2話
最初に目に入ったのは、大人の男性と女性。
「おお、よしよし。こんなに泣いて、お腹が空いたのかな?」
「違うわよ、あなた。これはまだ眠りたいのに起きてしまったからびっくりして泣いてるのよ」
「そ、そうか。ごめんな、起こしちゃって」
(な、なに?何が起きたの?私は確か…)
私は混乱していた。
だって、目を開ける前までは王城でエイベル殿下たちと一緒にお茶会にいたのに。
それが今は、なんだか身体が動きづらいし、見覚えが無い二人が私を見下ろしている。
よく分からないこの状況に、なぜか私は泣きたい気持ちを抑えられなかった。
「おぎゃあぁ!おぎゃああ!」
「アリスったら。よしよし」
すると女性は、私を軽々と抱き上げた。
その時になって、私は今の自分がどうなっているのかを思い知られる。
(私、小さく…ううん、赤ちゃんになってるの!?)
動きづらく、いともあっさりと胸に抱かれてしまうほどに小さい体。
まともにしゃべれず、泣くことしかできない。
もうすぐ12歳になるはずだった私は、赤ちゃんになっていたのだった。
それから私は、必死に自分に起きたことを把握しようとしたの。
分かったことは、今の私はアリスと呼ばれているということ。
2人の大人は私-アリスーの両親で、平民だった。
そして、何よりも驚くことは、私が生まれた日が、あのお茶会の日と同じ日だということ。
(そういえば、教会には輪廻転生という考え方があった気がしたわ)
死したものは、新たな生を得て別の生き物に生まれ変わる。
それが私に起きた事なんじゃないかって。
でもそれは、私…リリーシアが死んだという事。
そこに思い至ったとき、私の心は悲しみに襲われてまた大泣きしてしまったわ。
突然泣き出した私を、両親は懸命になだめてくれたの。
それから私は色々考えた。
私が死んだ後はどうなったのかって両親に聞きたかったけど、まだ「あぁ」とか「あぅ」しか言えない。
なにより大事なのはエイベル殿下のこと。
エイベル殿下と結婚したかったのに、死んでしまったら結婚できない!
それにまた大泣きしちゃったたけど、でも私は気付いたの。
私は、また女の子として生まれているって。
だったら、私はどうするのって答えは決まってた。
(今度こそ、エイベル殿下と結婚するんだから!)
色々と障害があるのは分かってる。
公爵令嬢じゃなくて平民だし、いつまでも殿下が誰とも結婚せずにいるとも限らない。
不利なんて百も承知。
でもね、恋する乙女はそんな些細なことでは止まらないの。
それに、リリーシアの頃に中途半端だけど王妃教育だって受けてたもの。
その知識だって、何かに仕えるかもしれない。
エイベル殿下と結婚すること。
それ以外にも目的はあるの。
それは、リリーシアが殺された理由を知ること。
明らかにリリーシアは殺された。
死の瞬間を思い返すと、あれが事故だなんてはずがないのよ。
あのときの感覚を思いだすと背筋が震えて泣きたくなっちゃうけど、泣くと両親を心配させちゃうから、必死に涙を目に溜めて耐えるの。
王妃教育で、過去に他国で血みどろの王妃の地位争いが起こり、令嬢同士で殺し合いがあったって習った。
そんな野蛮なことをする人がいるんだなんて思ってたけど、自分がその被害に遭うなんて思わなかったわ。
もしかしたら、私を殺したのはあの茶会に参加した令嬢の誰かかもしれない。
そう思うと、なおさら私は闘志を燃え上がらせた。
(絶対に、そんな卑怯な手を使う人に殿下を渡してなるもんですか!)
リリーシアを殺したのは、もうすでにエイベル殿下との結婚が決まっていたようなものだったから。
だから排除したかったんだと思う。
それから私はまず、これからの人生設計を練った。
平民から、殿下のお嫁さんになる。
そのための第一歩はね。
「あー、あー…うー!」
私は赤ちゃんの体で、一生懸命手足を動かした。
そう、まず目指すべきは文字通り第一歩を踏み出すこと。歩けないことには何も始まらないんだからね!
