28話(最終話)
それから月日は流れ、私は16歳になった。
この国では婚約は12歳から、結婚は16歳から。
だからもう結婚できる年齢ではあるんだけど、まだ婚約すらしていない私たち。
諸々の後始末が終わった直後に婚約し、そのまま結婚準備に入った。
さらに殿下の婚約が決まったことで、立太子も決まり、結婚後に執り行うことも決まる。
慌ただしい日々が始まったけど、その合間にも殿下と何度も逢瀬を重ねていた。
そして今日、ようやく殿下との結婚式だ。
朝から身体を徹底的に磨き込まれ、これでもかというくらいに豪奢なウェディングドレスを着させられていく。
最高級の絹をふんだんに使った真っ白なドレスはわずかなシミ一つ無く、まるで着る芸術のよう。
着々と準備が整っていく中で、やっと殿下と結婚できるという気持ちが高まっていった。
準備が整い、王都にある国内最大の教会へと向かう。
教会周りはたくさんの花で彩られ、壁も徹底的に磨き込まれ、白く輝いている。
入り口に馬車が止まり、お義父様のエスコートで降りた。
「きれいだよ、アリス。今日の君は、間違いなく最高の花嫁だ」
「ありがとうございます、お義父様」
黒に金の刺繍を施してある儀礼服を纏ったお義父様に手を引かれ、教会の扉の手前で止まった。
この先に、大勢の参列者がおり、その中には王族はもちろん高位貴族もいる。
そして何より、エイベル殿下が待っている。
そう思うと、嬉しくもあり、少しだけ怖くもある。
「緊張しているかい?」
「……はい」
ついエスコートされた手に力が入る。
すると、お義父様も握り返してくれた。
「あれだけ猪突猛進な君が、緊張するものなんだね」
「お義父様!それはあんまりですわ!」
「ふふっ、ごめんね。でも、君はそれくらいがちょうどいいよ」
「むぅ………ありがとうございます」
ちょっと釈然としないけど、緊張がほぐれたのは確かなのでお礼は伝えた。
お義父様にはかなわないわね。
「さぁ行くよ」
「はい」
握られた手をほどき、お義父様の腕にかける。
扉が開かれ、大勢の参列者と、祭壇前で待つエイベル殿下の姿が見えた。
お義父様に手を引かれ、ゆっくりと歩みを進めていく。
真っ白なタキシードを纏った殿下は、金髪を後ろになでつけ、紫の瞳をじっと私に向けている。
その瞳のなんて優しげなことか。
嬉しいという感情がその瞳だけでも十分に伝わってくるわ。
手前まで歩み寄ると、私はお義父様の腕に乗せていた手を放した。
「頼みましたよ、殿下」
「もちろんです」
お義父様と殿下が短く挨拶し、私は今度は殿下の腕に手を掛ける。
祭壇までの短い距離を進む中で、殿下は私にだけ聞こえるようにそっと囁いた。
「きれいだ、アリス」
「ありがとうございます。殿下も素敵ですわ」
短い言葉だけど、それにどれだけ殿下の気持ちが込められているかははっきりとわかる。
祭壇まで進むと、大司教が祈祷を行い、誓約へと進む。
「新郎エイベル・チェットアメン。 あなたはここにいるアリスを、悲しみ深い時も喜びに充ちた時も、共に過ごし愛をもって互いに支えあうことを誓いますか?」
「はい」
「新婦アリス・プリムス。 あなたはここにいるエイベルを、悲しみ深い時も喜びに充ちた時も、共に過ごし愛をもって互いに支えあうことを誓いますか?」
「はい」
「よろしい。では、指輪の交換を」
殿下が指輪を取り、そっと私の左手の薬指にはめてくれる。
私も、殿下の左手の薬指に指輪をはめた。
結婚したということを形で教えてくれる指輪。
その存在に、目頭がつい熱くなってしまう。
「それでは、誓いのキスを」
殿下がベールダウンしてくれる。
ベール越しではない殿下の顔が、今日は普段よりもずっと素敵に見えてしまう。
見下ろす紫の瞳が徐々に降りてきて、私はそっと目を閉じた。
「ん……」
唇に触れる柔らかな感触。
それはすぐに離れ、わずかな余韻しか残らない。
何度も頬や額にしたりしてもらってきたけど、これは特別だ。
初めての唇のキスはあっという間で、でも頭に鈍い痺れのようなものを感じた。
このキスは、一生記憶に残り続けると思う。
キスを終え、参列者へと振り向く。
最前列にはお義父様であるプリムス公爵や国王陛下や王妃陛下が。
その後ろには高位貴族の方々が並んでいた。
その中にはもちろん、親友のナナカやお世話になった元旦那様もいる。
そして、最後尾には、私がアリスとして生まれたときの両親がいた。
本当は最前列に座ってほしかった。
でも平民の二人は、国王陛下たちと肩を並べて座ることなんてできないと、本当は結婚式への参列すら拒否されてしまったの。
それでも、どうしても並んでほしいと懇願した私に、二人は最後尾に座ることで承諾してもらえた。
二人がいて、私を生んでくれたからこそ、私はここにいられるのだから。
祝福の言葉を受けながら教会を退場した私たちは、そのまま屋根のない馬車に乗り込み、王城までの道を進む。
その道の両脇には、王族の結婚を祝う民衆の方々であふれていた。
誰もが手に花を持ち、宙へと舞い上げる。
フラワーシャワーを浴びながら、私は殿下と並んで民衆へ向けて手を振った。
「民には散々待たせてしまったからな。祝ってもらえて私は幸せ者だ」
「もちろんです、殿下。みんなが、殿下の幸せを願っていますからね」
「なら、私は君の幸せを願おう」
肩に手を回され、ぐっと引き寄せられると頬に柔らかな感触を感じる。
その瞬間、民衆の騒ぎが最高潮に達した。
何をされたか一瞬分からなかったけど、理解が後から追いつき、一気に顔が熱くなる。
いくら私でも、こんな大勢の人の前でされれば恥ずかしいわよ!
