25話
いよいよ王城で茶会が開催される日。
私は朝から参加するための準備に追われていた。
なにせ殿下の婚約者候補として噂は既に広まっている。
なら、それに恥じない恰好をしていくのは当然よね。
宰相でもあるお義父様は今回の作戦も把握している。
お義父様からは一言。
「目に物を見せてやりなさい」
すごくいい笑顔で言われたわ。
最終打ち合わせは前日に済ませてあるから、今日は参加者の一人として振る舞うこと。
今日のために仕立てた青色のドレスを纏い、馬車に乗り込んだ。
さぁ、いよいよね。
王城に着くと、案内され中庭へと通される。
今日の茶会の主催は王妃様だ。
今回の作戦のために、殿下が協力を要請したらしい。
茶会の趣旨としては、王妃様直々に国内の有能な令嬢を集め、殿下の婚約者候補として相応しいかどうかを見極めるというもの。
なので、ミルドレッド様はもちろん、年頃で未婚の令嬢たちも集められている。
中庭は既に何人かの令嬢たちが集まっていた。
そこに踏み込むと、視線が向けられる。
当然でしょうね、私の存在を知る令嬢はほぼいないから、物珍しいはずだもの。
しばし花を見ながらたたずんでいると、場の空気がざわつく。
その方向を見ると、いつもの派手さを少しも損なわないミルドレッド様の姿があった。
彼女の視線が私を捉えると、すぐさま彼女は口から下を扇で隠す。
しかしその目は、彼女が今どんな気持ちなのかを物語っている。
すさまじい殺気が籠った目を。
(前よりもずっと殺気立ってるわ。あの目、絶対仕掛けてくるわね)
やっぱり私が婚約者候補に挙がっているという情報を流した効果はあった。
今頃、殿下たちが茶会の準備に目を光らせているはずだ。
仕掛けて来るならそこしかない。
しばらくして王妃様も現れ、各自好きな席について和やかに茶会が始まった。
私は作戦通り、最初から王妃様の隣に陣取った。
これも挑発の一つ。
ミルドレッド様も、王妃様を挟んで反対側に座った。
「あら、アリスさんね。あなたには特に期待しているわ」
「ありがとうございます」
それだけ。
でも、周囲の令嬢が息を呑んだのが分かる。
王妃様直々に期待していると言葉をかけられたのだから。
もちろん、その言葉はミルドレッド様にも届いているはず。
そのまま茶会は穏やかに談笑しながら時は過ぎ、私にも2杯目の紅茶のおかわりが注がれた。
侍女が紅茶を注ぎ、サッといなくなる。
しかしその侍女は明らかに様子がおかしい。
ほんのわずかに紅茶を注ぐポットが震えていた。
チラリとミルドレッド様を見ると、ずっと睨みつけていた彼女が笑みを浮かべていたのだ。
(なるほど、今の侍女なのね)
ということは、今注がれた紅茶が毒入りのはず。
私はカップを取り、そして…一口飲んだ。
うん、おいしい紅茶だわ。
ミルドレッド様は変わらず笑みを浮かべたまま。
さて、その笑みがいつまで続くかしら?
むしろ笑いたくなるのはこちらのほうだというのに。
すると茶会がにわかに騒がしくなってきた。
そちらに目を向けると、仮面を着けたエイベル殿下と側近がこちらに向かってきたのだ。
もちろんこれも作戦のうちね。
「あらエイベル、あなたを呼んではいないわよ?」
王妃様の言葉に、殿下はおもむろに仮面に手を掛けた。
それに周囲がざわついた。
15年もの間、誰も見たことが無い殿下の顔を見れるかもしれないのだから。
それを私は別の意味で受け取っていた。
仮面を取るのは、作戦成功の合図。
つまり、殿下がもう顔を隠す必要が無いことを表している。
それが分かり、私は内心ほくそ笑んでいた。
殿下が仮面を脱ぎ去り、その場は騒ぎに包まれる。
輝かしい金髪に、宝石のような紫の瞳。
しかしその顔には、仮面を着ける原因となった傷跡は一切ない。
おそらく、この場にいる令嬢のほとんどが彼の顔を『ルベア』として見たことがあるのだから。
令嬢たちの中には「あれはルベア様では?」と疑う声もある。
だが、その疑惑を払拭するように殿下は口を開いた。
「母上、自分の婚約者を見定めるのに私が不在なのはいかがと思いますが」
「…まぁいいでしょう。あなたも参加なさい」
母上と呼び、王妃様がそれに応えた。
それがもう答え。
きっと彼女らの頭は混乱しているだろう。
その混乱が収まる前に、殿下は私のほうへと近づいた。
「アリス、君も参加していたか」
「はい。ご招待されましたので」
「そうか。ところで喉が渇いた。すまないが君のを飲ませてもらおう」
そう言って殿下は私の呑みかけのカップを手に取った。
その瞬間、ガタッと椅子が動く音が聞こえる。
音の出所はミルドレッド様だ。
「で、殿下!その…そんな小娘の呑みかけなど飲まずとも、侍女が新しく用意したのをお飲みになられては?」
彼女の様子は明らかに挙動不審だった。
目はあちこち泳ぎ、手もそわそわして落ち着かない。
「かまわん」
それだけ言って口元へと運ぶ。
だが、そこでミルドレッド様は殿下へ飛び掛かった!
「だめぇぇ!」
カップを奪おうとし、しかし殿下はそれをサラリとかわす。
ミルドレッド様はそのまま地面を滑った。
それでもすぐに体勢を立て直し、上半身だけでも起こす。
「ダメですエイベル殿下!それを飲んではいけません!」
彼女の鬼気迫る様子に、周囲は訳が分からないとざわついている。
ただの紅茶一つに、何をそこまで本気になっているのかと。
「どうして飲んではならない?君には関係のないことだ」
殿下は訳が分からないといった様子を演じ、今度こそ飲もうとする。
間に合わないと悟ったか、ついにミルドレッド様は言ってはならないことを言った。
「毒が入っていますから!飲んではダメです!」
瞬間、その場を静寂が支配した。
だけど、すぐにそこに紅茶を飲み干す音が響く。
「あ……ああ……」
一気にミルドレッド様の顔からは血の気が引いていった。
そして、すべてを飲み干し、わざわざカップの底まで見せた殿下は、悠然と言い放った。
「この紅茶に毒は入っていない。貴様のたくらみは全て看過済みだ」
「……えっ?」
訳が分からないという様子のミルドレッド様をしり目に、殿下は指を鳴らす。
すると、衛兵に拘束された状態でさきほどの侍女が現れた。
顔色は青く、身体も震えている。
彼女が毒を仕込もうとした実行犯なのだろう。
「ミルドレッド・アイクオ。貴様がこの侍女を脅迫し、アリスの紅茶に毒を仕込んで毒殺しようとしたことは分かっている。残念だったな、私も彼女も、毒を飲んではいない。ただの紅茶だ」
「う……そ……」
「貴様は自ら言った。毒が入っているとな。それが証拠だ。貴様を殺人未遂で捕える」
衛兵はすぐさまミルドレッド様を拘束した。
彼女は呆然自失のまま、暴れることも無くあっさり捕まる。
その様子に違和感を覚えた。
彼女のことだから暴れ狂うかと思ったのに、あのおとなしさは何なのかしら?
茶会は周囲の混乱を残したまま解散。
作戦が成功して喜ぶべきところなのに、まるで指に刺さったトゲのように残った違和感が気になった。




