19話
「……やっぱり来たわね」
あの件から1週間後。
私の手には一通の手紙が握られている。
送り主はミルドレッド様だ。
憂鬱だけど、何を仕掛けてくるのかを把握するために読まなくちゃいけない。
「…何ですって?」
手紙の内容は、やっぱり先日ルベア様と関わったこと…ではなかった。
手紙にはナナカの名前があり、殿下付きの侍女をやめないとナナカの身に何か起きるかもしれないと言う警告だった。
「ふっ…ざけないで!!」
手紙が手の中でぐしゃぐしゃになる。
ナナカを利用してこんなことを仕掛けてくることに、一気に頭が沸騰する。
もちろん侍女を辞めるつもりはないし、ナナカに何か危険が及ぶことも許さない。
ただ、当然私だけでどうにか出来る問題じゃない。
私はすぐさまお義父様の執務室を訪れた。
迎えてくれたお義父様に、ぐしゃぐしゃになってしまった手紙を渡す。
それを苦笑しながら読んでくれたけど、だんだんその表情は、まるでおもちゃを見つけた残忍な殺人鬼のような歪んだ笑みへと変わっていった。
「これはこれは……私の親友の娘に手を出す予告だなんて、ここまで愚かだったんですねぇ」
その笑みに、怒りで沸騰していたはずの頭も背筋も凍りついた。
こ、これが宰相として辣腕を振るうお義父様の真骨頂なのね。
「あの、お義父様?」
「ああ、すみません。それで、あなたはどうしますか?」
「もちろん何もしないわけにはいきません。ただ、お義父様にも協力していただきたいのですが…」
「聞きましょう」
私はここに来るまでに考えた案を話した。
黙って聞いてくれたお義父様は、話し終えるとにんまりと笑みを浮かべる。
「…いいね。さすがは私の義娘です。その正面から叩き潰す気概、実にいい」
「ありがとうございます。では早速いいですか?」
「ええ。早めがいいでしょう」
よし、お義父様の許可も得られたことだし、早速やるわよ!
私は燃え滾る闘志を胸に、作戦決行のために部屋へ戻ると手紙を書くことにした。
***
そして迎えた作戦決行当日。
屋敷の庭には今日開催する茶会のための準備が着々と進んでいた。
さらに、招待した一人であるナナカも、既に屋敷に到着してスタンバイしている。
「スー……はぁ……」
ナナカにしては珍しく緊張している。
応接室でソファーに座っているけれど、落ち着かないのかドレスの裾を弄る手が止まらない。
それはそうよね、これから会う人は彼女にとって初めて対面する、それもとても厄介な人だもの。
彼女を安心させるように、手を取った。
「アリス……」
「大丈夫だから。私が付いてるわ」
「…うん、ありがとう、アリス」
茶会の準備も終わり、あとは待ち人が来るだけ。
そこに馬車の音が響く。
さぁ、来たわね。
「お嬢様、お客様が到着なさいました」
「わかったわ」
立ち上がり、その『お客様』の元へ向かう。
ナナカにはまだ待ってもらい、後で来てもらう予定だ。
玄関を出て門へと向かうと、そこには相変わらず真っ赤で派手なドレスを着こんだミルドレッド様がいた。
そう、今日の茶会に招待したのはミルドレッド様。
あの手紙の件で、彼女と真っ向から立ち向かうのが今日の茶会の目的よ。
「お招きいただき、ありがとうございます。アリス様」
「こちらこそ、招待に応じていただき感謝しますわ、ミルドレッド様」
和やかな雰囲気。
そうはたから見えるからもしれないけど、当然私たちにそんな気持ちは一切ない。
ただいまより、この茶会は戦場となるのだから。
庭園へ案内し、席についてもらうと早速とばかりにミルドレッド様は仕掛けてきた。
「そういえば手紙は読んでいただけてないようですわね?私、もしかして手紙が届いていないかと心配になりましたの」
「いいえ、ちゃんと届いておりましたわ。読ませてもらいましたよ。フフッ、とても面白い内容でしたわ」
「あらそう。お気に召したようで何よりだわ」
アハハウフフと、白々しい会話が展開されていく。
もちろん、こんな会話がしたくて茶会を開いたわけじゃない。
今度は私が仕掛ける番よ。
「そうそう。ミルドレッド様に、ぜひとも紹介したい友達がいますの。呼んでもよろしいでしょうか?」
「あら、それは光栄だわ。是非どうぞ」
私はテーブルに置いた鈴を鳴らす。
遠くで扉が開く音が響き、誰かが歩いてくる音が聞こえる。
それが誰なのかは、もちろん私は見るまでもなく分かっている。
席を立つと、その誰かの隣に立った。
「こちら、私の親友のナナカ・アウクシリア様ですわ」
「…ナナカですわ。よろしくお願いいたします」
ナナカを紹介した瞬間、ミルドレッド様の表情が強張ったのを見逃さない。
まさか手紙で警告した相手を連れてくるとは思わなかったでしょうね。
そのまま再び席に着くと、さらに仕掛けていく。
「実はお義父様と、ナナカ様のお父様は親友でして。その縁で私たちも知り合ったんですの」
本当はそんな出会いではないけど、今はどうでもいいことだ。
大事なのは、ナナカが宰相閣下の親友の娘であるということを印象付けることにある。
「そ、そうですの」
見事察してくれたミルドレッド様は、やはり動揺している。
うまくいってることにほくそ笑みつつ、さらに追撃よ。
「それで、お義父様は大変心配症ですから、アウクシリア家が王都で安全に過ごせるよう、公爵家の護衛を手配したんです。そうですよね、ナナカ様?」
「ええ。とてもたくましく、優れた方が守ってくださるので、どこに出掛けても安全です。プリムス公爵には感謝しておりますわ」
私とナナカはにっこり微笑み合った。
視界の端で、ミルドレッド様が私を睨みつけているのが分かる。
そしてとどめよ。
「もしナナカ様に手を出す輩がいようものなら、公爵家の力を使って犯人には地獄の苦しみを与えるだろうなんて、物騒なことをおっしゃってますわ。それに、ナナカ様のお父様は賢人として国王陛下にも意見を求められるほどとか。もしナナカ様に何かあれば、王家が首を突っ込むかもしれませんわね」
そんなことはありえないでしょうけど、と言って笑う。
王家がほんとに首を突っ込むかは分からないけど、国王陛下が意見を求めるというのは事実だ。
秀才として名高いアウクシリア家。
その血を継ぐ娘の存在は、きっと王家としても大事なはずだから。
ミルドレッド様は笑みこそ浮かべているけれど、額には青筋が浮かんでいる。
彼女にしてみれば、ここまで徹底的に反撃されるとは思わなかったでしょうね。
「それはそれは、そんな素晴らしい方を紹介していただき、感謝申し上げますわ、アリス様」
「いいえ。ミルドレッド様の手紙にナナカ様の名がありましたからね。気になっているようでしたので、紹介させていただいたまでですわ」
その後、白々しい談笑をした後にお茶会は終わった。
これでナナカになにかしようとは思わないはず。
ただ、護衛の件は本当で、実際に手配されている。
本当にやらかさない保証はないのだから。
この件について、お義父様は恐ろしいことを言っているわ。
「アイクオ家はちょっとやりすぎてるからね。本当に何かしてこようとするなら、いっそ潰してもいいと思ってるし」
公爵家相手に平然と言い放つあたり、やっぱりすごいお義父様だわ。
ただ、やりすぎてるって、どういうことなのかはちょっと気になった。




