様は知を重んじる方でして、今でも新しい本が出ると買いあさっておりますよ。おかげで、そろそろここも手狭になりそうです」

「そんなに!?りょーしゅさますごい!」


 確かによく見ると、本の装丁がまだ真新しいものが結構ある。

 日焼けしてるのもあるから、代々本を大切にしている家系なんだろうなって思う。

 図書室には司書もいて、読みたい本や取れない本があれば司書にお願いしていいって説明してもらった。

 それはすごい助かるわ!


 図書室は日焼けを防ぐために全体的に薄暗い。

 けど、一角に読むために机と椅子が用意してあったから、そこに本を持っていって読むことにした。


「よいっ…しょ!」


 まず持ってきたのは、『チェットアメン国 建国の歴史』。

 凄く分厚くて重い。

 自国の歴史を知ることは、まず基本よね。

 もちろん、内容自体は王妃教育で知ってるけど、もう4年も空いてるから復習から始めることにしたの。


 そうして、1日のうち、お昼までは家の手伝い。

 お昼ご飯食べたら本を読みにいくという生活を始めたわ。

 何度も通ってると、最初は怪訝な顔をしていた衛兵とも顔なじみになった。

 屋敷の中に入っても「もう知ってるからいいだろう」と領主様が案内人も無しに。

 もうフリーパス状態だわ。

 もちろん私は本を読むこと以外の目的はないから、気にしなかったし、いつもまっすぐ図書室に向かった。


 そんなある日。

 ちょっと気になる本を見つけてしまった。


(『薬学大全~毒草編~』…そうだ、もしかしたらこの本にリリーシアを殺すのに使われた毒が分かるかも!)


 毒が分かればだれが購入したとか分かるかもしれない。

 血を吐いたときの感覚は今も忘れないわ。

 いきなりお腹が痛くなって、何かがこみ上げてきたと思ったらそれが血だった。

 むせ返るような血の匂いに、エイベル殿下の悲しそうな顔。


(リリーシアが死んだこともショックだけど、エイベル殿下にあんな顔をさせたことが何よりも許せないのよ!)


 その怒りのままに本にかじりついたんだけど、どんな毒草の説明を読んでも、血を吐くなんて症状はどこにもなかった。


(おかしいわね。吐き気、腹痛、下痢、筋肉マヒ、痛み、皮膚の変色、臓器不全…いろんな症状があるけど、血を吐くなんて毒草はどこにもないわ。あれは毒じゃなかったのかしら?)


 今読んでる薬学大全は、その名の通りありとあらゆる情報を網羅しているので、とにかく大きい。

 4歳の体じゃ持てなかったので司書さんにお願いして机に運んでもらったけど、これに載ってないということは、少なくとも毒草の線はなさそう。


 できればリリーシアの死因を特定したかったけどね。

 そういえば、リリーシアの死はどう扱われたのかしら?

 ここの領主様は、聞いたところアウクシリウム子爵らしい。

 王都からちょっと離れていて、リリーシアの生家であるヴァスト公爵家の領地とも離れている。

 だから微妙に情報が届かないのよね。

 領主様に聞けば分かるかもしれないけど、聞いてもいいものか悩みどころ。


(だって、ただの平民の娘の私が、公爵令嬢について聞きたいとか不自然すぎるもの。それだけじゃなくて、殿下のことも聞きたいけど、まだどうにもできないわ)


 殿下は確か16歳になったはず。

 16歳はもう結婚できる年齢だけど、まだそういう話は聞かない。

 さすがに王子様が結婚したら、こんな田舎でもその情報が来てないとおかしいわ。

 だからまだ大丈夫のはず。


(焦っちゃダメよ、アリス。道は長いけど、着実に進んで行かないと!)


 薬学大全は戻してもらい、次の本を手に取る。

 今はとにかく教養を得るのみ。



 ***



 図書室に通い始めて2年が経った頃。

 私は6歳になって少し身長が伸びた。本棚で届かなかったり、重くて持てなかった本がもてるようになり、司書さんに頼むことが減ってきたわ。

 今日もいつも通り図書室に入室して、読む本を探していたら扉が開く音が聞こえてきた。


(司書さんがどこかに行ったのかしら?)


 気にせず本探しを再開していると、足音が聞こえてくる。

 どうやら司書さんが出ていったんじゃなく、誰かが図書室に来たみたい。

 静かな図書室に足音が響く。

 その響きが、普段と違ってちょっと軽い音のように感じる。


(領主様…ではなさそう?)


