27話
色々と後始末が進む中、エイベル殿下から一つの頼み事…というかお願いをされました。
休憩も兼ねて、殿下の私室で私が紅茶を淹れる。
それを一口飲んだ殿下は、向かい側に座る私に向けてゆっくり口を開いた。
「頼みというのはほかでもない、ヴァスト家のことだ」
「ヴァスト家…リリーシアの実家がどうなさいました?」
「今、王家とヴァスト家の関係がギクシャクしているのを知っているか?」
「…お義父様から少し」
原因は、リリーシアの死だ。
リリーシアが殺されたのは、王家で開催された茶会が現場。
そのため、ヴァスト家は王家の警備の不手際を厳しく糾弾し、犯人を捕らえるまでは王家との距離を置くことに決めたという。
国内最大の資産と領地を有するヴァスト家にそっぽを向かれたままなのは王家としてまずい。
そこで、今回やっと犯人を捕らえることができたので、関係改善をしたいというのが、王家の目的ということだ。
「ただ、それだけではないんだ」
「そうなんですか?」
「…当主夫妻は、娘のリリーシアを溺愛していた。それは君も分かるだろう。だからこそ、リリーシアを喪った悲しみは相当なようだ。王家への怒りもあるが、それ以上に悲しみから立ち直れていないらしいんだ」
「そんな……」
立ち直れていないというのは、リリーシアの兄からの話だそうだ。
当時リリーシアの4つ上の兄。
今は31歳くらい。
まれに王城に顔を見せにくるらしく、その際に殿下と話もすることがあるようだ。
リリーシア殺害の犯人は捕らえられたが、夫妻の悲しみは癒えぬまま、未だに屋敷に閉じこもっているという。
両親のその姿に、どうにかしたいと兄は殿下に相談したようだ。
「なるほど。だから私の出番なのですね」
「ああ。喪ったと思っていたリリーシアがアリスとして生まれ変わったと分かれば…夫妻の悲しみを癒せるのではないかと思っている。頼めるか?」
「もちろんです!」
両親がリリーシアの死のせいでずっと悲しみに暮れているなんて、そんなの私だって悲しいわ。
二つ返事でうなずいた私は、早速ヴァスト家に向かうこととなった。
馬車に揺られること数日。
私は懐かしき我が家を前に、馬車から降り立った。
殿下のエスコートで。
当初は私と兄だけで行く予定だったけれど、殿下も当然という体で付いてきた。
「王家としての立場もあるからな。それに、色々と報告したいこともある。君との婚約などな」
「っ…そう、ですね」
両親との顔合わせ。
殿下とリリーシアの両親は何度も顔を合わせているので今更感はあるけど、それが婚約の発表だと思うとなんだか恥ずかしいような感じがするわ。
ちなみに兄と面会したけど、兄はいまいち私とリリーシアが同じだということにピンときていないよう。
それもそうよね、15年ぶりですもの。
断言できる殿下が、ちょっと変なだけで。
ただ、それは両親にも言えるかもしれないと思うと、少し不安にもなる。
その不安を途中の馬車で打ち明けると、殿下は自信満々に言った。
「案ずるな。私が君を保証する。それに、きっとリリーシアの両親は君のことが分かるはずだ」
そこまで言われたら、安心するしかないわよね。
そうして屋敷の中に踏み入ると、変わらない景色が私を迎えてくれた。
玄関の絨毯や壁画。
でも、聞いていた通り、雰囲気はどこか暗い。
並んで出迎えてくれた使用人たちは、さすがに15年の月日が経っているから見覚えのない人のほうが多い。
でも、それでも数少ない見覚えのある人を見つけると嬉しくなってしまった。
「執事長!まだお元気だったのですね!」
「はい、お嬢様。老体ではありますが、まだまだ現役を続けさせております」
「無理はしないでちょうだいね。もう63でしょう?息子さんには譲らないの?」
「まだまだ未熟ですから、あと数年はしごかないといけません」
「フフッ、相変わらずスパルタね」
私は『リリーシア』として振る舞った。
これは殿下と兄と話して決めたこと。
元平民アリスとしてではなく、ヴァスト公爵家令嬢リリーシアとして。
この屋敷に、もう一度息吹を吹き込むために訪れたのだから。