だから、手足を動かして筋肉を鍛え、歩けるようになることを最初の目的にしたわ。
それからはもう、おっぱい飲む・寝る・手足を動かすをひたすら繰り返した。
そうしてハイハイができるようになり、つかまり立ちから歩くことまでできように。
そうしながら、その先の目的も考えた。
ゴールはエイベル殿下との結婚。
そのために必要なのは、地位と教養だわ。
どうあがいても、平民のままでは無理だもの。
だったらどうするかを考えた結果、高位貴族の養子になればいいって思った。
最初はリリーシアの実家のヴァスト公爵家に行って、「リリーシアの生まれ変わりです!」って言って、養子になろうと思ったわ。
でも、私がリリーシアだったことを証明するものが無い。
この国では身分詐称は重罪だし、まして個人を偽るなんてもってのほか。
リスクが高すぎるから、やめることにしたの。
じゃあ高位貴族の養子になるにはどうしたらいいかってなるわよね。
下位貴族の令嬢令息が、高位貴族の養子になることは珍しくない。
必ずしも子宝に恵まれるとは限らないから。
じゃあ平民から養子になる可能性はあるかといえば、実はあるのよね。
それは、その子がとても優秀な場合。
高位貴族に生まれたからと言って、必ずしも優秀とは限らない。
そんな人ほど、優秀な人にコンプレックスがある。
だから、平民の優秀な人を養子にして家に迎え入れ、家の優秀さを誇ろうとするのよね。
正直、好きじゃないわ。
でも、手段を選んではいられない。
まっとうな方法で、平民の私が王族のエイベル殿下と結婚しようとなんてできるわけがないから。
少しくらい目を瞑る覚悟は無いといけないことくらい、わかる。
(高位貴族の養子になれるくらい、優秀な子になってみせるわ!)
それが次の目的よ。
歩くのに慣れてきたら、家のお手伝いをするようにしたの。
とにかくできることは増やしたほうがいいと思ったから。
この時には1歳とちょっとを過ぎていたわ。
最初はお掃除。
お母さんの真似をして、箒を持ったり、雑巾で拭いたりしたわ。
公爵令嬢のときにはやったことなんてなかったけど、やってみたら思った以上に楽しかった。
「すごいわ!アリスは天才なんじゃないかしら」」
「ああ。もう家事の手伝いをしたがるなんて、なんて賢い子なんだろう」
「えへへ~」
そう両親が褒めてくれるけど、ごめんなさい。
私、もう12歳を生きてたの。
褒めてくれるのには内心申し訳ない思いだったけど、私がやりたいようにやらせてくれるのは有難かった。
公爵令嬢のときには、こんな家事とかは使用人の仕事だからって絶対やらせてもらえなかったものね。
洗濯も手伝ったわ。
洗濯物をゴシゴシするのも、絞るのも力が足りない。手の長さも足りなくて、何度桶の中に頭を突っ込みそうになったか。こっちは本当に大変だった。
それでもお母さんは手伝わせてくれたの。一人でやったほうが早いだろうに、待ってくれるのが本当にうれしかったわ。
そうやっていろいろな家事をさせてもらったけど、料理だけはダメだったわ。
「刃物は、もうちょっと成長してからね」
皮むきも切るのもだめ。
許されたのはお片付けだけ。
それもシンクに身長が届かなくて、食器を運ぶしかできなかったわ。
そんな風に過ごして4歳になったころ。
別の問題が分かってきた。
この家には全然本が無かったの。
本が無いと勉強できない。
だからお父さんに聞いたわ。
「おとうさん、ほんってどこにあるの?」
「本?本はここにはないなぁ。領主様ならいっぱい持ってると思うけど、平民に読ませてくれるかどうか…」
お父さんは渋い顔をして答えたわ。
領主が平民に本を貸してくれるわけないって感じね。
でも、私の目的には本は絶対必要。
教養無くして、殿下のお嫁さんなんてなれないんだもの。
「りょーしゅさまって、どこにいるの?」
「領主様?ここから東に向かった先にあるけど……まさか行く気なのかい?」
「はい」
「だ、ダメだよ。領主様にそんな失礼なことしちゃ。いいね、大人しくしてるんだよ?」
「………はい」
お父さんは、領主様の所に行くのを許してくれなかった。
だから、私は勝手に行くことにしたわ。
(ごめんなさい、お父さん。アリスは悪い子です)
そして翌日。
私は領主様のものと思われる屋敷の前にいた。