20話
ミルドレッド様にしっかりと釘を刺し、それからは穏やかな日常を過ごしている。
…エイベル殿下との仲が一切深まらないことを除いて。
相変わらず、侍女として主不在の部屋を掃除するだけの日々しか送れていない。
ダメもとで何度か身の回りの手伝いを申し出たけど、全て却下。
その間に15歳になり、ナナカと一緒にデビュタントを果たした。
その後、無事にナナカとアウクシリア子爵夫妻は領地へと戻ることができた。
念のために公爵家の護衛も付けたようだけど、しばらく問題が無ければ引き上げるそうだ。
「今日も悩んでる顔だね~。どうしたん?話きこか?」
…そしてもう一つの悩みの種が、ルベア様だ。
以前酔っぱらいに絡まれたことについては、後日王城内で見かけた際に改めてお礼を述べたのだけれど、それ以降は以前と同じように絡むようになってしまった。
どうしてこうなってしまったのかしら?
「…ルベア様、以前にもう私と関わらないとおっしゃいませんでしたか?」
「あ~……そんなこと言ったっけ?」
「お手紙お持ちしましょうか?」
「おっ、手紙取っておいてくれたなんてもしかして気がある?」
「いえ、何かあったときの証拠にしようと思っていました」
「あっ、そう…」
見るからにがっくりと肩を落としてる。
なんというか、つかみどころがない方だわ。
相変わらず殿下の部屋を掃除した帰り道で遭遇するし、なんだか本当に騎士なのか疑わしいくらい。
「で、ちょっと聞きたいんだけどさぁ」
「何でしょうか?」
「……なんでエイベル殿下の侍女になったの?何が目的?」
「…ルベア様に説明することではありません」
どうしてルベア様がそれを気にするのかしら?
不思議だわ。
「いやあ~ちょっと、ちょっとだけでも教えてくれてもいいじゃん?」
「ちょっとでも教えません」
「ケチだな~いいじゃん、ちょっとくらい」
口をとがらせ、拗ねるルベア様の姿に、どうしようもない残念さを感じるわ…。
それに私よりも、ルベア様のほうがずっと不思議なくらいよ。
明らかに騎士に誇りを持ってる感じがしない。
今も職務中のはずなのにこうして話しかけてくるし。
まぁ、私が気にすることではないんだけれどね。
***
今日も殿下の私室を掃除するだけの日々。
全然進展が見えない状況に、焦りばかりが募っていく。
どうしたらいいんだろうと思いながら寝室のほうを掃除していくと、ふとある場所が目についた。
「あら、暖炉周りが汚れてるわ」
灰が飛び散り、絨毯を汚していた。
灰を掃き集め、水を含ませた布で丁寧に拭き取っていく。
そこで、まだ灰が残ったままの暖炉が気になった。
「どうして灰が飛び散ってるのかはわからないけど、灰が無くなれば汚れないわよね」
暖炉の中の灰をかきだし、ゴミ袋に詰めていく。
奥までしっかり取り出そうと箒を突っ込んだら、何かが外れるような音がした。
「……何かしら?」
覗き込むと、暖炉の奥の壁が外れていた。
えっ、もしかして壊してしまったかしら!?
焦って暖炉に体を突っ込むと、灰が舞い上がったけど気にしてられない。
外れたそれを元に戻そうとしたとき、その奥に空間があることに気付いた。
「…んん?」
覗き込むと、その空間は真っ暗で、どこかに繋がっているようだった。
ちょっと興味本位でさらに潜り込んでみると、思ったよりもずっとそれは長く、まるで通路のよう。
そこで、私は一つの予想を思い浮かべた。
(もしかして…これがいわゆる、王族だけが知る抜け道ってやつ…だったり?)
サッと顔から血の気が引いた。
勝手に王族だけの抜け道を知ってしまったとかまずいわ!
急いで戻らないと。
そう思って暖炉のほうに戻ったとき、最悪なタイミングで殿下と側近たちが部屋に戻ってきてしまった!
(嘘!なんで今日に限ってこんなに早く?!)
完全に出るタイミングを失ってしまった。
これはもう、再び殿下たちが外に行くまで待つしかないわね。
そう思い、暖炉の中でそっと息をひそめた。
「ふぅ、今日もミルドレッド様が絡んできて大変だったな」
「仕方ない。仮にも公爵令嬢だからな、無碍にもできない」
「でもほんと困りますよ。いつバレるかヒヤヒヤするんですから」
(…ん?)
殿下たちの会話に何か違和感を覚えた。
それが何なのか考えていたら、仮面を着けた殿下が寝室のほうが入ってきた。
そのまま殿下はこちらに背中を向けたまま、なんと仮面に手を掛ける。
もしかして、殿下の今のお顔が見れるかも!?
気分が一気に高揚し、そのときを今か今かと待っていた私の目に映ったのは、どんでもない光景だった。
「ふぅ~、ほんとこの仮面は何年着けても疲れるよ」
「………えっ?」
仮面の下から出てきたのは、なんと赤い髪。
それに驚き声が漏れてしまい、その声を殿下?にも聞かれてしまった。
驚いた殿下?がこちらへ振り向く。
その瞳の色は…黒。
(何で?何で何で殿下が、赤い髪で、黒い瞳?まさか偽物?そんな、じゃあ本当の殿下はどこに?)
「えっ、はあぁぁ!?な、なんでそこにいるんだ!?」
頭の中がいくつもの疑問で埋め尽くされていく。
殿下?の驚く声が耳から素通りしていき、だんだん疑問が不安へ、そして絶望へと変わっていった。
(まさか本当の殿下は…もう亡くなってる?だから仮面で誤魔化した?だから結婚できない?いや、いや……そんなのイヤ!)
気付くと暖炉から飛び出していた。
そして、殿下?へと掴みかかっていた。
勢いあまってベッドに倒れ込んでしまい、その音を聞きつけた側近たちも寝室に入ってきた。
「なっ!?どうして人が…って侍女じゃないか!」
彼らも驚いているけれど、そんなことは私にはどうでもいい。
今は、殿下がどんな状態になっているのかを知りたくて、ちゃんと無事なのかが知りたい。
「あなた誰!?殿下の偽物なの?殿下は?本物の殿下はどこなの!?」
「落ち着け!そもそも君こそどうして…!」
「うるさい!早く答えて!殿下は…エイベル殿下はどこなのよ!無事なの!?生きてるの!?もし、もし殿下の身に何かあったのなら……うぅ!」
考えたくない。
考えたくないけど、目の前にいる殿下じゃない殿下の存在が、考えるのを止めさせてくれない。
いつしか涙があふれ、それは止まる気配なく流れ続ける。
「エイベル…殿下ぁ……どこぉ……」
「チッ!ああもう、俺は殿下を呼んでくる!」
そう言って側近の一人が外へと駆け出して行った。
それすら私の耳には入らず、しばし殿下?につかみかかったまま、私は泣き続けた。
「これはどういうことだ!」
そこに誰かの声が響く。
その声はつい先日にも聞いた声で、聞き覚えがあった。
そちらに顔を向けると、そこにいたのはルベア様だった。