 領主様も図書室に頻繁に来るけど、その足音はしっかりしていて図書室内に硬い革靴の音が響く。

 それとは明らかに違う足音を響かせるのは誰なのか。

 つい気になって、本探しをやめて足音のほうに近づいてみた。


 本棚の陰から、顔だけをのぞかせて足音の持ち主を探してみる。

 すると、そこには一人の少女がいた。

 少女は領主様と同じ緑の髪をしており、ゆるくウェーブがかって、胸のあたりまで下ろしている。

 瞳も茶色で、どう見てもあの少女は領主様の娘で間違いないでしょう。


 何かを探しているのか、あちこちきょろきょろしている。

 と、私とばっちり目が合ってしまった。

 少女は驚きに目を見張り、次にはこちらをにらみつけるような表情で歩み寄ってくるわ。


(何かしら、私に用?でも思い当たることはないのよね)


 そんなことを考えていると、少女はあっという間に来て、私の目の前に立ちはだかる。

 じろじろと値踏みするように全身を見渡すと、人差し指を向けてきた。


「あなたが、我が家に入り浸っている平民の娘ね?」

「そうですよ」


 指を差されるのはちょっと不快感があるけど、相手が領主の娘ということで指摘はしないでおいた。


「あなた、本を読みに来てるんですってね?」

「ええ、そうです」

「嘘ね!」

「えっ?」


 いきなりそう言われ、私はきょとんとしてしまった。

 嘘って何が嘘なのかしら。


「あなた、どう見ても私と同じくらいじゃない。それなのに本を読めるだなんて嘘よ!さぁ、本当は何しに来てるのか言いなさい!」


(ああ、なるほど。そういうことね)


 確かに、6歳で本を…いや4歳からなんだけど…読めるのはおかしいことなのよね。

 だって、平民の識字率は高くないから。

 私はリリーシアの記憶があるから読めるけど、この様子だとこの少女もまだ字が読めるわけではなさそうね。


「ふん、やっぱり黙ったわね。さぁ、言いなさいよ!」


 考え事をしているだけなのに、勝手に嘘を認めたみたいにされてしまったわ。

 ここで言いくるめてもいいんだけど、こういうのはもうやって見せたほうが早いのよね。

 私は近くの本棚から適当に本を取り出した。

 タイトルは『マール侯爵家の栄光と凋落』。

 確か、歴史を学ぶと必ず出てくる名なのよね、マール侯爵家。

 今はもう没落してるけど、貴族にとってはこれ以上ないほどの反面教師として有名。

 やってはいけないことで栄光を得て、そして没落した、恥ずべき一族。

 タイトルからして、より深掘りした内容になってそうね。


 その本を手に、私は少女に向かって笑みを浮かべながら言った。


「この本、一緒に読みましょ」

「…はっ?何を言って…」


 本を持って机に向かう。

 本を机に置くと、椅子に座ってページを開いた。


「えーっと…『マール侯爵家の栄光は鉱山の発見に始まる。国内有数の埋蔵量を誇る鉱山の採掘を手掛けたことにより…』」

「あ、あ、あなた本当に本を読めるの!?」


 音読してみせると、少女は分かりやすく慌て始めた。

 ふふっ、これで信じるしかないはずね。


「読めるわ!」

「むむむ……」


 私が本を読めることが相当悔しいらしい。

 少女は顔を真っ赤にして、こっちをにらんでる。

 身の潔白を証明した私は、気分よくそのまま本の続きを読むことにした。

 読み進めて次のページをめくったとき、少女はその場から駆け出し、図書室を出て行ってしまった。

 図書室は走っちゃいけないのに。


 少女との邂逅から翌日。

 いつも通り図書室に向かおうとした私に、家令のエリックが声を掛けてきた。


「旦那様がお呼びです。こちらに来ていただけますか?」


 そうしてエリックに案内されたのは、領主様の執務室だ。

 部屋には品の良いソファーが向かい合わせに設置され、その間に小さなテーブルが一つ。

 その奥に重厚な机があり、そこに領主様がいた。

 そして、なぜかその領主様の隣に、昨日の少女もいる。


「来たか、アリス」

「はい、お呼びと伺いました」


(…まさか、昨日のことで何かあるのかしら?)


 思い当たるのはそれしかないもの。

 何を言われるのか待っていると、意外なことを言われた。


「アリスには、私の娘ナナカの専属侍女になってほしい」

「…えっ?」

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