26話
ミルドレッド様が捕まり、毒の入手経路を調べるためにアイクオ家の捜査も始まった。
王妃主催のお茶会がきっかけであり、被害者となりかけた人物が殿下の婚約者候補だったということもあって、捜査の指揮は殿下が執った。
結果、やはり毒はルテェアット国から秘密裏に輸入されたものということが分かり、それ以外にも違法貿易の記録もあった。
貿易による利益を誤魔化していたということなので、立派な脱税だ。
それ以外にも、貿易の要であるはずの船乗りへの不当な圧力や過重労働、過少賃金。
沈没寸前の船を無理やり航海に出させて、沈没した際の補償を行わなかったこと。
領地内での人身売買まがいの取引、税金の不当な吊り上げ、殺人の隠蔽。
様々な悪行が浮き彫りとなった。
ミルドレッド様に関しても、エイベル殿下に近づいた令嬢たちへの被害報告が上がっている。
衆人環視での辱め、暴漢を使っての暴行、さらに悪質になると濡れ衣をかぶせて没落させた家もあった。
その辺の情報は、殿下が『ルベア』として情報収集した面が大きく、被害を被った個人や家については、王家がこっそり保護したり補償していたとか。
表立ってやらなかったのは、ミルドレッド様の行動を過激化させて、尻尾を出すのを待っていたかららしい。
ここに、15年前のリリーシア殺害の罪も加わった。
こうしてアイクオ家とミルドレッド様の罪状は恐ろしいまでに積み上がり、一族郎党処罰された。
当主は違法貿易、巨額の脱税、リリーシア殺害や今回の茶会での殺人未遂を主導したことなどの罪により、爵位と資産を全て没収。
そして、最も過酷とされる海路を航海する船乗りとしての業務に従事することを命じられた。
死罪こそ免れたものの、今まで散々虐げてきた船乗りたちの元に行くことになったのだ。
彼がどのような扱いを受けるかは、私には想像できない。
多数の令嬢や貴族を貶め、リリーシア殺害の実行犯でもあるミルドレッド様は、取り調べの中で彼女自身もまた父親であるアイクオ家当主の被害者であることも判明。
彼女は父親に王妃になることを強要され、ときには折檻されることもあったとか。
父親も捕まったと聞かされたあとは、あの傲慢な態度は鳴りを潜め、取り調べには淡々と応じたという。
その証言は殿下がもっている情報と偽りが無かったため、反省していて情状酌量の余地ありとみなされた。
処罰は孤島の修道院に送られることに。
脱出不可能な孤島であるため、事実上の流刑地だ。
ミルドレッド様の処遇を聞いた私は、彼女の態度に納得のようなものを感じていた。
彼女は王妃になりたいなんて思っていなかったんだと。
周囲への苛烈な態度や、見目麗しい令息たちを侍らせることは、彼女が自分の心を守るための、ささやかな抵抗だったのかもしれない。
父親が捕まり、王妃にならなくていいと分かった今、彼女は何を想っているのかしら?
ミルドレッド様に会いたい。
そう願い出たところ、エイベル殿下にはやっぱりいい顔はされなかった。
「反省をしているのか、大人しいがな。だが、君が行けば豹変するかもしれない。気分を害するだけかもしれないぞ?」
「かまいません。今更罵倒の一つや二つどうとも思いませんから」
「…君のたくましさには心底呆れるほどだな。いいだろう」
そして面会当日。
牢屋…といっても薄暗い地下牢ではなく、貴族用の少しだけ快適な、いわば軟禁部屋のようなところにミルドレッド様はいた。
床に座ってベッドに背中を預け、うずくまったままのミルドレッド様。
あれだけ美しかった黒髪はすっかり艶を失い、縮れてしまっている。
ドレスは茶会のときそのままで、あちこち汚れたまま。
足音に気付いたのか、ミルドレッド様は顔を上げた。
来たのが私だと分かると、彼女はまた顔を伏せる。
「ミルドレッド様」
「………」
呼びかけても返事は無い。
彼女は今、後悔しているのか、それとも何も考えていないのか。
彼女の人生全てを支配してきた父親がいなくなり、安心しているのか。
聞くか、聞かないほうがいいか。
逡巡していると、ミルドレッド様から声を掛けられた。
「……あなたは」
「はい」
「……どうして王妃に?誰に命じられたの?」
「誰にも命じられていませんし、そもそも王妃になりたいと思ったこともありません」
「…なら、どうして?」
「殿下が好きだからです。だから、王妃になるのはついでです」
「そう……。じゃあ私一人だけが、道化だったのね」
乾いた笑いが聞こえる。
もしかしなくても、私の答えが彼女にとって最も残酷だったかもしれない。
私と彼女とでは、見ているものが全く違ったから。
私は自らの意思で、エイベル殿下を。
彼女は父親の意思で、王妃という座を。
その差が、今この状況を生んだのかもしれない。
「………」
「………」
それきり彼女はもう何もしゃべらなかった。
殿下はミルドレッド様を反省していると言ったが、私はそうとは思えなかった。
彼女は反省をしていない。
だって、最初から王妃になりたいと望んでいないのだから。
王妃になろうとした意思を悔いて改めたのなら、それを反省と呼ぶでしょう。
でも彼女はそうじゃない。
今の彼女にあるのは虚無のような気がする。
自分の生きる意味が、王妃になることしかなかった。
それが失われた今、彼女には何もない。
孤島の修道院に行くことを告げられた時も、彼女は頷いただけだったという。
哀れ。
それが今のミルドレッド様を見て抱いた感想だ。
彼女には何を言っても響かない。
私は一礼をして、その場を後にした。
面会を終えて殿下の私室に戻ると、殿下もいた。
「終わったか。どうだった?」
「……今の彼女には、何もありませんでした。本人は道化と言っていましたが、抜け殻と呼ぶ方が正しい気もします。彼女は自らの意思で王妃になりたいと望んでいたわけではなかったのですから、何もないように見えました」
「道化……抜け殻……いずれも、当人はそこにおらず…か。気が済んだか?」
「はい」
殿下の隣に腰を下ろすと、さりげなく腰に手を回される。
ようやくリリーシア殺害の事件が解決へと導かれ、殿下の長年の懸念が解消された。
つまり、やっと殿下が結婚を意識できるようになったわけで。
「私としては、今すぐにでも婚約…いや結婚式を挙げたいくらいだがな。さすがに公爵家を潰した後始末には時間がかかる。その後になってしまって、済まない」
謝る殿下だけど、その表情は明らかに落ち込んでいる。
私よりも、殿下のほうが遅れることを残念がっているのが見え見えだわ。
ふふ、そこがかわいいのだけれどね。
「大丈夫です。散々殿下を待たせてしまいましたからね、今度は私が待ちますから」
殿下の肩に頭を預ける。
殿下の手が髪に触れ、優しく梳いてくれる。
それが気持ちよくて、うっとりと目を閉じてしまう。
「迅速かつ確実に終わらせる。1年以内だ」
いやそれはかなり無理があるのでは?
そう思ったけれど、見上げた殿下の目は本気だった。
これは殿下本人はもちろん、周囲もかなり無理強いさせられてしまいそう。
早くなるのはうれしいけど、無理はしてほしくないわ。
そんな気持ちで、そっと殿下の頬にキスをした。
「無理、しないでくださいね?」
「っ!もちろんだ」
頬をほんのり赤く染めた殿下。
その姿がまたかわいくて、つい笑ってしまったわ。




