3話
のどかな田舎。
家を出ると、そう表現するのが適当だと思えるような風景がそこにあった。
土を踏みならしただけの道に、その道の両側には畑と家がポツポツと。
家は木造でほとんどが平屋。王都では当たり前だった2階建て、3階建ての家はどこにも見当たらない。
奥には森や川が見え、人の姿もまばら。
その中の道を1時間くらい進んでいくと、屋敷が見えた。
(4歳の体じゃ遠いわ。多分、ここが領主様の屋敷よね)
周囲を囲む壁があってしっかりとした門構えだし、衛兵らしき人も立ってる。
手には槍を持っていて、ちゃんと武装してるわ。
門の先には、比較的新しそうな屋敷があった。
まず衛兵っぽい人に確認しましょう。
「あの」
「ん?何だお嬢ちゃん、迷子かい?」
「いえちがいます、ここはりょーしゅさまのおやしきですか?」
「ああそうだよ」
良かった。間違ってなくて。
でも、本番はここからなのよね。
緊張でつばを飲み込むと、本題を切り出すことにした。
「りょーしゅさまは、いっぱいほん、もってますか?」
「本…?多分持ってると思うけど」
「よみたいです、よませてもらえないですか?」
「はぁ?」
聞いたら、「なんだこいつ」って顔された。
でも、そんなことでくじけてはいられないもの。
「よみたいんです。りょーしゅさまにきいてください」
「あのなぁお嬢ちゃん、領主様がそんなこと一々聞いてやるわけないだろ」
「りょーしゅさまがそういったんですか?」
「言ってないが、忙しい方なんだ。ほら、あっちいけ」
手で追い払うようなしぐさをされた。
そんなことされたら私だって、穏やかにいられないわ!
「やだ!ほんよませてくれないなら、かえらないもん」
「わがままなガキだな。まったく、どこの家のガキだ?」
「がきじゃないもん!」
「ガキだろ!」
衛兵とにらみ合ってたら、もう一人いた衛兵のおじさんが「まぁまぁ」となだめてくれる。
「俺が聞いてくる。それで領主様がダメっていったら納得してくれるか、お嬢ちゃん?」
「やだ。だめっていうなら、せっとくする!」
そう言ったら、その衛兵は口元を引くつかせてた。
ダメって言われただけで引くわけないでしょう。
「ほらみろ。こんなガキ、さっさと追い返したほうがいい」
「まぁ待てって。俺が聞いてくるから、とりあえず待っててくれるか、お嬢ちゃん」
「うん!ありがとう、おじちゃん」
そう言って衛兵は屋敷の中に入っていった。
残ったのは、私と追い返そうとしてくる別の衛兵だけ。
「まったく、とんでもねぇガキだぜ」
「がきじゃないもん」
中身だけならもう12歳だし。
でも、とんでもないのは自覚あるわ。
そのまま少し待ってたら、衛兵と一緒に執事服を纏った男性が出てきた。
少し白髪混じりでお年を召してそう。
多分家令かしら?
その人は私の前まで歩いてくると、しゃがみ込んで私と目線の高さを合わせてくれる。
この人、できるわ!
「私はこの屋敷の使用人を束ねる家令のエリックでございます。お嬢様のお名前は?」
「ありすです」
「アリス様ですか。本日はお屋敷にある本を読みたくて来たということですが、本当ですか?」
「はい」
「なるほど、読みたい本は何ですか?」
「ぜんぶ」
そう言ったら、エリックさんは目を丸くしたわ。
何かおかしなことを言ったかしら?