だから、屋敷の住人はもとより、使用人たちにも私が『リリーシアの生まれ変わり』であるという情報は触れてある。
もちろん、余計な問題ならないよう、口外は禁止してあるけどね。
私たちはそれぞれの部屋に通された。
私はリリーシアが使っていた部屋に。
部屋は当時のままだった。
私が使っていた机や椅子、服なんかは昔のまま。
それに懐かしさを覚え、家具に手を添えて肌でも戻ってきたことを実感する。
肝心の両親との面会は、まだ両親のほうが心が決まらないとのことで後日に見送られた。
そうよね、いくら娘の死を悲しんでいたとしても、だからといってその娘が生まれ変わったというのをあっさり受け入れられるわけではないもの。
そして翌日。
私は殿下と一緒に庭園を歩いていた。
15年ぶりの庭園は少し変化していて、庭師の案内を受けていく。
もちろん、ただ庭を歩いているだけじゃないわ。
この様子を、屋敷の中から両親がどこかから見ているはずとのこと。
いきなり対面するのではなく、まずは遠目から本当に娘なのかを確認したい。
そうおっしゃったので、その通りにすることにした。
だから私は普段通りにすればいいんだけれど、いざそう言われると困惑してしまうわ。
「いつも通りの私って、どんな感じだったかしら…?」
ついぼやいてしまったら、隣を歩く殿下は苦笑しながら答えた。
「そうだな。私も、『ルベア』を演じるのは慣れればさほど難しくはなかった。しかし、演技をやめた後は自分が分からないこともあったよ」
「まぁ、殿下にもそういうことがあったんですね」
「ああ。だから私は、何も考えないようにした。考えない自分こそが、本当の自分と言えるからな」
「なるほど、さすが殿下です!」
わざわざリリーシアを演じないようにしないほうがいいってことよね。
そうと分かれば、私は早速殿下の腕に自分の腕を絡めた。
「リリーシア?」
「えへへ」
考えるのをやめたら、勝手に身体が動いてしまったわ。
殿下の顔を見上げると、殿下は少し困ったようにはにかんでいた。
ふふっ、嬉しいけどどう反応したらいいか分からないって顔だわ。
その後、仲睦まじく庭園を歩き、応接間に戻って一息つく。
そこに、両親が面会したいという申し出がきた。
もちろん承諾し、少しして両親が現れた。
記憶よりも少し老け込んだ両親との15年ぶりの対面に、私は涙ぐみ、溢れる気持ちが抑えられなかった。
「お父様!お母様!」
「おっと」
飛びついた私を、お父様は少しよろめきながら受け止めた。
そして、すぐに頭を撫でてくれる。
ああ、この感じ…ここにきてやっと私は、帰ってきたという実感を持った。
「ふふ……相変わらず甘えん坊な娘だ。そう思わないか?」
「ええ、貴方。これではお嫁に出していいか、迷ってしまいますわね」
両親の苦笑いが頭の上から下りてくる。
そんなことも、ここで暮らしていたときには言われていた気がするわ。
「こんな甘えん坊ですが、よろしいのですか?殿下」
「ええ、もちろんです。リリーシアこそが、私の嫁にふさわしいですから」
「…リリーシア、本当に王族に嫁ぐのか?また、命を狙われる危険性があるんだぞ」
お父様の懸念は尤もだ。
それは分かる。
でも、そんなことで諦めるつもりは毛頭ないのよ!
顔を上げ、しっかりとお父様の顔を見る。
「大丈夫です、お父様。もう私は何も知らないままだった『リリーシア』とは違いますから」
「……そうか。もう……お前は前に進んでいるんだな」
「はい!」
「なら…われらも前に進まねばならないな」
お父様がそう言うと、お母様もうなずいた。
2人の顔には、もう悲壮感はない。
「殿下。国王陛下にお伝えください。ヴァスト家は、これからも王家と共にこの国を支えていくと」
「分かった、しかと伝えよう」
この瞬間、王家とヴァスト家のわだかまりは解消された。
近々、兄が爵位を継ぐことも決まり、両親は隠居して領地運営に専念するとか。
リリーシアの死から解放され、先を見据えるようになった両親に、私は嬉しくてまた抱き着いてしまった。