「で、殿下!」
「フフッ。どうだ、君も皆から幸せを願われているのが分かったか?」
「もう……なら!」
私も殿下の頬に手を添えると、少し力を入れて顔を向かせる。
そして、その唇に自分の唇を重ねた。
さっきが最高潮だと思ったのに、それを上回る歓声が上がり、割れんばかりの拍手も巻き起こる。
さすがに殿下も顔が真っ赤になっていた。
私も真っ赤になっているから、おあいこだわ。
「お返し、です!」
「…まったく、君にはいつもしてやられてばかりだな」
馬車は王城に到着し、それからは豪勢を極めた披露宴が行われた。
食べきれないほどの料理の数々に、年代物から浅いフルーティーなワインまでさまざまに用意され、賓客大いに食べ、飲み、酔いしれている。
宴は深夜まで続いたけど、私と殿下は早々に引き上げ、今夜のために用意された部屋へと向かった。
そこでどうするのかを知らないほど、私も初心じゃない。
ドレスを脱ぎ、身を清められ、部屋に戻るとそこには同じく身を清めた殿下が待っていた。
「お待たせしました、殿下」
「いや、待ってない。それよりも…」
殿下が自分が座っているソファーの隣を叩く。
その意図を察した私は、殿下の隣に腰を下ろした。
すぐに腰に殿下の手が回り、引き寄せられる。
互いに薄着なので、肌の感触が普段よりも分かり、それがこの後を想像させて顔が熱くなった。
「これからの時間は、殿下ではなく、違う呼び名がいいな」
「…では、エイベル様」
「まだ固いな。愛称で呼んでほしい」
「愛称…ですか」
エイベル様の愛称。
どんなのがいいかしら。
エイベル、エイベル……う~ん……あ。
「では、ベル様でどうでしょう?」
「様もいらない」
「………ベル」
「…いいな、アリスがさらに近くなった気がする」
ふにっと頬にキスをされた。
私も負けじとベルの頬にキスをする。
次もしようと思ったら、ベルはクルっと顔を回し、頬ではなく唇にキスをしてしまった。
「キスをするなら唇がいいな」
「ふふっ、私もです」
「…今日まで、本当に長かったな」
「はい、本当に、長かったです」
あと4年待てば結婚できると思っていた12歳のリリーシア。
それから生まれ変わり、16年という年月を経てやっとその願いは叶えられた。
もちろんこれで終わりというわけじゃない。
これからベルは立太子して正式に王位継承者となり、国王となる。
私は王妃になり、国内外でベルを支える存在へ。
それはきっと、たやすい道ではない。
でも、そんなのは分かり切ってること。
ベルのことが好きだと直感したあの時から、どんなことがあってもベルと一緒にいて、支え続けると決めたんだから。
「ベル」
「なんだい?」
「愛してます」
そう言って、またキスをする。
すると、膝裏と背中に手を回され、いきなり抱きかかえられてしまった。
「ベル?」
「……もう、我慢できそうにない。いいな?」
「……はい」
頷くと、ベルは私を抱きかかえたまま、大きなベッドへと進み、私を下ろした。
そしてベルもベッドに乗り、すぐ横に寝そべると、私を抱きしめた。
私もベルの体に腕を回し、抱きしめ返す。
夜着越しに触れあう感触に鼓動が激しくなった。
「できるだけ、優しくする」
「はい……」
それから私とベルの物語は、劇団の演目として後世に長く伝えられることとなった。
いつの間にか私がリリーシアの生まれ変わりという情報まで広まっていたけれど、それが民衆受けが良かったらしく、死を乗り越えてなお結ばれた愛として大人気だという。
平民に生まれ変わろうとも、なお諦めない不屈の心の持ち主として、私の存在は国中の女性の憧れになっているとか。
諦めなければすべてが叶う…なんて都合のいいことは言わないわ。
元旦那様やナナカ、お義父様との出会いがなければ今の私は無かったもの。
運が良かっただけって言うこともできる。
でも、諦めてしまえば叶う可能性はゼロ。
絶対にベルと結婚することを諦めなかった私と、絶対にリリーシアを殺した犯人を捕まえることを諦めなかったベル。
諦めない者同士で築き上げたこの物語は、国民の希望となり、それは結果として国に大きな繁栄をもたらしたという。
~終~