教養を得るためですもの。
歴史書、伝記、地理、マナー…どれを読んでも不要なものなんてないわ。
娯楽の小説だって、その国や土地の文化を反映しているから、結構重要なのよ。
「…アリス様は、絵本が読みたいのではないですか?」
「えほんも、そうでないのもぜんぶです!」
手を上げて、元気よく答えた。
絵本ももちろん読むわ。
絵本も教養という意味ではその時代の在り方や考え方を反映してるから、意外と大事だったりする。
「…わかりました。旦那様に確認いたします。最後にお聞かせ願えますか?どうして本を読みたいんです?」
「きょーよーがほしいからです」
「…なるほど。教養ですか。ではその教養で、何をなさるのですか?」
「いわないです」
「えっ…?」
「いわないです」
頭を横に振って、拒否を示す。
エリックさんは驚いているけど、言えるわけ無いわ。
殿下と結婚したいから本を読みたいだなんて。
考えたの。
どうしてリリーシアは殺されたのか。
それは、殿下と結婚したいって、口に出していたからだと思ったの。
言わないで、こっそり心に秘めていれば、殺されることも無かった。
それを、大々的に言ってしまったから、狙われたんじゃないかって。
だから、誰にも言わないことにしたの。
言ってしまったら、邪魔されるかもしれないから。
エリックさんはじっと私を見つめ、私も見返した。
たっぷり1分くらい?見つめ合ったあと、エリックさんは息を吐いて立ち上がった。
「…わかりました。では私は旦那様に確認してきます。ここで待っていただけますね?」
「はい、おねがいします!」
「それでは」
エリックさんが背を向け、屋敷の中へと戻っていく。
屋敷の扉が閉じられると、こちらに向き直った衛兵がため息まじりに呟いた。
「ほんとにとんでもねぇガキだわ…」
ガキじゃないもん!
それから数分経つと、屋敷の扉が開いた。
そこからさっきのエリックさんと、知らない人が一緒に出てきた。
エリックさんが後ろに付いているから、もしかするとこの人が領主様かしら?
「その子供が例の?」
「はい、旦那様」
旦那様と呼ばれた人が、私を見下ろす。
短めの緑色の髪に、茶色の瞳。
この中では一番偉いのか、服もちゃんと紺のジャケットに白いスーツとしっかりしてるわ。
歳は多分、30前後くらいかしら?
「…娘と大して変わらなさそうじゃないか」
領主様、娘がいるのね。
しかも私と近いみたい。
領主様は私の全身を見回した後、目を合わせてきた。
「君は、アリスといったか?」
「はい」
「屋敷の本が読みたいと?」
「はい」
「だが、その理由は言えないというんだな?」
「はい!」
しばし沈黙が訪れた。
やっぱりダメって言うのかしら?
本当は、ダメって言われたらどうするかなんて考えてない。
説得するって言ったけど、それはダメな理由を聞いてから考えればいいと思ってたから。
それから、どれくらい経ったかしら。
突然、領主様は笑い出した。
その奇行に、私も衛兵も、エリックさんも驚いて領主様をみていたわ。
「はっはっは!すごいなエリック。この年で目的を明かすリスクを知っているとはな」
「さようでございます」
「いいだろう、気に入った。屋敷の図書室に入ることを許可しよう」
「ほんとですか!?」
思わぬ返事に、私は嬉しくて飛び上がった。
「ああ。その代わり、入っていいのは図書室だけだ。他の場所に入ることは禁ずる。守れるか?」
「はい!」
「ならばよかろう」
やった!
これでやっと本が読めるわ。
喜びの気持ちをそのままに、私は領主様に頭を下げた。
「きょかしてくださって、ありがとうございます」
「ああ、そこの衛兵に言って屋敷に入れてもらえ。案内人はこちらで用意しておくから、明日から来なさい」
「はい!」
明日から本が読み放題!
私は喜んで屋敷を後にし、気持ちそのままに両親に領主様に本を読んでもいい許可をもらったって報告したわ。
そうしたら、「何を勝手なことをしてるんだ!」って怒られちゃったわ。
仕方ないわよね、でも絶対に必要なことなんだもの。
結局、両親も怒りこそすれ、止めることはしなかった。
だって領主様がわざわざ許してくださったんだもの。
その許しをなかったことにはできないものね。
両親には要らない心配をかけちゃったけど、それでも私は前に進むの。